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ヒロインの義妹は婚約者を奪う~私が幸せになる物語~

よくある姉妹関係にクソデカ感情を乗せて。

百合ではないよ!ざまぁはなし。いつも通り書きたいとこだけふわっとした設定で。



「エレオノーラ・アヴェーツァ伯爵令嬢!私は君との婚約を破棄する!そして……」


学園の卒業パーティーでのこと。

お義姉様の婚約者であるジェレミア・ダリエンツォ子爵令息の宣言に、私──ノエミィ・アヴェーツァは扇で隠した口元を綻ばせた。次に続く言葉はわかっている、早く彼の元へ向かわなくては。


「新たに、エレオノーラの妹であるノエミィと婚約する!これは、既にアヴェーツァ伯爵も御存知の話だ」


ヒュッと息を呑む音が傍らのお義姉様から聞こえたと同時に、私はジェレミア様の元へと駆け寄った。


これは、元平民の愛らしい少女が素敵なお婿さんをもらって(奪って)幸せになるお話。



◇◇◇◇◇◇



私は、平民の母と伯爵の父との間に生まれた。その頃は大層な姓なんてないただのノエミィだったけど、父は週の半分は屋敷に帰らずに私達と過ごしていた。

だから貧しい暮らしとは縁がなかったし、ただ()()()()()を享受していた私は、自分が貴族の血を引いていることすら知らなかったのだ。


九歳になる年、父の本妻であるアヴェーツァ伯爵婦人が亡くなるまでは。



「ノエミィ、貴女は伯爵令嬢になるのよ」


母譲りの栗色の髪を梳かされながら、うっそりと囁く様子を鏡越しに見て、幼いながらにゾッとしたのを覚えている。今ならわかる……その時の母は、()()()をしていたのだと。

母は野心に溢れた人だった。愛人なんかじゃ満足できなかった癖に、それでも父の前では良き妻良き母であって、女のギラギラとした部分は隠し通していたのだ。


そんな人の娘だから、私がお義姉様から婚約者を奪ったって誰も不思議に思わない。やっぱりそうなのね、血には逆らえないわねって笑うだけ……そんなのわかってる。


──それって幸せ?


ええ、幸せよ。だって私は伯爵婦人になるの!

庶子が貴族家の妻として迎えられることも、婿をとることも、本来この国では許されていないんだから。



「あなたは庶子、私は嫡女。姉妹だけれど違うの……」


そう言って歪に笑ったお義姉様の顔は、今でもはっきり覚えている。きっと一生忘れないわ。

お義姉様の婚約が決まった日。私と同じ翠の瞳が三日月みたいに細くなって、()()()()()()お義姉様に突き放されたみたいに感じて、とても胸が痛かった。



◇◇◇◇◇◇




お義姉様から何か奪ってやろうなんて、最初は思ってなかったわ。初めて会ったお義姉様は、緩やかにウェーブした金色の髪をしたお姫様みたいな女の子で、私を見るや綺麗なカーテシーをして見せた。


「エレオノーラよ。よろしくね、ノエミィ」


美しく微笑んで名乗った二歳上の少女はきらきら輝いていて、私は息が止まるかと思ったの。

自分の母を裏切っていた男の──愛人の娘に、どうしてそんな綺麗な顔ができたのだろう。


 

本当はその時、どんな気持ちだったのだろう。



「ノエミィの髪は綺麗ね……サラサラで、真っ直ぐで」


私達母娘が屋敷に住み始めてすぐに、父は親戚から縁を切られたらしい。友人ともどんどん疎遠になっていって、パーティーでは遠巻きにされると暫くして母が悔しげにしていたのを覚えている。

とはいえ、そんなこと貴族の娘としての教育も始まったばかりの私にはわかりっこなくて。だから、お義姉様にキツく当たる母のことを、どんどん嫌いになっていった。


──きらきらして、優しい。お姫様みたいな私のおねえさま。


髪を梳かしてくれる手は母のそれよりずっと丁寧で、お義姉様の髪と比べては嫌になっていた自分の髪すら好きになれそうなくらい……そう、まるで私もお姫様になれたみたいに感じたの。


「わたし、この髪きらい……おねえさまだけきれいな色の髪でずるい!でも、でもね?一番きれいなおねえさまが、きれいって言ってくれたから少しだけ好きになったわ!本当よ」


二人でお揃いのハーフアップにして、メイド達の視線なんて気にもせずにお義姉様の手を引いて父の元へ見せに行ったわ。

頬を緩めて私を抱き上げる姿は大好きだったお父さんそのもので……でもその日気付いたの。お義姉様に向ける目が、信じられないくらい冷たいものだってことを。


「私、おねえさまに冷たくするお父様なんて大嫌いだわ!もう何年もずっと、二人はまともに話をしていないじゃない」

「仕方がないのよ、ノエミィ。私のお母様は少し……いいえ、とてもお父様を苦しめたのですもの」

「そんなの……!」


関係ない。そう言う筈だった私は、けれどお義姉様の目を見て何も言えなくなってしまった。いつもきらきら輝いて見える翠の瞳が、その時は怖いくらいに暗くて冷たくて……お父様によく似ていたから。



私が十四歳になる頃、ジェレミア様がお義姉様の婚約者に決まった。ダリエンツォ家は裕福な子爵家で、失った信用の影響で傾きかけていた家を盛り返したかった父はダリエンツォ子爵からの婚約の打診に飛び付いた。

ジェレミア様は次男で、何処かの貴族家に婿入りしなくてはならなかったし、子爵令息から伯爵になれるなんて中々ないもの。


例えそれが傾きかけた家でも、何とかできる自信がダリエンツォ子爵家にはあったということだ。


ジェレミア様はお義姉様と同い年。お義姉様と同じ学園に通っていて、成績はとても優秀。お義姉様のものよりも少し濃い金髪に、青い瞳をした……それこそ、幼い頃の私なら王子様みたいだと言いそうな人だった。


けれど──



「お義姉様っ、あんな人と婚約なんてすることないわ!あの人、さっきニヤニヤ笑いながら言ってきたのよ……お義姉様と結婚した後、私を妾にしてやるって。どうかしてる!」

「きっと彼なりの冗談なのよ。ノエミィは彼の義妹になるのだもの……家族になる人とは仲良くしたいでしょう?」


この国では、庶子が妻として貴族に嫁ぐことはできない。法律で決まっているわけではないけれど、これは常識の話だ。

庶子を嫁に出すということは、貴方の元には正しい血統の娘ではなく、精々混ざり物で十分だと言っているようなものなのだ。教育の進んだその頃には、私は自分の立場というものがわかるようになっていた。


私の言葉に肩を竦めて苦笑するお義姉様はまるで気にしていないとでも言いたげで。

自分だけじゃなく、大好きなお義姉様までバカにされたようですっかり腹が立っていた私は、感情のままに髪を振り乱して、みっともなく喚いて──


「あれは侮辱よ!私だけじゃない、お義姉様への侮辱……あんなの許せない!だってお義姉様は私と違って、」

「そう、私は貴女とは違う!」


お義姉様の仮面にヒビを入れてしまった。


「あなたは庶子、私は嫡女。姉妹だけれど違うの……。だから私は嫌でも彼を受け入れなくてはならない、この家の為にっ!」


涙に濡れた目を無理矢理細めた、とても歪な微笑み。初めて会った日のきらきらしたお姫様なんて何処にもいなかった。


お義姉様と違って私は父から愛されていて、お義姉様と違って私には着飾って可愛がってくれる母がいて、お義姉様と違って私には背負うものなど何もない。

そう早口で捲し立てたお義姉様は、やがてひどく傷付いたような顔をして何度も私に謝った。



ごめんなさいノエミィ、違うの……私は貴女を大切な妹だと思っているのよ。

ごめんなさいノエミィ、どうして私はあんな酷いことを……。

ごめんなさいノエミィ、貴方を傷付けたくなかったのに。

ごめんなさいノエミィ、

ごめんなさい

ごめんなさい



◇◇◇◇◇◇



ごめんなさい、お義姉様。


「ジェレミア様、私……貴方を本気で愛してしまいました!母は父を誰よりも愛していて、結ばれずとも想い続けると誓いました」


ごめんなさいお義姉様。


「でも、二人には奇跡が起きた!結ばれることができたのです。それを目の当たりにした私が、どうして妾の立場でいられましょうっ」


ごめんなさいお義姉様。


「妻として義姉を抱く貴方を……手を取り社交へ向かう貴方を……堂々と二人が夫婦になれることを、私笑って許したりできない!貴方の妻になりたい、だって私は今すぐにでも貴方に心も身体もすべて捧げられるくらい愛しているのにッ。本当よ?私、このまま貴方に純潔を捧げたって構わない」


ごめんなさいお義姉様。


「愛していますジェレミア様……お願い、どうか私を貴方の妻にして。私に、貴方の真実の愛を与えてください」



生まれてからずっと貴族令息だったジェレミア様は、けれど生まれてからずっと二番目だった。

いつも兄と比べられ、どれだけ必死に優秀さを示しても兄はいつも自分の先を行く。家庭教師も専属のメイドも、友人でさえ何もかも兄の御下がりだったのだとベッドの上で啜り泣く彼を抱き締めてあげたら、まるで宝物を見付けたような顔をされて、笑いを堪えるのに必死だったわ。



──なんだ、この人も私と同じなのね。


きらきらしていない。王子様なんかじゃない。王子様にはなれない。

お姫様になれない私は、きっとジェレミア様とお似合いなのだ。


「そんな貴方を……愛しています」


だからきっと、私達は幸せになれる。

お義姉様とは違って。




◇◇◇◇◇◇


学園に入学する前、お義姉様が言っていた。


「私、いつか色々な国を旅するのが夢なの。外交官になれたら素敵だけれど……女の私には無理な話ね」


お義姉様は家を継がなくてはならないから。

お義姉様は嫡女で、長女で、婿を取ってアヴェーツァ伯爵家を盛り立てていく為に育てられているから。


「昔、母に連れられて行ったお茶会でね……?フェルモ様という方と、大人になったら一緒に世界を見て回ろうと約束したの」

「すてき!その人がおねえさまの王子様ね!?」

「ふふ、そうだったら素敵ね。けれど彼は侯爵家の長男だから、私では駄目なのよ……その日の内にお母様から窘められたわ」


フェルモ・ローレンツ侯爵令息。

お義姉様から二年遅れて学園に入学した私は、生徒会長として入学式で祝辞を読み上げるその人を見てすぐに気が付いた。この方がお義姉様の王子様なのだと。


お義姉様とジェレミア様のランチに何食わぬ顔で同席していた私は、時折お義姉様へと向けられる彼の視線に気付いていた。

不躾な奇異の視線ばかりの中で、唯一熱を持った視線だった。同時に、彼は一度たりとも私のことを見なかったから。


──見付けた、お義姉様を幸せにしてくれる人。


ジェレミア様と幸せになるのは私だ。

だから、お義姉様には嫁いでもらわなくてはならない。アヴェーツァ伯爵家にお義姉様の居場所などないのだから。



「ああノエミィ……夢みたいよ!貴女がジェレミア様と一緒にこの家を継いでくれるなんて。でも当然よね、貴女の方がエレオノーラなんかよりずっと可愛らしいもの」


私を着飾り、可愛いと褒める母。


「ありがとうノエミィ……父さんはな、ずっとお前の母さんだけを愛していた。あの女との罪の象徴にこの家を渡さなくてはならないことが、どれだけ悔しかったか」


私に感謝し、抱き締めて泣き出す父。


「父を説得した。漸く許しが出たよノエミィ。私は……僕は君と結ばれるんだ!」


私を愛し、花束を手に微笑む婚約者。


「この家にはもうお義姉様の居場所なんてないの。卒業パーティーの日、ジェレミア様は私をエスコートしてくださるわ!素敵な卒業祝いがあるから、欠席したりしないでね?」


あの日のお義姉様の真似をして、上手に微笑んだつもりだったけれどどうかしら?

きらきらしていた?それとも歪だった?


ねえお義姉様……。

お義姉様にとって私は、



「私は、ちゃんと可愛い妹だったかしら?」



◇◇◇◇◇◇



今朝、叔母だという女性が亡くなった。私をお母様だと思い込んだまま微笑んで逝ったその人は、とても綺麗だった。

先代のアヴェーツァ伯爵婦人だというその人は年の差通り私のお母様より二年長生きで、生前はとても幸せだと毎日笑っていたらしい。



そういえば。


「お母様には妹がいたのよ。とても可愛い、たった一人の妹」


昔、旅先のカフェでケーキを食べながらそう教えてくれた時のお母様の微笑みに、叔母の浮かべたそれはどことなく似ていたように思う。

慈しむように糖衣した栗を食べた後、それきり何も教えてはくれなかったけれど。旅行が好きだった両親が沢山残してくれた思い出の中でも、その日のことは一際強く私の心に残っていた。


侯爵家の一人娘として婿を取る私をいつも気に掛けてくれたお母様。

様々な国、様々な景色を見せてくれたお父様。

二人のおかげで、私は激しい恋ではなくともゆっくりと愛を育んだ夫と二児を授かり幸せに暮らしている。だから──


「貴女もどうか、本当に幸せでありましたように。ノエミィ叔母様……」






これは、元平民の愛らしい少女が素敵なお婿さんをもらって(奪って)幸せになったお話。




ノエミィが両親を父、母としか読んでいないのはわざとです。唐突に未来に託してごめん!


ここまで読んでくださってありがとうございます。


もしよろしければ、本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです!

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