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ニアハは聖女の愛を知る  作者: 森メメ
3章 わかたれた道
33/77

友人




 訓練学校で過ごす内に彩色の神イシュテンが訪れた。木々は黃や赤に染まり、鮮やかな落ち葉が地に積もり始める。


 訓練自体は大した事はなく、最初の頃は拍子抜けした。数人に囲まれて「生意気だ」となじられる事はあったが、無視して訓練に打ち込んでいる内にそういった訓練兵の群れは減っていった。


 ここにラミスカを連れてきたカシムともう一人の男、野太い声の男はどうやら名前はエジークというらしい。カシムが名を呼ぶのを聞いた。ふたりはオクルの近辺で任務をこなしているようで、定期的に訓練学校に顔を出してはラミスカの様子を確認しているようだった。


 遠方への的当てを課せられた魔法訓練の最中、合格の基準を早々に満たしたラミスカは、珍しくエジークを伴っていないカシムが、少し遠くの木陰からこちらを観察しているのに気付いた。


 普段は訓練の基準を早く満たして時間が空くと、魔力を精密に扱う練習を行ったりして時間を潰すのだが、何となくカシムの立つ場所へと向かった。


「お前……少し見ない内に背が伸びすぎじゃないか?」


 連れられてきた頃はカシムの胸辺りだった視界が、今ではカシムと同じくらいの目線の高さだった。成長速度はエッダリーに居た頃よりもいくらか遅くはなっているが、やはり通常と比べると速い。


「そういう体質だ」


「へぇ、褐色の血が混じってる奴は背が高くなるからなぁ。

俺もその内すぐに抜かれるか」


 口元を歪めたカシムが自嘲気味にぼやく。


「友人は出来たのか?」


 友人とは何を以てして友人なのか、ラミスカにはいまいち理解できなかった。


「さぁ」


 魔法訓練所が見える木陰に腰を下ろしたカシムが、木に背を預けて腕を組んだ。


「まぁ俺が訓練兵でも、お前とは友人にはならんかもな」


 カシムを見下ろして首をかしげる。


「友人は、いないとダメなものなのか?」


 呆れた、と首をすくめるカシム。


「お前子どもの頃はどうしてたんだ。居なかったのか?友は」


「昔は顔に酷い火傷痕があったから子どもは近付いて来なかった」


 訓練所で水や氷が飛び交う様を眺めながら、メルルーシェと薬屋へ向かう毎日だったことを思い出す。メルルーシェは何度か“友”についての話をしてくることはあったが、ラミスカが積極的に外に出ようとしなかったこともあり、その話題に触れることはなくなった。


「へぇ、火傷痕か。今では見る影もないからぴんとこないな」


 カシムが顔を上げた。仮面がまじまじと自分を見つめているのは居心地が悪い。


「まぁ戦場で信頼できる奴が一人居ればいいさ。

お互い助け合えるような、な。

仲間は沢山いても、友が多いと失ったときが辛い」


 愁いを帯びてたカシムの声が、ぱっと明るくなる。


「さ、辛気臭い話は終わりだ。俺は愛しのアリエルの姿でも拝むぜ。お前はさっさと訓練に戻れ」


 カシムが胸元から、掌より少し大きい鏡のようなものを取り出した。カシムが魔力を注いでいくと、ぼんやりと何かが写っているのが見えた。



「遠くにいる者の姿が見られるのか?」


「あぁそうだ」


 口元をだらしなく緩めたカシムが、話半分に返事を返す。

カシムの隣に腰を下ろして鏡を注視すると、女が写っている。


「これは遠方への連絡手段として新しく開発されてる貴重な試作段階の魔具だ。

おいおい、触るな」


「どうやって見るんだ?」


「止めろって。これは登録した魔力を辿る魔具で、今はゾエフ師団長が俺たちの姿を確認できるだけだ」


 言い渋るカシムに、鏡に映る酒場と思しき場所で食器を拭いている女を指さした。


「じゃあこの女は何だ?これがハーラージス・ゾエフか?」


 怪訝な顔で詰めるラミスカに、苦虫を噛みつぶしたような顔をしているのだろう、口元を歪めてしどろもどろに言い訳を始める。


「あー、後は同じ魔力の相手なら辿れるな。

自分の嫁や子ども……おっと、ご無沙汰なら無理だぜ。子どもも場合によっちゃ難しいらしい。アリエルと俺はあれだ。昨夜よろしくやってるからな」


 よく分からないが、自分と魔力が同じ相手ならこの鏡に映せる、つまりメルルーシェの姿を見られるということだった。一気に心臓が脈を打ち出したような、むず痒い感覚にそわそわする。


「お前がそんなに興味を持つとは思わなかった。迂闊だったぜ……。

何だ、お前恋人でもいたのか?」


 カシムの手に握られた鏡に手を出す。


「ちょっと貸してくれ」


「何言ってやがるダメに決まってんだろ」


 カシムが慌ててラミスカを抑えながら、鏡をラミスカの反対側に伸ばす。


「任務中に女を見ていたと告げるぞ」


 攻防の末ラミスカがじとっと睨むとカシムはたじろいだ。


「おま……あーもう慎重に扱えよ。

壊しでもしたら俺は殺される。後エジークにも言うなよ。

ほら、ここで少しだけだからな」


 ため息をつきながら諦めたように鏡をラミスカに渡した。



 ラミスカが戸惑いながらも魔具に自分の魔力を注いでくと、ぼんやりと景色が写り始めた。


「これは女の視界だ。引いて見るにはコツがいるんだ。

自分の魔力を上から眺めるように想像するといい。

そうそう」


 カシムが鏡を覗き込みながら何故か小声で助言する。

 メルルーシェが歩いている姿が映った。周りはぼやけていて何処か判別するのが難しい。


「ほぉ、良い女じゃないか。

胸も、うーん、だが尻が小さい。

俺の好みじゃないが、お前もやるな」


 隣でにまにまと笑っているのだろう、カシムの表情は声色で分かる。

 カシムを無視しながら、メルルーシェの顔色を伺う。火事でラミスカがつけた頬の火傷は殆ど治っているようで、少し痣のように見えるがその内良くなりそうだった。


(メルルーシェは無事だ。それに……元気そうに見える)


 長い睫毛が何度か瞬いて、あたりを見回しているように淡い紫の瞳が動く。

 メルルーシェの穏やかな表情に、胸に暖かいものが広がっていくように安らいだ。


「顔ばかり見て、顔が好きなのか?」


「うるさいな」


 気が散るとメルルーシェの顔がぼやけた。集中すると、メルルーシェが何かを見て花のように笑みを溢した。高鳴った鼓動を押し込めて、少し引いて見えるように意識する。


 よく見知った魔具工房の入口で、はにかむような笑顔をこちらに向けるアルスベルが現れた。笑顔を浮かべるメルルーシェの視線と交差し、ふたりは何かを話し始める。


「俺には敵わんが、中々良い男と逢瀬しているようだ。

もう見ないのか?」


 くつくつと笑うカシムを一睨みし、鏡を押し付けて黙らせる。



 アルスベルとメルルーシェは上手くいっているのだろう。自分はここに来て正解だった。メルルーシェの邪魔をしたくはない。


「ラミスカ、残念だったな。

彼女を取られそうだからって拗ねるな。

さっさと他を探せばいいだろう」


 ちくりと痛む胸に気付かないふりをして、カシムを睨むと魔具を使わせてもらったお礼を述べる。


「お、おう。お前育ちが良いのか悪いのか分らん奴だな」


「訓練所に戻る」


 立ち上がって軽く服をはたくと、まじまじと自分を見つめるカシムに別れを告げた。



 メルルーシェは無事で、元気に過ごしている。それだけで十分だ。

 自分はひとりでもやっていける。




****




 オクルではエッダリーに住んでいたときのように雪が降り積もることはなく、ノレスノリアの節が訪れるまで大きく気候が変わることはなかった。


 基礎体力強化の時間、走り込みや的当て、槍の打ち込み等の各基準を終えたラミスカは、教官の制止を無視してお気に入りの木陰に向かう。


「ラミスカ、身体強化の試験が近いんだ。ちょっと助けてくれ!」


 最近変わったことと言えば、友人を自称する者が出来たこと。

 隣の魔力訓練所から薄緑の癖毛が近付いてくる。

 息を切らしながら駆け上ってきた男の名前はリメイ。


 植物好きらしく、ひとりで良く森の薬草を採りに出かけている所を、数人の訓練兵から”女みたいな変わり者”と痛めつけられている所にたまたま出くわして、ラミスカが蹴散らしたのが始まりだったらしい。


 隣に走ってきたリメイは、早歩きになりながらラミスカを見上げる。


「君は身体強化の成績も優秀だろう?コツを教えてよ」


 薬屋にいたことをぽつりと溢すと、目を輝かせて“植物好きに悪い奴はいない”と言ってくっついてくるようになった。


「何が知りたいんだ?」


 馴染みの場所にとなった木陰に腰を下ろして、リメイに問いかける。


「下半身にだけ魔力をたぎらせるって、上手く感覚が掴めないんだ。

脚に魔力を留めるって感覚が良く分からなくて」


 そう口にしてから、リメイはラミスカの鉱石で出来た義脚に目を留めた。


「あっごめん、僕……」


 申し訳なさそうに顔を曇らせたリメイ。リメイはよく分からないことで謝罪する。


「手から放つ時と何ら変わらない。

俺は肩甲骨辺りから練った魔力が地面に向かっていくように意識している。それを腿とふくらはぎ、つま先の3点に繋げて留めておくような想像をする」


「3点を意識するのか」


「走るときによく使う場所を意識しているだけだ」


「なるほど!分かったよ、やってみる」


 リメイが笑顔を浮かべた。大人しそうな見かけも相まって、新訓練兵の頃からいじめられていたらしい。


 ラミスカの事も知ってはいたが、成績優秀で寡黙、嫌味を言われても顔色一つ変えることがないラミスカを、冷徹で恐ろしい人だと思い込んでいた、と笑いながら話していた。


 隣で魔力を練るリメイを横目に見ながら、メルルーシェならば魔力の流れが的確に見えるから上手く教えられるだろうな、などと考える。


 癒し魔法の使い手であるメルルーシェは、特別魔力の視覚化に優れていた。訓練学校に来て何人もの講師を見てきたが、魔力操作の精密さでメルルーシェやアルスベルの域に達している者はいなかった。


 集中していた意識を解いたのか、リメイがふっと息を漏らした。


「リメイ、普段から重心が少し左にずれているんだろう。

それを意識して整えていけば上手くいくはずだ」


 魔力の流れは見えないが、身体の角度や肩の強張りで察したことを告げる。


「今右脚にだけ力が入りづらかったんだ。そういうことか、良く分かったね」


 リメイが感心したように何度も頷きながら身体を確かめる。



 しばらく挑戦していたリメイだったが、休憩を取るようで他愛のない会話を振られる。


「君は前線魔導兵候補なんだろう?皆噂してるぞ、僕にくらい教えろよ」


 隣に腰かけたリメイが、手癖なのか草をぶちぶちとむしっては触りながら、不満そうに口を尖らせる。


「さぁ、知らないんだ。

ケールリンへ配属されることは決まっている」


 訓練兵にも分類があり、3年で兵役を終える者が集まる隊、新兵となることが確定している隊、またその中でも軍の何処へ配属されるかで細かく分かれている。


 リメイは薬師として隊の薬類管理の配属を希望しているが、最近では軍が前線にも積極的に癒し魔法の使い手を採用しているらしく、癒し魔法の使い手ではないリメイは、転送魔具技師を勧められているらしい。ラミスカには関係のない話だったが、実際に自分の希望の配属が通るかは確定ではないらしい。


 癒し魔法の使い手は少し前までは前線では役に立たないため、戦線から離れた場所や首都で遇されることが多かったが、最近はどうも違うらしい。リメイの愚痴を聞きながら、額の火傷痕があった場所に触れる。



「……だろう?」


 リメイに話を振られて、顔を上げる。


「すまない、聞いていなかった」


「僕もケールリンへ配属されれば良いなって、そう言ったんだ。

君もそう思うだろう?」


 気にする素振りもなくリメイが笑う。


「あぁ、そうだな」


「それにしても、最近はロズネル公国の動きが活発化しているから、

採掘場のあるケールリンは一番紛争が酷くなる地域だろう。

そんなところに希望も聞かず行かされるなんて、おかしいよ」


 リメイが眉間にしわを寄せて力説する。


「君もベルへザード国民なんだから、主張すべきだよ。

採掘場で働くダテナン人たちの暴動だって激しいのに」


 リメイの言う通りだった。捕虜だったダテナン人たちは戦後、労働力としてベルへザードの西部で採掘を行っていたが、数年前ケールリンの採掘場で貴重な魔鉱石が採掘されてから、元々燻っていたダテナン人の暴動が激しさを増した。


 彼らが魔兵器を使用し、大規模な内乱を起こすようになったことは、ラミスカもオクルにやってきてから知ることになった。


 魔兵器はロズネル公国からの支給品だということは誰の目にも明らかだったが、ロズネル公国のロゼマルク=ロザ大公は、ベルへザード国境に位置するデルフィア伯の独断取引とし、責任の追求を逃れるばかりだった。


「君にはさ、ダテナン人の血が混ざっているのかい?」


 控えめに尋ねるリメイに、顔を向けて「そうだ」と答えた。

 ニアハと愚弄せずに、面と向かって起源を聞かれるのは初めてだった。


「そうか。じゃあケールリンに向かうのは辛いね」


 視線を落としたリメイの暗い表情を眺める。よくは分からなかったが、自分の心を推し量ってくれているのだろうということは理解できた。


 ふとこちらに目を向けたリメイが少し驚いたように目を見開いた。


「ラミスカ、君が笑っているのを初めて見たよ」


「別に笑っていない」


「いや、今口元が少しだけ上に傾いていたとも!」


 真剣な顔で口の角度を語り始めるリメイの声を聞きながら目を閉じた。




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