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僕と、三人と、夏と、  作者: 齋藤夢斗
「前篇」高校二年 夏
7/39

6 そして、夏へ

こっからシリアスな展開になります。

恋って難しいねって感じの。

 満点の星空だ。

 こんなの誰が見ても満点と呼べる星空だ。

 まるで僕と夏樹のためだけに神様が見せてくれているかのような、今夜は、今夜だけはそう思わずにはいられなかった。

 


 僕はそんな絢爛と称しても差し支えないほどの夜空の下、紺のジーパンと黒色のシャツを身に纏い歩いている。

 夜になり気温も随分と落ち着いたが、それでも空気が熱を帯びていて、歩くのには苦ないが、走るとなると躊躇してしまう。そのくらいの暑さだ。こんな中、わざわざジーパンを選んだのは、前回の反省を生かしてのものだ。ただでさえ夏樹という美少女過ぎる美少女に釣り合っていない僕だ。釣り合いが無い分、身なりの部分だけでもちゃんとしなくては。

 


 僕より性格もルックスもいい男なんて星の数ほどいるだろう。そんな中で僕を選んでくれたんだ。まだ訊けてはいないけど、僕を選んだのにも理由があるのだと思う。それでないとそれこそ星の数ほどいるいい男を選ぶのは道理であり、彼女にはその資格がある。

 


 だから、夏樹の選択が正しくなかったのだとしても夏樹の彼氏で在り続けている今だけは正しいと思わせ続けなくてはならない。僕にはその使命があるのだ。 

 現在向かっているのは夏樹との待ち合わせ場所である林道だ。夏になれば蝉が五月蠅いし、冬になればイルミネーションの飾りつけをされる。季節の変化を楽しみたいのなら一押しのスポットとなっている。その為か、祭りごとになるとデートの待ち合わせ場所に多くのカップルが活用する。

 


 つい先月の自分には一ミリ足りとも縁のない場所だったのが、今こうして待ち合わせとしてそんな場所に向かっていることが不思議で堪らなかった。

 ポケットからスマホを取り出し時間を確認する。

 


 十九時四十七分。

 待ち合わせ時間は二十時。このまま行けば五分前には到着するだろう。

 夏樹は先に行っていると言ったが、できれば手伝わせて欲しかったのだが、何故かは分からないが、頑なに断ってきた。断るではなく遠慮、というかそこまで厳しい言葉ではなかったが、どこか意志のような何かを持っていた。これは先週、夏樹にデートに誘われた次の日からあった。昼休みとか帰り道とか一緒にいる時間はあったのだが、どこか普段の夏樹とは違和感を感じていた。

 


 まだ一月も経っていないやつがなに分かった気になってんだなんて思われるかもしれないけど。

 ただ、その理由が今日にあって、明日からは元の夏樹に戻っているのならいいのだが。

 そんな期待と不安を抱きながら僕はもうすぐそこに迫った待ち合わせ場所に向かう。

 


 林道に入ると少しばかり明かりが乏しくなった。街灯なんて一つもないが、ここまで明るいのは夜空のお陰だろう。今日は星も綺麗であと満月だ。空はこれ以上にないくらい輝いている。

 


 「雨則君!」

 


 先の方で声がした。その声は今日の主催者である夏樹だ。

 僕は駆け足気味に彼女の下へ寄った。

 


 「こんばんは、夏樹。今夜は絶好の星見日和だね」

 

 「そうだね、雨則君。……早速、いこっか」

 


 夏樹は僕を急かすようにさっさと林の中へと消えて行く。急ぐ理由でもあるのだろうか。何かベストなタイミングでもあるのだろうか。

 もしかたらサプライズでもあるのかもしれない。サプライズは思いもよらないことが起こるものだからこそサプライズなのだ。

 


 一株の期待に身を任せて彼女の後を追った。

 林の中は木に囲まれており、月の明かりすらも入っては来なかった。しかし、夏樹は明かりを点けることもせずまるで家の庭であるかのようにすいすいと進んでいく。

 僕はというとあまりの暗さにスマホのライト機能を使ってちょびちょびと歩いていた。最初は数メートル程度だった差も気づけばライトの明かりにも入りきらないくらいにまで開いている。 

 


 歩き続けること何分か。どれだけ歩いたのかどれだけ進んだのか。

 詳しいことは分からないけど、ようやく開けた場所に出た。

 


 「…………わぁ」

 


 思わず声が漏れた。感嘆というか、感動というか。

 それなりに高い丘だった。こんなところがあったなんて今まで全く知りもしなかった。

 空がどこまでも広がっていた。丘を坂を上がるごとにどんどん開けてくる。

 


 その天辺はどこまでも空に近かった。下を見れば四方共に林に囲まれている。小さなドーム状の広場になっているようだ。

 よく周りを見渡すとおそらく夜空を見に来たであろう人が数人いた。こんな場所よく知っているなと思う。

 


 気付けば隣に夏樹がいた。

 林道や林の中で見た時はまだ暗かったからよくは見えなかったけど。

 とても綺麗だった。まるで夏祭りにいるかのような浴衣姿。花のような花火のようなそんな紋様が刺繍されていた。結われた髪はそんな浴衣と不思議なくらいマッチしている。

 手を伸ばせば月に星に手が届きそうだ。勿論不可能なんだけど。

 


 「雨則君にこれを見せたくて」

 


 夏樹は僕と同じように空を見上げながら、星の輝きを目に宿しながら、そう言った。

 


 「………うん、凄く綺麗だね。星も月も……」

 


 君も、とは言えなかった。やっぱり肝心な時に緊張してしまった。不甲斐ないったらありゃしない。

 


 「望遠鏡なんてそれらしいものは何も準備できなかったんだけどさ。こんな空を一緒に見られて本当に、嬉しいよ」

 

 「うん、僕も」

 


 その時、手が、触れた。

 たぶん、勘違いじゃない。一瞬だったけど、虫が止まったくらいの感覚だけど。 

 


 「……‥‥‥」

 


 温かかった。それはきっと、人の温度だった。人の肌の温度だった。

 僕は横目で夏樹を見やる。空を見ていた。星空を見ていた。顔色一つ変えずにただ空を見ていた。

 手が触れたのは何かの間違いだろうか。夏樹は僕の手の温度を感じ取ったのだろうか。分からない。分からないけど。

 僕はなるべく悟らせないように空を眺めるフリをして、夏樹の手に触れた。

 


 「…………」

 

 「…………」

 


 そして、僕は一世一代の決心をした。これ以上にないくらいの勇気を振り絞った。あの日、夏樹が抱いた勇気のように。僕に告白した時みたいに。それに足りえるかは分からないけど、これくらいで夏樹が納得するか分からないけど。

 僕は確かに自分の意思で気まぐれに任せず、夏樹の有田夏樹の手を取った。

 


 「…………ぁ」

 


 夏樹が震える。まだ顔は空に向いてるけど、頬が染まっていた。きっと僕も真っ赤な筈だ。夏樹以上に。

 


 「…………っ」

 


 今度は僕が震える番だった。これ以上にない幸せを感じたからだ。これ以上にない希望を感じたからだ。

 僕の手の甲に温度を感じた。柔らかくて優しくて気持ちが良かった。

 僕達はそれから一度も顔を合せなかった。合わせられなかった。ずっと二人で空を見ていた。

 満点な星空を。満月を。雲一つない澄んだ夜空を。

 ずっとずっと見ていた。手だけは離さずに。手の温度だけは感じながら。

 


 「……ねえ、雨則君」

 


 夏樹の声だ。自然に出ている声、でも身体は小刻みに震えている。緊張しているのか恥ずかしいのか。いや、そのどちらもだろう。

 


 「……なに?」

 


 僕はそんな夏樹のために努めて明るく優しく返した。きっと僕も同じなのだろうけど。

 


 「耳、貸して」

 

 「え?」

 


 突然言われたから、ほぼ脊髄反射で耳を向けた。何か人前では言えないことでもあるのか。

 


 「……ごめんね、今まで、私の所為で」

 

 「………なに、が?」

 


 何か何かと夏樹の声を待っていたら、唐突に謝罪の言葉を受けた。「好きだよ」とか「恥ずかしい」ではなく、「ごめん」だった。

 この場には最も似つかわしくない、そんな言葉だった。というか、そもそも。

 


 「何が、ごめんなの?」

 


 全く心当たりがないのだけど。何か夏樹は僕に謝らなければならないことをしたのか。いくら海馬を辿ってもそんなの一切出てこない。冷静になれば少しは違うのかもしれないけど。こんないきなり言ってくるものだから、口から出たのは問いだった。

 けれど、問いの答えは返ってはこなかった。

 


 その代わりに―――。

 パシャ、と近くでシャッターを切る音が聴こえた。きっと星空でも撮っているのだろう。

 でも、何でフラッシュは僕に眩しく見えたんだ。ったく、人の迷惑も考えて撮影してほしいものだ。 

 


 「ねえ、なんで」

 


 言葉は悪いが外野によって邪魔された僕は、再び夏樹に集中する。聞かなきゃ。

 僕はもう一度同じ問いを夏樹にしようとして。 

 


 「……今夜はありがとね。私に付き合ってくれて。もう、夜も遅いから、そろそろ帰ろっか」

 

 「……え、あ、うん」

 


 夏樹が僕に背中を向けた。その間に僕はスマホを取り出す。 

 二十時五十分。

 まだ会って一時間も経っていなかった。移動の時間も含めたら三十分もこの星空を見ていないんじゃないか。

 僕はスマホを持ったまま、夏樹の背中を見る。スラっとしていて、浴衣が似合っていた。

 


 「雨則君」

 

 「…………」

 

 「これで私たち並んでいられるよ」

 


 顔は見えない。表情は見えない。でも、夏樹の声は。あり得ないくらいに明るかった。

 なあ、夏樹。君は今、どこを見ているんだ。何を見ているんだ。

 僕には、分からなかった。僕の知らない夏樹だった。きっと、僕以外の誰にも見せない夏樹だった。

 星空は綺麗で。月も満月で。夏樹も綺麗で。まるで嘘のような夜はこうして終わった


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