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日の出る前の朝早く、私は大きな鞄を背負って城の門まで来ました。そして、そんな私をわざわざお嬢様とパメラはお見送りに来て下さいました。
「では、お嬢様。申し訳ありませんが、行って参ります」
「うん。ゆっくりして来て良いから、気を付けてね」
「ありがとうございます。パメラ、後はお願いします」
「お任せ下さい」
眠い目を擦りながらもう片方の手を振るお嬢様の姿を見えなくなるまで振り返りながら私は歩みを進みます。
外へ続く門へ行くといつもの門番の方に軽く挨拶して手続きを終えると外へ出ます。
私は大切な用事が無ければ毎年六月の十二日、この日だけ休みを頂いて国の外へ向かいます。
外へ出ると直ぐに目の前に広がる大自然。私は少し奥へ進み、横道に逸れると誰にも見えないところでサッと召使いの衣服を着替えます。
自然に溶け込む緑の服、これはエルフの伝統の衣服であります。
身体能力の高いエルフは召使いのような踝まであるヒラヒラした服では動きが制限されてしまいます。
これから行くところは山深い場所、いつもの服では困難な場所です。
それにこの衣服で行かなければ、森が入る事を拒んでしまうのです。
何故このような場所で着替えているかと申しますと昔は城から着替えて外へ行っていたのですが、見慣れない服装でエルフであると堂々とアピールしているようで注目の的になっておりました。
余り人に見られるのは好きでは無い私はそうそうにこの方法をやめました。
悩んでいた私にその時の門番の方が門番の方達用の控室を使っても良いと仰って下さいました。
私は有り難く使わせていただいていたのですが、数年後、事情の知らない見習いの方がたまたま控室の扉を開けてしまい、着替えていた私と鉢合わせしてしまったのです。
流石にこんな事があってはここを使う訳にはいきません。
だからと言って良い場所も無く、仕方無しに森で着替えるという暴挙に出た訳です。
初めの頃はこんなところで着替えるのは恥ずかしくて女としてどうなのかと思いましたが、もう何十年と経った今ではもう慣れてしまいました。
今では堂々と着替えています。ですが、偶にこの道を通る人達がいるのでそこは気を付けなければいけません。
着ていた服を鞄に詰め直し、鞄を背負って私は目的地へ出発しました。
木々を飛び越え、橋を渡り、途中で花を摘みながら森の奥深い場所、遥か昔エルフが暮らしていた村に着きました。
エルフの村は神樹と呼ばれた他とは比べ物にならない程の巨大な木を信仰しており、神樹を中心に周りに生える大樹の枝の間に隠れるように家を作って暮らしていました。
ですが、今では神樹も村の一部も戦いの跡を残し、朽ちてしまっています。
そんな村を通り抜けて私は神樹に向かいます。
神樹の側近くの所々少し盛り上がった地面には木の枝が刺さっていますが、これはエルフのお墓です。
神樹から枝を頂き、それをエルフの埋まっている土の上に刺す事によって目印にしております。
そして隅にある一つの墓の前に膝を下ろし、道中摘んだ花を添えます。
「お久しぶりです、お母さん」
ここは私の母の墓。
今日は母の命日なのです。
「亡くなって今で…四百七十六年目…いえ、四百七十八年目…でした、か?」
いけませんね。エルフという種族は何百年と長寿の存在、時間の概念が少し適当であります。
そのせいで何年経ったか忘れてしまう事が多々あります。
「ふぅ、毎年お墓参りをしているのですがどうも上手くいきませんね…お母さんもきっと人の真似事をする私を怒るのでしょうね」
私達エルフは人のように男女の営みから子を成すのではなく、この神樹から生まれ、死んで神樹の糧になるべく大地に還り、また神樹から生まれるからです。
前世と言える過去の記憶はありませんが同じ姿形をして再びこの地に戻るので、また出会える同胞の死を弔うという文化はありません。
家族というのも神樹から選ばれた者同士が新しく生まれたエルフを育てるのであって、生まれた子が独り立ちすると家族の形は無くなります。
稀にそのまま愛し合って暮らす者もおりますが、それはエルフにとっては異端。
ですが、私の母と父はお互いを愛していました。
そして、父は四百七十年前の人とエルフの戦で死んでしまいました。
その時に神樹も朽ちてしまい、父を含めエルフは死ねばもう二度とこの地に足を着くことは出来ず、それがきっかけで母は人を恨むようになりました。
「それでも、私は人が嫌いではありません。それはお母さんもですよね」
だからあの時、変わる心を許せなくて、守る為に自ら命を絶ってしまったのですよね?
「また来たのか!裏切り者!」
「はぁ…またですか、フィール」
側の木から降りて来たのはフィールというエルフです。いつの頃からか私が墓参りをしているところに邪魔しに来るのです。
「こんにちはフィール。今回は何か御用があるのでしょうか」
「えっ、え、う、裏切り者をここから追い出すんだ!」
毎度このような事を言うのですが、それなら何故エルフの里に入る前に止めないのか、しかも私が帰ろうとするタイミングあたりで出て来るのです。
多分ですが、人に攻められたエルフの生き残りの多くは人から離れた国に避難してしまったので、この付近にいるエルフはフィールしかいないのでしょう。
そして一番近い私と居たいのかもしれませんが、フィールもやはり人が嫌いなので人といる裏切り者である私に近付くに近付けないと言ったところでしょうか。
私は内心ため息を吐きつつ、鞄の底から一つの包みをフィールに渡します。
「お口に合うか分かりませんが、今回はサンドウィッチです。よろしければどうぞ」
「え!」
喜色の色を浮かべ包みを眺める姿はまだまだ子供だと思わせますね。
「それでは私は帰りますね」
「え…」
私が帰ると言うとあからさまに淋しそうにされるのは帰り難く、困ります。
別にフィールの事は嫌いではありませんが、それよりも今私はお嬢様が大切なので戻らなくてはなりません。しかし…。
「…少しお話ししましょうか」
「!」
この顔を無視して帰ろうとは思えません。
フィールはサンドウィッチを食べながら、私は何時ものように少しだけ話をします。
帰る時間を計算し、日の傾きを見て私は帰路につきました。
その頃には満足したのかフィール手を振って見送ってくれました。
帰宅途中、ふと疑問に思いました。
今まで思っていなかったのですが、フィールの言動から歳は若く感じます。
しかし、神樹が朽ちてから既に四百年以上。どこから生まれたのでしょうか?