第1話:魔王はダンジョンをつくったことがなかった件
「焔魔王ローゼリアよ。バーン火山地帯のダンジョンの開発の首尾はどうだ?」
「はっ。順調です。勇者が侵攻してくるときまでに必ずや、完成をさせます」
「ほう。さすが煉獄の炎を司る魔王よ。では引き続き、ダンジョンの開発に励むがよい。約束の期日までにダンジョンを開発し、必ずや勇者を仕留めるのだ」
「仰せのままに。大魔王オース様」
月に一度、私ローゼリアと大魔王様の間でダンジョンの進捗報告会がある。
大魔王様との面会を終え、玉座の間の扉が閉まると、赤髪の少女はぽつりとつぶやく。
「とはいったものの、ぶっちゃけダンジョンとか作ったことないんだよね……」
焔魔王ローゼリアは、ダンジョンをつくったことがなかった。
それにも関わらず、先代の魔王が勇者に討伐されてしまい、火山地帯の魔王として君臨することとなったのだ。
世の中に溢れているダンジョンは、決して自然発生したわけではない。
どこかの国の魔王たちが、勇者を迎撃するためにモンスターたちを労働力として借り出してつくり出したものだ。
洞窟であれば、ゴーレムたちが日夜汗水を垂らし、労働後の一杯のビールを引っ掛けるために、今日もダンジョンを掘り続ける。
その汗水の結晶がダンジョンなのだ。ダンジョンは労働でできている。
古代より、魔王の目的は勇者を滅ぼすことである。
しかし、魔王といえど勇者と直接戦えばタダでは済まない。
それに、モンスターたちの雇用も維持しなければならない。
もちろん、ただダンジョンをマップ上にぽつりと置いてあるだけでは勇者に見向きもされないのだ。
だからこそ、魔王たちは時に宝箱を使い、時に広報活動を用い、巧妙に勇者を釣るのだ。
「あの火山のダンジョンの最深部には、マグマの力を封じ込めたマグマ・ブレイドが眠っているらしい」
宝箱が置かれているのは偶然ではない。
これもすべて勇者を招き入れるための、マーケティング戦略の一貫なのである。
そうすれば、勇者は餌に釣られてのこのことやってくる。
すべての課題解決をするソリューション。それがダンジョン。ダンジョンは勇者ホイホイなのだ。
ダンジョンで勇者を迎え撃つのは間違っていないのだろう。
しかし、そう上手くいくことばかりではないのだ。
勇者はときに、魔王の予想を遥か上回る力を発揮し、宝箱を持ち去っていく。
勇者たちの戦力はより強化され、より強い武器を宝箱に入れておく必要がある。
そうなると、次のダンジョンの開発は予算がかかってしまう。ダンジョンとは経営そのものなのだ。
しかしながら、焔魔王ローゼリアはダンジョンをつくったことがなかった。
大魔王様に、報告をしたものの既にマグマ床の搬入は遅延。
暑さの労働環境からゴーレムたちも疲弊が続いていた。
「なんとかしなければ…… ここは賢人の智慧を借りるしかないな」
そう言うと、少女の魔王は魔法陣を描き、詠唱を始めた。
これは魔王がダンジョンをつくり出し、勇者を迎え撃つ物語である。