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ニアハは聖女の愛を知る  作者: 森メメ
1章 死と出会い
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余興



 数人の兵士に取り囲まれたニアハとオキナ。


 身体の自由が効かないのか、ニアハが槍を振るう動きはまるで水の中にいるかのように遅かった。


 数人が水を発射し、伝うように氷がふたりを襲う。


 ニアハの身体は熱を発することはなく、槍を捻り回転させることで氷を打ち払った。オキナの身体には既に氷が到達し、身体の向きを変えることもままならなくなっていた。





———卓上で動くニアハの戦闘劇の投影を退屈そうに眺めながら男が口を開いた。



「つまらんな。多くを殺したこの人間も最早お前の手の中だ」



 戦神テオヴァーレは少しばかりの赤い液体が入った杯をあおりながら、目の前にいる死の神イクフェスの杯に手を軽く振った。


 すぐに艶かしい赤い液体で満たされたその杯を、上品に口に運ぶイクフェスに愚痴を零す。


「花の命のように短い戦争だったが、今回は中々楽しめたのにな。終わってしまうとは」



 卓上に積み上げられた果実を口に運びながら、机に乗せた足を組み替える。同じ果実を手に取ったイクフェスもそれを咀嚼しながら答える。



「人の一生など意識して見なければ瞬きをする間に終わってしまう。またすぐに戦争は起こるさ」



 卓上では兵士の追撃でオキナの身体に2本の剣が刺し込まれる。



「しかし女たちを使った召喚魔法は笑えたのだがな。人間たちは時に、我らが与えた以上のことを思い付く」


 背もたれから腰をあげて、無邪気な子どものような笑顔で戦乙女ヴァレハンディーネについて語る戦神テオヴァーレ。その目に卓上の出来事は映っていない。



「死した女共は宵の国ではどのような形で現れるのだ?」


 イクフェスがため息をつきながら首を横に振った。


「混ざりあった魂を解くのは骨が折れる。禊ぎを司るユマ達も嘆いていたよ」


 人間に個の意志を与える約束を交わした手前、約束を違えることは出来ない。ふたりの神は不便なものだと同情し合った。



「テオヴァーレ、しばらく争いが生まれねば今度こそ安穏の神が力を取り戻すかもしれぬ」


 死の神イクフェスの言葉に、怪訝そうに顔をあげる戦神テオヴァーレ。


「奴はそなたの国で眠りについているだろう。

そなたの国には祈りは届かぬ」


 卓上に肘をついて組んだ指の上に顎を乗せているイクフェスが、確信を持って断言するテオヴァーレを一蹴する。


「我が宵の国の内だといえ油断は禁物だ。何か嫌な予感がする」


 ため息をついた死の神イクフェスは、息絶えたオキナの身体から溢れ出た煙のような何かを愛おしそうに眺めたかと思うと、指の一振りで引き寄せて手中に収めた。


「少なくとも戦を起こし続ける必要がある」


 そう続けたイクフェスは、残った左脚を刺され、朽ちたオキナの身体を盾に防戦を繰り広げるニアハに絡みつくような視線を向ける。


「あぁ。人間は危機が迫らねば熱心に祈らん。今でこそ祈気に満ち溢れているが、収まれば戦に勝たんと願う者は減り、祈りは奴に向くだろう」


 戦神テオヴァーレは安穏の神テンシアの澄ました顔を思い出して不快感を覚えた。記憶を振り払うように杯を一気にあおる。


 そしてイクフェスの視線の先にあるニアハに目をやった。


 幾重にもかけられた氷に身を固められ、数本の槍を身体に受けて絶命を迎えるニアハを見つめる。


———こいつにはもっと憎しみを振りまいてもらわねばな。


 テオヴァーレは口元に笑みを浮かべたまま、果実を頬張った。


「イクフェス、そいつの魂は回収するな」


 意外そうに顔を傾けるイクフェスは、無機質な表情からは想像もつかない残念そうな声を出した。


「なんだ、とっておきで食べる事を楽しみにしていたのに」


 テオヴァーレが口を開いた瞬間、2人の背後にある天にも届く高さの扉が重い音を立てて開いた。


「あらあら、イクフェス様。ご機嫌よう」


 現れてすぐにイクフェスの煌めく長髪を褒めはじめた女性に、テオヴァーレが呆れたような声をあげる。


「フィランティーナ、今我々は共に杯を交わしている最中だ」


 複雑に結った髪を後ろに流している女神、フィランティーナは悪戯を思いついた子どものように笑みを浮かべるとテオヴァーレの隣に腰掛けた。


「わたくしも混ぜてくださいまし」


「フィランティーナ……」


「テオヴァーレ、良いではありませんか」


 妻を邪険に扱おうとするテオヴァーレの言葉を遮ってイクフェスが助け舟を出す。


「テオヴァーレ様と違ってイクフェス様はお優しい方。伴侶はまだ取られませんの?」


 ころころと表情を変えながら、愛嬌のある笑顔を浮かべたフィランティーナがイクフェスに尋ねる。


「えぇ、宵の国へと入りたがる神はあまり居ませんから」


「まぁ!居なければご自分でお創りになればいいのよ」


 フィランティーナの言葉に、少し考えるように俯いたイクフェスは頷いた。


「それはそれは。思いつきませんでした。貴女(出産の女神)らしい考えですね」


 嫌味のない穏やかな褒め言葉に気を良くしたのか、フィランティーナは滑らかな肌に笑窪を作って上機嫌に微笑んだ。


 自身の妻への賛辞をつまらないと言わんばかりに頬杖をついていたテオヴァーレが、卓上を凝視しながら慌てたように声をあげた。


「あぁ!少し目を離した隙に。死んだ上に肉片になってしまったではないか……」


 至極残念そうに呟いて妻フィランティーナを睨み付けた。


フィランティーナは、それまで気付いてもいなかった卓上の投影に目を向けて首を傾げた。


「テオヴァーレ様、また人間などを観察しておられたの?」


「あぁ、だがそなたが話している間に死んだ。まぁよい、大したことではないからな」


 不機嫌そうに鼻を鳴らすテオヴァーレに、フィランティーナがくすくすと笑う。


「そう険しい顔をなさらないで。私が元に戻すわ。機嫌をお直しになって」


 フィランティーナはそう言うと、ふたりの男神が口を挟む暇もなく、卓上に転がったニアハの肉片のひとつを指でなぞるように撫でた。



 光を帯びた肉片は徐々に形を成していく。それを眺めていたテオヴァーレの眉間に皺が寄る。



「これでは……元に戻すと言っても……

これでは赤子ではないか!フィランティーナ!」


「テオ様ったら!そう興奮なさらないで」



 立ち上がったテオヴァーレから逃れるように、フィランティーナは赤子から指を離して鈴のような笑い声を上げて扉へと向かった。


「全く」


 椅子に乱暴に座り直したテオヴァーレに、イクフェスが苦笑する。


「仲がよろしいことは良い事ではないですか」


 テオヴァーレが真に怒っているわけでもなく、フィランティーナとのやり取りを楽しんでいるのを理解しているイクフェスは、一抹の寂しさを感じた。


「そなたらを見ていると、私も伴侶が欲しくなるときがある」


「まぁ楽しめることも多いがな」


 妖しい笑みを浮かべて口に堅果を放り込んだテオヴァーレは、卓上に転がる赤子を指した。


「ところでこれはどうする。このまま放っておくか」


 イクフェスは目を細めて赤子を観察する。


 赤子は中途半端に再生された為か、片脚は無く額には火傷が残ったままだった。ろくな生は歩めないだろう。


「運良く育てばまた人を屠ることだろう。死ねば我が手に落ちるだけ」


 そう呟くとニアハに手を向けた。


「そうだな、適当な其方の神殿にでも飛ばしておけばいい」


 テオヴァーレも愉快そうに頷いた。




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