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第10話:ダンジョンだってワークフローが必要

「それで、このダンボールの山々はいったい何なのか説明してもらおうかのう」

煉獄の焔の力を宿す、魔王の少女は両腕に業火を纏いながら、こちらに向かってくる。

ハーピィ娘は瞳に涙を浮かべながら、これから自分の身に起こる出来事を案じてはふるふると震える。


(デザインがフツーすぎて、ちょちょいと直しただなんて言えない……でも、点数がこんな多いのはアタイのせいじゃないし……)


いや、ダメだ。

こんな言い訳をいまのローゼリア様にいったところで、きっと何も伝わらない。

アタイのアーティスックな人生は、ここで終幕だ。

花咲く前に散り果てるのかと辞世の句のひとつでも詠み上げようかと思った刹那。


「なぜ、描くならもっとわらわの魅力をキュートに描かないのじゃ?」

「ほへ?」

気が抜けたような声がだらしなくこぼれ落ちる。

様子を見に来ていた、副官のサラマンダー娘も予想とは異なる魔王の発話に、言葉を失う。


「ちょっと口が大きすぎるかのう。わらわの口元はもっと小さく、そしてキュートじゃ」

自分の唇を指差し、へたりと座り込んだハーピィ娘に対し、にかっと笑う魔王。

ウインクした左目からは思わず、星が飛び出しそうなくらい笑顔が眩しい。

やはり、部下がポンコツなのは上司がポンコツ所以なのである。

引き寄せの法則。

結局、コミュニティには似たものが集まってきてしまうというシンプルな理論だ。


早朝からけたたましい少女たちの声に、起こされたのか一人の男性が洞窟の奥からやってくる。

その様子はまだ眠気に囚われているのか、その足取りは重く、遅い。


「お前ら、朝から騒がしいんだよ……ってなんだこりゃ!」

驚くのも無理もない。

洞窟の入り口から見える景色は、朝陽に照らされたピラミッド。それもダンボールが積まれてできている。

「いったい何が起きたらこんな世界ふしぎ発見なできごとが起きるんだよ!」


「おお、ヨシヒロ。起きたか。マグマ床が届いたようじゃぞ。ほれ」

「こんな現代絵画のようなマグマ床があってたまるか! ちゃんと説明してくれ」


***


「なるほど。わかった。つまりはハーピィがデザインをアーティスックな感じにして、サラマンダーが点数をノールックで発注したわけだ」

「はい。こちらももんだいないだろうと、ついおもい込みで、そのまま発注してしまったのです」

「いやー、アタイはなんていうの。ダサい感じよりは心の底から湧き上がる信念に従っただけというか……」

「うーん。どうしたものか……」

頭を抱えるヨシヒロ。これは想定外の出来事である。

そもそもの発注内容も奇想天外であるし、ましてそれが想像以上の数が出荷されているからである。


発注のミスは開発においては、かなりのダメージである。

当初に見積もっていたスケジュールまでに組み込みが間に合わないし、それに修正コストがかかる分、予算も余計にかかってしまう。

発注というのは、ただお願いをするだけの作業ではないのだ。

目的を叶えるために、社外のリソースをお金を投じて時間を得る。それにも関わらずのこの結果である。


「まおう様。ばつをお与えください! このままでは、ほかの者たちにしめしがつきません」

「うぅ……アタイもつい自分だけの色っていうの? 証みたいなもんを出そうとしちゃって、ごめんなさい……」


魔王は腕を組み、尻尾を左右に振りながら、片足で地面をとんとんと叩く。

魔王は考え込んだ沈黙の後に、重たい口元を開く。

「そうじゃな、罪に対して罰は必要じゃ。お主らが犯した罪は重い。一度、この業を身体に覚えさせる必要がある」

そう言い放った後に、平手を宙高く振りかぶる魔王。

ハーピィ娘は、目をつぶって頬を差し出す。


パンッと、小気味よく頬をはたく音が聞こえた。

時を同じくして聞こえるのは、男の低い声。

「あいたっ……」


ハーピィの前にとっさに立ちふさがり、自分が平手を受けるヨシヒロ。

赤く腫れる頬を手のひらでさすりながら、その目には涙を溜め込んでいる。

「いてて……。ちょっと待ってくれ。今回のことに関しては俺が100%悪い」

「ほう? 申してみよ」

「俺がワークフローをちゃんと構築する前に、手を離しちゃったからな」

「わぁくふろお? いったい風呂が何だというのじゃ」

「ワークフローってのは、仕事を進めるにあたっての順番だ。本来はこの現場を取り仕切るマネジャーがやらないといけない。だからあの二人は悪くない!」

「ふむ。たしかにおぬしの確認不足ともいえるな」

「ああ。俺の監督不届きってやつだ。だから今回は俺に免じて、これ以上は勘弁してやってくれ」


自分を守ってくれた男の背中をみて、ハーピィ娘の中に、これまでに見たことがない感情が生まれる。

魔族でも何でもないただの人間の癖に、なんだこの感情は。

胸の鼓動が早く、そして顔が熱が帯びる。

ヨシヒロは、自分を庇ってくれた。もしかして、アイツはアタイのことを好きなんじゃ……。

そうだ、今回のマグマ床のデザインだって、他ならぬアタイを頼ってきたじゃないか。

ふふん、なかなかの照れ隠しの下手なヤツめ。


「そこまで言うなら、アタイがもう一度このデザインをやり直してもいい。そのアタイも迷惑かけたっていうか……あとヨシヒロが言うなら」

しかし、すでに一同はいなくなり、洞窟の奥の会議室へ向かっていく後ろ姿だけが見える。

「ちょ、ちょっと待ってよ〜〜〜」


こうして、ダンジョン開発はさらに混乱を極めていくのであった。

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