日常(閑話)
3章第33部分「友人」後の閑話です。
昼下がりの休憩中、訓練所から程近い水場で水浴びをしている最中、メルルーシェから貰ったスファラの首飾りの革紐を洗い流していると声が降ってきた。
「女からか?」
顔を上げると見覚えのある訓練兵だった。挟んでいる赤の色札から同じ等級、つまり同級生だと分かる。リメイと過ごす時間が増えてから、訓練学校内でもたまに声をかけられることが増えた。
「……母親からだ」
にやり、と笑う青年に言葉を濁しながら答える。
メルルーシェを母親と伝えるのには抵抗があるものの、伝える言葉として一番相応しいのはその役割であるからだ。
「なんだよ、母親からかよ。期待しただろうが」
明らかにがっかりした、といった様子を隠さずに鼻で笑う青年に、濡れた身体を拭いていた別の青年がにやりと笑いながら口を挟む。
「天下の無敗のニアハが母親から貰った首飾りを大事にしてるなんて知れたら、調子に乗った青札達が“弱点を見つけた“って大喜びするぞ」
最近よく集団でちょっかいをかけてくる上級生が頭を過ったものの、大した脅威になるはずもないので首を傾げた。何が弱点となり得るのだろうか。
腑に落ちない様子のラミスカに、大袈裟にため息をついて見せる青年。
「なんだお前大事に大事にされてた口か?
俺の母親は口を開けば“外に出て稼いでこい”だぜ」
「母親なんてうざいったら、どこもそんなもんだろ?」
からかい口調の青年に、追い風のように青年たちの笑い声が響く。
「いや、女神だろう」
普段無口な、教官からも一目置かれる実力の持ち主の口から飛び出た衝撃の言葉に視線が集まった。
真顔で答えたラミスカの顔には、冗談の“じ”の字も含まれていないことを察して青年たちは顔を引き攣らせる。
「そりゃ一体どんな母親なんだ?」
足を洗っていた青年がツボにハマったように笑いだして、からかうように尋ねた。
身体的特徴を聞かれているのだろう、と記憶の中の鮮明なメルルーシェの姿を思い起こしながら特徴を述べていく。
「慈愛の神ルフェナンレーヴェの寵愛を思わせる柔らかい絹のような髪は、光に透けると神秘的に輝く。薄紫色をした優しげな形の瞳は長い睫毛に縁取られていて、すらりと伸びた四肢と均等の取れた肉体は曲線の美しさもさながら神にも匹敵」
「やめろやめろ」
すらすらとメルルーシェの特徴を述べているだけなのに、苦いものでも口に含んだように舌を出した青年に遮られて口をつぐむ。
(まだ身体の特徴の走りしか述べていない)
顔を赤く染めた青年訓練兵が、口をぱくぱくとさせた後「よくそんな痒い言葉がすらすらと言えたもんだぜ」と気まずそうに呟いた。
腹を抱えて笑っている者、呆れたように首を振る者、接することを避けるように距離を開けて様子を見ている者、訓練時よりも親しみのこもった視線をよこす者。
先ほどまで共に訓練場にいたのだろう同級生たちを回し見ながら首を傾げる。
「本当のことを話しただけだ」
———いかれた混血児として訓練兵達の間でしばらく話題となることは言うまでもなかった。