第8話:ダンジョンのトラップを発注しよう
カーン、カーン。
リズミカルに鉱石と金属の先端がぶつかり合う音が弾けるのがあちらこちらで聞こえる。
洞窟を掘るのは、複数人のゴーレムに似た少女たち。
いずれも、魔王がモンスター職業安定所から派遣されてきた魔物娘たちだ。
ある者は真剣な眼差しをしながらつるはしを振りかぶっては、無心で力強く振り下ろす。
また、ある者はつるはしを一度壁に立て掛け、額の汗を土色で汚れたタオルで拭う。
ここは焔魔王ローゼリアが棲まう、火山のダンジョン「バーン火山」ーー
……になるはずのところである。
ただし、いまはなんてことない、そこらへんに連なる野生の火山だ。
魔王たちは来たるべき勇者たちの侵攻に備えて、ダンジョンを掘っている。
ダンジョンは決して自然発生しているわけではない。
魔王によって、勇者を迎えいれるという目的を達成するために創造された、人口の建築物なのである。
ダンジョンは労働集約型産業なのだ。
魔王は自らが大魔王になるために、被雇用者である魔物娘たちを雇い、
魔物娘たちは明日の食料と、寝所を確保するために、今日も雇用者である魔王に労働を捧げる。
「それで今日は、デザイン担当のハーピィちゃんに、マグマ床のデザインをお願いしたんだ」
「マグマ床のデザイン?」
「ああ、ダンジョンに勇者がやってくるだろ? そこで勇者を弱らせるためのトラップ。そのデザインだ」
「へぇ、罠ね。アタイだったら、めんどくさいことせず、この床ぜーんぶそのマグマ床にしちゃえばいいって思ったけど」
「いや、俺たちには予算が足りないんだ。他にもお金を使わないといけないポイントは山ほどある。それに時間も限られている。だからピンポイントに使いたい」
「ピンポイント?」
「そう、絶対にこのトラップを踏まないといけない状況をつくるんだ」
「うんうん。なるほど。キミはなかなか策士というやつじゃないか」
「ありがとな、だからワナの先にニンジンをぶら下げるんだ」
「ニンジン? あははは! キミ、結構あたま良さそうに見えるけど意外とツメが甘いじゃないか」
「何がそんなにおかしいんだよ!」
「こんなところに生えているニンジンを、勇者が食べるはずないじゃないか。馬でもあるまいし」
自らの無知さを大胆にも吐露した魔物の少女は、薄青紫色の前髪が顔の半分を覆っている。
つり上がった緋色の瞳は、意志の炎を封じ込めたかのように、赤よりも深く紅で染まっている。
手首から二の腕にかけては羽根が生えており、腕を肩まで広げれば翼にもなる。
伝説の半人半鳥のハーピィを模した、魔物の娘である。
「あのなぁ。ニンジンっていうのはものの喩えで……」
「勇者がニンジンてパン食い競走しに来ているわけでもないし…あはは」
翼の少女は、両腕を腹の前で抱え、ひくひくと震えている。
その目尻には涙が溜まり、そして頬を伝ってこぼれ落ちる。
「「おーい、ヨシヒロ! ちょっと来てくれんかのう」」
男を呼ぶあどけなさの残る声が、天然の空洞に響いて鳴り渡る。
ヨシヒロと呼ばれたその男は、黒灰色をした髪色をしており、日本人の極めて特徴的な体型だ。
まるで、特徴がないことが特徴であるかのように、無個性を主張している。
「「わかった。今行くからちょっと待っててくれ!」」
同じく、少女の呼びかけに反応した声が地下深くの岩壁の中を木霊する。
ひとしきり笑い終えた少女は、机の上に広げられたマグマ床のデザイン概要書を眺めて、ぽつりと呟く。
「アタイの感性とは、ちょっと違うんだよねぇ〜。そうだ」
何かよい案でも閃いたかのような少女の笑みは無邪気であり、筆ペンの先をインクに浸し、
軽やかな手さばきで、設計図をささっと書き換えていく。
「ふふ。これでいいかな。ハーピィさん謹製特別マグマ床ちゃん完成!」
両手で概要書を持ち、天井へと自信たかだかに掲げている。
「やっぱ、地味臭いのじゃなくて、イケてるアーティスックなものじゃないと。うんうん」
満足そうに自らが赤入れをしたデザインを見て、うっとりとする。
概要書をそばにあった封筒に入れて、封をしようとする。
「さて、ひと仕事終えたし、アタイはちょっと外の空気でも吸ってこようかなっと」
「……ヨシヒロ。あれ、ここにいない?」
そういって部屋にやってきたのは、魔王の副官のサラマンダー娘だった。
このダンジョンの現場開発の監督をしている内向的な少女だ。
あたりを見回して、机の上に置かれた一通の封筒に目を見やる。
「なんだ、はっちゅう書。もうあるなら早くポストにださなきゃ」
こうして、マグマ床は俺たちの意図とは異なるかたちで発注されていくのであった。