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「あー、嫌だなぁ。ご飯は楽しく食べたいよぉ」
文句を言いながら重い足取りで食堂に向かうお嬢様の後ろをパメラと共に着いて行きます。
マイお嬢様はジョシコーセーで帰りに友達と共におしゃべりして食事をしたり、家族と共に今日の出来事を話したりして食事していたそうです。
庶民ではよくある光景ですが、貴族は食事は静かに食べるのが基本です。ただ、立食パーティーの時は政治的な交渉の場として会話しながら食べます。
そんな環境に暮らしていたお嬢様は無音の空間で食事を取る事が好きではありません。
ですので、歳の近いパメラと一緒に食事を取っています。パメラは最初気が引けていましたが、服の話が二人は直ぐに意気投合して楽しく食事が出来ています。
その間、私は給仕をしながらこの光景を見られないように扉の側で待機しております。
未だに文句を言い続けるお嬢様をそろそろ宥めなければなりませんね。もうすぐ食堂に着いてしまいますし、こんな内容他の人に聞かせるには参りません。
「お嬢様、そろそろ」
「だってアリアナぁ、嫌ものは嫌だもん。あんな王子と一緒にご飯って」
「あんな王子とはどんな王子のことだい」
…間に合いませんでした。
ちょうど角から来られましたので、来た事に気付く事ができませんでした。
私とパメラはそのお方に頭を下げます。
「げっ、なんたら王子」
目の前に居られるのは笑顔を貼り付けたこの国の第一王子ディラン・ワーテゥル様でした。
「ディラン・ワーテゥル。人の名前も覚えられないのか?あ、猿だから人語が理解出来ないのか」
「はぁ⁉︎誰が猿よ!」
相変わらずお二方の相性はよろしく無いようです。
お嬢様は身体を動かすのがお好きで、元居た世界でボルダリングという突起物のある壁を登る運動をされていたそうです。
この世界に来てから殆ど離れから動かなかったストレスで、私とパメラの目の前で壁を登り始めてしまったのです。あの時はびっくりして心臓が飛び出しそうになりました。
その光景をたまたま見た王子が猿のようだと言い出してしまったのです。
それから事あるごとにそれを持ち出しては嫌悪な状態になってしまっています。
猿なんて言われたら怒る気持ちは分かりますが、それでも先ずはお嬢様を止めねばなりません。
「お嬢様」
「止めないでアリアナ。この王子とは一度話さないといけなかったのよ」
「いけません。他の方にこのような会話を聞かれるとよろしくありません」
パメラに目配りをすると心得たとばかりにお嬢様に話しかけます。
「マイお嬢様、今日のお食事にプリンが出るらしいですよ」
「えっ!」
「ささっ、中に参りましょう」
お嬢様は大好物であるプリンに反応して気が逸れ、中に入って行かれます。
ホッと内心落ち着いた私は不愉快にさせてしまった王子に謝らなければなりませんね。
「お嬢様が申し訳ありませんでした、ディラン・ワーテゥル様」
「…」
頭を下げて謝りますが…おかしいですね。何も反応されません。
顔を上げますが、王子は何故か顔を歪めて私を見ていますね。何故でしょう。
「…アリアナ、」
「はい?」
何か言いかけ、止めてしまわれます。不思議に思って思わず聞こうとする前に王子の後ろに控えていた従者、王子の幼馴染みのレオ様が声をかけ、中に入ってしまわれます。
少し気になりますが、私もお嬢様の侍女として側に行かなくてはなりませんね。私は王子の後から室内に入りパメラの隣に控えました。
一度もお互い目を合わせる事も無く、終始楽しく無さそうにお嬢様は食べ終わると早速浄化に向かう為に馬車に乗り込んでいただきます。
「また一緒なの?」
げっそりするお嬢様を宥め、先に乗っている王子の向かいに座っていただき、お嬢様の頭にベールを被せます。
この馬車は浄化に行く聖女様を間近に見られるチャンスと国民にパフォーマンスとしてわざと街中を通ります。
そして、王子を聖女様と一緒に同じ馬車に乗せて仲の良さそうな光景を国民に見せる事で聖女様は王子の為に力を貸して下さると国民に思わせる目的もあります。
国民に支持されれば、第一王子であるのに次期国王の座を放棄して弟君に渡そうとする王子の考えを変えようと国王陛下が考えついた策でもあります。
あわよくば、お嬢様と結ばれないかなと考えているらしいのですが、それは今のところ難しそうですね。
お嬢様にベールを被せるのは顔を見られ、誘拐やお嬢様の顔を使った犯罪など起こらないとは言えないので、その対策です。
レオ様が護衛として馬に乗って並走し、私達は後ろのもう一台の馬車に乗り込んでついて行きます。
「アリアナ、一緒に乗ろうよ」
「いけません。それでは国王陛下のお考えを否定してしまいます」
「別に父上の案なんて妙案じゃない。猿と二人っきりよりましだ」
「また猿って言った!」
「猿に猿と言って何が悪い」
王子までお嬢様の案に乗るなんて何を考えていらっしゃるのでしょうか。それよりもまた王子の発言でお嬢様がお怒りになってしまいました。どうしましょう。
「ディラン、そろそろお時間ですよー」
幼馴染みだからでしょうか。気楽に敬称も付けずにレオ様がお二人の話を簡単に止めて下さいました。
王子はレオ様を睨み付けますが、そんなレオ様は素知らぬ顔をされて騎乗しています。
私もその間にパメラも乗る、後ろの馬車に乗り込みます。
今から向かうは人の使用する水の源泉、イニーツィオ湖です。