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ニアハは聖女の愛を知る  作者: 森メメ
3章 わかたれた道
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追随




 アルスベルがほっとした顔で自分を見下ろしている。



 ユンリー曰く2日に渡って眠っていたそうで、起きてすぐラミスカを探そうと身体を起こすとユンリーに止められた。


 しばらく自分の身体が魔力不足で枯渇しかけたり、魔力を生み出して熱が出たり、とても不安定な状態だったらしい。


 安静にしておくように強く言い渡され、泣く泣く寝台で身体を起こしたまま窓の外を見つめていたのだった。


「身体の調子はどう?」


 アルスベルが隣の椅子に腰掛けた。


「なんだか凄く調子は良いの。身体が軽いし、ユン様に聞いた状態だったなんて嘘みたい」


 アルスベルと話すのは、火事の後体調が戻って歩けるようになった時以来だ。あの後すぐに寝込む事になってしまったが。


「あの……アルスベル様、体調を崩したのはあの外出のせいではないわ」


 魔力は、体調が優れないときは感情の波で不安定になることがある。

 あの日アルスベルに外に連れ出してもらって、少し話をしたのだった。


 火事の後4名の兵士がどうなったか、事件がどう処理されているのか、メルルーシェとラミスカが投獄される可能性が高いこと、そのために軍につてを持つアルスベルがどう動いているか。


 アルスベルは弟クラインが仕出かしたことを既に知っており、責任を感じて酷く悔いていた。


 アルスベルが動きやすいように、アルスベルとメルルーシェは婚姻関係である事にする。ふたりはそう決めたのだった。



「体内の魔力が不安定な原因がまだ分からない、とユンリー様が言っていたよ」


 アルスベルが眉尻を下げて心配そうに呟く。


「そう、けれど感覚的に安定したのが自分でも分かるの。とても体調が良いのよ」


 メルルーシェは手を開いたり握ったりを繰り返した。


「それは良かった」


 ふーっと息を吐き出したアルスベルが、躊躇いがちに顔を伏せた。


「君に言わなければならない事があるんだ」


 その様子にいやな予感が胸をくすぐる。


「まず、火事の件で君が罪に問われる事はなくなった。

そしてラミスカが黙って軍に入隊してしまった。行方が分からない」


 アルスベルの言葉が重い泥のように身体にまとわりつく。


「行方が……分からない?」


「君とラミスカの間に血が繋がっていないことを証明されたんだ。君や私にラミスカの行く先を報告する義務はないと、そう言われた」



 動かしている手の感覚が感じられない。

 何故血が繋がっていなければ、居場所も教えてもらう事が出来ないのだろう。赤子の頃から育てた自分の子の居場所を。


 赤子ではなかった子、愛情も思いやりも何も知らずに育った、戦の中でしか生きたことのなかった哀れな人。また戦場へ行きたいと思うはずがない。



 つんと鼻の奥が痛む。目から溢れて零れ落ちた涙が染みを作る。


「幸か不幸か、これから彼は訓練学校へ通うはずだ。私が探すから大丈夫だよメルルーシェ」


「ラミスカが、言ったの。

軍に入ると。何故か聞いても答えなかったわ。

アルスベル様が動いてくださってることも、あの子には伝えていたのに」


 店にハーラージス・ゾエフという第6師団の師団長が現れたときの話をぽつり、ぽつりと溢した。



 彼が動いたせいで全て無かったことにされた、とアルスベルが悔しそうに呟いた。


 アルスベルはハーラージスと面識があるようで、握りしめられた拳がその心境を物語っているようだった。


「ハーラージスが手を回してラミスカを入隊させたとしたら、どの地域に向かうか大体の検討はつく。不幸中の幸いだよ」


 アルスベルの言葉にメルルーシェも頷く。


「西側ね」


「そのとおり。けれど西にはダテナン人も多いし、身体的特徴だけでは見つけ辛いだろう。私が探しに向かうよ」


 頬に伝う涙を拭って、顔を上げる。


「いいえ、アルスベル様。自分で向かうわ」


 アルスベルが驚いたように目を丸くする。

 ラミスカの体の急速な変化に、皆は疑問に思うも民族の体格の差かと思う程度に留まっている。


 しかしラミスカの身体に起こっていることはそれだけではない。それを知られるわけにもいかない。


 メルルーシェは硬い表情でアルスベルを見つめる。


「訓練学校は確か3年通うのですか?」


「そうだね。

戦争が終わってからは、訓練学校で3年過ごせば兵役の義務は終えたことになる。ただ地方によっては異なっている場所もある。2年訓練学校で過ごし1年は実地へと駆り出されたりね」


「そう、なのですね」


「君は……この町を出て行くつもりなのか?」


 気遣わしげな青緑色の瞳と視線が交わる。


「そのつもりです。

アルスベル様、ユン様やスーミェに今回の恩返しをしてから町を出ます。私には時間がないかもしれない。後悔しないようにラミスカを探したいのです」


———その魂は私のもの


 夢に現れた死の神の言葉を反芻する。

 あれは私の願いなど聞き届けるつもりはないという意味なのだろうか。


「時間がないなんてことはない。

少なくともラミスカは2年は訓練学校にいるはず。

そして兵役を終えなければ投獄されるだろう。

慌てずに自分の体調を優先するべきだよ」


 確かにアルスベルの言うことには一理ある。

 4人の兵士を重体に陥れたという罪を消す目的で、ラミスカが軍に入隊したことは間違いない。兵役を終えたという体裁は必要だ。


 そうすると自分が成すべきことが見えてきた。

 ラミスカがどの部隊に配属されどこへ行かされるのか、どんな条件で軍へ入ったのかを知る必要がある。


 それらを知るためには、彼の側で共に生きるためには、軍に入るしかない。


 メルルーシェは幸いなことに癒し魔法の使い手だ。実地で癒し魔力は使い物にはならないが、それでもどこへ行っても重宝される知識を、今は身につけているのだ。


 異国の血が混ざっているという事で、無理な条件をつけられている可能性も大いに有り得る。“兵役は16歳の成人を過ぎてからだ”と反論をしたとき、あのハーラージスは「ベルへザード人はな」と笑ったのだから。


 気付かない内に歯を食いしばっていたことに気付いて顎の力を弱める。


「短期間で私に自分の身を守る術を、教えていただきたいのです」


 アルスベルが気の抜けたような顔で言葉を躊躇った。


「それは……君は癒し魔法の使い手だから……。

つまりは体術で、身を守る術を、ということかい?」


「えぇ」


 メルルーシェの真剣な目に、アルスベルは困ったように両手を上げた。


 メルルーシェが一度決めると頑固になることを、彼はよく知っていたからだ。





今晩、火事後回復したメルルーシェとアルスベルの外出時のSSを上げられると思います。

アルスベルの葛藤が見え隠れするSSです。

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