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ニアハは聖女の愛を知る  作者: 森メメ
3章 わかたれた道
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懺悔




 ミュレアンの言葉どおり、飛ぶように過ぎる毎日が始まった。



 ケールリンでは候補兵としてしごかれる毎日を送り、時折虚を突いて現れる魔兵器を隊で討伐する。ミュレアンの指示でウダルに家を借り、北から連れて来られ支給兵として後方で働かされている、という情報を流した。


 候補兵として過ごす間は、身体の色が見えないようにミュレアンに倣って、顎あたりまで襟の立ったマネラ(*白く長い袖のインナー)を服に選び、仮面魔具で顔全体を覆った。


 炎魔法は悪目立ちするため、身体強化した状態で戦うことを主軸とするように命じられたが、普段から身体と武器を使うことの方が多いラミスカにとっては難しい命令ではなかった。


 最近身体が軋むように痛いが身体の調子がすこぶる良い。

 体内で漲る魔力が活発になり、大体一度死んだ頃の体格まで戻ってきた。


 身体の調子が良い理由には薄々気付いていた。ラミスカの身体は元の状態に戻ろうと働き続けていたが、ケールリンに来てからは採掘場の魔鉱石との親和性が高いのか、それらの魔力を吸い上げているようだった。


 ケールリンは魔鉱石の豊富な場所で魔力に満ちている。少し前まではそんなことはなかったらしいが、魔力に中てられ変形した獣が現れることもある。




 ある日、町の近くに現れた変形した野犬に襲われようとしていたダテナン人の母子を救った。泣きじゃくる子を抱えた母親は感謝の言葉を述べた。


 それ以降、よそ者のラミスカに対する町内の空気が少し変わったような変化を感じた。ダテナン人は民族間の結束が固い。突然現れた混血児であることがひと目で分かる瞳の色であるラミスカを警戒しつつも、ダテナン人用の服を用意してくれたり世話を焼いてくれるようになった。



 ケールリンの兵士たちは、採掘場で働くダテナン人達を嘲るような態度をよく取る。ダテナン人の女が使う偽神の召喚を指して、“女を盾に使うような卑怯な劣等種族”だと揶揄するのだ。


 温度差の激しいふたつの場所を行き来することは、ラミスカに心に重いものがのしかかったような疲労を感じさせた。



 そのためか非番の日はふらりと神殿へと足を運ぶことが多くなった。神殿に来ると、メルルーシェを近くに感じられる気がするからだった。


 この町にはダテナン人が多かったが、ダテナン人も神殿にはよく訪れた。


 最初はベルへザードの神殿でダテナン人が熱心に祈る姿に違和感を持っていたが、ウダルで過ごす内に彼らの事を理解した。


 ウダルの神殿は昔から存在し、雪解けの神、恵みの神、旅の神の3柱が祀られている。


 特にダテナン人が熱心に祈りを捧げるのは恵みの神リディーヴィエだった。

 彼らはリディーヴィエのことをレデバと呼び信仰している。


 呼び名や逸話や異なることはあるが、ダテナン人も神の特徴をベルへザード人と同じように捉えており、同じ神を信仰しているのだ。


 周りの人間に倣って胡坐をかいて、神殿の象徴とも言える”6色の実を持つ木”の色ガラスを見上げていると、ダテナン人の子どもたちが小さな笑い声をあげながら、形だけの祈りの姿勢を取って遊んでいた。


「レデバ、ひびのかてをあたたまえレデバウンマサラサ」


 親の言葉を真似ているのか、何度も同じ文言を繰り返す年長の娘と、それを後ろで真似ながら笑いを我慢している下の兄弟を横目で見る。


 下の兄弟に怒る娘は、一生懸命に弟の手を組み合わさせて「りっぱな戦士になるんでしょう」と言った。




 何気ない言葉だったが、胸に冷たい氷が刺さったような鈍い痛みが走った。




———自分は何人のダテナン人を、手にかけてきたのだろう。



 彼らもこの子らと同じような無垢な子どもだっただろうか。リメイのように優しい人間だったのかもしれない。カシムのように調子の良い人間だったのかもしれない。スーミェやユンリーのような家族が家で待っていたのかもしれない。


 石ころのように扱ってきた数多の兵士たちに、彼らの人生があったと考えるだけで吐きそうになる。



 最後の出陣で見た男女の光景が、急に脳裏に焼き付いたように消えない。偽神を庇うように立った男と、男を守るように動いた偽神。


 互いを守ろうとする彼らの姿が、自分とメルルーシェが被って見える。



 胸が酷く苦しかった。



 この先昔と同じように相手を屠ることができるのだろうか。敵として前に立ち塞がる兵士を、握り潰して焼き殺すのか。


『他のものを傷つけることは良くないことよ。

それはいつかあなた自身を傷つけることになるわ』


『あなたのためよ、ラミスカ』


 ヤギを殺そうとしたときも、メルルーシェを襲おうとする兵士を殺そうとしたときも、メルルーシェはラミスカ自身のために止めるように、と言った。


 なんとなくその言葉の意味を、輪郭を掴み始めている。



 メルルーシェに出会うまで、本当に何も知らずただ壊し生きていたのだ。


 魔具技師だったオキナは、そんな破壊しか知らなかった自分を庇おうとしていた。


 今では彼が自分に愛情をかけていたのだと。

 今になって、ただ唯一与えられていた暖かさに気づいていなかったことに気づく。



(メルルーシェ、胸が潰れそうだ)



 悲痛な叫びが喉から飛び出しそうだった。




「だいじょうぶ?」


 小さな娘の心配そうな目が自分を見上げている。


 知らず知らずのうちに、胸元で揺れるスファラ鉱石の首飾りを握りしめて身体を守るように前のめりになっていた。



「大丈夫だ。少し……胸が苦しかったんだ。ありがとう」


「それひかってたね」


 幼い兄弟たちが興味津々でラミスカの首飾りを指した。


「みせて!ぼくも!」


 場所を奪い合うようにラミスカの肩を掴んで登ろうとする弟たちを引きはがそうとする姉。ラミスカはされるがままにしばらく首飾りを触らせた。


「なんで目青いの?」


「なんで腕かたいの?」


 好奇心旺盛な兄弟は次々と興味の対象を移していった。ラミスカは返事を返したり、相槌を打ったりしていると満足したのか、肩に跨った幼い弟が回らない舌で何かを一生懸命話している。


 周りの参拝者も幼い兄弟の私語を黙認しているようで、暖かい目でラミスカたちを見つめていた。



「おれはかみさま見たことあるぜ」


 幼い兄が弟に兄貴風を吹かせようとしている様子を黙って眺めていると、弟が遠慮がちにラミスカを見上げる。


「かみさまみたことある?」


「見たことはない……。

が、ここの三柱の神がどんな姿かは知っている」


 残念そうに顔を歪めた兄弟の顔を見て言葉を付け足した。


「どんなの?」


 弟たちを引きはがすことを諦めた小さな娘も、ラミスカの隣に座って興味がありそうに目を輝かせていた。


 雪解けの神ノレスノリアと恵みの神リディーヴィエは夫婦神で、旅の神リューンデールとノレスノリアは親しい友だと言い伝えられている。神々の関係性や御姿についてメルルーシェはよく話して聞かせてくれた。


 子どもたちに、メルルーシェが話してくれたように神の御姿について語った。




 雨のように降り注ぐ質問に答えたり、答えられなかったり、楽しんで神の話を聞く子どもの姿は、ラミスカの波立つ心を落ち着かせた。



 しばらくすると子どもたちはラミスカにまた会う約束を取り付けて慌ただしく帰って行った。



「よくこちらにいらっしゃっていますね。神についてもよくご存じだ」


 隣に立っていたベルへザード人の男性神官が、ラミスカと同じように降り注ぐ6色の光に穏やかな視線を向ける。


「……教えてもらった」


「良き神官がいたのですね」


 神官はそう言って微笑むと、会釈をして離れていった。



 神々を模した石像を見つめながら、心の中で問いかける。


(何故俺を幼子に戻した?何故メルルーシェに拾わせた?誰か教えてくれ)



 ラミスカの疑問に答える声はなかった。








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