第3話:焔魔王ローゼリア
不意の一撃を受けてから、俺は手放した意識をもう一度取り戻した。
手足を動かそうとするが、ガチャリと金属同士がぶつかる音が鳴り、動かせない。
「磔にされている…?」
まだ、頬に受けた重たい一撃が疼く。親父にもぶたれたことないのに。
微睡む視界に広がるのは、ゴツゴツとした岩肌の壁、それをわずかに照らす蝋燭の灯火、そしてせっせと洞窟の穴掘りを進めるゴーレムたちだった。
せっせと穴掘りを進めるゴーレム、といったがどうも俺が知っている土塊のゴーレムとは違う。
少女なのだ。少女のゴーレム。ゴーレムの少女、もはやどちらでもいい。
中学生くらいの見た目の少女は、腕だけが後乗せゴツゴツで巨大な岩でできている
胸元には、赤色のコアのようなものがくっついている。魔力で動いているのかもしれない。
肌はぱっと見では人間の皮膚のように見えるが、岩肌のようにも見える。
頬に残る鈍痛、目の前のゴーレム娘。
ようやく状況が理解できた。これが噂の異世界転生ってやつだ。
現実世界で、何かを成し遂げられなていない者が異世界で異能に目覚めて無双するやつだ。
俺には一体、どんな特殊能力が備わっているのか。いや、俺も現実世界で何かを成し遂げれれなかった枠なのか。そう考えると、少し、悔しい。
ん、ちょっと待って。
たしか普通にガチャのお知らせの更新をしようとしていただけなのだけど。
まさか過労死……?
いやいや、そんなバカな。
俺の思考を遮るように、少女の声が耳に届いた。
「目が覚めたか、この不届きものめ」
洞窟の奥から声が聞こえ、こちらに影法師が延びてくる。
先ほど、俺をはたいた赤髪の少女だ。
改めてみると、身長は150cmくらいのロリ、そして頭には曲がった角、生物学上では翔べなさそうなかわいらしい翼が肩から少し顔を覗かせている。
「魔王である私にあのような真似をするとは見上げた度胸である」
少女は腕を組みながら、尊大な態度でこちらを睨みつける。
「魔王? 状況がつかめないな。それに、どこなんだ。なんだこの薄汚い洞窟は」
一瞬回答に戸惑うと、少女は少しバツの悪そうに答える。
「くっ……ここは今から、時期に、し、城になるのじゃ」
強気な少女が少しばかりしおらしく見えた。何か、事情があるのかもしれない。
「えっと、あまり状況がわかってなくて。俺は勇者とかじゃなくてただシブヤで<魔王コレクション>の運営をしていただけなのだけれども」
「死、死舞谷じゃと……!?」
魔王は頭の中で思考を巡らせた。もしこの男の言う場所が、死舞谷ーーDeadman’s Dancing Valley ーーだとしたら。
この男は相当な魔力の持ち主に違いない。
たしかに、見た目はみすぼらしいが、会社の清掃員さんが実はその会社の社長さんでそこから物語が大きく動き出す、のような話しを聞いたことがある。
「あの、もしもーし」
俺は少女に声をかけるが、片手をあごに当て考え事をしている。
「まおう様、ローゼリア様。おとりこみ中、もうしわけありません、ごほうこくです」
「よい。申せ」
ローゼリア、これがこの赤髪で不遜な少女の名前らしい。
魔王に話しかけていたのは、剣士風の魔物娘だった。
赤い長髪は先の方で結われており、魔王と同じく鱗のしっぽが生えている。
しかし、翼がないことから竜族、というよりはトカゲ族のようにも見える。
上半身は革製の胸当てと下半身にも同じく革製の垂れが覆っている以外は、健康的な肌が洞窟の中でも眩しい。
華奢な見た目に対し、腰には真紅の刀身の段平を拵えている。
先程のゴーレム娘に対し、彼女はサラマンダー娘と形容するのが適切かもしれない。
「まおう様、たいへんです。ダンジョンの開発がちえんしています」
「なに、遅延じゃと。なぜじゃ」
「もうしわけありません。まおう様。先日のかいぎで決まった、マグマ床のかいはつがおくれています」
「む。前回の会議でリーダーたちには説明をしたはずだが」
「もうしわけありません。まおう様。さいしょの会議でなかったものなので、げんばがすこし混乱しています」
もしかして、最初になかったものを追加しようとしている? 新規要件の追加? 偉い人の一声で現場が混乱するメテオ・フォール開発?
だからあれほど最初の要件定義のキックオフMTGには現場のディレクターを混ぜてよと言ったのに。
「えっと、魔王様? もしかしてこのダンジョンって苦戦中なんじゃ……」
ローゼリア、と呼ばれる少女の魔王は図星だったのか、苛ついたように片足で地面をトントンとたたく。
「あの。もしもーし……?」
「ええい! ウルサイ! 私に楯突くとはいい度胸じゃ。異界の賢人だろうが知らぬ。その身、煉獄の劫火で魂ごと焼き尽くしてくれるっ」
そう言うと、少女の指先に、紅く煌めく魔力の円環が現れた。少女は詠唱を続ける。
「煉獄に眠りし、獄炎の火焔。汝の怒りで不遜なる蛮者を焼き尽くせ。クリムゾン・フレーー」
地獄より呼び出された炎が双竜のようにうねり、牙をむき出す。
しかし、これは異世界転生もの。こういうピンチのときに何かしらのスキルが発動ーーーーーしなかった。
待って、あれは熱い。というか逃げられない。ああ、死ぬ前にもう少し遊んでおけばーー脳をフル回転させていた。
俺は思考を絞り出し、声高に叫んだ。
「俺!! ダンジョンつくれるよ!」
その言葉が魔王に届いたのか、魔王は煉獄の龍の召喚を止めた。
「ほう。ダンジョンを?」
少女は勝ち気な笑みを浮かべると、指をパチリと鳴らし、俺を磔ていた鋼鉄の枷を外した。
こうして俺は、異世界でダンジョンのプロジェクトマネジメントを始めることになった。