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ニアハは聖女の愛を知る  作者: 森メメ
3章 わかたれた道
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オクルの訓練学校




 意識を取り戻したラミスカは、仮面魔具を装着した兵士が視界に入ってすぐさま臨戦態勢を取った。


「大人しくしてろ」


 端に腰掛けている兵士が野太い声でラミスカを制する。


「また眠りたいか?」


 目の前でもたれかかっている男にそう問いかけられて、構えていた腕を下ろす。確かに自分が寝ている間にどうとでも出来たはずだ。


 あの時、ハーラージスが自分に何をしたのか、ラミスカは考え込んだ。


 自分の周辺を歩き始めたときの状況を思い返す。

 お香のような匂いは薬屋に訪れたときもしていた。奴の匂いなのだろう。


 はっと思い当たることが浮かんだ。

 顔に朝霧がかかったときのような、妙な違和感があったのだ。


 ハーラージスは恐らく水魔法の使い手で、何か眠気を催す薬と自らの水魔法を組み合わせたのかもしれない。魔具で行ったにしろ水魔法だったにしろ、今後警戒しなければならないことに変わりはない。


「物分りが良いじゃねえか」


 大人しく座り込んだラミスカに、目の前の男が呟いた。

 ラミスカとふたりの男が座っているのは馬車の荷台のような場所だった。多少乱暴な揺れ方をする様子からして荒れた地を走っているのだろう。周りの景色は革で覆われているせいで見えない。


 革で覆われた荷馬車は大体が軍用の貨物馬車だ。


「ここはどこだ?」


 目の前の男は腕を組みながら、ラミスカに顎を向けるようにふんぞり返って背にもたれている。


「ウダルだ」


 ウダル、どこかで聞いた響きだった。西側だったことは確かだが明確に場所を思い出せなかった。


「どのくらい眠ってた?」


「丸1日程度」


 少しの間の後に男が答えた。


「カシム、一々相手にするな」


 奥の男が不機嫌そうに野太い声を上げる。


「そう言うなよ。俺もお前みたいな退屈な野郎と丸一日二人きりで気が滅入ってるんだ」


 カシムと呼ばれた目の前の男が、唯一見える口元を大げさに動かして反論する。表情が豊かな男なのだろう。


「はぁ~~、なんでこの俺がこんな西の端にガキのお守りなんて」


「おい、黙れ」


 カシムの言葉で記憶が蘇った。ウダルは、オクルとケールリンに面したほぼ西の端にある小さな町だ。首都フォンテベルフから西に向かうと大きな山々がまたいでいる。ここまで一日で辿り着くわけがない。


(そうか、山越えの必要がある)


 軍は人の移動を行う1級転送所を所持している。高価な魔鉱石を動力に使うため使用には制限がかかっているが、眠っている間に転送されたのか。どうりで自分の見張りの数も少ないのだ。


 胃がむかつくようなせり上がる不快感は、馬車酔いではなく転送魔具を経て移動した結果だろう。


 ハーラージスはオクルの訓練学校を手配すると言っていた。目の前の男、カシムの言葉を信じるならば、オクルのほぼ目の前までやってきたようなものだ。


 随分と離れた場所へとやってきてしまったという実感に、胸が空くような寂しさを感じた。


(メルルーシェの体調は戻っただろうか)


 自分が近くにいることでメルルーシェの魔力を奪っていた。離れることでメルルーシェの体調は安定したと思いたい。一体いつになれば近づいても魔力を吸い上げないのか。身体の成長速度が止まるまでだろうか。


 ラミスカは漠然とした不安が胸に渦巻いているのを感じた。


 義脚を確認する。左右の足の長さを見比べると、義脚の方が少し短い。成長の速度は、やはり少し控えめだ。


「お前、珍しい義脚を使ってるな」


 端の男に気を遣っているのか、先程よりも小さな声でカシムが呟く。


「まぁ少し前なら脚がなくなることも珍しくはないが。

装着魔具の爆発にでも巻き込まれたか」


 ラミスカは答えることなく、アルスベルが整備した右脚の長さや付け根の調整を始める。


「お前も寡黙気取りか」


 カシムは肩をすくめてため息をつくと、姿勢を崩して半ば横になった。




 しばらくすると馬車の揺れが止まって御者が降りる気配がした。身体を起こしたカシムともうひとりの男が馬車後方の垂れ幕をめくる。


 一気に差し込んだ陽光に目が眩んで反射的に顔を腕で覆う。そのままどちらかに腕を掴まれて馬車を降ろされた。


「着いたぞ。オクルだ」



 腕を掴む男の手を振り払って地面に立つ。光に目が慣れてくると、荒れた野にそびえ立つ大きな建造物と、点々と散らばる小さな仮設小屋のようなもの、そして多くの訓練兵の姿があった。


 魔法で削がれた一部の訓練場所を眺めながら、その粗野な空気にどこか懐かしさを感じて息を吐き出す。


「お前の名前はラミスカ・ゼスだ。分かったな?ゼス訓練兵」


 ニアハだった最初の頃、他にも自分と同じ混血児たちが大勢いたが、誰にも名前など与えられていなかった。全てニアハ(混ざり者)と呼ばれた。


 特攻隊となるべく日夜課せられた訓練は、命を落とすことも厭わないようなものばかりだった。“敵地に辿り着くこと”が訓練の全てで、それ以外は想定されなかった。汚物に塗れたぬかるんだ塹壕を進み、疲労のあまり倒れた混血児たちの何も映さない瞳を横目に、ただひたすら魔法をかい潜って先へ進む訓練をした。


「おい、返事は」


 野太い声の男に背を押されてはっとする。

 今から行くのは特攻隊の訓練地ではない。ベルへザード人の訓練学校だ。


「分かった」


 カシムが呆れたように手を振りながら「まぁ返事も行けば学ぶか」と呟いて先を進み始めた。


 オクルの訓練学校は町から離れた場所に建てられているようで、建物の向こう側には森が広がっているのが見える。元々ベルへザード人には水魔法や氷魔法の使い手が多い。訓練で荒れた地も、すぐに植物が育つのかもしれない。



 ふたりの男に挟まれる形で歩きながら、好奇心に溢れた訓練兵の視線を受けて学校と思しき建物に辿り着く。



 身なりの整った初老がふたりを出迎え、何やらやり取りを交わしている。

 ラミスカは興味がなかったためまわりの様子を観察していた。


 成人したばかりなのだろう、血気盛んな年頃と思しき青年たちが、爛々とした目でラミスカを眺めては通り過ぎていく。訓練兵の簡素な腹鎧には訓練兵内での階級なのか、色札が挟まっている。



 訓練校の責任者なのだろうその髭を蓄えた初老は、部屋に2人を招き入れると主に野太い声の男と言葉を交わしている。


「高名な第6師団のゾエフ師団長からの打診には驚きました」


「えぇ、えぇ。聡明なお考えがあってのことでしょう」


 外で待つように指示されたラミスカは、時折耳に入る甲高い初老の相槌を聞き流しながら窓の外を眺めていた。


「ゾエフ師団長の意向ですから。

一年間、経過観察はこちらで行います」


 カシムのくぐもった声が聞こえて扉が開いた。

 中に立った初老がラミスカを見つめている。


「挨拶をしろ」


 野太い声の男がこちらに顔を向けた。


「……ラミスカ・ゼス。兵役を全うするために来ただけだ」


 隣に立っていたカシムに頭をはたかれる。


「ゼス訓練兵、君は少し異例の処置となるが3年に編入することになる。しっかりと訓練に励んで実地で役に立ちなさい」


 穏やかそうな物言いの奥に隠れた冷たさに、男の狡猾さが見える。


「あぁ」


 ラミスカは窓の外に目をやった。


(いつか顔を見るだけでも)




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