第2話:俺が魔王と出会うまで
「さて、飯でも食ったら明日リリースのガチャのお知らせを更新するか」
俺の名前は、田中ヨシヒロ。
社会人5年目で月商5,000万円のソーシャルゲームの運営をやっている。
前任のマネージャーが体調不良で休職してしまい、突然だが、プロジェクトマネージャーとして任命された。
いま、運営しているのは『魔王コレクション』というガラケー時代から続く、ブラウザカードゲームだ。
ガチャから、魔王カードを集めて、合成させて、強化してギルドバトルで戦っていく……とまぁそんな感じだ。
プラットフォームの全盛期時代には、月商5億円を稼いだまさに、魔王級のタイトル。
と言っても、老舗のゲーム会社から運用が移管されたので、俺が開発したわけではないのだが。
利益率重視のため、メンバーは俺を含めた少人数で回している。
プロジェクトマネジャーと言えば、聞こえはいいが、企画や仕様書の作成、素材の発注、進行管理、デバッグ、お知らせの作成も含めて全部一人で回している。
そんな俺の帰宅時間は早いわけがなく、落ち着いて自分の作業に取りかかれるのは定時を過ぎた後だ。
「それにしても、今日の不具合対応はえぐかったな……。まさかとは思ったが、ガチャの確率に誤表記があるとは。だからあれほど手打ちはだめだと言ったのに」
次にリリースされるガチャは「クワトロ・ダブルスーパーレア」だ。
功を焦った、4代目のプロデューサーが苦肉の策で追加した、新たなレアリティ。
「ダブルスーパーレア」の4倍の強さを誇る、最強のカード。
ダブルの4倍だから8倍なのでは?という計算間違いはもはやどうでもいい。
ブラウザゲームはインフレの時代と言っても過言ではない。
レアカードは刷れば刷るほど売れる。
新たなレアリティを追加すれば、これまでの商材の価値は相対的に下がる。
つまり、新たな需要が創出される。つまり、課金率アップ。課金額アップ。給料もアップ。
……となるはずだった。
しかし、現実はそんなに甘くない。
ライトユーザーとヘビーユーザーの戦力格差がより広がってしまったのだ。
ライトユーザーは、上位層の総合力をみては、もうついていけないと離脱してしまい、上位層は課金疲れで引退していく。
こうして一部のユーザーへ課金圧を高めるというソシャゲ運営末期の状態にうちのタイトルも直面していた。
不具合の対応で、ホッとしたからか眠気が急に押し寄せてきた。
俺は食べ終わったカップ麺をデスクの端へ寄せると、机の上で意識を手放した。
「……起きろ」
おぼろげな意識の中で、少女の声が聞こえる。
目をこすりながら、自分の足元を見ると、魔法陣から知らない文字が紅く煌めき、白煙が立ち込めている。
ここはどこだ?お知らせの続きを書かないと。
その思考を制するかのように、続けて少女は俺に語りかける。
「おい。お前。そんなところで何を呆けているのだ」
白煙がはけていくと視界の先には美少女が立っていた。
薄紅色の髪からは、漆黒の二本の角が生えている。
紫色をしたツリ目の瞳と、尖った耳はエルフではなく、魔族のそれを思わせる。
「エンジニアの藤木さんってば、また勝手に3Dモデルをレンダリングして……」
「Vtuberは、うちのいまの組織体制じゃ運用できないって言ったでしょうに」
むにゃむにゃとしながら、美少女に近づこうとしたが、寝起きで足がおぼつかない。
「あっ」
なだれ込むように俺は少女の上に倒れる。
むにゅむにゅと、小ぶりだがやわらかい、あんまんのような二つのふくらみをつかんだ。
この感触はVRじゃない。ARだ。そう、拡張された現実世界。
ついに、技術は、世界はここまで進化した。
「貴様ッ……!! なんて不埒な真似をっ……」
次の瞬間、しっぽのような何かで頬をビタンと叩かれ、俺の身体は勢いよく壁に叩きつけられた。
「あっ、かっ……痛っ……!!」
遠のく意識の中で、少女は腕組をしながら侮蔑の眼差しでこちらを見下している。
これが、俺と魔王の出会いだった。