第21話:モンスター娘だって、入社当日は緊張する
AM 09:35。
提示された出社時刻よりも、少し早めの時間に出社するのは、先日採用が決まったヒーラーでマミー少女のマミィだ。
今日が彼女にとって初出社日である。
何事も初めて、というのはとても緊張する。
新しい環境、新しい仲間、新しい仕事。そして、目指すのは新しい自分。
「よ、よし。がんばろう」
いつもよりも、背筋が伸び、肩には力が入る。
しかし、指定の時間になっても誰もやってこない。
不安になって、もらった書類をもう一度、見返してみる。
集合時間は10:00。たしかに、間違っていない。
「な、なにか。あったの、かな……?」
時間を見ると、10:08。
少しばかり不安の気持ちが募ってきたところで、聞き覚えのある声が聞こえた。
「マミィ、すまんの! 朝からちょっとばかりトラブルが起きてしまっての!」
「ひゃ、ひゃい!」
通りの良い声で名前を呼ぶのは、このダンジョンの主であるローゼリアだ。
といっても、まだダンジョンというにはほど遠い。
ほとんどのトラップ床は何ひとつ納品されていない。
そして、残念すぎることに、まだ入口から魔王の間までほぼ一本道なのだ。
勇者を何ひとつ疲弊させることなく、魔王と対峙するシンプル・イズ・ベストなダンジョン。
「きょ、今日からよろしく、お願い、し、します」
「うむ。期待しておる! さっそく今日からみんなの治療を頼むぞ」
「は、はい! せ、精一杯、がんばり、ます」
「ん〜、固いの。もっとリラックスしてよいぞ。ほれほれ」
と面接の時のように、ほっぺたをぴろ〜んと引っ張る。
「り、りらっくしゅしま、しゅ」
「別にがんばらなくてもいいのじゃ。いつも通りやってくれれば構わんからの」
「まおう様!たいへんです! ダンジョンの寸法にミスがあったようです。このままだとマグマ床が、はんにゅうできません」
少しばかり息を上げながら小走りでやってきたのはサラマンダー娘のサーラだ。
「なんじゃと」
「もうしわけありません。しよう書にミスがあったようです」
「いかんの。これ以上の遅延はさすがに」
「わ、私のことは、だ、大丈夫です。い、急ぎだと、思うので」
「初日なのに、ほんとに、すまんの! ちょっとばかり緊急の用があっての……。あっちの部屋で待っててくれんか?」
「わ、わかり、ました」
奥の部屋へと向かう途中。ダンジョンの壁をせっせと掘るゴーレム娘たちがたくさんいた。
みんな忙しくしているのに、自分だけこんなところに座っていて、いいの?という責任感と不安が入り混じる。
「ど、どうしよう。こ、声かけたり、した方が、いいのかな」
知らない人、知らない空間、初めての出社日は知らないことだらけ。
声かけて、変に思われたらどうしよう、と不安ばかりが募っていく。
「あれれ〜? 新人ちゃん? 包帯コーデ?とかビジュいけてんね〜」
やってきたのは派手な髪色に、キラキラネイルをしたギャルのお姉さん、ハーピィ娘だ。
「アタイはハピたす。よろしくね〜。お名前は?」
「わ、わたしはマミィです」
「マミてゃ、ね。よろしくよろしく〜、はい飴ちゃん!」
「……?? マミてゃ?」
そういって、飴玉を握らされた。対人距離ゼロ・コミュニケーションである。
「あ、飴ありがとうございます……」
「いいって、いいって〜。まだたくさんあるし。マミてゃはヒーラーなんだよね?」
「は、はい!」
「じゃ、さっそくアタイで初シゴトだ」
ハピたすは舌をペロっと出して、目を細めてイタズラじみた顔をしている。
そうして、徐に背中を向け、腰を落とし、椅子に座る。
「最近さ、ダーリンがヒト使い荒くてさ……」
「だ、だ。ダーリン? ど、どなた、なんでしょう?」
「ヨシヒロだよ~、いくらアタイがデキるからっていつも無茶ぶりをしてくるんだよね~。でも、それも嬉しいというか。ハリキリすぎたら肩凝っちゃってさぁ。ってことで、回復魔法、ドカンといちゃってください!」
「わ、わかりました…!」
マミィは大きく息を吸うと、よし、と小さくつぶやいた。
そして、ハピたすの背中に両手を当てると回復魔法を唱え始めた。
じんわりと血流が良くなり、患部が温まっていく。
「あぁ~♡、効くー-!」
恍惚の表情を浮かべ、満足げなハピたす。
「なかなか、いいウデマエなんじゃないの?」
「あ、ありがとう、ご、ございます。わ、私。そんな褒められたこと、なくて」
「ふ~ん。アタイはスゴいと思ったよ、マミてゃの回復。ハピたすさん、これで元気全開!」
「ありがとうね!じゃあ、アタイも仕事に戻るね。また痛くなったらヨロシク!」
そう言って立ち去ろうとする、ハピたす。
痛くなってからの早期の治療。それは決して悪い選択肢ではない。
悪化する前に、なるべく早く現状復帰のためのケアをする。
しかし、なってからよりも予防の方が遥かに治りは早い。
「あ、あの!!」
マミィはこれまでに出したことがないような自分でもびっくりするくらいの大きい声が出た。
「か、肩こりは、予防が、だ、大事です。なので、良かったら、て、テーピングしていきませんか?」
ハピたすは、マミィに駆け寄ると勢いよく抱きついた。
「くぅ~! お姐さんマジ感動! お願いしちゃおうかな!」
「は、はい!」
テキパキと、こなれた手つきでテーピングをしていく。
あっという間に、施術を終えるのだった。
「おお、なんか背筋がピンとなるねぇ~」
「はい、か、肩こりは、肩甲挙筋という筋肉が、凝ってしまうので、け、肩甲骨を下げて、く、首がまっすぐになるように……」
「うん、アタイには、よくわからないけど、なんかいい感じ!」
「は、はい。お、お大事に……!」
ダンジョンの床を駆ける足音が段々と大きく、近づいてくる。
「マミィ、すまんの! 随分と遅くなってしまっての」
早朝からのトラブルがひと段落したローゼリアがやってきた。
ローゼリアの目に入ったのは微笑むマミィの表情だった。
「ふふん。おぬし、そんな笑い方するんじゃの?」
マミィが見せる初めての笑顔は、とても輝いていた。




