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ニアハは聖女の愛を知る  作者: 森メメ
5章 合縁奇縁
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積もる話




 隣にいたリメイが小さく「あ……」と声を溢して、同時にラミスカが僅かに目を見開いたのが見えた。


「ラミスカ!!」


 リメイが喜色に溢れた声音で名を呼んだことで、メルルーシェも驚きに目を瞬いた。二人は知り合いだったのだと確信する。


「あら、二人は知り合いだったの?」


 リメイが興奮気味に声を弾ませて答える。


「はい、訓練学校時代の親友です。まさかメルルーシェさんの探し人ってラミスカのことだったんですか?」


 リメイの口からラミスカという名前が発されることがなんだか不思議で、自分の名を呼ばれているわけでもないのにくすぐったい。ラミスカにも友人がいたのだと思うと何故か胸の奥からじんわりと熱が広がっていくようだった。


「えぇ、そうなの。ラミスカは私の……家族なのよ」


(母親代わりを務めたけれど、母ですと自己紹介をする訳にもいかないし)


 はは、と愛想笑いを浮かべて頬をかく。


「リメイ、ここで何してるんだ」


「僕はこの転送所で転送魔具技師として働いているんだ。

ラミスカ、ずっとケールリンへ行けなかったことが引っかかってたんだ。君を追いかけてケールリンへ行くと約束していたのにね……本当に会えて良かったよ」


 配属の都合は彼自身のせいではないだろう。それでも申し訳なさそうにラミスカを見上げるリメイに、ラミスカが首をかしげる。


「配属は仕方ないさ。薬類管理に回されなくて残念だったな。

けれど先の戦は候補兵には厳しかった。ここで無事顔が見れて良かった」


 ラミスカの言葉に一瞬きょとんとして、破顔したリメイが嬉しそうに呟く。


「君は、なんだか雰囲気が変わったね」


「そうか?」


「身長もまた伸びてるし、ずいぶん大人っぽくなった。それになんだか口調が優しくなった気がする」


 リメイの言葉にラミスカが少し照れくさそうに顔を背けて、二人のやりとりを微笑ましく見守っているメルルーシェをじとっと見つめる。


(なんだろう、友達と仲良くしている所を見られて恥ずかしいのかしら。いや、逆?私と仲良くしているところを友達に見られて恥ずかしいの?)


 頬に手を当てて母思考に陥るメルルーシェにラミスカが問いかける。


「二人はどうして顔見知りなんだ」


 ラミスカは、自分とリメイに接点があることに驚いているのだと気付いて手を打った。


「家出した貴方を探すためにこの転送所を経由したときに、リメイが転送技師で迎えてくれたの。薬草好きだということで少しお話ししたのよ」


「ラミスカ、家出したの?」


 リメイが心配そうに小声でメルルーシェに問いかけてくる。


「そうなのよ。ちょっとした反抗期で……」


 メルルーシェが困った顔で返すと、ラミスカが小恥ずかしいのか咳払いをした。


「折角だ。何か食べながら話でもしよう」


「いい考えね。リメイは鐘2つ分の内に戻れれば大丈夫よね?」


 確か技師長がそう言ってたはずだと確認するとリメイが頷いたので、荷物を担いで3人で屋台のある市場を目指すことにした。


「ふたりはいつこっちを発つの?僕明日はちょうど休みなんだ」


 嬉しそうにそう告げるリメイに、ラミスカと顔を見合わせる。


「今日の橙の時には順番が回ってくるそうなの」


「随分急ぎの出発なんだね。今日は手続きだけに訪れたわけじゃなかったのか」


 しゅんと肩を落としたリメイが「確かに大荷物だしね、浮かれていて気付かなかったや」と呟いた。


 ラミスカも少し残念そうに見えて、声をかけてみる。


「一日くらい変わらないし、向かうのは明日にする?

順番を変える手続きは面倒かしら?」


 メルルーシェの提案と質問にリメイが顔を綻ばせる。


「後に回す手続きは全く手間じゃないです。僕が通しておけるし…ただふたりは大丈夫なんですか?」


「第6師団は療養中だし、私もラミスカも契約の手続きと少しの調べ物にフォンテベルフに向かうつもりなの」


 ラミスカが“本当に大丈夫か?”と目で訴えている気がするものの、リメイの手前口には出さない。メルルーシェはにこりと微笑んで小さく頷く。


「そうなんですね」


 実際早く宵の国のことを調べるに越した事はないのだが、ラミスカとリメイの時間をとってあげたいというのが本心だった。できるだけ考えないようにはしているものの、自分が失敗すればラミスカは本当に進んで宵の国に行きかねない。


「弟子にしてもらうって約束したんだよ」


「良かったな」


 不吉な考えを振り払って楽しげに話すラミスカとリメイに目をやる。


 ラミスカは幼い頃から“友人”というものに対して興味を持つことはなかった。この子にも気を許すことができる友人ができれば、と願ったものだった。


「さぁ二人とも、何が食べたい?今日は私がご馳走するわ」


 リメイが喜びの声をあげた。

 色んな匂いが入り混じった市場が近付いて、前を歩くふたりの青年の背に手を添える。


 香ばしい肉の焼き串、柑橘のたれの爽やかな香り、蒸した果実包みの甘い匂い。

3人で屋台を回って気に入った食べ物を両手一杯に抱えて市場を離れる。


 新しく着任した技師長が仕事も出来て良い人らしい。

 メルルーシェをリメイに取り次いでくれたあの丁重な男性だ。


 忙しさは前よりも増しているのに、働く環境は良くなったのだという。そう話すリメイの顔は確かに疲れが滲んではいるものの明るかった。


 そんなリメイの話を聞きながら、少しでも長く一緒に話せるように転送所のテラスに戻って買ってきた食べ物を広げる。


 リメイはラミスカの訓練兵時代の話をたくさん話して聞かせてくれた。


 女みたいな変わり者だと痛めつけられていた所を、ラミスカに助けてもらったのだと教えてくれた。


 ラミスカは無愛想で恐ろしく見えるが、とても優しい人間だ、とリメイは笑顔を見せた。


 いじめから助けてくれたのは気まぐれだったのかもしれない、と思うほどラミスカはリメイに無関心だったらしいが、ある日母親の愚痴を溢す訓練兵に、真顔で「何故だ。母は女神にも等しいだろう?」と言い放って場を凍らせたらしく、リメイはその時にラミスカが無愛想なだけで良い人間だと確信したらしい。


 聞いただけだと、ラミスカは突然現れて、母親の悪口を溢す兵士を恫喝するやばい男だった。飲んでいたソラナ茶を吹き出しそうになったメルルーシェを、不思議そうに見つめているラミスカ。


 ラミスカには男の意地や見栄みたいなものがないのかもしれない。


 普通はからかいの的にされるため、口に出してそんなことを言う男性も少ない。悲しいかな、結婚後の義母との悪関係をよく耳にするため、女性内でも自分の味方になってくれない母親好きの男性は敬遠されるのは事実だ。


 メルルーシェもその手の話は聞いたことがあるため気持ちは理解できるが、やはり家族を大切にする人は魅力的で素敵だと思う。自分もまた、その家族になるのだから。


 けらけらと楽しそうに笑うリメイには、“自分がその母親です”などとは、とてもじゃないが言えなくなってしまった。



 その日はそんな他愛のない話の途中ですぐにふたつ目の鐘が鳴り、翌日にまた会う約束をしてリメイと別れた。



 リメイに教えてもらった宿屋に向かって、一日の宿泊を取り付ける。


「二人用の一部屋をお願いします」


 プレートを出して会計を済ませると、隣でラミスカがきょとんとした顔で自分を見つめていた。


「どうしたの?」


 不思議に思ってメルルーシェが尋ねても、ラミスカは「なんでもない」とすぐに視線を逸らした。店主から部屋の札を受け取って部屋へと向かう。


「ふふ。今日は貴方、楽しそうだった」


 荷物を下ろして腹鎧を外したメルルーシェは寝台に座って足を伸ばした。


「そうか。メルルーシェも楽しそうだった」


 ラミスカは少し気恥ずかしそうに、素っ気なくそう返すと水浴びをすると言って浴室へと向かった。順番でメルルーシェも身体を流してさっぱりとした状態で明日の予定を話す。


 明日、リメイとラミスカには思い出話に花を咲かせてもらって、それから首都フォンテベルフへと向かうのが良いだろう。


「積もる話もあるだろうし、明日はリメイとふたりで出かけてきたらどう?」


「メルルーシェも一緒に」


「私が居るとできない話もあるでしょう」


 髪をくしゃくしゃと拭いていたラミスカが顔を上げた。


「……考えていたんだが、リメイに協力してもらうのはどうだろう」


 ラミスカの口からそんな言葉が出るとは思っていなかったメルルーシェは呆気に取られた。


「協力って……宵の国へ向かう手伝いをしてもらうって事?」


「そうだ。文献探しもだが、リメイは薬師としても申し分ない知識を持っている。協力者はいるに越したことはない。一人で出来ることよりも二人、二人よりも三人の方が可能性は広がる」


 ラミスカがそんな風に考えているのは意外だった。全て一人で背負いこむ人間だと思っていたが、メルルーシェが思うよりもラミスカは変わっていたのかもしれない。


 メルルーシェは嬉しさと少しの寂しさが入り混じった感情を胸に微笑んだ。


「貴方の言う通りね。けれど彼にどこまでを話せばいいかしら?」


 暗に、ラミスカの出自にも触れる部分については伏せるか否かを問いかける。

 家族だと説明して詳しく聞かれなかった方が不思議なのだ。メルルーシェとラミスカはまるっきり違う色をしているため、兄弟姉妹というのも無理な話だ。


「必要なら全て話す。リメイは信用できる」


 素っ気なくそう呟いた。


 ラミスカの口から他人を信用するという断言を聞き、胸が揺さぶられるような感覚に陥って、胸元の首飾りにそっと指を滑らせて軽く触れる。


「そう、わかったわ。明日話をして協力を仰いでみましょう」


 ふたりは少し動けば触れ合うような距離で、背中を寄せて眠った。




****



 翌日、待ち合わせた転送所前でリメイと落ち合うと、昨日切り上げた話の続きを聞かせてくれる。


 決闘を申し込んできた上級生をラミスカが蹴散らした話。教官がラミスカにきつく当たってもどこ吹く風で訓練をこなしていたこと。実技試験ではいつも一番優秀だったこと。


 楽しそうに話すリメイは、本当にラミスカを慕ってくれているのだと微笑ましい気持ちになる。


「それにしてもラミスカは何故メルルーシェさんのことを教えてくれなかったの?こんなに素敵な奥さんがいるなんて聞いた事なかった」


「おっ奥さんだなんて、違うわ」


 慌てて訂正するとラミスカが被せて訂正する。


「奥さんではないが、まぁ家族だ」


 昨日あんな話を聞かされて、自分が母親だと告げるのは顔から火が吹きそうだったが背に腹は変えられない。自分にはまだラミスカの伴侶となる決心はつかない。


「私は親の居ないラミスカの親代わりだったの」


「そうだったんですね、ごめんなさい」


 リメイがしまった、という顔で自分の早とちりを詫びた。


「リメイ、相談があるんだ」


 丁度いい話の切り口だと踏んだのか、ラミスカが本題に触れる気配がした。


 ラミスカは端的に今置かれている状況を話し始めた。


 メルルーシェの元に慈愛の神ルフェナンレーヴェが現れて、安穏の神の所在を知らせたこと。

 戦の神と死の神が謀って安穏の神を宵の国に閉じ込めていること。長らく戦争が続く原因はそのせいだということ。

 宵の国には人間しか立ち入ることしか出来ず、メルルーシェに安穏の神を助けるようにと神託が降った事。



 リメイは真面目な顔で黙って話に聞き入っていた。



「俺とメルルーシェは宵の国に向かうつもりだ。

そのために宵の国についての文献を探しにフォンテベルフの本の館に向かう。もし可能なら手伝って欲しい」


「あなたの協力を得られれば心強いわ。これは戦争の再開にも関わってくることだから」


 メルルーシェの言葉を反芻するように黙り込むリメイ。その瞳は強い光を宿している。


「僕の力で良ければ、もちろん手伝います。それに勝る大事はないでしょうから」


 表情を固めたリメイは、先ほどまで昔話をして笑っていたようには見えない。


「……けれど何故メルルーシェさんに神託が?

普通は神殿のなんでしたっけ、あの神官様が神託を受けるでしょう?」


 リメイが遠慮気味に尋ねる。


「神官アデラね」


 リメイの疑問は尤もだった。


神殿には二種類の神官がいる。

生涯結婚をすることも異性との接触も禁じ、一生を仕える神の神殿で過ごす神官アデラ。神殿の役に立つ魔力を持つ者や、アデラに仕え働くために神殿入りする神官セティスだ。


 神に魔力を奉納する神官アデラのために、神が清め湯を与えたとされている。


 神官アデラは主に神に祈りを捧げ神殿に魔力を奉納し、奉る神からの神託を賜ってそれを首都神殿に伝える。


 権威に関わる問題で複雑なのだが、神の言葉、つまり神託は神官アデラからのものでないと信憑性がないとされる。神と人との関わりが当たり前であっても、メルルーシェが国や軍の人間たちに助けを求められないのは、メルルーシェが神官アデラではないからだ。


 メルルーシェは迷いながらも答える。


「理由は私がルフェナンレーヴェの落とし子だから、といえば信じてくれるかしら?」


 リメイがはっと息を止めたのが伝わってきた。


「何ら不思議はないだろう」


 腕を組んでいたラミスカが呆れたようにリメイの背中を小突いた。いや、不思議だろう。リメイの反応が正しいのだ。疑問なく受け入れたラミスカがどうかしてる。



「安穏の神は宵の国の中に幽閉され、深い眠りについているわ。よりルフェナンレーヴェに近い癒しの魔力を持っていないとその眠りを覚ます事は出来ないの。私はそのために生まれたわ」


 メルルーシェはルフェナンレーヴェから告げられたことをそのまま伝える。リメイは納得したようで、ただメルルーシェの目を見る事なく消え入りそうな声で呟いた。


「他に助けを求め辛い理由も分かりました……。けれど目の前に神の落とし子がいらっしゃるなんて」


 萎縮したリメイをラミスカが笑う。


「メルルーシェはメルルーシェだろう」


 ラミスカと話している内に萎縮するのも馬鹿らしくなったのか、いつもの人懐こい笑顔を浮かべたリメイが、少しだけ恭しくメルルーシェに礼をするので笑ってしまった。


「僕は少しまとまった日数を空けてもらえるように相談します。必ず、すぐ後から追いかけて行くから、本の館で会いましょう」


 その日の別れ際、橙の時に入った鐘が街に響き渡ると、リメイはそう言ってメルルーシェとラミスカの首都への出発を見送った。



「いよいよ首都ね、先に薬を準備して待ってるわ」


 転送される間際、来たる転送酔いに備えて深呼吸したメルルーシェは、後発のラミスカに向かって微笑んだ。




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