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僕と、三人と、夏と、  作者: 齋藤夢斗
「前篇」高校二年 夏
6/39

5 約束とゲーム

ゲームします。

ちなみに北上君はソシャゲでは課金勢です。


あと次回から話が動きます。

 まだ雨は止んでいない。放課後。場所は昇降口。ローファーに履き替えて傘を二本取る。

 黒と白。対となる二本の傘を片方の手で持って玄関を出る。 

 


 「……あ」

 

 「朝振りだね。雨則君」

 


 偶然だった。玄関を出た先、屋根を支える柱に寄りかかるように立っていたのは、夏樹だった。 

 事前に約束してはいない。偶然の賜物なのだろけど。

 一応。

 


 「僕が来るの待ってたの?」

 

 「ううん。ほんとにもう帰ろうかなって思ってたところ」

 

 「じゃあ、少しは待ってたってことだね」

 

 「国語得意なんだね」

 

 「まあ、伊達に学年トップ十をキープしてないから」

 

 「私は下から数えたほうが早いかも」

 

 「ちゃんと勉強はやってたほうが良いよ。この学校、一応普通科だし。進学校だし」

 

 「わかってるよ」

 


 淡々と会話が進んでいく。

 


 「ごめん、朝返そうと思ってたんだけど」

 


 黒の傘を夏樹に見せる。

 結局乾いてしまっていた。土曜日のデートの後、確認してみたらそれは水気なんて一切感じられなかった。

 


 「ううん、大丈夫だよ」

 

 「今日は別の傘持ってきてるんだ」 

 

 「君もだね」

 


 互いの傘を見やる。

 僕と夏樹の視線は下だった。僕が下なのは勇気を奮い立たせるための準備だ。夏樹は何を考えているのだろう。

 


 「ね、ねえ夏樹」

 

 「ん?」

 

 「今日もさ、これで一緒に帰らない?」

 


 僕が差し出したのは黒の傘だ。

 つまり、僕は相合傘を希望した。自分から。かなりの勇気が必要だったけど。

 夏樹はいろいろな意味で戸惑っていたみたいだけど。

 


 「……うん、いいよ」

 


 最終的には了承してくれた。

 人目の関係上、校門を出て、ある程度離れるまでは別々の傘で距離を置いて歩いた。

 夏樹が先に出た。その数分後に僕が後を追う。

 


 ザーと激しく打ち付ける雨は一人で歩いていた時はひどく大きく聴こえた。

 事前に指定した店の曲がり角で夏樹は待っていた。

 ちゃんと屋根によって雨からは守られている。

 


 傘を閉じる。夏樹は先に閉じていたみたいで、地面には小さな水溜まりができていた。

 黒の傘を開く。白の傘より一回り大きいことに今気づいた。

 夏樹が中に入る。前と同じように僕が傘を持つ。

 


 「いこっか」

 

 「うん」

 


 二人は再び雨の世界へと繰り出した。

 はじめは無言だった。僕も夏樹も言葉にできないような変な雰囲気によって口を開けない状態だ。

 それ以外は前回とさほど変わらない。

 


 一つ挙げるとするならば、二人の間が、僕の肩が濡れない程度まで近づいたってことだ。

 それ以外は鞄の持ち方であったりと小さなことである為気にも留めない。

 そうこうしているうちに夏樹の家が見えてきてしまった。

 一言も話していない。

 


 「…………」

 


 それだけは嫌だった。夏樹は無表情のまま歩いているだけで、彼女の方から話しかけられることはあり得ないようだ。

 


 「…………あのさ」

 

 「ん?」

 

 「今日、昼、一緒に食べられなくて、ごめんな」

 

 「別にいいよ。今日は私も用事があったし」

 


 でも、いざ会話を始めてみるといつもの夏樹だった。それなりの微笑とそれなりの声音でン僕と会話のキャッチボールをする。 

 


 「ねえ」

 

 「なに?」

 


 今度は夏樹から訊いてきた。

 

 「今週の……じゃなくて来週か。来週の日曜って空いてる?」

 


 日曜は週の初めだ。だから来週と言い直したみたいだ。

 


 「全然、大丈夫だけど」

 


 することと言ってもゲームか勉強か読書くらいだし。

 


 「夜、なんだけど」

 

 「……え、それって」

 


 そういうことなの?

 


 「あ、いや、違うよ。二人でデートしたいなぁって」

 

 「夜にデート……か。なんか楽しそうだね」

 

 「大丈夫?」

 

 「うん。構わないよ。それで、どこ行くの?」

 

 「星を、見たくて」 

 


 それはおよそ今まで僕の夏樹の印象や性格からして出てくるはずのないものだった。

 


 「星?」

 

 「うん、そう、星」

 

 「なんで?」

 

 「見たいから、二人で」

 

 「…………」

 


 綺麗な微笑を浮かべていた。いや、浮かべ続けていた。貼り付けていたと言ってもいいかもしれない。

 


 「もう今週中に梅雨明けするって聞いたし。それに、その日は週間予報で晴れがでてたし」

 

 「曇りの心配はない、と」

 

 「うん、そういうこと」

 

 「でも、夏樹。星とか好きなの?」

 

 「私、中学の途中まではだったけど。毎日のように天体観測行ってたのよ」

 

 「初耳だなぁ。家族の誰かが好きだったり?」

 

 「ううん、小学生の頃ね、理科の授業で正座早見表を貰ったの」

 そういえば。僕も星座の名前とか、星について習った時に貰ったような記憶がある。もうこの世にはないだろうけど。当時は、よくそれを持ち歩いてあれがなんだとかおじさんと一緒に見ていたっけ。

 

 「今ではめっきり見なくなったけどね。……でも、久しぶりに見てみたくなったの」

 

 「なるほどね。分かったよ。先週は僕が誘ったから、次は夏樹に任せてみようかな」

 

 「そう言ってくれると嬉しいよ。まあ、詳しいことは追って説明するから、心の内にでもとどめて置いてね」 

 


 軽く頷いて了解の意を告げた。まさか、あの夏樹が天体観測だなんて、と衝撃を受けたが、考えてみれば何もおかしくないわけだし。

 夏樹がなかなか口を開かなかったのもデートの誘いに対する不安からなのかもしれない。

 夏樹は逃げるように傘から離れていき、玄関まで走っていった。黒の傘については一切言及しなかった。忘れているのだろう。

 


 「明日までに乾くといいけど」

 


 一人になってしまえば無駄に大きい傘をくるくると回しながら、Uターンした。

 傘に乗っていた雨の雫が踊る様に飛び跳ねる。そして、すっかり雨によって浸食されたコンクリートへと落ちていく。

 来た道を戻る。もう慣れてしまったこの辺りの歩道をまるで近所を散歩するかのように歩く。

 


 知らない人の家の塀の上で猫が鳴いた。伸ばされた木によって雨から身を防いでいるようだ。

 でもたまに水滴が毛に落ちていくのを見て、風邪引くなよと軽く撫でてやった。

 雨に打たれ、傘を回して、見慣れた道を歩いて、鞄をからい直して。今日起きた様々な出来事を振り返って。

 


 そんなことをしているうちにアパートに着いていた。笠立に白の傘を差し込む。

 昨日点検を完了したという貼り紙が壁に貼られており、それはエレベーターのことを指すのだが、つまりはもうあの階段を歩かなくてもいいという事実がそこにはあるわけで。

 


 すぐさま上を表現するマークが描かれたスイッチを押す。

 ものの数秒でドアが開かれる。手に持つ黒の傘の先から水滴がポタポタと落ちているのにその時、気づいた。

 


 「ごめんなさい、今回ばかりは見逃して下さい」

 


 と、ここにはいない住人に向けて謝罪と許諾を言いつつ中へと入った。

 カーボタンで4階を選択し、閉じるのスイッチを押す。微かな閉口音の後、少しの違和感に苛まれる。これが上がる、という感覚であると、もう誰でも理解しているだろう。

 


 数分のロスと疲労をものの数秒でそれも一切の労力も必要なく成し得てしまう。科学や機械の利便性にはこういった先人の苦労を体験することで理解できるというものだ。

 金曜、土曜と昇り下りした階段を見下ろしながら、そう思った。

 部屋のドアを開ける。ガチャリという音と共に玄関が僕を向かい入れる。

 しーんと静まり返った空間。虚空のようにさえ思えてくるほどに無音だった。

 


 「……ただいま」

 


 誰もいないと分かっていてもつい口から零れる言葉。

 鞄をソファーへ投げやる。……今日は床に落ちてしまった。

 それでも気に留めずYシャツを脱ぐ。スラックスを脱ぐ。

 すっかり整理されたクローゼットから適当に服を抜き取り、それを着る。

 


 そんで最後にYシャツを洗濯機へスラックスをハンガーに掛けて、おしまい。

 適当にテレビの電源を入れる。十二もチャンネルがあるのにも関わらずなにもやっていないのが月曜のこの時間帯だ。

 一通り番組表なんか見てみたが興味をそそられる番組は特になかった。

 


 と、なれば次に何をするかと言えば。ゲームだ。

 テーブルの下に投げられていたコントローラーを持ち、ゲーム本体の電源を入れる。

 ピッとそれなりに大きくて、短い音が鳴った。それから数秒くらいして、テレビの画面が自動的に切り替わった。

 HDMIによってテレビと接続されたゲームの画面が映し出される。

 


 自分のユーザーアカウントを入力する。ゲーム専用のキーボードとかマウスとか欲しいとずっと思っているけど未だに一歩が踏み出せていない。

 こうしてコントローラーで文字を入力をするというのはあまりにも不便だ。

 


 ID、パスワードを入力し、認証が行われ。

 ようこそ、と英語で書かれた画面が映され、一瞬の暗転が入る。そして、次に画面が明るくなると、そこには自分の所持しているゲームソフトが表示されたホーム画面があった。

 数にして15。それだけのゲームソフトのタイトルとパッケージ画像。

 


 どれをしようかと迷うこともなく今話題のRPG作品のプレイを始めた。

 正当な王道RPGと評され、その壮大なスケールと緻密にかつ大胆に作りこまれたシナリオ、迫力満点の戦闘、アクションで話題を呼んだあの作品だ。豊富に用意されたコンテンツややり込み要素。戦闘だけではなく、マイハウスを買ってハウジングをしたり、商人になって物を売ったり、職人になってアイテムをクリエイトすることだってできる。

 


 まるで、このゲームの世界で生活をしているかのような、第二の人生をゲームの中で行うことができるのだ。

 現実では絶対にあり得ないことが「できる」ものだから、ハマる人はとことんハマる。それで、ハマり過ぎると、現実が第二の人生と化してしまうことだってある。つまり、ゲームの世界にいる自分が本当の自分であると、そう認識してしまうのだ。

 


 ゲームは年月を重ねるごとによって、比例するようにクオリティーも上がっていく。

 最近のものでは現実と区別のつかないクオリティーのゲームだって出てきている。

 どんどんリアルに近づいて、どんどん自由度が増していくゲームの世界。

 プログラムによって創られた世界。一か0の二進数によって決定される未来、その人の在り方。

 


 そんな可能性すらもパーセントによって定められている世界にのめり込む人が増えているのは。

 現実に希望を持っていないからだ。現実のつまらない日々と変化のない日常に飽き飽きしてしまっているからだ。 

 


 そんな創られた世界は、今日も僕達を未知へと招待する。創られた世界で、創られた未知へ。

 でも、それでも、創られていようとも今生きる世界よりかは何億倍もマシで、何億倍も生きている実感が持てるのだ。それほどに現実は無情なのだ。

予報通り梅雨は二日後の水曜には明けた。

 


 それからはカラっとした晴れが続き、次第に気温は上昇していった。

 傘ももう不要であるかというくらいに快晴で、笠立には放置されてしまった傘が幾つも差し込まれている。

 


 今日は、そんな梅雨明けから三日目である土曜日。僕は一人、予定の入ってないことを理由に一日中ゲームをしていた。

 どんなゲームなのかは予想にお任せするとして、そんな一日はあっという間に過ぎていった。テーブルには空になったカップ麺が散乱している。実は金曜の夜からずっと同じカップ麺ばかり食べていたからそれは散乱していると言っても問題のない状態である。

 


 掃除は二週間毎にやっているのだが、それでも床には服が脱ぎっぱなしであったり、マンガや小説などがあちこちにちらばっていたりと、まさに独り暮らしの男が住んでいる部屋そのものになっていた。

 


 前回掃除したのは先週の土曜。クローゼットが整理された日に一気に部屋全体を掃除した。

 その時は、もうプロであってもオッケーサインを貰えるほどに整理整頓、ゴミ・カビ一つない部屋があったのに、今ではその形は影もない。たったの一週間でこんな惨状に成ってしまった。それもこれも全部この体内の水分さえも吸い取りそうな暑さの所為だ。

 


 僕は冷房をガンガン掛けたゴミ部屋で黙々とゲームをしている。

 画面の中では今まさに操作するキャラが剣でモンスターを斬りつけたところだ。筋骨隆々なモンスターは剣の一撃を浴びさせられたことで背中から地面に倒れていった。

 


 対象年齢の関係上、赤い血が飛び出ることはない。が、あまりにも美麗すぎる為かモンスターの痛みが伝わってくるかのようだった。

 キャラは嬉しそうにジャンプしている。顔周りは傷だらけになっていて、戦闘の激しさを物語っていた。

 操作していた僕もやっと一息吐けると、一旦コントローラーから手を離した。

 


 「……喉乾いた」

 


 長時間のプレイからか、冷房に当たり過ぎたか、空気の悪い部屋にい過ぎたからか、どうも頭が痛い。ちょっと寝れば治る程度だろう。こんなことで明日の約束をすっぽかす事なんて死んでもできない。

 


 そう、明日は約束の日だ。夏樹との二度目のデートだ。前回のカラオケが思った以上に楽しかったから、今回の天体観測もそれなりに期待している。

 学校であったり、メールであったりと毎日ちょこちょこ、デートの話をするのだが、どうやら望遠鏡の持ち運びは無理なのだそうだ。

 


 このことにより天体観測ではなく、星見になってしまった。だが、残念といった思いはあるものの、ガッカリといった感情は全くなかった。

 だって頭に浮かぶ情景があまりにもロマンチックだから。過分に妄想しすぎなのかもしれないけど、でも、でるならば理想その通りであって欲しい。何て言ったって夏樹からのお誘いなのだ。そんなの期待するに決まってる。

 


 冷蔵庫から炭酸飲料を取り出し、その場で蓋を開ける。炭酸の弾ける音が聴こえてきた。

 これ以上逃がさないように口に含む。炭酸が激しく弾け、まるで線香花火のように口内へ入り込み、食道を通り、胃へと落ちていく。

 


 「くうぅぅ」 

 


 あまりの刺激に思わず声が出てしまった。よく大人がビールを一口飲んだ後にするやつみたいだ。それって僕のそれと同じなのだろうか。ゲームでしか味わえない未知の感覚をこんなこところで知ってしまうとは。

 


 子供にとって大人は未知だ。ずっと近くにいる親も親である以前に大人だ。子供には大人の気持ちは分からない、とよく言うが、確かにその通りだった。

 だってビールの美味しさも、それも知らないのだ。

 


 もしかすると生命体としても違うかも知れない、と流石にそんなことは思わないけど、それくらい知らないことだらけだった。

 


 どうすれば大人になれるのかとかいつから大人と呼べるのかとかじゃなくて、何が大人なのか、それが分かれば自然に大人になれるのかもしれない。

 このように確かに現実にも未知と呼べるものはある。どこまでもくだらないし、つまらないものばかりだけど。

 


 ……あ、今思いついた。面白そうな未知を。

 たぶん明日しか実践できないことだ。たぶん明日しか知るチャンスがないことだ。

 なあ夏樹。明日の夜に起こること全部、僕達にとっては未知だ。起こることも、起こすことも全部。

 


 なあ夏樹。君と見る星空はどれくらい綺麗なんだろう。どれくらい爛々と輝いているんだろう。きっと誰が見るよりも綺麗に見えるんじゃないかな。

 なあ夏樹。君はあの時、何を見ていたんだい。何処を見ていたんだい。

 


 あの日、約束した日。約束した時。

 君は何を思って僕を誘ったんだ。たぶんもう知ることは叶わないだろうけど。結局未知のまま終わってしまった過去なんだけど。

 僕は忘れられなかった。あの時の夏樹の顔を。

 コピーしペーストしたあの微笑を。


誤字脱字、評価、感想をよろしくお願いします。

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