第6話:魔王、ダンジョンのビジョンを語る
俺と魔王は部下たちを集めた。
来る勇者の侵攻に備え、ダンジョンの開発工事を仕切り直すためだ。
ロリ魔王は、もはや意味があるのかわからないが、小さなヘルメットを被っていた。
頭からツノがジャマをしており、魔王は既製サイズのヘルメットを被ることができない。
だからこそ、どこで手に入れたのかは分からないが、ツノとツノのスキマにちょこんと乗っかる、ロリサイズのヘルメットを被っている。
異世界の魔王にも安全意識はあるのかと思うと、少し微笑ましくもある。
魔王は、その身長の低さを補うために、手頃な高さの溶岩石を見つけては、その上に登った。
現場のメンバーの顔を見渡すためである。
顔が見え、声が届く関係性というのは重要だ。
顔が見えないと、メンバーは辛いときに何のためにがんばっているのかがわからなくなる。
ダンジョンの開発は厳しい肉体労働が待っている。
しかも、ここは冷房の効いた涼しい室内ではない。
地底のマグマがぐつぐつと煮えたぎる、火山の洞窟なのだ。
だからこそ、拠り所が必要になる。
また、直接トップからの声が届くというのも組織においては大事になる。
そうでないと、現場で伝言ゲームが始まってしまう。
ゲーム開発の現場でもよくあることだ。
「プロデューサーがこの機能を次のアップデートで追加して欲しいって言ってたよ」
「あれ、それは結局根本的な解決が必要だから次回じゃくてもいいって」
「じゃあ、今回はいらないってこと?」
「うーん? でもプロデューサーが言ってたのなら聞いてみないとわからないな」
もはや、最初に言ったことも曲解され、最終的に落ちてくるのは作業になる。
結果、やることそのものが目的化されてしまうというのは多々ある。
だからこそ、顔が見えて声が届くというのは大事だ。
ダンジョンの開発を進めるためには、俺は魔王にも一定のプロデュースを施さなければならない。
地底の熱を帯びた風が吹き付ける中、ロリ魔王はメガホンを取り、部下たちに語りかける。
「えー、みんな。聞こえておるかのう? あらためて、このダンジョンの目的と計画をみんなに発表しようとおもう」
ざわつく洞窟内。無理もない。
開発が進行しているにも関わらず、このタイミングでの報告である。
現場からしたら、せっかくつくったものがムダになってしまうかもしれない。
すべての仕事は顧客ファーストである。
だからこそ、顧客に関係のないがんばりは捨て置くべきである。
しかし、取り組むのは何といっても感情を持つ魔物たちだ。
だからこそ、お気持ちの部分の配慮も必要にはなってくる。
「もうすぐ勇者がやってくる。だから1ヶ月で、このダンジョンを完成させる。コンセプトは、火山で勇者をおもてなしじゃ!」
うんうん。火山でおもてなし。いい響きじゃないか。なんかリゾートっぽいし。あれ?
さっきまで書いていたダンジョン開発シートはなんだったのか。
俺は魔王に耳打ちをする。
「おい、さっき書いていたシートと話が違うぞ?」
「ん? ああシートな。埋めてみたし、お主の言うこともわかる。だが、ワクワクしないだろう?」
なるほど。
俺には観点が抜けていたようだ。たしかに俺が描いていたのは、「これなら実行できそうだ」という現実的なものだ。
しかし、そこには感情がワクワクと動くようなものはない、きわめて無機質なものだった。
魔王は魔王なりの、わかりやすさをそこに吹き込んだのだ。
「……まおう様。もうしわけありません。仰る意味が、よくわからないです」
少し申し訳無さそうに、顔をうつむけながら、魔王に視線だけを向けるのは、副官らしきサラマンダー娘だ。
「おもてなし、というのはどういうことでしょうか」
「うむ。良い質問じゃ。サラマンダー、お主が勇者だとしてどんなダンジョンを探検してみようとおもうか」
「ええと……。じぶんのレベルにあったダンジョンだとおもいます。あとは……つよいお宝があるとうれしいです」
恐る恐る、自分の考えを述べるサラマンダー娘。自信が持てないのか、声は細く、静かに語られる。
「そのとおりじゃ! さすが副官じゃのう」
魔王はぴょいと岩から飛び、副官のサラマンダー娘の前にやってきた。
期待通りの解答だったのか、満面の笑みの魔王。
一方で緊張しているからなのか、サラマンダー娘は魔王とは目を合わせずうつむいて、耳を赤らめている。
「世の中はダンジョンが溢れておる。だからこそ勇者もどれを選んだらいいかわからん。だからこそのおもてなしじゃ!」
正直、説明になっているかはわからない。というよりも意味がわかりたい。
でも、なぜかこの魔王の発表を聞いていた部下たちは心なしか、明るい表情になった気がする。
このロリ魔王もおそらく、悩んでいる途中なのだろう。
それでも機能的な説明だけするよりはいい。
トップはビジョンや想いを語るのが大事になってくる。
「まおう様。それでぐたい的にはどんなふうにつくるのですか?」
魔王ローゼリアは、ふふんと得意げな顔をして、俺を指差す。
「それは、この異世界からの賢人がなんとかするのだ、のう…ヨシヒロ」
ニヤリと笑う悪い顔。THE・丸投げである。
任せると丸投げは違うが、これはおそらく後者だ。
サラマンダー娘やゴーレム娘たちの期待する視線が逆につらい。
「……わかった。きょうは仕切り直しの発表だからまた追って連絡するよ」
こうして、俺はどんどんこの魔王のテンポに巻き込まれていくのだ。