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魔法帝国のエンバーマー  作者: 千夜丸
1章 祈りの形
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帝都が夕日に包まれようとしていた。



夕陽によってオレンジ色に染まる教会区の裏通りの更に裏通りには、『エンバーミング店:メリアの祈り』の看板が夕陽に照らされ、輝いている。


一見、小さな喫茶店の様な店構えをしているその店舗の周りには、鉢に植えられた色とりどりの小ぶりな花がたくさん飾られ、聖職者の清貧さを表すかのような簡素な教会区の裏通りに、文字通り花を添えていた。


店舗の周辺を楚々とした雰囲気にしている理由は、花々だけではない。

『メリアの祈り』の複数の窓にはステンドグラスがはめられており、教会のような清廉な雰囲気が漂っている。教会区とは言え裏通りの更に裏通りという立地にありながら、空気まで清らかだ。


一見、飲食店や娯楽施設のような風体で、店に入れば品の良い老夫婦が出迎えてくれそうではあるが、店の吊り下げ看板には「聖樹」がデザインされており、見た目通りの店ではない事がうかがえる。



「聖樹」のモチーフは、皇帝一族か聖職者、あるいはそれらに準ずる職種に就く者にしか利用を認められない。



つまり少なくとも、喫茶店の様に気軽にフラッと立ち寄る店ではない、という事だ。


店名にある「エンバーミング」とは、遺体に防腐処理や修復処理を施して長期の保存を目的とした技術の総称である。


聖リリアンヌ帝国で約50年ほど前に技術が確立されたこのエンバーミングは、亡くなった人を埋葬する前、故人へ贈る最後の贈り物として主流になりつつあった。


広大な帝国において、たった50年で主流になるほどの普及率の高さの要因は、ひとえに「教皇」の努力である。


聖リリアンヌ帝国は、皇帝と教皇の2本柱で協力し合いながら国を運営しているが、決して一枚岩ではない。互いに「目の上のたんこぶ」であり、腹の中ではどうやって合法的に相手を蹴落とせるかしか、考えていなかった。


そんな中、教皇は教会や自身の立場を皇帝よりも強めるため、当時はまだ誰も知らないエンバーミング技術を「神より授けられた叡智の技術」として布教する事を思いつく。


エンバーミングは死者へ施すもの、つまりはあの世の住人となった者が主神に謁見するために身綺麗にするもの、という教会の強引な考えの布教を、教皇自ら率先して指揮を執った結果、「教会が神より授けられた叡智の技術」は50年で急速に広まったのだった。






~~~~~~~~~~~~~~~






カランコロン…ロン


オレンジ色の空に少しずつ紫色が追い付いて来た頃、「メリアの祈り」の扉が内側から開き、一人の男が出てきた。


店員と思しき男は、ドアベルのカラコロとした音の余韻を楽しむかの様に少し目を細めると、ふぅ、と小さなため息を吐きながら、閉店の準備を始める。


「ふぅ。今日もタバコ屋の大奥様の人生相談だけでしたね」


一人呟きながら、男「ギィ」が得意の「風魔法」で店舗前の埃や落ち葉などのゴミを纏め始めると、魔法の風によってギィの濃紺色の髪が耳からサラリと落ちた。耳から落ちた髪を少し鬱陶しそうに耳へかけ直すが、すぐさま耳から落ち、ギィは二度目のため息を吐く。


「ギィ、ため息吐くと幸せが逃げるんだって。知ってた?」


濃い茶色の猫ッ毛をぴょんぴょん跳ねさせた青年が、店舗の外脇にある従業員用の通路からギィをからかう様な口調で話しかけると、ニヤニヤと笑いながら「土魔法」を使って椅子を作り、胡坐を掻いて座った。


自身の猫ッ毛を指でくるくると巻いて遊んでいるが、人をからかう時に無意識に行っている癖のようで、本人は自分が髪の毛をくるくるしている事に気付いていない。


「知ってますよ。本当なのかは知らないですけどね。それよりフィル、座ってないで閉店作業を手伝ってください」


「えー。オレ担当の場所、終わったのに…」


ちぇ、ギィにちょっかい掛けに来るんじゃなかった!と文句を言いつつ、猫ッ毛の青年「フィル」は土魔法で小さな土人形を作ると、ギィが纏めたゴミを持たせ店舗の裏庭に運ぶよう指示を出した。


おとなの膝よりも小さな土人形が、まあるい袋を二体一組になって掲げ運ぶ姿は、子供が好む物語に出てくる小人の様で、愛嬌がある。まぁ、袋の中身はただのゴミであるため、風情も何もないが。


先ほど作った土の椅子も壊して地面に還すと、フィルはお尻をパンパンと叩きながら、立ち上がった。


「こういうの何て言うんだけ…そうだ、契約外労働?ってやつ。だから、特別手当を要求する!」


腰に手を当てながら仁王立ちでギィに金銭要求をするフィルを、ギィは横目でチラリと一瞥すると、聞こえないフリをして、さっさと店舗に戻る。そんなギィを追いかけ、フィルも店舗に入った。


「なんで無視すんだよー」


受付テーブルを拭くギィの周りをチョロチョロしながら、特別手当という名のお小遣いをせびるフィルに三度目のため息を吐くと、ギィは持っていた濡れ布巾をフィルの顔面に飛ばした。


風魔法の威力を増した、「濡れ布巾ショット」である。


「へぶ!」


「よく聞きなさい。ここ3ヶ月の間、エンバーミングの依頼が無いんです。()()()()()私たちは3ヶ月間の赤字状態なんです。それなのに貴方が方々で散財してごらんなさい。『赤字経営なのに羽振りが良い』と妙な勘繰りをされるでしょう?」


「で、でも、貯蓄から出してるのかなぁ~、とか思われ…」


ギィは腕を組みながら、四度目のため息を吐いた。笑顔で。


「貴方の様なバ…アホの子が貯蓄しているなんて、誰も思わないですよ。『貯蓄も無いだろうに、あんなお金どこから湧いて出たのかしら』と思われたが最後、街のあちこちで噂話好きの奥様方の監視の目が付くようになるんですよ。この意味分かりますか?」


普段、柔らかな笑みを浮かべる事が多いギィであるが、今は目が笑っていない。怖い。


そんな目を見てしまったフィルは、「ヒドい!オレはアホの子じゃない!」という言葉を飲み込むと、顔から引きはがした濡れ布巾をお守りよろしくギュッと握りしめ、おずおずと答えた。


「オレたちの()()ができない。昼間の行動も、行動範囲も限られてくる。ちゃんと分かってるから!ゴメンって、ギィ!だからその目ヤメテクダサイ」


笑ってないのに笑ってる顔コワい!一気にたくさん喋るギィコワい!と低い語彙力で恐怖を訴えるフィルのお守り(濡れ布巾)を奪うと、「分かればよろしい」と満足そうに頷いた。


「よりにもよって、店に閑古鳥が鳴いている事を一番知っているのが、噂大好きなタバコ屋の大奥様ですからね」


残りのカウンターやテーブルを拭きながら、この辺一帯の顔役的な存在である「タバコ屋の大奥様」に半ば入り浸られている現状を嘆く。


彼女は『メリアの祈り』と同じ教会区に店を構える老舗タバコ屋の敏腕大女将であったが、半年ほど前に70歳を迎えた節目に経営者から退き「娘夫婦に店を完全に任せる」と隠居宣言をしてからというもの、自分よりも遥かに年若い『メリアの祈り』の従業員達に、なぜか「人生相談をしたい」という名目で店舗にやって来ていた。



単に暇すぎてお茶しに来ているだけである。



「エンバーミングは繫盛しても喜びにくい仕事だから、まぁ良いんじゃん?それにオレ、タバコ屋の大ばあちゃん好きだよ?」


「まぁ、悪い人ではないですが…」


嘆くギィを余所に、フィルは制服のパンツのポケットを触ると笑顔で声高らかに言った。


「だって、いつもキャンディーくれるし!」


満面の笑みである。

ポケットにパンパンに詰められたキャンディーの感触に、フィルはムフフと鼻息を荒くした。


「ちょっと良い贈り物」扱いの菓子に分類されるとは言え、野郎(18歳)がキャンディー程度で完全に餌付けされている状態に、ギィが何度目になるのか分からないため息を吐くと、店のドアベルがカランコロン…ロンと音を立てた。



紫から紺色へ変わり始めた空を背負いながら、おずおずと入店したのは、10代後半と思しき青年である。



「あっ、あの…!こ、ここで頼んだら、父ちゃんキレイにして貰えるって聞いて、それで…」


だんだんと尻すぼみになりながら来店の目的を話す青年を、ギィはサッと観察した。


10代後半と思われる顔付きだが、その年の青年にしては明らかに手足が細い。

来ている服も継ぎはぎが多く、まるで貧民街の住人のようである。


それでも、農民が好んで使用する、つま先が丈夫な靴を履いているところから推測するに、地方の貧しい農家の息子だろうか?


「お話お伺い致します。どうぞこちらの椅子へお座りください」


瞬時に観察し終えたギィが、微笑みながら相談ブースへ案内する。






~~~~~~~~~~~~~~~






空間魔法の間仕切り内に存在する相談ブースは、中の話し声が一切漏れない仕様になっているうえ、窓にはステンドグラスがはめられているので、外から見える事もない。


普段はステンドグラスによる荘厳な色合いの太陽光がブース内を照らすが、今は夕闇がそこまで来ているような時間だ。外からの光は期待できないので、ギィはランプに火を灯し、それを数個テーブルや周りの空間に浮かべる。


ランプ数個では、昼間の様に明るくなることは無いが、適度に暗い空間と温かな色の炎がフヨフヨと浮かぶ様は、不安気にしている青年の心を少しだけ落ち着かせた。


「お茶どーぞ!」


青年が座ってから一息吐いたタイミングでお茶を出したフィルは、青年がお茶に恐るおそる手を付ける姿を見た後、静かに相談ブースから退室した。


一口だけお茶を飲んだ後、何かを堪える様に俯く青年に、ギィが穏やかに話しかける。


「こちらのお茶は柔らかな甘みが特徴で、若い方に人気なのですよ。お口に合うと良いのですが…」


エンバーミングに関する話は、直ぐには切り出さない。

故人を思う人は、誰しも自分が思う以上に心が重く塞がっている。

その様な時は、いつも通りの会話などできるはずがないのだ。


なのでエンバーミングの依頼話を受ける時、話を急かす事はしないし、無理に聞き出す事もしない。それがこの店のポリシーである。


「あ…えっと、美味いな…ありがとう」


一言返した事で話す決心がついたのか、俯きがちだった顔を上げると、青年はゆっくりと話し始めた。


「今朝、父ちゃんが死んだんだ。村のしきたりで棺桶に入れる時は指を組ませるんだけど、できなくて…」


できなくて、と話しながら青年の声には徐々に涙が混ざっていく。再び俯くと鼻を啜る音が聞こえ始めた。ギィは青年の顔がなるべく見えない様に側に寄り、そっと背中をさする。


泣き顔を見られたい人など、いないだろう。


青年の両手が、膝の上で硬く握られ震えている様子を見ながら、ギィは「指を組む事ができない」状態について考えていた。


(今朝亡くなった…指先の死後硬直が始まるまでには最低でも数時間は掛かる。それまでに指を組ませる事ができなかったのか、あるいは…)


そこまで考えた時、青年が「ありがとう」と切り出した。少し涙が混ざっているが、先ほどよりしっかりとした口調である。ギィが側を離れ席に着くと、青年は残りの涙を振り払うかのように深呼吸をし、続きを話し始めた。




青年の話に呼応するかの様にランプの炎がゆらりと揺れ、青年の影を一瞬だけ歪ませた。




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