素人の野良がFPSでカップルのボイチャを聞くだけ
この物語はフィクションです。フィクションです。
友人に誘われ、最近流行りのFPSゲームを始めてみた。何も分からない状態から色々教えてもらい、少しは出来るようになったがそれでも素人だ。
出来るだけ足を引っ張らないようになりたいという思い。友人と都合が合わないことが増えたという事情。そういうこともあって、知り合いが一人もいないチームに入る事――要するに野良プレイだ――も増えた。
そう。ソロがないのだこのゲーム。基本三人一組。そして私は高確率である状態になる。
知り合い二人組の中に混入するのだ。
私は友人以外とボイスチャットをしないので、大体いつもその二人の間での会話を聞くことになる。しかも、残念な事によく一番最初に死んでしまうので、彼ら彼女らのプレイ画面を見ながら。
それはカップルのいちゃつきだったり、見ているだけで手が汗ばむほど熱い連携プレイだったり、何を言っているのか全く分からないがやたらと上手い外国人だったり。
開始ボタンを押す。さて、今回はどうだろうか。
『がんばろーねー』
『頑張ろー』
男女の声。そしてこのピンクピンクした雰囲気。何故か痛む私の心。カップルだ。間違いない。心の傷は嘘をつかない。
私が喋らないと分かると、身内丸出しの会話を始めた。ゲームが始まるまでまだ少し時間がある。じっくり聞いてやろうじゃないのとヘッドホンを被り直し、PCの音量を上げる。
男の笑い声。
『ねえ、何笑ってるの』
『いや、これ終わったら勉強やるしょ。ちょっと意地悪しようと思ってさ』
『ねえーやめてよーもう』
あああああ! 畜生め聞かなければよかったわざとらしくいちゃつきやがってよう!
怒りに任せて拳を机に振り下ろす。その寸前に心の中で一足早くエア台パンが行われ、なんとか冷静さを取り戻した。ふう。
そう。何もカップルと決まった訳ではない。仲のいい兄妹かもしれないじゃないか。そうに決まっている。それにしても両方いい声してるなあ、なんか配信を聞いてるみたい――
『宿題多いし難しいしでゆっくり過ごせないし、なんか寂しいなあ』
『だね、じゃあ今度映画でも見に行こう』
⋯⋯⋯⋯。
「クソが、クソがよお!」
感じる手の痛み。部屋に暴力的な音が響き渡る。
ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、バン!
『お、始まった。降りるのここら辺にするわ』
始まった。そうだ。気持ちを切り替えなければ。冷静に冷静に。
さて、どこに降りるのかなあ。おっと。なんの冗談だそれは。激戦区じゃないか。ほら、沢山降りてる。本当にそこにするのか? 私のような素人は袋叩きにされて死んでしまうよ。
『ねえ、めっちゃ降りてるけど大丈夫?』
『降りたらすぐ武器取って逃げよう。場所被ってるけど今から変えるのきつい』
見えた。未来が見えた。このパターンはそうだ。いつものあれだ。
私は頭に浮かんだ最悪の未来から逃れようと、着地した瞬間武器に向かって走った。周りに敵がいる。味方は武器を持った。あとは私だけだ。敵と武器目掛けてかけっこをする。
駄目だ。取られる――いや、渡してなるものか、それは私のものだ!
相手が武器を取ったその瞬間私の拳が奴に当たる。相手が銃を打つ。少し食らった。ショットガンか。撃たれる前に殴る。殴る。死に物狂いでマウスをクリック。殴る。このっ、このっ、このっ。
『お、あの野良さん素手で勝ったよ』
相手が倒れた。危なかった。意外といけたが、それでもあの距離であと数発食らっていれば死んでいた。手汗がひどい。だが勝ったのだ! 銃相手に素手で! やはりこの拳こそが最強の武器だ!
急いで相手の持ち物を回収し、味方の元へ向かう。足音が聞こえる。味方がこちらに銃を向け撃っている。私は全てを察した。
『逃げて、残りが来てる、早く!』
『あー、不味いなこれ。近くに何もない』
誰が大人しく運命に従ってやるものか。何度もスライディングを繰り返し逃げる。回復アイテムなど持っていない。逃げる。それしかできない。ただただ逃げ続ける。銃弾は飛んでくるが当たらない。今回は行けるかもしれない。
『よしっ、いけるいける。頑張れ!』
あと少しで――その瞬間だった。
『やばっ、上別パ!』
「や、ああ。ちっくしょうめッ!」
【GAME OVER】
一瞬だった。上から突然降ってきた別のチーム。その三人から派手に銃弾を浴びせられ、何も出来ずに私は死んだ。
画面は彼らのものに切り替わる。死んでしまったものはしょうがない。せっかくだ、お勉強させてもらおう。
彼らは逃げていた。当たり前だ。一人やられた上に二チームに狙われているのだ。
『一旦ここで様子見て、あの二チームがやり始めたらあそこ行こう』
『分かった』
成る程。消耗した所を狙う作戦か。
銃声が鳴り始める。彼らは移動を始めた。目指しているのは上か。
『やってるねえ』
そう言いながら銃弾の雨を降らせる。それが相手に大きな打撃を与えているようには見えない。しかし、動きが明らかにおかしくなった。少し考えてみて気がつく。そりゃそうだ。やり合っている最中にいきなり別の場所から襲われたら誰だって驚く。さっきやられたから痛いほどよく分かる。
隙を見せた片方のチームが全滅。勝った方も二人になっている。キョロキョロと辺りを見回していたが、味方は物陰でしゃがんでいたので気付かれなかった。
『回復し始めた、今だ!』
彼らは飛び降り、回復中の敵チームに後ろから銃弾を浴びせる。隙だらけの敵はあっさりと倒れた。
その後も何度か他のチームに遭遇したが、上手い具合に撒いたり各個撃破をしたりして生き残っていた。残り五チーム。
『あれ、野良さんまだいる。何でだろ』
『やり方見てるんじゃない』
『なんか恥ずかしいなあ』
やっぱりいい声だ。イケボとカワボに包まれ癒される。途中何度か幸せオーラに心を殺されかけたが、まあいい。別にカップルが嫌いなわけではないのだ。むしろ好きだ。遠くから眺めている分にはいい薬になる。近くにいると毒になってしまうが。
それにしてもすごい。これはもしかすると一位を取れるのでは。
『うお、撃たれてる。どこだ』
突然撃たれたが、相手がどこにいるかが分からない。スナイパーだろうか。彼らは室内に身を隠す。その瞬間何かを投げ込まれた。手榴弾だ。
『あっやべ』
気づいて逃げるが場所が悪かった。まともに食らって死にかけてしまう。しかも敵チームが入ってきた。必死に抵抗していたが、駄目だった。
リザルト画面に変わる。四位だ。私は一キル。最初の素手でのあれだ。彼氏っぽい方は五キル。彼女っぽい方は三キル。
『惜しかったねー』
『そうだね。⋯⋯どうする』
『どうするって、何?』
『もっかいやる?』
『うーん、もっかいやろ』
私はマッチから退出し、ロビーに戻った。そして開始ボタンを押す。また野良の誰かがあのカップルと組むのだろうか、と思いながら。