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ニアハは聖女の愛を知る  作者: 森メメ
SS&後日談
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アルノとレイメル

6年後のSS



 寝台のカーテンがそよ風で揺れると、太陽の暖かい光が手に触れた。


 外で子ども特有の甲高い音が、楽しそうに混じり合っているのが聞こえる。遠かった声が次第に近づいて来ているのを感じて、微睡みが遠ざかる。


 自分達の家が建つこの場所は、湖に隣接しており森に囲まれた物静かな場所だ。癒し魔法と薬の研究施設は湖の対岸にあり、村までは距離もある。つまり聞こえてくる人の声は、大体見知った者ー親友たちとその子どもたちーのものだ。


 ばたばたと慌ただしく走る音に、転けはしないだろうか、と不安を覚え身体を起こそうかと悩む。


 首の下に挟まれた筋肉質な腕が、もぞもぞと動いて私の身体を引き寄せた。甘えたように首筋を食むラミスカに向き直る。深い藍色の瞳がまだ微睡みから抜け出せていない、と物語っていた。


 ラミスカと共にトナン国から帰って来たのは昨晩の事だ。ダテナン人の内乱を利用したロズネル公国との戦争を、安穏の神がおさめてからもう6年が経つ。


 終戦後、目まぐるしく変わる情勢の中、死の神を奉る神殿を安穏の神を奉る神殿に変えるため、ラミスカと共に旅をした。


 私を守ろうとするラミスカのこの行動も、神同士の事情に巻き込まれているだけに過ぎないのかもしれない。———そんな考えが過ぎることもある。どう足掻いたとしても、人間は神の掌の上で踊っているだけなのだろうか、と。


 ふうっとため息を吐いて、ラミスカの顔にかかる髪を耳にかける。何度か瞬きをしたラミスカが少し覚醒してきたのか、私の額に口付けた。


 昨晩家に帰ってきた事は、リエナータもリメイも知っている。村と研究施設に顔を出して戻ったからだ。きっと子どもたちは久しぶりに私たちに会えるのだ、とリエナータの静止も聞かずに飛び出してきたに違いない。


 親友によく似た子どもたちの顔を思い浮かべて笑いが溢れると、ラミスカが少し気怠そうに目を開けた気配がした。


「ラミスカ、アルノとレイメルが遊びに来たみたいよ」


 小声で告げると、ラミスカは小さく微笑んで頷いた。


 玄関先までやってきた子どもたちは、声を抑えてこそこそと話し始めたようだった。窓からくぐもって聞こえる声から察するに、うちの扉をどっちが叩くのか競り合っているのだろう。


「でもおかあさんは、みどりのときまでまちなさいって、いってたもん」


 泣きそうな声で兄を止めるレイメル。


「きっともうおきてるはずだよ。もうすぐみどりだし」


「ほんと?でも……」


 明るく言い放つ兄を止めようと、父親によく似た少女が困っている姿が目に浮かぶようだった。


 名残惜しさを感じつつ、寝台から起き上がって薄いガウンを羽織って振り返ると、上体を起こしたラミスカがこちらをじっと見つめている。


「綺麗だ」


 恥ずかしげもなくそんな言葉を口にするので、「もう」と呟いて玄関に向かおうと扉に手をかけると、ラミスカが「待って」と制止の声をあげた。


 起き上がったラミスカが、服に身を通してからゆったりとした動きで立ち上がって私の身体を抱きしめると、そっと労わるように下腹部を撫でた。


「もう少し休んでいるといい」


 耳元でそう告げられて、一気に熱を持った顔を冷やそうと手を当てる。


 ラミスカが小さく笑いを零したので、照れ臭さをぶつけるように睨みながら「大丈夫よ」と答えて、外にいる子どもたちに聞こえるように声を張る。


「アルノとレイメルね。今扉を開けるから少し待ってちょうだい」


 髪に唇を落とすラミスカの抱擁から逃れて、玄関扉に手をかける。



 ふたりの小さな子どもが自分を見上げて顔を輝かせた。


「「メル!!!」」


 太ももに抱きついたふたりに笑いながら、しゃがんでふたり一気に抱きしめる。


「あいたかったんだよ」


 レイメルが泣きそうな顔でぎゅっと力を込めて、胸に顔を埋めた。


 父親譲りの淡い緑の髪は、幼い頃のリエナータのようにおさげにしている。そばかすや優しげな形の瞳といい、本当にリメイによく似ている。母親の面影があるのは、黄色に近い薄茶色の瞳くらいだ。リメイの伯父ハーラージスは、これでもかというくらいレイメルを溺愛しているらしい。


「あ!ラミスカ!!!」


 にこにこと笑っていたアルノは、背後に立つラミスカに気づいたのか、元気良くそちらに駆け出した。


 胸に顔を埋めているレイメルを抱っこして立ち上がり、背中を優しくさする。きっと会いに来るのを我慢する気持ちと、会いたい気持ちで小さな胸の中はいっぱいだったのだろう。


 ラミスカを木のように登って、肩までたどり着いたアルノは大はしゃぎだ。


 リエナータと同じ艶のある紺色の髪を、神官のように切り揃えている。好奇心旺盛そうな大きな瞳は父と同じ空色だ。明朗な性格も、物怖じしない所もリエナータによく似ていると思う。この二人を見ていると、まぁバランス良く両親に似るものだと、メルルーシェは感心したものだった。


 ラミスカは穏やかな表情で、アルノが落ちないようにじっと注意を払っていたが、アルノが頭に掴まったのを確認すると、小さな太ももを固定した。


「やっぱりラミスカがいちばん!」


 肩車から見える景色への感想なのか、嬉しそうにはしゃぎ声をあげるアルノを微笑ましく見守る。


 年に何度も長い間家を開けるのは私とラミスカだけではない。リエナータは混乱が収まらない神殿へ手伝いに行くこともあったし、リメイは癒し魔法の使い手と薬師を取りまとめて、新たな学校を立ち上げたため多忙だった。


 自分達が家に戻っている時に、リエナータとリメイが子どもたちを連れて行けないときは、子どもたちがうちで生活することもあったし、それ自体は大歓迎だった。


 子どもに恵まれない寂しさを、ふたりが癒してくれるからだ。


 湖の方へ向かうラミスカとアルノに着いて歩き始めると、レイメルが顔を上げた。私の髪を指で弄びながら、はにかむ。


「あのね、おとうとかいもうとができるんだって」


 きっと後でリエナータから報告を受けることになるであろう内容に、一瞬驚いたものの、じんわりと喜びが広がっていく。


「それは、とっても素敵ね」


「うん、わたしはいもうとがいいの。

メルみたいにね、おはなで作ってあげるの」


 嬉しそうに目を細めるレイメルがあまりに可愛くて頬が緩む。

 きっとレイメルに作って見せた花冠のことだろう。


「きっと弟でも、レイメルが作ったお花の冠なら喜んでくれるわ」


「そうかな?おにいちゃんは、おとこは、おはななんていらないんだって……。

おんなみたいで”ダサい”んだって……いってたよ」


 6歳になって村の子どもと遊ぶようになったアルノは、女の子の遊びはしないと言い出したようだ。ラミスカに湖に投げ込まれて大喜びしているアルノを見ながら、レイメルが悲しそうに呟いた。


 木陰にレイメルを降ろして、近くにあったお花を選んでいく。


「うーん、アルノはあんまりお花が好きじゃないかもしれないけれど、男の人でもお花が好きな人はたくさんいるわ。逆に女の人でもお花が嫌いな人もいるし」


 一緒にお花を摘んでいたレイメルが驚いたように顔をあげた。


 お花が嫌いな女の子はいないと思っていたのだろう。そんなレイメルに微笑みながら、一輪の小ぶりのソラナの花を耳にかけてあげる。


「ラミスカだってお花が好きよ。お父さんだって喜んでいたでしょう?今度ハーラージスおじさんにあげてみるといいわ。きっと喜ぶから」


 レイメルは照れ臭そうに俯いて、花を触ると小さく頷いた。


「おとうとでもいもうとでも、いい」


 湖に大きな水飛沫が上がって、水面から顔を出したアルノが大笑いしている。


「レイメルもおいでー!!楽しいよ」


 びしょ濡れになったアルノが、ラミスカに抱えられてこちらに向かってきた。アルノは妹に断られる事が分かっていても、いつも声をかけてあげる優しいお兄ちゃんだ。


 花を手にしていたレイメルは、少し考えた様子で黙り込んでいたが、意を決したように立ち上がった。


「うん」


 いつもならアルノの誘いを断るのに、と驚いたのは私だけではなかったようで、アルノは嬉しそうに笑顔を浮かべていた。


「おはな、好きじゃなかったら、いっしょにみずあそびできるように」


 レイメルが照れ臭そうに、小さな声で私にそう告げて湖の方へ走っていった。


 子どもの成長はすぐだ。


 レイメルの成長が嬉しいはずなのに、少しだけ寂しいような気がする。親になるとこんな気持ちになるのだろうか。そんなことを考えながら、楽しそうに遊ぶ3人の姿を目に焼き付ける。



 親友が紺色の髪を揺らしながら現れるのはすぐ後のことだった。





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