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魔法帝国のエンバーマー  作者: 千夜丸
1章 祈りの形
4/15

『メリアの祈り』屋内、エンバーミング処置室。


白色の強い光が照らす明るい室内には、室内のちょうど中央にエンバーミングを施すための処置台があり、台の側には小難しい機械や長いチューブ等、素人目には用途の分からない物が並んでいる。


室内の壁際には、鍵の付いた重厚な棚がいくつもあり、メスや薬品等の危険物のほか()()()()といった消耗品も保管されていた。


その消耗品棚の前で、在庫整理をしている男がいる。


「あれ?聖水の残りが少ないな…」


(聖水って使用期限が過ぎると効力が薄くなるからある程度の予備は欲しいな…でも最近依頼無いから無駄になるかも)


男は備品の使用数や残数が書かれた用紙を見つめながら、うーんと唸った。

少し悩まし気な表情で羽ペンの羽部分を自身の唇に当てている姿は、細身の体躯も相まって人の目を引き付ける魅力があったが、残念ながらここには、この男一人しかいない。


男が続けて在庫整理を進めていると、天井から突然フィルの声が響いた。


処置室内には危険な薬品や物品がたくさんある。そのため、処置室内にいる人間に用事がある際は、むやみやたらに入室せず、処置室の外から「風魔法」を使って声を掛ける決まりなのである。


『ライル、エンバーミングの依頼が来たよ』


名前を呼ばれた男「ライル」は、天井に顔を向けると「今行くね」とだけ返事をし、処置室から出て行った。






~~~~~~~~~~~~~~~






Side:ライル


(エンバーミングの依頼、3ヶ月ぶりかな?)


今回はどんな依頼かな、なんて考えながら処置室から出ると、廊下にはフィルがいた。

今日も彼のくせ毛は元気にぴょんぴょん跳ねている。


…なお、くせ毛と言うと「せめて猫ッ毛と言え」とフィルに怒られるが、未だに違いが分からない。


「入口側の相談ブースだよ!」


「分かったよ。ありがとう、フィル」


お礼を言うと、フィルがキャンディーの個包装を一つ手渡してきた。フィルの制服のポケットを見ると、たくさんのキャンディーの形がくっきり分かるほど、パンパンに膨らんでいる。


タバコ屋の大奥様からもらったに違いない。


キャンディーのお裾分けにもお礼を伝えてからフィルと別れ、相談ブースへと向かう。


それにしても。

物流の豊富な帝都においてキャンディーは高価な品物ではないが、大量に他人にあげるほど安価でもない。ちょっと特別な日に買ったり、キャンディーや甘味が入手しにくい地方に住む家族へのお土産に買ったり…それがキャンディーの立ち位置だ。


それを親戚でもなんでもないフィルにたくさん渡すなんて、あのタバコ屋の大奥様、なんとも掴みどころのない人である。


(読めない人は厄介だなぁ)


コワイコワイ、なんて心にもない事を思いながら依頼主のいる相談ブースの扉をノックすると、内側から扉を開けたギィが顔を覗かせた。


「あぁ、ライル。待ってましたよ」


ブース内に入ると、青年が一人座っていた。こちらを探るように見てくる。


まぁ、故人を弔うべくエンバーミングの話をしたいのに、年若い人が入って来たら「この人がするの?」って不安になるよね。


「初めまして、ライルと申します。今回、僕がエンバーミングを担当致します」


僕が青年に挨拶をすると、彼はハッとした顔をして跳ねる様に立ち上がった。

振動でテーブル上のお茶が揺れる。


「あっ!ど、どうも。オレはドニ、よろしく…」


「はい、ドニさん。よろしくお願いします」


青年「ドニ」と軽く握手を交わし、僕も席に着いた。

ドニさんの手指が一般的な青年よりもやや細い事に、違和感を覚えながら。


「ライル。ドニさんは亡くなったお父上の指を、村のしきたりに則って組ませたいそうなんです。…ドニさん、続きをお伺いしても大丈夫でしょうか?」


ギィがドニさんに話を促した。


僕は用紙と羽ペンを取り出すと、ドニさんの話を記録する体勢に入る。直接エンバーミングの要望を聞く事も大切だけど、何気ない会話から、亡くなった方の遺志や依頼主の思いをくみ取り、エンバーミングに反映する事も重要なのだ。




「父ちゃんの両手の指は、変形してるんだ」




ドニさんは沈痛な面持ちで話し始めた。






~~~~~~~~~~~~~~~






ドニさんの父親はある日、走る馬車に轢かれそうになっていた幼子を助けた際、その馬車の車輪に指を巻き込まれた。車輪によって指の骨は折れ、肉は抉れた。中には、指の外に飛び出して折れている骨もあったそうだ。


しかし、村に医者はいないため、普段、村人の怪我の具合を診る老人を頼ったが、それほどの大怪我に遭遇した事が無く、治療にはかなり苦慮したという。


医者ではないその老人には、折れた骨を無理やり元の位置に戻し、接ぎ木をして傷口を粗く塞ぐのが精いっぱいで、大した治療はできない。


しかも、無理やり戻した骨は正しくない位置で固定されたため、指が反っていたり、関節の途中で右や左に湾曲していたりと、変形してしまっていた。


それでもその後に、近隣の村や町の医者に診せる事が出来たら良かったのかもしれないが、ドニさんの村は貧しく医者代を捻出できなかったため、結局彼の父親が医者に掛かる事は無かった。


「傷は塞がったけど、指がほとんど曲がらなくなって、仕事に支障が出たんだ」


ドニさんの村は農業や狩猟で得た副産物が村の収入源となっており、ドニ一家は村の周囲にある山等で獲物を狩る事で生計を立てていた。


しかし、山でなくとも狩猟には危険が伴うため、指がほとんど曲がらない父親では、いざという時の危険回避が出来ず、狩猟を仕事にするのは厳しい。おまけに、怪我が災いしたのか熱を出すなど体調が思わしくない時が増えていったため、ドニさんの父親は自宅で過ごす日々が続いたのだった。






~~~~~~~~~~~~~~~






「父ちゃん、熱を出す事が増えて…そのうちベッドから起き上がれなくなったんだ」


ドニさんの話が止まる。僕も羽ペンを止めると、顔を上げて彼の顔を見た。

眉間に皺を寄せ、グッと目を閉じている。ベッドから起き上がれなくなったという父親の姿を思い出しているのだろうか。


「薬草も効かなくて、会話も食事も満足にできなくなって…それで死んだんだ」


それだけ言うと、ドニさんは冷めたお茶を一気に飲み干し、じっと空のカップを見つめている。

見つめている、というより「心ここにあらず」という方が正しいか。


僕の隣に座って話を聞いていたギィが立ち上がると、ドニさんにそっと声を掛けた。


「ドニさん。少し休憩しませんか」


一気にお話しいただいたので、お疲れでしょう?と言いながらドニさんに微笑むと、僕に目配せしてくる。これはギィが何か話したい事がある時の合図である。


「あ…休憩しなくても大丈夫だ」


ぼうっとしていた事を指摘されていると思ったのか、ドニさんはギィに問題ない事を伝えるも、ギィは「お茶のお代わりをお持ちします」と言って押し切り、ブースを出て行った。


困った様にドニさんが僕を見てきたが、ギィの話を聞きに行かなくてはならないので、僕もブースを退出する必要がある。


「辛い思いをされた直後なのですから、考え込んでしまう事は仕方ありません。ゆっくりで大丈夫ですから、少しずつお話ししていきましょう。…そうだ、何か甘いものをお持ちしますね。甘いものは心と頭を落ち着かせる力があるんですよ」


そこまで伝え、ドニさんが何か言う前にササっとブースを出ると、ギィがいるであろう2階のキッチンに向かった。


単に依頼主にお茶のお代わりを出すだけなら、店舗の受付けカウンターの裏手に備えているお茶セットを使ってお茶を淹れれば良い。それかフィルに頼めば良いだけだ。


敢えてそれをしないのは、万が一にもあの依頼主に聞かれると困る話がある、という事だろう。


「あれ、ライルも来たの?なんかあった?」


2階へと続く階段で、上から降りてくるフィルと出会った。心底不思議そうな顔をしている。


それもそうだろう。1階のブースには、まだ依頼者がいるにも関らず、ギィも僕も彼を置いて来ている状況なのだから。


「うん。()()()()()()んだろうね。フィル、受付に座っててくれないかな?依頼主が帰ろうとしたら引き留めて欲しいんだ」


「?よく分からないけど、分かった!」


分かった!と言うや否や、残り十数段はある階段からピョンと飛び出すと、「土魔法」で空中にいくつか足場を作り、器用にタンッタンッと飛び移りながら1階に降りた。


身軽なのは良いことだが、やんちゃな事この上ない。もう18歳なのだから、もう少し落ち着いてもいいものだが。


元気が有り余っているんだろうな、と苦笑しつつ2階へと上る。

キッチンの扉を開けると、お茶とクッキーを用意しているギィと目が合った。


「ライル。甘い物を用意する、と言って退出したのではありませんか?」


ふふふと笑うギィ。勘の鋭い奴である。


()()の時は頼もしいが、日常でも考えを読み取られるというのはあまり嬉しいものではない。返事の代わりに何とも言えない表情をしてしまったので、図星であるという事も恐らくバレているのだろう。


「…で、話は何?」


「ドニさんの話ですが、少し不審な点がいくつかあります。」


「不審な点?」


ダイニングセットの椅子に座り、用意されたクッキーを1つ齧った。口の中でホロリと砕け溶ける触感が良い。ふわりと鼻腔に広がるミルクの甘い香りも素晴らしい。


「えぇ。1つ目は、危険が伴う狩猟を生業にしている村なのに、医者が常駐していない事。2つ目は、医者に診せるお金は無いのに、エンバーミングの依頼金は払えるという事。3つ目は、不健康に痩せていている事。そして最後の4つ目は…()()()使()()()()事」


言い終えると、ギィはお茶とクッキーをトレイに乗せ、「戻りましょう」と言った。

お茶のお代わりとお茶菓子の用意を名目に離席しただけなので、あまり時間は掛けられない。


ギィと並んで歩ながら、言われた内容を反芻する。


狩猟は獣を狩る仕事だ。小型の獣でも手負いであれば時に思いもよらない反撃をする事もあるし、熊などの大型の獣を狩るならば、大怪我を負う危険性もある。


そんな危険な仕事を収入源にするほどであれば、確かに、有事に備えて医者が常駐している方がよい。


ましてや、村全体の収入源と言うくらいだから、ドニ 一家の他にも狩猟を生業にしている家はあるはずだ。にも関わらず医者がいない。


そして今回、大怪我を負った村人がいるのに、誰も医者代の援助を申し出て来なかったであろう事も不可解である。父親が助けたという幼子の家族すらも、申し出なかったのか?


村全体が貧しいがために、誰も医者代の援助が出来なかったのであればまだ話は分かる。しかしそれならば、場合によっては医者代よりも高い金額になり得るエンバーミングについても、ドニ 一家や村の人たちは支払う事ができないのではないか。


今回の依頼料が払えるか否かは気にしていないが、ギィの言う通り「不審」である。

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