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ニアハは聖女の愛を知る  作者: 森メメ
2章 ふたりの生活
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取り戻した意識




 ニアハは困惑していた。


「ラミスカ~~~。一応今日あなたは3歳になったのよ。おめでとう。もう何か話してもおかしくないのに……」


 笑顔で手を叩く目の前の女の名はメルルーシェ。魔具技師や薬屋のババアがそう呼んでいる。

 母だと自称するその女は、あどけなさを残していてまだ大人とはいえない。


 メルルーシェはニアハの目の前の皿に、細かく切った肉や野菜を乗せる。湯気のたったスープに息を吹きかけながらニアハの前に置くのだ。


 メルルーシェの行動は理解が出来ない事ばかりだった。


 ニアハは母というものがどんなものなのか、生前知ることはなかった。物心ついた時から何かを壊す事を課せられ、失敗すれば痛みが、成功すれば次の壊すものを与えられただけだった。


 メルルーシェがよそった野菜を口に入れて咀嚼する。

 こうしないとメルルーシェがうるさいからだ。


 メルルーシェを排除しようかと迷ったときもあったが、この身体ではうまく魔力を扱えないのと、メルルーシェを排除すれば魔具技師の男が義脚を用意しなくなる可能性がある。


 一体何が面白いのか、にこにこと笑顔を自分に向けるメルルーシェを一瞥して、食事を平らげると自室へと向かおうとした。


「あら、ラミスカちょっと待って」


(自分には名前など無い。ニアハ(混ざり者)と呼ばれるだけだ。)


 ラミスカと呼ぶメルルーシェに冷たい目を向けるニアハ。メルルーシェはそんなニアハの心情を知ってか知らずか、全く気にする素振りもなく構うのだ。


「今日は良いものがあるのよ」


 含み笑いをしながら台所へと向かうメルルーシェ。

 ニアハはメルルーシェを無視して痛み続ける額の火傷を触りながら部屋に向かう。


 寝台によじ登って横たわる。ふざけた材質の義脚を取り払う気にもなれず、じんじんと痛む頭を押さえて静かに丸まっていると、静かに扉が開く音がした。


「ラミスカ……痛むの?」


 寝台に腰かけたメルルーシェは、嫌がるニアハの顔を無理やり自分に向ける。心配そうに眉を下げたメルルーシェがニアハの頬を優しく包む。


「可哀想に」


 頬を撫でるメルルーシェのひんやりとした手を払う。


「大丈夫よ、傷つけようとしてるわけじゃないの。

私はあなたの味方よ。さぁこっちを向いて、癒しをかけるわ」


 メルルーシェは毎晩ニアハに癒しをかける。

 どれだけニアハが拒んでも、癒しだけは頑として止めないメルルーシェにニアハが折れた。メルルーシェが“癒しをかける”と言えばニアハは従うしかないのだ。


 メルルーシェが手をかざして遠い場所を見るように集中を始めたので、ニアハは大人しく横になった。メルルーシェの柔らかな髪がニアハの手にかかる。


 いつも身を焦がすような怒りと虚しさに支配されていた。

 常に痛む額も、身を縛っていた鎖も、嘲笑う指揮官や兵士たちも、無くした右脚も、全て憎しみの糧だった。


 この世界にはニアハが憎悪し、破壊したいものに溢れていた。



 メルルーシェの匂いがして、額の痛みがすっと引いていく。

 しばらくして心地の良いまどろみが訪れる。ニアハは無意識にメルルーシェの髪をきゅっと握った。


「これは明日までお預けね」


 遠くでメルルーシェが微笑む気配がした。






 はっきりと意識が戻ってからは、情報を集める事にした。


 なぜ自分は無力な子どもとなっているのか。


 死んだオキナはどうなったのか。同じく死んだはずの自分は何故赤子に戻っているの癒しをかける


 ニアハは、最初はラミスカという子どもに自分の意識が乗り移ったのかと考えたが、鏡に映る姿を確認してからは、どういう訳か赤子に戻され、そこをメルルーシェに拾われたのだと納得した。


 鏡に映る自分———立てるようになったばかりの子ども———には右の脚もなく、顔には醜い火傷の跡がある。間違いなく死ぬ前と同じ自分の姿だった。髪の色以外は。



(自分たちを殺した兵士達)


 あの時、酷く高い音が鳴り響いてからニアハは魔法を使うことが出来なくなった。戦場でもあれだけ完璧に魔力の阻害が出来る魔具は見たことが無かった。


 脚を整備できる唯一のオキナを殺した上に、ニアハが死ぬ直前まで楽しんでいた。



 憎しみが渦巻いたニアハの暗い瞳にメルルーシェが映り込む。



 メルルーシェは薄い茶色に縁どられた薄紫の瞳でじっとニアハを見つめると、首を傾げてニアハを覗き込む。


「ラミスカ、どこか痛いの?」


 メルルーシェの問いには答えず顔を背けた。


「痛いなら癒しをかけるから教えてちょうだい」


 ニアハはメルルーシェを睨みつける。

 といっても所詮3歳なので大した迫力はないのだが。


 メルルーシェは自分と目を合わせたニアハに微笑みかけると、抱き上げた。


「あなたがどれだけ利口でも、まだあなた一人では家に置いておけないの。さぁ今日も薬屋に向かいましょう」


 メルルーシェはニアハが嫌がることは極力しないのだが、珍しく今日は嫌がるニアハを抱き上げて歩き始めた。


「ユン様がね、子どもが小さいうちは沢山触れた方が良いと言うのよ」


 メルルーシェがニアハの大したことのない抵抗で顔に拳を受けながら、独り言をつぶやく。


(あのババアのせいか)


 ニアハは特に悪意があってそう呼んでいるわけではない。

 教育を受ける機会のなかったニアハは、兵士達が使う言葉や振る舞いを知識として得るしかなかったからだった。


 疲れやすい小さな身体に限界が訪れて大人しくメルルーシェの胸に抱かれる。

 柔らかな髪に顔を埋めて心地の良い揺れを感じていると、すれ違う町民がメルルーシェに挨拶をする。


「メルルーシェちゃん、今日もはやいね」


「えぇ、ランスさんおはよう。また近いうちにお店にお邪魔するわ」


 男が遠ざかっていくのを眺める。


「今日はラミスカは歩いていないのね」


「うふふ、今日は大人しいのよ」


 数人と挨拶を交わしながら薬屋に着くと、ユンリーが奥から出て来た。


「今日も母親に似て憎たらしい顔だねラミスカ」


 ユンリーの挨拶の常套句だった。

 メルルーシェとの共通点といえば、透き通るような薄茶の髪色だけだとニアハは思っている。


 特にユンリーに興味が無いニアハは、メルルーシェの机の隣の自分の空間に座り込むと本を読み始めた。自分の部屋の棚にあった本で、絵が描かれたその本をニアハは気に入って薬屋に持ってきて置いていた。


「ユン様、昨日干しておいたクラバトの草はどうでした?」


「あぁ!すっかり忘れてた。あんた見てきとくれ」


 会話をするふたりを尻目に、黙々と絵本にかじりつくニアハ。

 絵本にはニアハの知らなかったことが沢山書いてあった。薬草についての絵本が一番多かったのだが、町に住む人の話や、神殿と神の話、魔法についての話。様々な種類があった。

 絵本はメルルーシェがどこかから持ってきているようで、知らない間に部屋の本棚は2段目まで埋まっていた。


「あんたは母親に似て勤勉だね。良いことだ」


 メルルーシェが居ないとき、ユンリーは本を読むラミスカにそう話しかけるのだった。



 薬屋での仕事が終わると、まっすぐ家に帰ることもあれば、西の市場へ寄ったり、薬屋の近くの魔具工房へと寄ることもある。ニアハは人の多い市場が嫌いだったので、メルルーシェが市場へ行く間、魔具工房で待っていることも多かった。


 そして家に帰る頃には額の火傷が疼き始める。そんな毎日だった。




 1年が経ったある日、起き上がって装着魔具を右脚につけようと格闘していると、メルルーシェが扉に寄りかかって呆れたようにニアハを見つめていた。


「何でも一人でやりたがるんだから……。

お母さんに言ってくれればいいのよ」


 思い通りにいかない苛立ちと不満からメルルーシェを睨みつける。


「おかあさんじゃない」


 初めて口から発した声は掠れていてかん高かった。



 メルルーシェは動揺したように瞳を揺らしながら、目を見開いて固まっていた。


「ラミスカ、あなた今……」


 少し嬉しそうな声で、眉を下げたメルルーシェが笑顔を作った。


「……良かった。話せるのね。

また声を聞かせてくれる?」


 ニアハはメルルーシェから顔を背けると、本に目を向けたまま一言告げた。


「必要ない」


 最後までメルルーシェの顔は見なかった。




 4歳になったらしいニアハは、時折家で一人でいることを許された。


 どうやらユンリーの調子が悪い日があるらしく、メルルーシェは帰ってくることが遅くなる日が多くなった。そんな日は雑貨屋の女や魔具技師のアルスベルが家を訪ねてくるのだった。


 火傷の癒しを終えたメルルーシェは、ニアハにおやすみと告げて自室へと戻って行ったようだった。

 そっと扉を開けると、居間の一角で読書に耽る姿が見える。


 人体についての本や癒し魔法についての本、薬草辞典が積み上げられている傍らで何かを書きなぐっている。


 いつも遅くまで何をしてるのか、ふと気になったニアハはメルルーシェが仕事に出かけた後机を覗いてみた。


 細かな字で綴られているのは、火傷痕に近い症状になる魔法痕や治療法についてだった。もう一つの紙の束には失った身体の部位の修復について、癒し魔法と薬草での可能性と、世界各国での事例や良く分からないことが書かれていた。


 ニアハは紙を元の位置に戻すと、机に置かれた食事を見て溜息をつくと自室の寝台で丸くなった。


 窓辺を見つめていると、ふと寝台の隣の台に“4歳おめでとう”と書かれた紙と共に絵本が置かれていることに気がついた。ずっと気がつかなかった。


 ニアハが呑み込めない感情は、訳の分からない苛立ちとして処理された。



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