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僕と、三人と、夏と、  作者: 齋藤夢斗
「前篇」高校二年 夏
9/39

8 終わりの時

二人目のヒロインちゃんの登場です。

雨則君がどんどん沈んでいきますよ。

 C組に戻った。さっきよりも人が増えていた。やっぱり写真の周りに人は集まっていた。

 僕が教室に入ると全員が黙った。僕をちらちらと見てきた。雄吾も丈瑠も三樹弥も、皆僕を無言で見てきた。


 

 「…………っ」


 

 苦しかった。辛かった。何も言えない自分が、情けなくて情けなくて堪らなかった。

 胸がズキンと痛んだ。軋んだ。

僕はクラスメイトから目を逸らし、一人一番後ろの窓際の席に腰を落とした。今気づいたけど、夏樹もこの席だったな。そして、夏樹もこうやって窓の外を眺めていたっけ。


 

 世界は光に照らされている。こんなにも光は降り注いでいるのに、なんでここには光がないんだろう。ヘドロのような闇が僕を少しずつ光から遠ざけて、蝕んでいく。


 

 「…………」


 

 だから、どうにかして、そんな闇から逃れる為に、光へ手を伸ばせるように僕はずっと青空だけを見ることにした。夏樹には何を思いながらこの空を見ていたのだろう。きっと僕みたいな逃避じゃないな。夏樹はきっと立ち向かっていたんだ。光を手にするために、闇に立ち向かっていたんだ。僕の為に。


 

 「…………」


 

 視界が霞んでいる。見える世界がぐにゃぐにゃに歪んでいる。何かが僕の頬を伝って流れていた。何だろうこれは。本当に何なんだろうな。


 




 それから考え続けて二日が経過した。学校での僕と夏樹はすっかり孤立していた。教室に入ればこそこそと囁き声で何かを話す生徒もいるし。廊下を歩けばニヤニヤと笑ってくる奴らもいる。


 

 あれから僕は夏樹と話していない。見かけても無視するし、無視される。僕と目が合うと必ず目を確認してくる。そして、すぐに目を逸らす。きっと待っているのだろう。答えを持った僕の目を。


 

 今日も擦れ違い様に目を見てきた。しかし、目を逸らされた。まだ決断していないと思ったのだろう。そうであったら夏樹は正しい。僕はまだ答えを、決断する勇気を持ち合わせていなかった。朝起きて、夜に眠るまでずっと思考を張り巡らせている。それは本当だ。


 

 今日も快晴だ。一片の曇りもない快晴だ。そんな清々しい空を頭上に僕は一人屋上に来ていた。朝のホームルームで知ったが今日明日、三年生は希望する進学校の見学に行っている。国内全土に渡って希望校があったりするため二日という期間が設けられている。

 


 つまり、今日の屋上は僕一人だけであった。前に夏樹と来た時以来の屋上での昼食だ。今回はたった一人だが。屋上から見る空は僕だけのものだった。

 


 「………綺麗、だなぁ」

 


 コンビニ弁当の蓋に貼られたテープを剥がした僕はそれから食事をするでもなしにただ空を見上げている。率直な感想を零してはボーとしている。

 


 屋上は何と言うかとても心が安心感をもたらしてくれる。誰も来なくて誰もいない。たった一人の空間は今の僕にとってかけがえのない場所になっている。寂しいとかつまらないなんて感情は湧いてこない。クラスメイトは僕に対して静観を徹していた。たまに雄吾なんかが突っかかってくるくらいで、それ以外で僕とクラスメイトの交流は皆無になっている。

 


 が、だからと言って視線とか陰口とかはやっぱりあるもので。教室という空間は暗黙のうちに僕という存在を受け入れてはいないようだった。

 だから、屋上にいて安心感を持てるというのは、教室にいることが僕にとってストレスになっているのだ、という表れである、と思う。

 はぁ、とここ二日で何度目かもしれない溜息が出た。

 


 「もう……時間がない」

 


 このままでは夏樹との関係も薄れていってしまうかもしれない。そして、進むという選択肢そのものがなくなってしまう。

 


 夏樹は「待ってる」と言った。それは逃げることは許されないという意味を含んでいる。

 夏樹と僕の勇気や決断は貸し借りの関係にある。夏樹の精一杯の勇気と決断による告白に対する答えがあの夜の日だ。そして、今回は、夏樹の僕の為の決断と行動に対する答えが僕の決断と選択にある。

 


 金は借りたら返さなければならない。それと同じだ。

 夏樹の思いを受け取ったのなら、僕は僕なりの思いを持って返さなければならない。二日前、答えの出なかった僕に時間を与えてくれたんだ。もうこれ以上待たせるわけにはいかなかった。

 だから、だから。

 


 「――――――――」

 


 そろそろ、決めようか、雨則。

 怖いけど、不安だけど、逃げ出したいけど。

 


 「僕の、答えを――――――――――」

 


 その時だった。

 たぶん、この瞬間が、あの終焉へ導く、音だった。その出会いこそが。僕と夏樹と、そして。



 「――――――――――」

 


 開かれた扉。キー、と鉄の扉が甲高い音を立てて開かれた。 

 その中からひょこっとスカートの端が現れた。どうやら女子生徒のようだ。それか女装趣味の男子か。

 


 スカートの端は少し逡巡しているようだった。扉に隠れて、スカートが見え隠れしている。進もうか戻ろうか迷っているのか。まるで今の僕みたいだな。

 


 それからまた少しの間、あっちこっちしていたけど。隠れていた足が見えた。一歩踏み出したようだ。そこまで来れば次はもう早い。今度はもう一方に足が現れた。そして、制服が見えて。最後に、顔が。女子生徒だった。離れていたからしっかりとは見えなかったけど、結構な美少女だ。そんでもって……。

 


 「……あれ、あの子、どこかで」

 


 見覚えがあった。いつだったか。……確か、早く学校に着いた日。秋葉さんと一緒に小テストの結果を一人ずつ置いて行った日。教室が記憶の中で構成される。

 


 「………っ」

 


 軽い拒絶反応のような痛みが心を駆け巡る。無理矢理思考を変えるため頭を振る。

 ……思い出した。あの日、教室の外から僕達を見ていた女子生徒だ。僕達、ではなく秋葉さんだろうけど。そんな子がどうしてここに?もしかして、秋葉さんに頼まれて僕を探しに来たのか?

 


 彼女の動向に注目する。丁度、開かれた扉を律儀に閉めているところだ。ガチャンと結構な音を立てて閉じられた。

 


 きょろきょろと辺りを見回している。僕とは反対の方に顔を向けている。そっちには誰もいないと思うけど。 

 やっぱり誰もいなかったようで、今度はこちらを向いた。

 で。

 


 「あ……いた。雨則……」

 


 と、僕を呼びながら、こちらに向かってきた。やっぱり!僕を連れてくるように命令されたんだ。

 


 女子生徒は僕の目の前までやってきた。こうして近くから見るとかなり可愛かった。控えめな雰囲気だけど、これは磨き方次第では夏樹といい勝負になるんじゃないか。長く伸ばされた髪を結えることもせずありのままに晒している。艶々していた。手入れが丁寧に行き届いていて、風でも吹けばその真価が目にできるはずだ。

 


 僕の目線は次第に彼女の首元、そして胸元にまで下りていく。

 


 「………」

 


 控えめな雰囲気、は撤回するとしよう。出るとこは出ていた。引っ込むところは引っ込んでいるし。彼女は女性としての理想をちゃんと備え持っていた。特に胸。ここだけは夏樹よりも魅力的だった。Yシャツの上からしっかり伝わってくる存在感。質量。要するに……大きかった。

 僕は下心に意識を奪われそうになるところをぐっと堪えて。 



 「な、なにか、ようかな?」

 


 どうにか胸から視線を顔に戻した。女性は男性からの、その、そんな視線には百パーセント気づくと言うけど、彼女は恥じらう様子もましてや気にしている様でもなかった。

 


 「あ、……はい。あの、私、海里、瀬口海里と言います。こんにちは、北上雨則君」

 

 「これはどうも。瀬口、さん。僕はー……って知ってましたね」

 

 「は、はい。あ、あと、私のことは海里と呼んでくれると嬉しい、です」

 

 「……分かりました。じゃあ、海里さん。僕のことも雨則と呼んでください」

 

 「……え、あ……。雨則、さん」

 


 海里さんは、それはもう今にも爆発しそうなくらいに顔を真っ赤にして、僕の名前を口にした。その様子に何故か僕も恥ずかしい気持ちになった。

 


 「……できれば、さん、はなしで。堅苦しいの、苦手だから」

 

 「へ、ぇ……それは流石にハードルというか、心の準備が……」

 

 「……あ、まあ、難しいなら、構わないですよ」

 

 「んんぅー」

 


 唸り声のような変な声を出した。なかなか熱が引かないのか、手で顔を仰いでいる。

 僕も暑いんだけど。

 


 「……それ、で。えっとー海里さん?僕に何か用ですか?」

 


 自身も海里さんも同時に落ち着かせるために単刀直入に要件を聴いた。彼女の言葉や行動から僕に用があるのは間違いない。

 海里さんは聴こえているのかいないのか、今しがたよりは落ち着いたが様子を見せている。

 


 僕は、海里さんが話し始めるのを待つことにした。その間に、コンビニ弁当に付いているソースを主菜である豚カツにかける。野菜の間に隠れていた醤油を取り、野菜のゾーンに侵入しないように気を付けながらおそらく用途として正解であろうコロッケに軽くかける。

 


 ビニールに内包された割り箸も取り出し二つに割る。僕が不器用なだけなのかアンバランスになってしまった。どうにも上手くいかないことが多い。コツでもあるのか。ま、十分使えるから気にする必要はないけど。

 


 ……まだ、何も言ってこないのか。

気にはしながらも自身の食事を始める。豚カツを口に入れ、流し込むように米を食べる。普通に美味い。次に、コロッケ。サクッとした食感が堪らない。んで、野菜。白菜とか玉ねぎとか人参とか。三食とも決して身体によいものは食べていない自覚はあるので、なるだけ全部食べるようにする。嫌いというわけではないけど、そこまで好きでもない。



 順番に偏らずおかず、米、野菜とをバランスよく食べる。食レポとか食欲を擽らせるような語彙力は持ち合わせていないから美味いか堪らないくらいしか言えない。誰に向けて実況するんだ、って思うかもしれないけど、今の状況で何か他の事を考えながら食事しないと居心地が悪いったらありゃしない。正直、味なんか全然分からなかった。

 


 ただお腹を膨らせるための食事を始めて十分。

 長い逡巡の果てにようやくまとまったのか、十分振りに海里さんの唸り声以外の、日本語として理解できる声を聞いた。

 


 「あ……あ、の……私にお手伝い、できることは、ありますか?」

 

 「………はい?」

 


 僕から呆けた声が出た。いや待って、どういうことなの。私にお手伝いできることはありますか、って、どういうこと。何に対して言ってるの。何を思って言ってるんだ。

 


 「………え、えっとー海里さん?それは、つまり……どういう意味なのかな」

 

 「……いや、あの、その。雨則さ……雨則く、ん、今困っているかなって」

 

 「あぁ、君も知ってるんだ」

 

 「あ、ごめんなさい、無神経……すぎました、よね」

 そんなことはないけど、あまり話題にして欲しくはないかな。

 

 「……ううん。別に、大丈夫ですよ」

 

 「そう、ですか」

 

 「それで、その件で、僕をどうしようと考えてるんですか?……それとも、どうしろって言われたんですか?」

 

 「………っ!」

 


 いや、僕も少しばかり気を張り詰め過ぎてしまっているのかもしれない。でも、どうしても、この状況だからこそ、僕は自分と夏樹以外の誰も信用できない。いや、自分すらも信用できていないのかもしれないな。

 


 「誰の差し金、ですか?目的は何ですか?」

 

 「誰とか、じゃなく、て」

 

 「……君の本心、君自身の判断だって、こと?」

 


 言葉遣いなんてそんなこと気にしている場合じゃない。

 


 「はい」

 


 はい、だけは確かな芯が篭っていた。相変わらず、おどおどとしていたけど、その瞬間だけは、まるで別人であるかのように凛とした顔つきだった。

 


 「海里さん?僕を仮に擁護しようとしても君にとってはデメリットしかないんだよ。それが分からないわけじゃないよね」

 


 こくん、と一度頷いた。そんなにバカじゃないよな。けど、だったら。

 


 「じゃあ、なんでこんなデメリットだらけの、自滅するようなことをしようとするの?君にまで変な疑いを掛けられるよ?」

 

 「……だって」

 

 「だって?」

 

 「…………」

 


 何かを言おうとしたけど飲み込んでしまった。実のある言葉ではないと思って口ごもったのか。お口チャックを実践してみせている。本当にチャックしてるみたいだ。息まで止めてるようだ。

 会話が途切れる。下の方から聴こえてきた笑い声がまるで自分のことを笑っているかのように聴こえた。自意識過剰になってしまってるのか。だから、下を見ないように、笑い声を少しでも小さくするために、上をみた。空を見た。

 


 今日何度と見た青空。快晴。綺麗だけど、少し物足りない。青一色過ぎて鮮やかさが欠けている。やっぱり夏なんだから入道雲でもあったらもっと綺麗になるだろうな。

 


 弁当は空になった。やっぱり豚カツは最高だ。味はわからなかったけど。蓋をする。近くに転がっていたビニール袋に入れる。誤解されないように補足するが、このビニール袋は僕のだ。その証明に、ほら、コンビニのロゴマークと、中には領収書入ってるだろ。

 


 また十分経った。スマホを確認したところあと五分もせずに昼休み終わりのチャイムが鳴るだろう。

 あまり気は乗らないが、そろそろ教室に戻るとするか。

 未だに「あ」や「んー」と言っている海里さんを見ながら立ち上がった。

 


 「あの、もう行くけど。昼休みもう終わるから、君も早く戻ったほうがいいよ」

 


 他人に一緒にいるところなんて見られるわけにはいけない。

 


 「………あ」

 


 先に出て行こうとした僕に海里さんは制服の二の腕の裾を掴んできた。

 


 「………なに、かな」

 


 これは結構凄いシチュエーションなのでは。特に少女漫画ではありがちな光景だが、実際にされてみると、なんというか、その、ヤバイ。心臓が高鳴る。脈拍が運動後くらいに速くなる。

 


 「デメリットばかり、ですけど、でも私には、私だけには一つだけ、メリットがあるんです」

 

 「え………メリット?」

 


 メリットなんてあるのか。それも海里さんにだけ。軽く思考してみるが、それらしい答えには至らなかった。あと、まだ、裾握ってるんだけど。恥ずかしいんだけど。嬉しいけど。

 


 「…………っ」

 


 なかなか声が出ないようだった。

 


 「…………き、だから、です」

 


 けど。

 


 「え?なんて言った、今」

 


 前半は聴こえなかった。何か言ってたみたいだけど。

 


 「…………」

 


 海里さんは顔を真っ赤にして黙った。恥ずかしいのか。僕に聞かせるのが。

 


 「ま、まあ取り敢えず、今は、早く、教室に戻ろう?」

 


 海里さんもクールダウンが必要ではないだろうか。僕も同じだけど、それにもう今にもチャイムが鳴りそうな時間だし。

 


 「じゃ、じゃあ、またな。また、続きは時間あったら、な?」

 


 シャツから指を放してほしいのだけど。僕は仕方なしに海里さんの指に触れようとして。

 ―――運命の瞬間だった。破滅へと、救いへと向かう、そんな瞬間だった。

 


 「………好き、だから、です。雨則君のことが」

 


 僕の海里さんの指に触れようとした手が、止まった。

その一言だけは、聴いてはいけなかった。



 何があっても聴いてはならなかった。

 だって、それは。



 『好きです。ずっと……ずっと前からあなたのことが好きでした。どうか私と付き合ってください』



 それは。



 『ねえ、雨則。私と付き合ってよ』


 『好きだよ、雨則』

 


 愛しいあの人と、忘れられない、忘れてはいけないあの人と、忘れられたあの人。

 だって、それは、僕の償わなければならない罪と罰だから。

運命なのか。使命なのか。

 


 乗り越えなくてはならない過去なのか。越えなくてはならない運命なのか。

 気付けば海里さんの指は制服から離れていて、今丁度屋上を出て行ったところだった。逃げるように、たぶん、精いっぱいの勇気と覚悟を持って告げたんだろう。

 


 「………何で、僕なんだ」

 


 チャイムが鳴る。階段を下りる音が聞こえる。

 風が吹く。夏の音がする。

 僕は空を見上げた。

 


 快晴ではなくなっていた。

 いつの間に、できていたんだ。

 空には、薄い雲がかかっていた。巻層雲ってやつだ。青に白がかかって。少しだけ、さっきよりも綺麗に見えた。

 


 心が揺らぐ。魂が揺れる。心臓がバカみたいに弾んでいる。

 そんな、少しだけ鮮やかさになって空に向かって、僕は一人。

 


 「何で、僕なんだ」

 


 降る流れ星に願い事をするみたいに、ただ、繰り返し繰り返し、呟いた。

 


誤字脱字、評価、感想よろしくお願いします。

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[一言] 文章力もあるし、表現も細かいと思います。 けれど、8部くらいからストーリーが動き始めた時に、あまり読者がいないかもしれないです。  それは、そこに到達するまでがあまりに長いので見せ場まで行く…
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