第4話:魔王だって出世したい
俺は自分の命を守るため、魔王に魂を売った。
異世界転生なのか、異世界転移なのかもわからぬ状態では、いずれにせよ何かしらの手がかりが必要だ。
この場からおめおめと逃げ出すよりも、魔王という権力に近い方が情報も集まる。
社会を生き抜く上で、情報は大切だ。
情報が集まるところに人や金は動く。
だからこそ、その組織内で情報が取得しやすい位置にいることは大切だ。
俺は一介の現場のスタッフだが、経営企画部所属のやつがひょひょいと出世していく様を俺は見てきた。
ボールがないところに、球蹴りはできない。
いいシュートを撃つためには、いいポジションを取ることが先決なのだ。
ゲーム開発のパブリッシャーとディベロッパーの関係性もそうだ。
仮に、同程度の実力を持っていたとしても、上流工程の方が有利になる。
いつも、尻拭いをするのはディベロッパーの仕事だ。
世の中、実力だなんて、上っ面のいい言葉があるが、位置取りが物を言う。
上っ面のいい言葉は幻想を生み出す。
夢を売るのがビジネス書の側面的な役割もあるのを俺は知っている。
だからこそ、この世界くらいは魔王の近くで甘い蜜を吸わせてもらおうじゃないか。
俺は上流工程に関わることで、今度こそ自分の時間を取り戻す。
それに俺には使命がある。
次の月初のガチャ更新までに間に合わないと、クワトロ・スーパーレアのリリースに間に合わない。
あれがリリースできないと月末に急遽、追加で差し込み施策を入れなくてはならない。
差し込みに時間を取られてしまうと、クォーターで計画をしている、新機能のアップデートにかけられる工数がなくなってしまう。
それだけは懲り懲りだ。
エンジニアの藤木さんだって、俺がいないのをいいことに、勝手にVtuber事業を始めてバーチャル美少女戦士化してしまうかもしれない。
40歳を迎えようとする市井のおじさんにいつまでも二次元の夢ばかり追わせるわけにはいかない。
だから、俺は早く戻らなければならない。俺のために、そして藤木さんのためにも。
手始めに俺はいくつかこの魔王に質問をすることにした。
「魔王様。質問があるんだけどいいかな」
「許す。申せ」
「そもそも、なんでダンジョンをつくろうとしているんだっけ?」
目的を確認する。これは仕事の基本だ。社会人の一年目だったら誰でも教わる。
目的を最初に確認しないと、手段にとらわれてしまい、目的と手段が逆転することがある。
ソシャゲでも継続率を上げるためにつくったタワー型イベントが、リリースすること自体が目的になってしまうことがある。
目的を見失ったバベルの塔の最上階が延々と構築され、入塔人口を増やす施策が一切行われない。
担当プランナーになぜこうなったかも出てこない、なんてことはゲーム開発の現場では起こりうる話だ。
だから目的を意識するのは、ダンジョン建設においても変わらない。
俺の問いかけに対して、赤髪の少女の魔王は言い返す。
「それは勇者を倒すために決まっているだろう。そんな当然のこともわからぬのか」
いちいち、癇に障るような物言いをしてくるロリ魔王。
しかし、これももとの世界にもどるためには仕方のないことだ。
「なるほど。じゃあ勇者を倒すと、魔王にとって何がいいのかな」
「全く人間という下等生物はそんなこともわからないのか。勇者を倒したものが次の大魔王に近づけるのだ」
さも当然であろうという得意げな表情をする魔王。
勇者を倒す。勇者を倒すと、大魔王への出世に近づける。
なるほど、人間の世界も魔王の世界も熾烈な出世の競争レースが行われているのだなと思うと、目の前の少女も一人の走者でしかなく、可愛くも見えた。
「なっ、何をジロジロと見ておるっ! この不埒者め!」
俺の視線に気づいたのか少女は、再度こちらを睨みつけてくる。
また指先に魔力を込め始め、周囲の空気が熱を帯びていくのがわかる。
「ちょ、ちょっとタンマ!で、その勇者っていうのはいつやってくるんだ?」
「それに、すぐ火の玉を詠唱するのは止めろって! 部下が見ているだろ!恐怖政治は良くないって!」
魔王の配下である、ゴーレム風の少女は、部屋の隅の方に隠れていた。
「むう。それもそうじゃな……まぁ、1ヶ月後には、来て欲しいと思っておる。それに…」
「それに……?」
「もしかしたら来てくれぬかもしれん」
俺の頭の中にクエスチョン・マークが浮かび上がった。
魔王の言葉を反芻すると、ダンジョンに勇者が来るのは1ヶ月後かもしれないという不確定な情報と、さらには来てくれないかもしれないという極めて不安定な情報だ。
「えっと……どういうことなのか教えてくれるかな?」
「うむ。この世界に、ダンジョンはいくつもあるのじゃ。だからその、お宝とか、お金を置いて勇者を呼び込まんといかんのじゃ……」
勇者を呼び込む?この世界でのダンジョンにはマーケティングも必要になってくるのか?
俺が昔遊んでいたRPGで魔王の城にやたら強い剣やら鎧が入っているのはそういう理由だったのか?
「あまりもたもたしていると、その他の魔王に先取りされてしまうのじゃ。だから1ヶ月くらいで完成させないと」
なるほど。理解ができた。
魔王は大魔王になりたい。そのためには勇者を倒す必要がある。
そして、いくら魔王といえど1vs1の戦いでは不利益だ。
だからこそ、ダンジョンをつくり、そこで勇者を待ち構える必要がある。
そして野営を敷くわけにもいかないから、ダンジョンというわかりやすいランドマークを立ち上げる。
さらに、大魔王の座を狙っているのはこの炎の魔王のローゼリアだけではないということだ。
勇者を招き入れるには、いくらかの魅力的な装備品をちらつかせる必要があると。
その装備品だったり、脅威を自ら生み出すことで勇者を呼び寄せ、刈り取る。
これが魔王流のダンジョン運営だ。
「よし。理解した。じゃあ早速だけど改めてダンジョンの計画を……」
俺の言葉をへし折るかのように、割って入る声が聞こえた。
「あーら、何この辛気臭いダンジョンは? これで魔王と言えるのかしら。ねぇ、ローゼリアさん?」
高飛車な物言いと、ハイヒールのカツカツとした音が洞窟内で反響する。
「おい。ローゼリア。アイツはいったい誰なんだ。敵か?」
「氷獄帝フル=フローゼ。同じく大魔王を目指す、北の国の魔王じゃ。」
白銀色のロングヘアーにツリ目の深い蒼色の瞳。
ヒールを履いた背丈は俺よりも高く、そしてロングドレスからは白雪のような脚が覗いている。
「あら、こんな薄汚いダンジョン。よくて来るのは勇者ではなく、コソ泥ではないのかしら?」
氷の女帝は、扇を顔の前でバッと広げると、徐ろに煽ぎ始めた。
「っ……!! フローゼ、何をしにきたのじゃ」
「決まっていますわ、偵察ですわ、偵察。アナタのダンジョンがどれほど見すぼらしいのかを。でも時間の無駄でしたわ。次の大魔王の座はわたくしのものよ」
「そんなのはやってみないとわからないじゃないか」
俺は考えるよりも先に口が動き、言葉を発していた。
「あら? はじめて見る顔ね。どこの誰かしら?」
氷の魔王はハイヒールの音を鳴らしながら俺の元に近づいてくる。
俺は顎をクイと持ち上げられる。細くしなやかな指は冷ややかで思わず、鳥肌が立つ。
目の前の深い青色の瞳に自分の姿が映り込む。
俺が硬直しているそばで、炎の魔王が顔を紅潮させながら、わなわなと動揺している様が見える。
「まぁ、せいぜい足掻いてみるのがよろしくて」
そう言い捨てて、ふっと白い吐息をはき出すとあたりは白い霧に包まれ、その姿も眩ませるのであった。
「なんとしても、ダンジョンをつくらないとな」
こうして、俺はより強く決心を固めるのだった。