第二話
「うーん、中身が君だと、その顔でも愛おしいと思えるのだから不思議だ」
朝食後、クローディアとエイメリックは居間に場所を変え、部屋の中央にあるソファに腰かけていた。
目覚めてからこっち、レオノーラになっていたり、自分の体にエイメリックが入り込んでいたりと、あまりに衝撃的な体験のせいで、エイメリックが妹にした仕打ちについて問い質す気は失せていた。
今はとにかく、この状況をなんとかする方が先である。
「……リック、どうでもいいけど隣ではなく、あちらに座ったら?」
ゆったり座れる二人掛けのソファなのに、妙に距離が近い。
クローディアは離れてと言わんばかりにL字型に並んだもう一つのソファを指差した。
エイメリックがその手を両手で握り込む。
「離れてくれと言うならそうするが、なにも別のソファを指定することないだろう?」
陰りを帯びた瞳でそう言われ、クローディアは微妙な気分になった。
自分の顔でそんなことを言われても、ただただ薄気味悪いだけだ。同時に、こんな顔も出来るのかと妙に他人事のように思ってしまう。中身が自分だったらこんな顔、絶対に作れない気がした。
背筋にぞわぞわしたものを感じつつ、黒い瞳を見つめる。すると、その距離が縮まった。鼻先が触れ合い、その吐息を感じたとき、クローディアは間近に迫った自分の顔を、空いている手で押さえつけた。
「ちょっ……どさくさに紛れてなにしてるんですか!」
「なにって、朝の挨拶を……」
「挨拶って……そんな挨拶をする姉妹がどこにいるっていうの!」
「ディディ、そこはほら、夫婦なのだから」
「自分の都合で夫婦と姉妹を使い分けないでください!」
ただでさえ頭の痛い状況なのに、見た目が自分のエイメリックといると、気が変になりそうだ。使用人たちを下がらせておいて正解だったと内心でぼやく。
クローディアは隣のソファに移動しながら、エイメリックを横目で見た。
こうしてみる限り、あまり混乱しているようには思えない。むしろこの状況を楽しんでいるような気さえする。
クローディアはもう一つのソファに座り直すと、侍女が用意してくれていた紅茶に手を伸ばした。エイメリックも同じようにカップを手に取る。その所作がクローディアとしてあまりに自然なことに気づき、クローディアは口の端を引きつらせた。
この人、ちょっと適応力高すぎじゃないだろうか。
「まあ、でも、今日がアカデミーお休みの日でよかったよ」
ここに来る前、新聞でさりげなく日付を確認しておいた。
クローディアがまだ嫁ぐ前、アカデミーに籍を置いていた時期だということは把握している。
「そうね。こんな状態でいきなり登校なんて、冗談じゃないわ」
エイメリックなら違和感なく溶け込みそうだけど……と、これは心の中でだけ付け加えておく。
「リックがここにいるということは、王太子宮にいるあなたの中身は、おそらく他の誰かってことよね?」
「ディディがここにいるから、レオノーラが順当だとは思うが……他に入れ替わった人がいたりするのかな」
「やめて……ただでさえ混乱しているのに、これ以上増えたりなんてしてたら訳が分からなくなるわ」
思わず額を押さえる。
救いなのは、今ここに同じ体験をした人がいてくれるということだろうか。
エイメリックが思案気にカップの中を見つめる。
「まあ、なんにしても、一度王宮に行って確かめて――」
「……リック?」
不自然に声が途切れ、クローディアは首を傾げた。
直後、手紙を手にした執事が部屋へと入ってくる。
「お話し中、申し訳ございません」
「かまわないわ。お手紙は私に?」
エイメリックがクローディアとして受け答えする。それを見て、クローディアはコーラルの瞳を丸くした。
まったく違和感を感じない。
こんなところで無駄に王太子スペックを発揮しなくてもいいのではないだろうか――そう思いはしたものの、この状況がいつまで続くかわからない。慣れておくなら早めのほうがいいに決まっている。
クローディアもエイメリックを見習って、普段見ていたレオノーラを演じてみることにした。
「お姉様、どなたから?」
素のレオノーラがどんなだったかは分からないが、いつも見ていた彼女はこんな感じだった。可愛らしく小首を傾げてみせる。すると、エイメリックが固まった。じっとクローディアのことを凝視する。
「お姉様?」
もう一度呼ぶと、エイメリックが我に返った。その間に執事が部屋を出て行く。
「うわ、どうしよう。このままだと禁断の扉を開けてしまいそうだ。……いや、いっそのこと、それもありか?」
なにかぶつぶつ言っている。焦れたクローディアは、執事が出て行ったこともあり、素に戻ってエイメリックに詰め寄った。
「なにをぶつぶつと……それよりも、それ、王宮からよね?」
「あああ、なんでそこで元に戻るかな」
なんだか非常に残念がられてしまった。
付き合っていると日が暮れてしまいそうなので、無視して話を進める。
手紙は王家の紋章で封印されていた。
さすがにどこにペーパーナイフがしまってあるかまでは分からないだろう。クローディアは部屋にあるキャビネットに近づくと、その一番上の引き出しから、ペーパーナイフを取り出した。エイメリックに渡すと、慣れた手つきで封筒の端を切る。
綺麗に折りたたまれた手紙を開き、エイメリックが目を通した。最後まで読むとクローディアに手渡してくる。
「ちょうどいい、その王太子からだ」
手紙には、本日の午後、使いの者をやるので、妹のレオノーラを連れて王太子宮に来るよう書かれていた。