第22部【届かぬ願い】おまけ
おまけSS
奴が乱入する前の静かなひととき。
「ラミスカ、動かないで」
落ち着かなさそうに目を動かすラミスカを叱責する。
口にかかるほどの長さの前髪をやっと切ってあげられる。どうしても嫌がるので放っておいたが、耳にもかけない髪は食事のときにも邪魔そうだった。
無理やり湯あみが終わったであろう瞬間に、はさみを手に押し入ったのだった。
動かないように顔を固定すると、ラミスカの顔が赤らんでいることに気づいた。湯あみが長かったのでのぼせたのかもしれない。メルルーシェは後で冷たい水を汲んであげよう、と考えながら前髪の束を手に取った。
「せめてそうね……鼻にかからないくらいまでには切ってしまおうかしら」
「嫌だ」
ラミスカが目を伏せたまま呟いた。
「どうして?その方が顔が見えて素敵よ?」
メルルーシェが首をかしげると、嫌そうに「顔は見えなくていいんだ」と呟くラミスカ。
「そうなの?でも私はラミスカの顔を見たいわ」
メルルーシェが残念そうに告げるとラミスカは口をへの字に結んだ。
「……少しだけなら」
「まぁ、本当?少しね、分かったわ」
メルルーシェが嬉しそうに微笑むのをちらりと見て、すぐに手に持ったごみ箱に落ちていく髪に視線を移す。
胸のあたりにかかるラミスカの吐息が少しくすぐったい。はさみが立てる軽快な音とふたり分の呼吸音、静かな時間が過ぎた。
メルルーシェがラミスカの顎を持って上を向かせると、角度を変えて前髪を確認する。量も減らしたことで美しい形をした目元がすっきりと見えるようになった。
メルルーシェはラミスカの顔に落ちた毛を掃うと、頬を包んで微笑んだ。
「うん、いい感じね。とても素敵よ」
ラミスカの藍色の瞳がいつもより大きく見える。すぐに戸惑ったように目を逸らしたラミスカは、すたすたと居間へと行ってしまった。
「ラミスカ、今日は一緒に寝ながら本読みましょうよ」
「嫌だ」
「あら、どうして?」
メルルーシェは冷やされた水を取り出して注ぐと、ことり、と机に冷たい水を置いた。
「ひとりで寝る」
「それは残念」
ラミスカは一気に飲み干すと、足速に自室へと向かっていった。
短くなった髪から覗く朱に染まった耳に、くすりと笑みを漏らす。
「待ってラミスカ。
じゃあ寝る前に一緒に借りた本を読まない?」
借りてきた『レーチェカの歴史と文化』を手に呼び止めると、興味を惹かれたのかこくりと頷いて戻ってきた。
手招きをして、普段読書を嗜むふたり用の寝椅子にふたりで座る。
メルルーシェはラミスカの肩を抱いて優しく髪を撫でた後にゆっくりと本を開いた。