当たり前の日々
「俺は何をしてるんだ。」
鏡の前で歯を磨きながら男は呟いた。
彼の名は、松本章。平凡な三十代の男性だ。現在彼女はいない。浮気され同棲してる部屋を出て行った。正確には追い出した。付き合い自体はとても長く同棲含めて5年だったはずだ。
「この人とこのまま一生一緒にいるんだなと」心の中で思っていた日々が懐かしい。と思い出している場合じゃない。今、俺は出勤準備の途中じゃないかとふと我に返る。急いで身支度を済ませ部屋を出た。これが彼にとって最後の普通の朝だった。
彼は車に乗り込み職場へ向かう。彼の職場は保育園だ。
職場の駐車場に車を止め、同じ出勤時間の同僚や先輩たちと一緒に保育園に向かう。途中、保護者や子どもたちとも出会い挨拶をする。保育園は時差出勤が当たり前だ。朝早くから夜遅くまで。保育園は開園している。
彼の職場には、朝礼はなくそのまま現場に入っていく。その後、自分のクラスの子たちを自分のクラスに連れて行く。そして自分のクラスで準備をしながら子どもたちを受け入れたり、補助の先生が来るのを待つ。保護者から話しかけられれば、それに対応する。幸い田舎だからか、クレームを入れてくる保護者はいない。外で遊んでいる際に転んで怪我をしたとか、泥だらけになってしまったとか、発表会で主役じゃないとかでクレームを入れてくる保護者はこの園にはいない。短大時代の同級生のなかには、それが原因でノイローゼになったり、先輩の保育士からパワハラを受けてをやめて行く者もいた。
そう意味では俺は恵まれているのかもしれない。先輩の先生方も一年目からとてもよくしてくださった。感謝しかない。そして、いつも通りの日々が始まり、あっという間に終業の時間になっていく。基本は、これの繰り返しだ。持ち帰り残業は最初のころはあったが、パートさんと仲良くなり任せれるぐらいの信頼関係はあっという間に作れた。
ただ、今日はいつもより少し長めに職場で作業と先輩保育士に相談していたため遅くまで残ってしまった。
「疲れたなー」と呟きながら車に乗り込み自宅に帰るいつもの道で、あることが起こってしまった。
これにより彼の人生そのものがめちゃくちゃになっていった。