表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/37

第3話 脱走計画

 全裸で荷台の上にある檻へと放り込まれました。

 そこには、私以外の子どもたちがたくさんいます。

 種族は様々で、ほとんどは人間族。残りは獣人族にドワーフ族でした。


 みんなも同じく全裸で、僅かに与えられた薄汚(うすよご)れた布切れを複数人で纏い、肩を寄せ合っています。

 そして、しとしと降る雨のような静かな涙と声だけを檻に響かせている。


 私は布切れを纏い体を寄せ合うみんなの姿を見て、夜の寒さを思い出しました。

 寒さをしのぐために、震える体を丸めてやり過ごそうとしますが、夜は私から熱を容赦なく奪っていきます。


 するとそこに、ふわりと柔らかく温かなものが両肩に触れました。



「大丈夫?」

「え?」


 声に顔を向ける。瞳に映ったのは、私よりも年上の女の子。十二・三歳くらいでしょうか?

 青いショートヘアと青い瞳を持つ人間の女の子が布切れで私を包み、肩をピタリとくっつけてきます。


「こんなのでも、ないよりマシだからね」

「あ、あの、ありがとう、ございます」

「ふふ、礼儀正しいね、私よりも年下なのに」

「いえ、そんな。でも、いいんですか?」


 私は怯えた金色の瞳を女の子に向けます。

 私はドワーフ。人間族に敗れ、奴隷に堕ち、彼らから差別される存在。

 人間からこのように優しくしてもらえるなんてあり得ない。

 だから、漏れ出た問い。


 彼女はその怯えの意味をすぐに知って、こう言葉を返してきました。

「あなたがドワーフでも関係ないよ。ここにいるのはみんな……同じだから」


 私は彼女の返事に何と返していいかわからず、黙り込んでしまいました。

 時折揺れる、ガタンガタンという音と、すすり泣く声だけが響きます。

 女の子は私の様子を窺い、涙を流していないところを確認して、名を名乗ります。


「私はエイラ。あなたは?」

「えっと、ルーレンです」

「ルーレンね。あなた、強い子ね」

「そんなことは……私のせいでお父さんとお母さんは……そう、私のせいで……わたしの……」


 

 あの場所に置き去りにされたはずの悲しみ。

 代わりに恐怖が埋め尽くしたはずの心。

 私のせいで、奪われた父と母の命。

 悲しみではなく、後悔が涙を生み、頬を伝います。


 エイラちゃんはその涙を指でそっとすくい、優しく語り掛けてくれました。

「ごめんなさい。でも、泣かないで。時間がないから」

「え?」

「このままだと、私たちは奴隷としてどこかに売られてしまう。だけど、そんなのは絶対に嫌。だから、逃げる計画を立ててるの」


「にげる?」

「ええ、そうだよ。夜も深くなってきたから、そろそろ野営の時間になる。見張りはいるけど、前後に二人だけ。その時がチャンス」

「でも、どうやってここから?」


 エイラちゃんはくすりと笑って、荷台の木板を叩きます。

「一部を()がせるようにしたのよ。見つからないように広げるのは大変だったけど、これなら一番大きい子も一緒に逃げられる。あなたも一緒に来て欲しいの、ルーレン。ドワーフのあなたが一緒に来てくれると頼もしいから」

「私は……」



 迷う理由はない。このままだと奴隷として売られるだけ。そうなると……。


 下半身を露出した戦士の姿を思い出して、背筋に寒気が広がりました。

 あの人はあのあと、何をするつもりだったのだろう?

 だけど、きっと……いえ、絶対におぞましいことだったに違いない。

 このままだと、あの時抱いた忌避感を、何度も味わい続けることになる。


 そうだというのに――ツツクラという老婆が見せた深い闇を纏う赤の瞳が、私の手足を恐怖で束縛します。

 歯はがちがちと音を鳴らせ、私はエイラちゃんに言葉を返せません。

 その様子を見て、エイラちゃんは私の肩にそっと触れました。


「ごめんね、怖いよね。ルーレンはまだ幼いんだもの。無理強いはしないから安心して。だけど、今の話は秘密にしてて」

「ご、ごめんなさい」


「いいの。怖いのはわかるもの。でも、上手くいけば、その怖いのもすぐに終わるかも」

「え?」

「私たちが助けを呼んでくる。そうしたら、ルーレンたちも助かるから待っててね」

「エイラちゃん……ありがとう」

「ううん、いいんだよ。それじゃ、その布はあげるから風邪をひかないようにね」


 エイラちゃんは優しさだけを私に渡すと、脱出計画の仲間と思われる子たちに近づき、計画を詰めている様子。



 そして、エイラちゃんの言葉通りに野営の時間が訪れて、エイラちゃんたちは見事、逃亡することに成功しました……。



――早朝


 報告を受けた老婆ツツクラが、見張り番をしていた二人の男に詰め寄っていた。

 脱出計画に加わらなかった私や他の子どもたちは、外の様子を襤褸切れの隙間から見ています。


「人材不足だねぇ。わざわざこの私が出張(でば)って来てるってのに、ガキどもに出し抜かれるとはぁ」


「も、申し訳ございません! 全ては私たちの責任です!!」

「ま、まさか、まだ逃げる気力があるとは思わずに」


「ふむ、そうかい。ディケード」

「はっ」


 名を呼ばれたのは、黒の騎士服を纏い、僅かな皺と頬に切り傷を刻んだ長身の中年剣士。

 彼は二人の見張りへ、琥珀色の瞳を向けます。


「いかがされますか?」

「言い訳は嫌いだ」

「かしこまりました――フンッ!」


「ギャッ!」


 言葉を発した二人目の男が真っ二つに切り裂かれました。

 左右の身体が数秒を置いて、地面にドサッ、ドサッと落ちます。


 老婆ツツクラは生き残ったもう一人の見張りへ命じます。

「お前は正直に自分の非を認めた。だから機会をやる。ガキどもを探し出してきな!」

「はっ、必ずや!!」

 

 見張りは幾人かに声を掛けて、馬に乗り、エイラちゃんたちを捜索するために離れていきました。



 覗き見をしていた子どもたちは、二つになった人の姿に目を背け、怯えに身を包んでいます。中には嘔吐をしている子もいます。

 ですが私は、瞳に映った惨状よりも、もっと恐ろしいことに体を震わせていました。


(太刀筋が全く見えなかった……あの人、お父さんよりも……)


 ドワーフは人間よりも強い。

 だけど、時にドワーフよりも強い人間がいる。

 それが、あのディケードと呼ばれた中年の男性。


 ここにいる人間たちはドワーフよりも強く、怖い――。

(かないっこない。それでもエイラちゃん、お願い! 生きて!!)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ