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僕と、三人と、夏と、  作者: 齋藤夢斗
「前篇」高校二年 夏
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7 亀裂と選択

人間関係少しずつ悪化していきます。


 目覚めは最悪だったが、空は最高なまでに晴れ渡っていた。快晴だ。

 太陽はギンギンと鋭く降り注いでいて、見るからに暑そうだ。

 僕は床に落ちている掛布団を拾い上げ、二回折りたたむ。シーツを伸ばして、枕カバーを取る。

 


 やけに身体が怠かった。立ち上がるも、動き出すことができなかった。体調が悪いわけではない。パフォーマンスは上々だ。ただ、重りの入ったリュックサックを背負っているような、そんな身体の重さがあった。

 


 目覚まし時計の役割をも担っているスマホを見る。最近何故か鳴らないことが多い。寝る前に確認はしているが、どこか不具合でも発生しているのだろうか。

 月曜日、まず目に入ったのはその三文字。この三文字以上に学生や社会人に絶望を与えるものがあるというのだろうか。かくいう僕も「あああぁ」と絶望の一声を上げてしまった。

 


 次に時間。七時十四分。全然大丈夫だ。まだまだ余裕で間に合う。

 とりあえず、重りの入った身体を無理矢理に動かして冷房の設定温度を下げる。一応、眠っている時は普段のプラス二度に設定している。これは喉とか体調とかを壊さないようにするための保険だ。おばさんの受け売りだが、こうすることによって快適に眠ることができて、朝は暑すぎず、寒すぎずという絶妙な室温のまま起床できるというわけだ。

 


 広くない部屋であるからすぐに部屋は涼しくなっていく。どうにか浴槽まで行って、洗面台で顔を洗う。タオルで顔を拭きながら、鏡に映る自身を見る。

 あまりに変わった様子はない。自分の顔にいうのもなんだが、健康体そのものだと思う。

 登校までに余裕があるとはいってもそんな悠長にしている暇はない。

 動いていれば直に本調子を取り戻すだろう、と僕は夏用の寝間着を脱いだ。

 


 「………夏樹」

 


 身体の他にもう一つ、不安の種を抱えながら。

 


 外に出た途端、気怠さが倍増した。まるで狙いを定められたみたいに照り付ける直射日光に僕は手で隠し遮ることしかできない。数十メートル歩いただけで額に汗が滲みだす。朝の時点でこんなに暑いんだったら昼からのことを考えると乾いた笑みしか出てこない。 

 学校専用のバスが横を通り過ぎる。窓の中は涼しそうな顔でスマホをいじっている生徒がいた。

 


 「僕もバスにしとけばよかったかな」

 


 ここまで来たらもう停留所はない。あとは歩くことしかできない。ついに汗が頬を伝いだした。ポタっと灼けるアスファルトに粒が落ちた。カラカラに乾いたアスファルトにとっては恵みの雫なのだろう。一度流してしまえばもう止まらない。額はもう汗まみれになっていて、容赦なく僕の顔を伝っていく。 

 


 ポタポタと落ちていく。地面が雨だとか勘違いしているかのようにシミを作っていく。

 鞄からタオルを取り出す。青の薔薇の絵が描かれたタオルだ。頬に強引に押し付ける。そこから顔全体を滅茶苦茶に拭う。僕の顔が乾いていく代わりにタオルに水気が付く。首回りもふき取り、肩に掛ける。

 


 そのまま学校への道を歩く。太陽と反対の方角へと向かっていく。月が落ちていった方角へと向かっていく。

 やけに蝉の音が五月蠅い。校門を跨ぐ。靴箱でスリッパに履き替える。擦れ違う教師に愛想たっぷりの挨拶をする。

 


 階段の上がる。廊下を歩く。そして、教室の横開きのドアを開ける。

 ガララ、とスライドして開く。教室が僕を迎い入れる。

 


 「――――――――――――」

 


 迎い入れられた。教室には。でも、先に登校していた生徒には。

 何故か僕の顔を見るなり全員が沈黙した。それはもう明らかに静まり返った。

 


 「………あ」

 


 誰かが小さく零した。たぶん、女子生徒だ。この沈黙の中、高い音階の声はよく響く。 

 


 「…………」

 


 何だ。何で皆、そんな。そこで、黒板に何か貼ってあることに気づいた。写真、か。そして、生徒たちはその写真を囲うようにしてこちらを見てきている。

 


 何が写っているというんだ。僕はおそるおそる黒板に近づく。僕が一歩近づくたびに生徒達は僕を避けるように後ずさりをした。

 そして。その写真を眼前にして、僕はゆっくり写された中身を見た。

 


 「…………っ、あ」

 


 愕然とした。呆然とした。そして、唖然とした。何だ、これ。

 


 「なんで、これ。……ぇ」

 


 考えていることがそのまま言葉となって宙へ漏れる。だって、これは。これは。

 そこには、写真があった。そこには、綺麗な星空が映っていた。そこには……。

 そこには、僕と夏樹が映し出された。まるで口づけをしているかのように見て取れる様子の写真があった。

 


 どこか現実離れしている一枚。何かの絵画のような。一面絢爛な夜空、天にまで昇る丘に立つ二人の男女。不格好で華やかさを害するのは男の方。そして、星空に溶け込むように、それでも気品溢れる儚い美少女。二人の対比はまるで美女と野獣だ。

 そんな神秘的な一枚は、僕にとってあまりにも残酷な一枚だった。

 


 「お、おい。雨則。これ、本当なのか?これ雨則だろ、それでこっちは、有田さんなんじゃないのか?」

 

 そこには彼にとっては僕は知人であり、僕にとっての友人である雄吾がいた。怯えるように、信じられないというような顔で僕を見てきている。

 

 「…………」

 


 何も答えない。答えられない。答えようにも口から出るのは喃語ばかり。これを言ってしまえば終わってしまうかもしれない。昨夜の感動も手に感じた温もりも、全てがなくなってしまうかもしれない。

 


 「おい、何か言えよ、雨則。友達だろう?俺達。……なぁ、雨則」 

 

 「…………」

 


 こんな状況で友達とか言うなよ。つい口が滑ってしまいそうになるじゃないか。だから、頼むから。今だけは僕とは知人であってくれ。

 急速的に体温が下がっていくのを体感した。夏場だというのに雪に積もられたみたく寒くなっていった。

 


 「お前ら何もなかったんじゃないのか?お前言ったよな。何もないって。有田さんは高値の花だって」

 

 「…………」

 


 ああ、言った。言ったとも。何回も何十回も。僕は嘘に嘘を重ねたんだ。

 


 「………ぁ、夏樹」

 


 夏樹は、夏樹は大丈夫なのか。僕は冷えていく体温の中、凍結しそうになる脳を回転させて大切なあの人のことを考える。現状のことなんてすぐに頭に消え失せ、気づけば。

 


 「――――――――あ、おい!雨則!」

 


 後先考えず、教室から出て行っていた。廊下を走っていた。友人の声など他所に。

 夏樹の在籍する教室はD組。つまり僕の教室の隣だった。だから、走ったというか飛び込んだといった方が適している。

 


 「夏樹!」

 


 人の事なんか気にせず僕は彼女の名を叫んでいた。D組の教室の誰もが僕を見た。そして、「あ、こいつか」と言わばんばかりにまた誰もが沈黙した。

 ここでも同じだった。黒板には隣の教室と同じ写真が貼られている。

 


 そして。一番後ろの窓際の席に座って窓の外へ顔を向けている彼女がいた。夏樹がいた。

 僕の叫び声はきっと耳には届いていたのだろうが、こちらを向くことはない。

 僕は両の拳を握り夏樹の座る机まで寄った。

 


 「夏樹」 

 

 「…………」

 

 「夏樹」

 

 「…………」

 

 「夏樹!」

 

 「…………」

 

 「何で、こっち向けよ。話せよ」

 

 「…………」

 


 僕も同じようなものなのに、自分には優しくて、他人には厳しいという最悪な行為をしている。けど、僕は自分を棚上げして夏樹を睨む。本当に自分勝手なやつだ、僕は。

 


 夏樹は被害者かもしれない。だとしたらこれは盗撮だ。僕は知らなかった。だから、後は夏樹が一言言えば全て丸く収まる。いくらでも口裏を合わせよう。また、嘘を吐くことになったとしても、これは他人だって言い張ろう。似た誰かだって頑なにそう言おう。

 


 「ねえ、なつ……」

 


 き、と言おうとして。

 


 「これで、誰の目も気にしないで一緒にいられるでしょ?」

 


 夏樹は僕なんかよりずっとずっと勇気があった。夏樹は自分から口を開いた。こんな状況で僕みたいな自分の事で精一杯な奴と違って。

 しかし、夏樹の放った一言は。

 


 「………何、言ってんだ?夏樹」

 


 思ったことをそのまま口に出した。いや、ホントに、何を言ってるんだ夏樹。

 


 「だって悩んでたじゃん雨則君。私達付き合ってるって学校の人にバレたら困るって。だから、こうしてこっちからバラした方が手っ取り早いじゃん」

 


 僕が言っているのはあの写真の話だ。僕と夏樹が付き合っているという話は確かに大事だけど、今はそんなことじゃないだろ。



 「いや、言ったけどさ。悩んでたけどさ。でも、これってさ………ぁ、まさか」

 


 言葉を紡いでいて、気づいた。いや、思い至った。違うのならそんなことを思ってしまった自分は最低だ。だから、否定してくれよ。

 


 「なぁ、夏樹。あの写真、誰が撮ったか知ってたりするか?」

 


 そんなあり得ない質問。考えた僕こそ何を考えているんだ。何を言ってるんだ。

 


 「…………」

 


 だけど、夏樹は否定するわけでもなく、また肯定するわけでもなくただ無言で僕を見てくる。

 いつもの微笑で。いつも僕と二人で歩く時、食べるときと同じあの微笑だ。貼り付けられたあの微笑だ。

 


 「知ってるんだな……」

 


 だから、僕も分かってしまう。分かってしまうようになっていた。別に何か起因になることがあったわけではない。ただ、この約三週間の付き合いの中で、いつものように見せる笑みには微かな違和感があることに無意識の内に気が付いてしまっていたのだろう。

 


 言葉では説明できない、本当に些細な違い。一種の癖のようなそんな長年の時の中で気づいていくはずのものを僕は感じ取り違和感として理解してしまっていたようだ。

 


 「………わかっちゃうんだね、雨則君は」

 

 「当たり前だ。伊達にずっと夏樹のこと見てきたわけじゃない」

 

 「嬉しいけど、この場合、複雑な気持ちになるよ」

 

 「そうだな。僕も君のこともっと知りたいけど、正直まだ気づくのが早すぎたって後悔しているよ」

 


 夏樹は観念したように、ふふっと笑んだ。これは正真正銘心の底からの笑みだ。

 


 「なんだか、もう恋人を通り越して夫婦みたいだね」

 

 「…………」

 


 こんな状況なのに顔をほんのり赤らめている。

 


 「なあ、夏樹。じゃあ、この写真は、お前がやった、もしくはやれと命令したんだな」

 

 「うん、そうだよ」

 

 「何で、こんな」

 

 「雨則君の悩みを解決するためだよ」

 

 「だからってこんな大それた真似をしなくても……」

 

 「一人一人と話して信じて行ってもらうっていうの?どれだけ無謀で時間を浪費させることか分かるよね?」

 

 「………それは、分かってる、分かってるけど」

 

 「どっちにしても結果は同じだったと思うけどなぁ。地道に一人ずつやっていくか、一気に全員の信頼を得るか。その違いなだけだと思うけど」

 

 「そんな簡単に行く訳ないだろ?一か0じゃないんだ。必ず理解にズレが生まれてしまう」

 

 「なら、それでいいじゃん」

 

 「……へ?」

 


 僕はきょとんとしてしまった。「へ?」なんて間の抜けた声をだしてしまった。 

 


 「雨則君、君の言った通りだよ。一か0じゃないんだよ。考えも感じ方もその人によって違うんだよ」

 


 そう、人は一人一人違う。感じ方も考え方も。十人十色なんて言葉をよく聞く。皆違ってみんないい、と。

 


 「どれだけ好きになろうとしてもなれない人がいるように、どれだけ理解しようと思ってできない人だっているんだよ」

 

 「………ぁ」

 


 夏樹は安直な行動を取ったのではなかった。考えた上で、起こした出来事だったんだ。

 だから、そのことに気づいた僕は何も言えなかった。

ただ、どう解決するかばかり考えていた。どう、対応して、より良い結果に導いていくか、を考えなくてはならなかった。

 けど。

 


 「僕には、この状況から何かを掴み取る力もなければ、覚悟もないよ」

 

 「そこは私がどうこうできることじゃないよ。自分がどうしたいのかで決めないと。動くも停滞するも、道筋を変えるも、逃げるも、全て、雨則君。君の選択次第なんだよ」

 

 「…………」

 


 選択。そう、選択。何かを掴み取って、代わりに何かを犠牲にする。

 これまでに何度も繰り返してきた人生の〇×クイズ。選択の度に後悔して、選択の度に、喜ぶ。

 


 そして、今、夏樹によって突き付けられた選択。

進むか退くか。この現状を受け入れていっきに全員の信頼を勝ち取るか、逃げて、どうにかして釈明するか。



 変化を得られるのは前者だ。結果がどうであれ僕と夏樹を取り巻く環境は一変するだろう。こちらを選ぶ場合、夏樹との恋人としての進展と共に、生徒からの理解と信頼を得られる。それができればこれ以上のことはない。しかし、逆をもまた然りだ。何か一つでも間違えれば夏樹との距離も、生徒から孤立してしまうことだってある。それ相応の覚悟が必要というわけだ。



 次に後者。人の関心は時間に比例して薄れていくものだ。それなりの期間が必要になるが、今まで通りの夏樹との関係を続けて、これ以上の問題を起こさないようにして、生徒たちの関心をなくしていく。この選択が一番安定はしている。今日のことはなかったことにして、先週までの日常を取り戻すことができる。夏樹との仲は進まない、というか進んではいけなくなる。



 が、現状からしてみればそれは十分に魅力的な選択の一つだ。

でも。

 


 「急に決めることなんて、できない」

 


 僕は夏樹が好きだ。過去にもいろいろあった。いろんな失敗があって後悔がある。本当は人を好きになること自体僕は許されないのだ。それでも、そんな禁忌に背いてしまうくらいに、僕は夏樹が好きになってしまっていた。

 だからこそ、時間が欲しい。猶予が欲しい。一度考えるスパンが欲しい。

 


 「……うん、わかった。雨則君の決心が尽くまで待っているね」

 

 「……ごめん」

 


 夏樹と付き合い始めて、何度思ったことか。情けない。不甲斐ない。こんな僕は、もし生徒たちの理解と信頼を得ることに成功しても果たして釣り合っていると言えるのか。

 まだ、僕には分からなかった。また、僕には分からなかった。


誤字脱字、評価、感想よろしくお願いします。

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