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第9話 どうして、優しくしてくれるの?

――ある日の早朝



 この悪徳の町と呼ばれるラムラムへ訪れて、半月が過ぎました。

 私は(あて)がわれた四人部屋の右隅に置かれた、二段ベットの上で目を覚まします。


 共用のクローゼットと机と椅子が一つ置かれた簡素な部屋。

 ここには必要最低限の物しかなく、私物はベッドの上に保管するほかありません。


 皆さん、化粧品や小物類をベッドの上にまとめています。

 事務室にはツツクラ様以外にも来客が訪れることがあるため、ある程度身だしなみを整える必要があります。


 ですので、奴隷の身でありながら化粧品を使うことを許されていますし、お風呂も許可されています。

 ですが、化粧の購入代金は全て自分持ちで入浴料も取られます。そのため、僅かに戴ける給金は全て、そちらに消えてしまうのです。



 私には私物はなく、ベッドの上はがらんとしていました。

 特に欲しいものがないため給金の使い道はないのですが、副主任のラスティさん曰く「手元に置いていても盗まれるだけだから、何かに使いなさい」とアドバイスしてくれました。


 だから、給金は武具の整備費用に回して、残りは同室のラスティさんが貸してくれる化粧品の借り賃に支払っています。


 私はまだ幼く化粧の使い方もわかりませんし、あまり必要もありませんが、それでも香水程度は使うように指導されました。

 さらに、将来必要になるだろうということで、基本となる化粧の使い方を全てラスティさんに教わっています。



 ラスティさんから化粧の指導を受けているとき、彼女はこう言葉を漏らしていました。

「ごめんね、私の給料じゃ良い化粧品も買えないし、ルーレンにただで貸してあげることもできないから」

「いえ、貴重な化粧品ですし、借り賃を払うのは当然ですから」


「はは、幼い子に気を遣われるときついねぇ~。あ~あ、エバほど給料が高ければ贅沢できるんだけど。美味しものもいっぱい食べられるだろうし。いいなぁ、あいつ。羨ましいわ」


「エバさんはそんなにお給金を戴いているんですか?」

「うん、まぁね。一応、私も副主任だけど、エバとは五割増しくらいの差はあるかも」

「そ、そんなに?」


「それに、主任は個室だし。あいつとは、能力的にほとんど差はないってのに、一つランクが違うだけで天と地の差よ」

「個室ですか? でも、ラスティさんには申し訳ないですけど、私はラスティさんと同じ部屋で嬉しいです」

「ふふ、私もよ、ルーレン」



 そう言って、ラスティさんは私のほっぺたを人差し指でぷにぷにしました。

 そのくすぐったさを笑顔と共に迎えます。


 事務員は全て人間族で、皆さんドワーフである私を快く思っていませんが、ラスティさんだけが気にかけてくれています。


 優しい人…………優しい人? 優しい?


 どうして、人間なのにドワーフに優しくしてくれるのだろう?

 疑問を抱く。ですが、答えの見つからない疑問は泡のように弾けて、すぐに消えてしまうもの。


 私は軽く頭を振って意識を今に戻し、まだ寝ている皆さんを起こさないようにそろりとベッドから降りて、朝の準備にかかります。

 下っ端である私は、朝一番に起きて、事務室の掃除と、お茶のための湯を沸かす役目がありますから。




――給湯室


 掃除を終えて、事務室に併設された給湯室でお湯を沸かします。

 レンガで作られた小さなかまどに炭を入れて、火をつける。

 煙は暖かい空気が上昇していくという、空気の温度差によって生まれる気流を利用した煙突から排出されるので問題ありません。


 ぽこぽこと音を立てて湧き始めたお湯を見ていると、ラスティさんが出社してきました。


「はよ~、ルーレン」

「おはようございます。ラスティさん」


 彼女は眠そうに青い瞳を擦っていますが、緋色の長い髪はしっかり整えて寝ぐせの一つもありません。


 小さなあくびを交え、整頓された事務所内をさっと見回してから話しかけてきます。

「ふぁ、ルーレンって掃除得意なんだね。ルーレンが掃除当番になってから、事務所が綺麗で助かるよ」

「いえいえ、そんな。ラスティさんの指導のおかげですから」


 この言葉に、お世辞は全くありません。

 こう言っては失礼かもしれませんが、普段のラスティさんはどことなく力が抜けていてぽやっとしていますが、掃除に洗濯に料理などの家事は一級品です。もちろん、事務仕事も見事なものです。



 彼女は軽く笑って、棚の上から茶筒を取り出します。

「あんたの指導は必要だからやってるだけよ。私が楽できるからね。さて、お茶の準備をしますか、ふふ~ん♪」


 そう言って鼻歌を交えながら、ツツクラ様にお茶をお出しする用意をしています。

 お茶の準備だけはラスティさんの役目。

 ラスティさんは何でもできるけど、その中でもお茶の淹れ方は断然にお上手で、舌の肥えたツツクラ様さえもお認めになるほど。



 彼女がお茶の用意をしている姿をじっと観察します。

「凄いですね。無駄がなくて、てきぱきとしていて、とてもカッコいいです」

「あはは、お茶を淹れてるだけなんだけどね」

「お茶の淹れ方はどこで習ったんですか? 御両親から?」


「いやぁ、親はないなぁ。ろくでなしだったから。私、その親から売られたわけだし」

「あ、ごめんなさい!」

「いいよいいよ。その売られた先がたまたま貴族様のお屋敷でね。そこでメイドをやってたんだよ。で、その屋敷にいた厳しいメイド長から仕込まれたってわけ」


「そうだったんですか?」

「ま、その家もお取り潰しの憂き目にあって、貴族様の持ち物だった私は借金のカタとして、ここに来ることになったわけよ」

「そうなんですか……あの、重ね重ね、すみません」

「だからいいって。あ、でも」


「なんでしょうか?」

「たとえ日常会話の流れであっても、ここではあんまり人のことを詮索するような真似しちゃダメよ。みんな、色んな事情を抱えているからね」


「そうですね。気を付けます」

「フフフ、あんたは素直でいいね。さ、そろそろツツクラ様がいらっしゃるから席についておかないと」

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