01.冒険者……?
よろしくお願いします。
冒険者。
それは世界の未知を解き明かす野心溢れる者。
或は、命の危険がある代わりに給料の良い仕事をする肉体労働者。
一体誰がどうしてこんな名称を広めてしまったのかは分からないが、体の良い何でも屋の事を冒険者と呼ぶようになった。
事実、多くの街には"冒険者ギルド"などという如何にもなネーミングの組織が根を張っているし、街の住民もそこに冒険者という存在がいることを全く疑問に思わない。
かつては本当に冒険している者もいたのかもしれないが、この開拓され尽くした大地を今更冒険したがるような物好きはそういないのが現実である。
しかし、まぁ、なんというか。
いったい何を勘違いしたのか、若しくは血迷ってしまったのか。名誉を我が物とする高位冒険者という存在に、未だ若かった私は憧れてしまった。
何でも屋になるのに必要な資格なんてないし、手続きだって正直杜撰。何の信憑性もない契約書を書いたくらいで私は冒険者になった。そうしてはや八年程。
私は冒険者ギルド前の花壇で雑草取りを行っていた。
「ナディさんや。もうすぐお昼だし、これが終わったらお茶でもしませんかい?」
私の隣で草毟りをする同僚が年寄りじみた口調で私に昼食の提案をする。仕事はまだまだ残っている。だが、彼の提案を断る必要もない。草毟りが今か後か、その程度の違いだろう。
「確かにもうそんな時間か。もう一区画終わったら区切りにしましょう。カティアさんのお店でいいかしら?」
「よしきた。今日は特製かつサンドが食べたかったんだよ」
「アンタは若いわねぇ。かつサンドなんて油物、正直苦しいかも」
「……いや、ナディさん、俺と年変わらんよね?」
同僚の言葉を聞き流しながら私は少しだけ考える。どうして私がこんな事をしているのか、私自身疑問に思う事があるのだ。でも、決まって答えは直ぐに見つかる。私は何でも屋なのだから、何でもしているのだろうと。
だから、例え私がしている仕事が花壇の雑草取りだったとしても、どうして文句が言えましょう。少なからず御給金は貰っている訳だし、文句が出る筈もない。
ただ、これだけは言わせて欲しい。こんな職業に"冒険者"などという大外れた名を定着させたヤツは地獄に墜ちてしまえ。
お隣に住む家族の小さなお子さんに職業を聞かれた時、冒険者と聞いて目を輝かせたお子さんが実際の業務内容を聞いて私に失望の視線を向けた事を、私は絶対に許すことがないだろう。
あの視線は酷く痛かった。本当に泣いてしまいたかった。というか、その後自宅で泣いた。いい年した大人がメソメソ布団で泣いたよ畜生。
「ちょ、ナディさん? なんかキレてない?」
「世の中って理不尽ばっかりよね……」
「なんか負のエネルギーで満ち溢れてるんだけど、この人!?」
結局のところ、この選択をしたのは自分なのだ。何も知らない無邪気な子供のような選択だったとはいえ、そこが人生の分岐点になってしまった事は変えようが無い事実。
憧れに向かって愚直に前進していたが故、碌に学がある訳でも無いから、今更新しい職を探すなんて事も難しいのは分かっている。
いやでもさ、26にもなって雑草毟りで生計立ててるのは不味くない? ここ最近、草毟りの仕事の記憶しかない。しかも業者的なものならまだしも、軍手つけて原始的に毟ってるだけだから。学生の時の友達は大分結婚し始めてるってのに、私だけにはそんな色のあるイベントが全く訪れてないのは人生の不具合よね。神様でも作者様でもいいから、ササッと修正してくれないと困るんですけど。
てかさぁ、私だって顔は悪く無い筈なのよ。学生時代だって、ちらほら私の噂は聞いたし、私の評判も悪くなかった。でもまぁ、あの頃は夢に向かって一直線で色恋沙汰とか眼中に無かったから……仕方ないといえば仕方ないんだけど。勿体ないことしたわ、ホントに。
そう、私の顔には問題はない。性格だって……まぁ、人に恨まれる程腐ってはいない。そういうイベントを招く素質は十分にある。なのに、その機会が一切訪れないって……。
小さな街に住んでるのもあるんだろうけど、冒険者になる子はあんまり多く無いし、仮になったとしても無茶な依頼を受けてあっという間に死んじゃうから、冒険者同士の交流は全然増えてかないし。精々交流があるのは今一緒に草むしってる同期のユアくらいなもの。ユアも一応男だけれど、なんか仕事仲間のイメージが定着し過ぎて、そういう関係にはなれそうもない。
でも、ユアの方は経験豊富らしいし。同い年のくせして、随分と身体は若いみたいだし。夜な夜な、賑やかになった街へ足を運ぶ姿も目撃されてるみたいだし。なんか不平等よね。まぁ、世界が平等なんて欠片も思っていないけれど。ただ、それを理解しても尚、ユアには何故か腹が立つ。
「なんか背筋が……。え、俺、死ぬ?」
「機会があったら殺るわ」
「マジの殺害予告!?」
あー、もう何か凄くイライラしてきた。第一、何で草毟りなのよ。この花壇、受付のあの子の趣味でしょう? 半ば強制的にこの依頼を押し付けてくるなんて職権乱用よね。もっとさ、牛乳配達とか新聞配達とか……いや、配達業務しか無い訳じゃないけど。兎に角、もっと身体を動かせる仕事ってあると思うのよ。
最近ギルドに登録された新入りだって今朝から郊外に出て魔獣討伐に行ったみたいじゃない。新入りにはそういった依頼を受けさせるくせに、私にはあの子……
『疫病神にそんな仕事与える訳ありませんよ』
なんて、毎日草毟りを強制して。まぁ、面倒くさいから魔獣を間引く仕事はやるつもり無いけど。
というか、何なのよこの花壇に植えられてる花。一見可愛らしい花にしか見えないけど、人の目を盗んで虫とか食べたり歩き回ったりしてるみたいだし、どう考えても魔獣の類じゃない。与えてる肥料が良くないのかしら。
まったく、滅入るわね。
「はぁ~〜………。あっ……」
「ナディさん? ……あーあ、やっちゃいましたね。俺は知りませんからね」
溜め息混じりに適当に抜いた雑草。手元に目を向ければ、私の手には花壇の花が握られていた。根にあたる部分にはやはり足が生えている。ただの植物でない事は明確だった。
だが、今はそんな事はどうでもいい。冷や汗が流れる。やったわ、全然やったわ。迂闊だった。全く気にしてなかったから、というか、花も雑草も大して違わないだろっていう意識が前面に出すぎていた。
謝ったら許してくれるだろうか。いや、ない。それだけはない。許されないだろうし、謝るのは癪だ、何か嫌だ。先ずは花を抜いた事を隠蔽しなくては。
手始めに抜いてしまった花を再び土に埋めてみる。土に刺さりはしたが、茎の部分からぐったりと折れ曲がっていて何か異常な事があったのは一目瞭然だ。だが、それ以外は違和感が無い。逆に捉えればこの折れ曲がった茎をどうにかすればバレる事はないだろう。
「ユア、テープ持ってるよね?」
「いや、本気っすか? 子供じゃないんだから、諦めた方が……」
「五月蠅い。いいからササッと寄越しなさい」
「はいはいっと」
ユアからスライムテープを強奪する。誰が考えたか知らないが透明なテープというのはこういう時に便利な事この上ない。曲がった部分を補強するようにテープを貼れば、一先ず違和感はなくなった。近くでじっくりと観察されればテープに気づかれるだろうが、普通にしている分には多分バレる事はない。
後はこの場を離れよう。あの子はやけに勘が鋭い。今は近くに居るべきではない。
……というより、居たくない。
「ユア、お昼にしましょう」
「んな、露骨に……」
「お昼にしましょう」
「こりゃダメだ」
私が住む街は所謂辺境に位置している。規模はさして大きくなく、住民も多くは無い。それでも経済状況が悪くならないのは、街の近くに矢鱈と魔獣が湧くからだ。
魔獣といえば人を襲う危険な化物、というのが一般論である。それは否定しない、否定出来ない。うちのギルドでも新人は大抵魔獣に殺されているし、魔獣に壊滅させられる街だって珍しくはない。ただ、同時に害だけを齎す存在でもないのだ。
魔獣を殺せば死体が残る。死体を解体すればその分肉やら骨やらが手に入る。肉は食料として需要が高いし、骨は肥料に使う事も出来る。一部の魔獣からは薬の原料となる素材が手に入るし、牙や皮はコレクターが高値で取引を行う事も屡々。魔獣の素材を求めて多くの商人がこの街を訪れ、そうやってこの街の経済が回っている。
まぁ、観光には向かない街だが。魔獣はこの街の経済の基盤とはいえ、危険なのは変わりない。商人が街で取引を行っても、その内一割程度は別の街へ辿り着く前に襲われている。そして何より娯楽が少ない。商人以外が街に訪れる事が滅多にないからか、観光業が驚く程発展していない。首都では"ユウエンチ"なるものが建設されたと聞いたが、この街には畑や教会、碌に冒険者もいないくせに工房ばかりが並んでいる。ただ、冒険者はいなくとも魔獣の狩人は多い。工房が生計を立てられているのはそのお陰だろう。
なんて言ったものの、この街に楽しい場所が無い訳ではない。数は少ないが、幾つかは良いところもある。
その内の一つが、今私の居る喫茶店"ルチル"である。
「回想は終わったの?」
「カティアさん、それは少しメタいわ」
「そうかしら? ごめんなさいね」
カップを運んで来た彼女が可愛らしく微笑む。容姿端麗、年齢は20程度に見える彼女はこの店のオーナーであるカティアさんだ。ただし、20歳程度に見えるだけであり実年齢はその数百倍。エルフやノームといった長寿の種族といった訳でもなく、単純に妖魔の類だと彼女自身が言っていた。
何でそんな化物がこんな辺境で喫茶店なんて開いているのか疑問は尽きないけれど、それが現実。そして、そんな現実が平然と受け入れられているのだから末恐ろしいものだわ。
「疫病神さんは今日も草毟りの依頼?」
「その呼び名はやめて下さいな。草毟りだって、好き好んでやってる訳では無いわ」
「ふふ、ミミちゃんから聞いたの。随分とこき使われてるみたいで、ちょっと面白いくらい」
「使われてる側はなんにも面白くないのだけれど」
溜め息が出る前にカティアさんから頂いたカップに口をつける。中はこの店名物のカフェラテだ。程よく甘く、香り高く、そして"どう足掻いても美味しい"。
多分、このカフェラテはちゃんと美味しいものなのだとは思うのだけれど、正直なところ本当に美味しいのかは良く分からない。何か不可思議な干渉によって、このカフェラテは口をつけた時点から"どう足掻いても美味しい"事が確定させられているみたい。カティアさん曰く、結末に干渉する呪いとの事だけれど……。まぁ、妖魔がオーナーの店なんだから今更よね。
テーブルの向かいではユアがかつサンドを口にしている。多分、あれにも呪いがかけられているとは思うのだけれど、そんな事は正直どうでもいい。ただ、問題なのがそのかつサンドの具材が何なのか、どうも認識出来無い事だ。視えている、それが何か確かに確認している。けれどそれが何で《《あった》》のか、見ている今でも理解出来ない。思考や意識に靄がかかったかのように、その具材に関する情報だけが意図的にシャットアウトされている。そのかつサンドはどこをどう見ても異常な存在だ。
ただ不思議と美味しそうに見えるのも事実。認識出来ないのに、それを食べたくなるというあまりの違和感。認識出来ない"それ"は多分知ってはいけない類の何かなのだろう。……本当にこの店大丈夫なのかしら。やっぱり心配になってきたわ。
「あのかつサンド、一体何で出来てるの?」
「■■■■■■を揚げた自信作だよ」
「あ、もう、言葉ですら認識阻害されるのね」
「あら? これは■■■■■■に引っかかるみたい。ごめんなさいね」
「なんというか…………いいわ」
いつユアが突然死しても、私は疑問に思わない自信がある。
「そうそう疫病神さん、今丁度、ミミちゃんが貴女を探し始めたみたい」
「うげ……それ、本当? いや、というか、私と会話してたカティアさんが、此処にいないあの子が"今"し始めた事の情報を知っているのよ。流石に意味分かんないでしょ」
「そこら辺は結末側から色々と分かるの」
「余計に良く分からないっての」
カティアさんが口にした"ミミ"という名は私に草毟りの仕事を投げつけて来た冒険者ギルドの受付嬢の名だ。私が苦手とする相手でもある。
しかし、あの子が私を探してるのか……。逃げ切ろうと思えば逃げ切れるだろうけど、あの子がギルドの受付をやっている以上、明日以降も顔を合わせる事には変わりない。結局、逃げても何の意味もないのよね。
大人しく出頭するとしましょうか。早く帰った方が花壇の一件から目を逸らさせる事になるだろうし。
「私は帰るわ。ユア、アンタはどうするの?」
「俺はパスで。これからデザートなんで」
「あ、そう。……クソが」
「え、なんで?」
困惑するユアを尻目に私は店を出た。手を振るカティアさんが酷く笑っていたような気がしたが、あの人……人? まぁ、あの存在の考える事は理解出来る筈もないのだから気にするだけ無駄だろう。
そんな日常に慣れてしまった私がほんの少しだけ可笑しく思えた。
主人公の自己紹介がなかったのですが、一応"ナディア・リンデローグ"という名前です。"ナディ"或は"疫病神"と呼ばれているそうですね。