表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ニアハは聖女の愛を知る  作者: 森メメ
4章 われても末に
39/77

ケールリンへ



 ユンリーに薬酒を無理やり飲まされたときに似た感覚だった。受け取ったミーヒェの葉を口に含んで数回噛むと、口の中に爽やかな香りと刺激が広がった。


「お疲れ様です。第6師団16隊の癒し手メルルーシェさんですね」


 青年兵は、プレートを確認しながら順番に転送されているらしいメルルーシェの荷物をまとめると、メルルーシェに手を貸して線の引かれた床から出した。


 転送魔具を弄ったり荷物を分類したり、と一人でわたわたと動き回るその青年兵に一人しかいないのか尋ねると、苦笑しながら「西は人手が足りていないんです」と呟いた。


 メルルーシェの荷物を手にした青年兵が驚きの声をあげた。


「これ、クラバトとアッカの実ですか?あっソンジュラ草まで」


 青年兵はメルルーシェが常備してる薬草瓶を眺めて瞳を輝かせていた。


「お詳しいのですね、薬師なのかしら?」


「いえ、残念ながら。ただの植物好きです。

北の植物を間近で見たのは初めてで興奮してしまいました」


 照れくさそうに頬を掻く人の好さそうな青年兵に微笑む。


「調子が良くなさそうですね」


 側に腰を下ろして外套に隠れたメルルーシェの顔を心配そうに覗き込む。

 胃がひっくり返りそうな波が何度も襲ってくる。噛んでいたミーヒェの葉を取り出して、深く呼吸を整えると、自分の手荷物から薬草瓶を取り出した。


 ヒュッセラの鱗粉と乾燥したヤックの粉末を、コアトコの種を潰して粘り気を出したものと適量を調節しながら混ぜると塗り薬が出来上がった。


 その塗り薬を額と喉、耳の付け根に塗っていると、青年兵が水色の瞳を見開いてこちらを見ていた。


「癒し魔法だけでなく薬まで調合出来るなんて……ぼ、僕リメイと言います!

リメイ・ユールト。メルルーシェさん、僕をぜひ弟子にしてください」


「えっ?」


 人差し指に薬をのせたメルルーシェに掴みかかりそうな勢いで近付くリメイに、やや引き気味で問いかける。


「あなたは転送魔具技師なのですよね?」


「今はそうなんですが…本当は癒し手になりたかったんです。

でも僕は癒し魔法の使い手ではないので、隊の薬類管理配属を希望したんですが……薬類管理は比較的安全なので人気も高くて、逆に転送魔具技師の資格が取れた候補生は少なくて。ご覧の通り人手が足りていませんからここの配属になったんです」


 将来のために念のために資格を取っておいたことが裏目にでてしまった。とリメイは苦笑いする。希望の配属につけないといった話はちらちらと聞いていたが、これほど薬学に前のめりな子が希望する癒し手の仕事につけないのは勿体ないと思った。


「もうここに来て2年ほどになります。2年でもう一度配属を変えられる機会があるので、もし僕が薬類管理の配属に変わったらあなたの隊への配置換えを希望します!僕の師匠になってください!」


 薬がゆっくりと浸透して効いていくのが分かる。リメイの熱量に驚きながらも姿勢を正す。


「私で良ければそれは勿論構わないですが、残念ながら次の任期で軍を離れるつもりでいるんです」


「そんな、何故離れるんですか?」


 リメイはこの世の終わりのような顔で固まった。


「元々ある人を探すために軍に入ったの。

その人が見つかってもうここには用がなくなったから」


 メルルーシェがくすっと笑いながら薬瓶を仕舞い始める。リメイはしゅんとして「そうなんですね……」と呟いた。素直で愛嬌がある青年だ、と思う。


「ユールト様は何故軍に?軍の癒し手にこだわりがあるのですか?」


「ユールト様なんて、リメイと呼んでください。

僕は実家が……親の意向で軍以外は認められないんです」


「そうなのね。軍を辞めても私は癒し手や薬師として生活しますから、状況が変わったらいらっしゃったらどうかしら?」


 リメイは水色の瞳に光を揺らして微笑んだ。


「ぜひよろしくお願いします」


 転送魔具が光ってリメイが慌ただしく動き出した。次の転送者が現れるのだろうか。雰囲気を察したメルルーシェが退室する準備をすると、リメイがレンズを装着して転送魔具に魔鉱石を入れながらメルルーシェに顔を向けた。


「メルルーシェさん。第2師団の16隊にはずば抜けた癒し魔法の使い手がいると、お噂はかねがね伺っていました。今日お会いするのも楽しみにしていたんです……。

あなたとお話ができて良かった」


 リメイは少し寂しそうな笑顔を浮かべる。


「僕の友人にも、凄く良いやつがいるんですよ。約束をしたのに会えずじまいで……。

メルルーシェさんがはやく探し人と会えるようにリューンデールに祈っておきます」


「ありがとう」


 リメイに感謝の会釈をして部屋を後にした。



 西の転送の要所であるハプシェンの街は騒然としていた。

 楽しそうな人出ではなく、何か問題に直面している人々が苛立ちながらせわしなく行き交っているような、そんな印象だった。


 ハーラージスは、西のハプシェンからはカシムとエジークいうふたりの男がラミスカの元に案内すると約束した。メルルーシェは約束の宿屋を探しながらお腹を満たすために屋台へ向かう。


 軽食をとっていたメルルーシェの耳に“ケールリン”という言葉が入ってきて、耳をそばだてる。


「危険なのはケールリンだけだろ?」


「いや、それがウダルの連中が言ってたがそうでもないらしい。

魔兵器がウダルの近辺まで来たらしい」


「第6師団は何してるんだ?」


「さぁな。でもこの調子ならオクルの訓練兵だって駆り出されそうだ」


 男たちの話は最近のケールリンの襲撃についてだった。エッダリーにいた頃は実感がなかったが、やはり西側は襲撃される場所であるため、ぴりぴりと張り詰めた空気だった。


 ラミスカはオクルの訓練学校に1年在籍し、その後ケールリンに配属されたらしい。話を聞く限り危ない目に合っていない訳はない。顔を見たい気持ちと、拒絶されるかもしれないという恐怖、様々な感情が胸の内で渦を巻いていた。


 宿屋に到着したメルルーシェは名前を記入して、待ち人の名前を伝えると部屋に入って横になった。旅の疲れもあってすぐに意識を手放した。


 翌朝はやくに目が覚めたメルルーシェは、身体の柔軟と魔力を身体に巡らせることを繰り返す。もはや日課となったこれらは身体強化のための運動だった。


 女性は基本的に身体強化の魔法には向いていないとされている。女性の身体は子宮に魔力が集まりやすく作られており、それは身体の構造的に覆しようのないことで、殆どの女性が身体強化に魔力を使うことができない。


 メルルーシェも例外ではなかったが、幸いメルルーシェは何かを続けることが得意だった。努力を惜しまず毎日止められるほど取り組んだ。元々卓越した魔力操作力を持っていたメルルーシェは、アルスベルの教えもあって身体強化を会得することが出来た。


 女性が身体強化を行うと子どもが出来にくくなるという昔からの迷信が根付いているせいか、親の反対が強かったりまわりも消極的だったりすることで、会得しようとする女性自体が少ないことも身体強化を使う女性が殆どいない原因のひとつだろう。


 魔力を全身にたぎらせて身体を動かす。手を瞬時に突き出し片足で蹴り上げる。はしたないと一蹴されるような動作だが、アルスベルはよく美しい型だと褒めてくれた。


 アルスベルのように同じ水準以上で身体強化を行う男性には敵わないが、兵士の中でもメルルーシェと同じ水準の身体強化を使えるのは大体連隊長以上の階級だとアルスベルが言っていた。


 一連の動きを再現して身体が火照ったメルルーシェは、部屋に置かれた小さな旧式の浴室魔具で、大きな水玉を数回頭から被って汗を洗い流す。


 さっぱりした頃には丁度日の出を迎えるくらいの時間になっていた。メルルーシェは髪を乾かすと、寝台に横になって軍から支給されている魔具を手に取って眺める。


 ハーラージスの装着している金細工のサークレットと同じ魔具だ。額に当たる部分に目のような細工が施されていて、魔鉱石がはめ込まれている。


 癒し魔法の使い手が軍の前線に遇されるようになったのはこの魔具の開発が進んでいるからだった。この魔具は集中力を増幅させ、癒し魔法の弱点だった時間がかかる点と、戦場で集中する必要がある問題を解決させた。


 試作途中の魔具とはいえ、集中増幅の魔具は強力だった。これからあらゆるものに応用されていくことだろう。身の回りの全ての情報を遮断し、強制的に対象の魔力を見ることだけに集中させる。


 ただ癒し魔法の使い手たちは、その癒しの最中自身を危険に晒すことになる。軍が癒し魔法の使い手を好条件で募集しても、皆が皆喜んで従軍するわけではなかった。



 部屋の扉を叩く音ですぐに起き上がって返事をすると、宿屋の主人が待ち人の来訪を告げに来たようだった。服に袖を通して荷物を持って下へ降りると、仮面魔具を装着したふたりの男が立っていた。



「あ……第6師団長直轄隊所属、カシム・エルドリアです」


「同じく、エジーク・ローハン」


 水色の髪の男が一瞬咳ばらいをして丁重に挨拶をし、体格の良い男がぶっきらぼうに続いた。


「16隊所属のメルルーシェです」


 癒し魔法の使い手は神殿入りしていて姓を持たないことも多い。何故かふたりは困惑した様子で何か話を始めた。


「本当にメルルーシェという名で間違いないのか?」


「もしかすると2人組かもしれない」


 ぼそぼそと会話を交わしてからメルルーシェに向き直ると、言い辛そうに口を開いた。


「ラミスカ・ゼス候補兵の母を送ると師団長から伺ったのですが、お母さまはどちらに?」


 ラミスカの成長具合から考えて、自分が母だと明らかにおかしいのだとふたりの反応で理解したメルルーシェはごまかした。


「あぁ、義理の……母ということになっています。少し事情が混み合っていまして。ゾエフ師団長もご存じですが、血は繋がっていません」


 嘘はついていない。念のために自分の身分を証明するプレートも首から取り出して見せると、ふたりは師団長も知っているということで安心したのか口元を緩めた。


「ラミスカ・ゼス候補兵の元へ案内するよう、ゾエフ師団長から指示は受けております」


 水色の髪の方の兵士、カシムが仰々しくメルルーシェに手を差し出す。


 ラミスカには姓が与えられたということは前持って聞き及んでいたとはいえ、何となく違和感を感じながら頷く。


「えぇ、よろしくお願いします」


 差し出された手に困惑しながら微笑むと、カシムは大げさに胸を抑えた。


「ひとつお尋ねしてもよろしいですか?」


「はい」


「お付き合いされている方はいらっしゃいますか?」


 カシムはエジークに後ろから小突かれてつんのめった。


「うるせえ、ここだと邪魔になる。行くぞ」


 エジークに突っかかるカシムについて行く形で、メルルーシェは宿屋を後にしケールリンへと向かった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ