空の向こうへ
……これで何回目だろうか。奇妙な夢を見ている。
いや、これが奇妙だと気づいたのは今になってからだ。最初は何とも思わなかった。ただの夢と。だが、今思い返してみると、夢ゆえに、多少記憶は朧気ではあるが、かなりリアリティが、そう生々しさがあったように思える。
ある研究者の夢であった。博士と助手と言うべきか。二人の男の夢。
その研究室は雑然とし、机の上には書類の山。黒板及びホワイトボードには数式。壁にもペタペタとメモが張り付けられていた。
数学者かと思い、頭がくらくらしたが、その中で私の目を引いたのが机の上にあった模型。
ロケットのようだった。
それで私はその二人にまず共感を覚えそして、目の下に隈を作った二人が時折、そのロケットの模型に目を向けフッと笑い、表情が柔らかくなるのを目にし、好きになった。
二回目にその夢を見たのはしばらく経った後であった。
夢の続きを見ることは稀だがあるにはあることだろう。だから私はまだ奇妙だとは思わなかった。
前と同じく、博士と助手の二人。ただし、場所は外であった。飛行場、いやどこかのショッピングモールの駐車場かもしれない。
広い夜空の下。コンクリートの地面の上。二人が見つめる先はあの模型そっくりの形をしたロケットであった。
無論、模型と比べ大きい。ただし、人が乗るには少々小さいように思えた。なのでこれはテスト。キョロキョロと人目を気にしていることからして無許可なのかもしれない。
因みに私はその夢の登場人物というわけではなく、二人の傍から離れることはできない、幽霊のような視点だ。映画を観るのとは違い、多少自由は利くものの上空を飛び回り見下ろしたりもできない。だが、この二人の実験を見届けるのはそれで十分であると私は思った。
博士が手に持っているリモコンらしきもののスイッチを押すとロケットが点火したのだろう。煙がモクモクとジェット部分から噴出し、そして……爆発した。
二人は後方へ吹っ飛ばされ、目を回していた。
その後、二人は顔を見合わせ、大きく口を開け叫ぶように何かを言っていた。
もしや喧嘩? と思ったが、その夢は無音であるが凄まじい音だったのだろう、耳が遠くなっているだけのようで、笑顔だったので私はホッとした。
そう、仲がよさそうだった。親子のように。実際そうだったのかもわからないが。
……なのでその続き、三回目を見た時は心に堪えた。
舞台は研究室でも実験の場でもなく、博士の葬式であった。
思えば二回目の夢の時、二人は前より年を取っていた。
だから仕方がないことだ、と片付けるには私も助手の彼も若かった。
彼は棺桶の中で眠る博士に縋りつくように泣いた。どうすることもできない私。居た堪れない気分。
と、一人の女性が彼に歩み寄り、慰めた。
私は心底、ホッとした。そして、葬式とは残された者たちのためのものでもあると、私はそこで知った。共に愛した人の死を乗り越えるために、と。
夢を抱いたまま逝けて彼は幸せだったわ。やはり声は聞こえなかったが彼女はそう言っているような気がした。
夢から醒めた私は一人泣いた。無論、ただの夢だ、とすぐにケロッとしたものだが。
四回目、その夢の続きを見たのは前回からしばらく経った後であった。
助手だった彼は博士の立ち位置に。彼は新たに助手を迎え、ロケットを作り続けているようだった。
雑然としていた研究室は少々小奇麗に。その理由はすぐに分かった。あの女性が研究室に入って来たのだ。それも幼子を抱っこして。助手、もとい博士の微笑みからして二人は結婚したのだと悟った。中々に胸が熱くなったものだ。
五回目、時が流れ、子供は大きくなったようだ。
博士と助手も老いたが相変わらず夢を追い続けているようであった。
舞台は再び実験の場。母親と共に博士と助手、二人の実験を見守っている。
博士がスイッチを押すと、ジェットから激しく煙が噴き出し、ロケットは夜空へと昇った……が空中で爆発。
それが成功か否かはそのすぐ後、目が醒めたからわからない。が、子供は大はしゃぎしていた。
六回目、研究室。また前のように雑然としていた。
二人はまた老い、そして沈んだ顔をしていた。何日も寝ていないようなそんな顔。研究が、と思うより先に家庭がうまく行っていないのかと私はそう感じた。
七回目の夢。その答え合わせかのように実験の場には妻と子の姿はなかった。尤も子供が大きくなり、遊びなど自分の時間を優先しているだけかもしれないが。
何にせよ実験は失敗。ロケットはまたも空中で爆発し、博士は肩を落としていた。
八回目の夢。彼は随分と白髪が増えた。もう前の博士と見た目は変わらないように思えた。
彼と助手は机の上にあるロケットの模型と設計図のようなものを見つめ、そしてバンと机を叩いた。これなら行ける。そう言っているように感じた。
そして……そうだ。これが、今が九回目の夢だ。
ここまで長かった。そう言いたいのは彼らだけでなく、私も同じ。これが最後になるだろうと私はそう予感していた。
二人が作ったロケット。それはこれまでの中で一番大きく、そして搭乗できるようであった。
いよいよ乗り込み、そして宇宙へ向かうのだ。成功で終わるか、失敗、つまり死で終わるか私には見届ける義務がある。
涙ぐむ彼の妻。そして立派に成長した彼の子。抱き合い、称え、別れを告げる。
二人はロケットに乗り込み、そしてカウント。尤も無音であるため、私には聞こえなかったが一緒になって数を数える。
五
四
三
二
一……
ロケットは上空へと昇り、私もまた外から追うように体が浮かび上がった。
行け、行け、昇れ、昇れ、空高くどこまでも。私はロケットに向かってそう叫んだ。
ロケットは雲の中に入った。そして……そして突き破り、り、り、り、う、宇宙へ、へ。
せ、成功だ。やや、やった。ややったぞ。やったななぁよかったなぁ。本当によよよかったなぁ…………。
「あらどうもぉ。ねえ、朝なんかお隣さん、賑やかじゃなかった? 救急車止まってたり」
「ああ、そうなのよぉ。うちの隣の家のお爺ちゃんねぇ、お亡くなりになったみたいよ」
「あらまぁ、あの一人暮らしの? 昨日スーパーで見かけたわよ。すぐ見つけて貰えてよかったわねぇ」
「そうねぇ、それに多分、寝てる間じゃないかしら? 夜中、電気ついてなかったもの」
「あら、そうなの。それでどこか悪かったのかしら」
「脳卒中じゃないかしらって。さっき、元奥さんがお騒がしてますって挨拶と軽く説明してくれたわ」
「あらそうなのぉ。でも、それじゃ夢を見たままお亡くなりになって良かったのかもねぇ……」