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僕と、三人と、夏と、  作者: 齋藤夢斗
「中篇」高校二年 冬 
35/39

18 彼らなりの彼への想い

雨則はでないです。

 降る雪の道。

 

 

 「さみぃなほんと」

 


 せっかく暖まったのに、既に熱の欠片もなかった。けれど、一箇所だけ、右の手だけは腫れるように温かく痛みを発していた。何処かで手をぶつけた訳ではない、つい先ほど、雨則を殴ったのが原因だ。二回も。彼の頬は俺の拳より赤く腫れあがっていたのを覚えている。



 数年前までの俺だったら殴り合いの喧嘩のようなじゃれ合いは日常茶飯事に起きていたのだが、身体的な成長と比例して、人情とか、人間的な部分も成長していくにつれて、めっきり回数は減っていった。この歳にもなれば殴る、という行為だけでも警察にお世話になるやもしれない。

 


 しかし、今回に関していえば、数あるリスクすらも霞むほどの怒りに満ちていた。夏樹さんと海里さん、彼女らの中立の協力者として行動することで、いつからか雨則に対して憤怒の如く怒りを覚えてしまっていた。

 


 きっと一年前からの付き合いである彼を知っているからこそ、ここまでの感情を覚えてしまったのだろう。そして、それだけの間、彼を見てきているからこそ二撃で踏みとどまることができたのだろう。

 


 「あいつ……痛かったよなぁ」

 


 でも。……俺も痛かった。拳も心も。

 手を擦りながら、少しずつ冷えていく感覚を感じ、一人、雪に打たれている。雪は、俺を冷やし、同時に、腫れた手を優しく冷やしていく。

 


 ネックウォーマーも手袋も着けていない。もう片方の手は既に悴んでいる。ここまでして俺があいつを殴った意味はあったのだろうか。こんなに冷えた帰路を歩く意義はあっただろうか。

 


 「………」

 


 わからない。これがどう未来を変革させるのかも今の俺にはわからない。また同じ轍を踏む結果となるかもしれない。なんたって全て、自分の個人的な感情に従っただけの、独りよがりの行動に過ぎないのだから。夏樹さんと海里さんの為であって、白雨さんや雨則の考えも考慮したものではなかった。

 


 そう、結果からしてみれば、自分勝手に葛藤して、自分勝手に突進して、自分勝手に寒さに震えているだけなのだ。それだけならまだしも、自分の都合を押し通して雨則を傷つけて、夏樹さんと海里さんがどう思うのかも考えないまま……これじゃあ、憂さ晴らしに友人を殴っただけだ。

 


 「………なにやってんだ、俺は」

 


 本当に、何やってるんだ。雪を被って頭は冷えている筈なのに、どうして。

 


 「けじめつけろなんて……俺が言えたもんじゃねえよな」

 


 当事者でもない俺が。関係者ぶって、話を聞いて、友人殴って、訴えて、英雄気取りかよ。

 ……本当に、バカだな、俺って。

 もう終わったことを今更どうこうできる術はないけど、これが正解である、と信じるしかどうしようもなかった。

 


 取り敢えず。

 


 「三樹弥の家にでも泊まりに行くか」

 


 気分転換の為にも。あいつと話せば気が楽になるかもしれない。もしかしたら三樹弥に嫌われるかもしれないけど。

 すべてが終わった後の覚悟。あまりにも遅いそれは、仮初であるが、彼を殴ったことへの後悔を消すことにした。


 






 最後に彼を見たのは何時だろうか。期間にすれば一週間くらいは経っているだろう。しかし、その間に起きた出来事の濃密さを考えれば彼と並んで登校していた光景が、ひどく懐かしく思えてくる。ただ、懐かしいという感情は言ってしまえば私の自業自得である。



 だって、彼とは会おうと思えば会えたわけだし、顔を一目見ようと思えば幾らでも見ることができた。私と彼の間は誰も咎めることなどできないと知っている。例の転入生の少女――白雨知音さんとどのような間柄であったとしても、今の雨則の彼女は私であるのだから、何も躊躇することなんてないのに。

 


 「何を躊躇っているの……私は」

 


 こうして学校が終わったら自室に引き籠って読書をするだけの生活を続けている私は、ただ、意味のわからない矛盾に戸惑い続けている。

 


 「別に顔なんか見なくても電話さえすればどうとでもなるのに」

 


 今時、わざわざ会いに行くなんて遠回りな真似はしなくてもいい世の中だ。文明の英知を活用すれば一瞬なのに。

 


 定位置に置かれたスマホを拾い上げ、登録されている雨則の連絡先をタップしようとする。……タップすればそれでおしまいなのに。彼と白雨さんの逢瀬、その黒白が判明するのに。

 それなのに。

 


 「……どうして、押せないの?」

 


 どうして、踏み留めてしまうの。この手は、私は、どうしたいの。

 スマホの電源を切り、定位置に戻した。この一連の動作をこれまでに何度繰り返したことか。その度に、自分が不明確になっていく。自分が本当はどうしたいのか、それが曖昧になっていく。

 


 「………」

 


 本に目を戻す。少しでも気を紛らわすために。そんなことをしても気休めにもならないことなど疾うに分かっている。目だけで文字を読んで、いつの間にか頭は現実にいるのだから。

 


 「………」

 


 自分はどうなりたいのか。自分は何がしたいのか。全て自分のことなのに、他人はわからないのは仕方がない。なんたって自分と他人は違うのだから。十人十色の考えや思考パターンがあるのだから、編纂された情報がない限り、仕方のないことだ。

 


 でも、私の場合はなんだ。人並みには知識の蓄えがあるというのに、人並みとは言えないだろうけど、それなりの人生を送って来たのに。 

 ベッドに突っ伏す。俯せのまま本に目を通す。

 ぼー、として。ただ文章を目で追いかけて。

 


 「……寝よ」

 


 栞を挟み、眠ることにする。外はまだ明るい、が、眠ることで一時期、悩みから解放される。いつしか事は進展するであろうと丸投げにして。

 ゆっくりと目を閉じる。数分もすれば浅い眠りに落ちる。

 


 「………雨則……」

 


 口から出るのは愛しい彼の名前。依存しきってしまった対象の名前。雨則と歩いた道。雨則と話した全て。雨則とのキスの味。負の記憶はシャッターをして、ただ幸福だった在りし頃の記憶だけを見続ける。 

 


 暖房に温められ、暖かい日々の追憶に思いを馳せ、そして。

 ――――着信が鳴る。

 


 「………」

 


 現実との狭間、泡沫によって強制的に意識を覚醒させられた。幸せな光景は霧散するように消え去り、私は、半ば苛立ちを覚えながらもスマホへと手を伸ばし。

 


 「………んぅ」

 


 相手を確認する。

 


 「―――――」

 


 非通知。誰かからか連絡先を聞いた誰か、若しくは間違い電話か。こういう時は無視するのが最も適切であろうが。

 ………もしかして。

 


 数瞬の逡巡の後、電話に出ることにした。

 


 「……もしもし」

 


 おそるおそると相手へとコミュニケーションを取ってみる。

 


 「――――――海里ちゃん?」

 

 「…………ぁ」

 


 この時、私が見た光景は、屋上での彼女だった。


 








 もう何度目か、私はスマホの着信履歴を見る。ズラリと下へと並ぶ電話番号と名前。

 最も最新は雨則君、次に白雨さん、そして、海里ちゃん。それより過去の通話相手は別段興味ない、ただよく突っかかってくる向こうからすれば友人と思われている人畜無害の学生一同だ。 

 


 ほとんどが平均的なルックスやスタイルから外れた、イケメンや美人の部類に属するような人たちで、そして、気付けば連絡先を交換していたり、されていたり、それだけで勘違いしているようなバカな人たちでもある。

 


 その内、数人くらいとは数度電話をしたりしたような気もするけど、ほとんど記憶にないということは本当にどうでもいいような見せかけの連中だったのだろう。

 


 「………私が靡くはずないのに」

 


 淡々と履歴を遡りながら、つい本音を呟いてしまう。入学当初から私の目には雨則君しか見えていない。他の人は、文字通り他人であり、恋をできるのは彼以外あり得ない。

 


 スマホを机に置き、座っていた椅子から立ち上がる。部屋の隅、閉じられたタンスを開ける。中身は使わなくなった化粧品であったり、ブランドものであったり、あと。私は、その中から小さな箱を取り出す。



 確か中学の時に製作したものだったはず。この中に入れるものといえば、私にとって宝物になる代物ばかりだ。年を重ねるごとに内容物は変化していっているが、今の私は。

 


 「……ふふっ」



 中身は封の開けられた手紙が数枚。ピンクや赤や水色や、どれも色が違って、どれも可愛らしいデザインで。

 宛名は全て「北上雨則」と自分で見ても達筆に書かれている。

 


 そう、これは雨則君へのラブレターだ。書いたのは勿論私。彼の鞄に入れたのは唯一の成功品であり、それ以外の失敗作は、廃棄することなく、こうして宝物として残してある。彼への想いの強さの一端。これを見ているとずっと彼を想い続けることができる。

 


 誤字や脱字、乱筆乱文など、たった一文字の抜けでさえ書き直したのをよく覚えている。

 無事完成したのだからいいのだが、一つ、誤算だったのは、私の手紙をママに読まれてしまったことだ。

 


 それ以来、彼のこと教えろだの、雨則君が家に来てからは、彼との関係の進展について問い質されたり、となかなか面倒くさいことになってしまっている。

 


 「………」

 


 堪能した私は丁寧に片づけ、タンスを閉めた。

 そして、元いた椅子に座る。同時にスマホの着信履歴を見ながら。

 


 「……明日になれば、全てがわかるんだ」

 


 彼との未来を描きながら目先の問題へと思考を変える。

雨則君、海里ちゃん、白雨さん、全員に連絡をした。彼らの声音は皆暗いものを秘めていたのを覚えている。嫌われているんだろうな。避けられているんだろうな。まあ、無理もないけどさ。



 「……女子たちには嫌われていいけど……雨則君にだけは嫌われたくないなぁ」 

 


 幾ら想いの丈が強くても、嫌われるのは辛い。なるべく強情を保とうとしても、たまに挫けそうになる。

 


 「……ううん、こんなことで下向いてちゃだめ……」

 


 もっと強くあらなければ。雨則君の隣に並び立つために。

今度こそ……私は。

もう一度、彼と笑い合いながら歩くために。


 









 「どうして、なの……雨則」

 


 一人だけの部屋、声が零れる。魂のない家具はそんな私の声を吸引するように佇み、聴いている。

 あの日から、ずっと思い詰めて、考え詰めて、けれど、答えなんてでるはずもないし、誰かが答えてくれるわけでもない。更に、つまり虚空へと放たれた私の声はただそのまま消えていくわけでもなく、私の耳に届いてくるのだからなおさら酷い。



 どうにもならない慟哭と疑問と苦しみがそのまま返ってくる。

 


 「………」

 


 雨則を追ってここまで来たのに、雨則の為にここまで来たのに……。私の想いとは裏腹に、雨則は私ではなく他の女に執着していて、他の女と恋をしていて、他の女のことで悩んでいて。

 きっと私のことでも悩んでいるだろう。

 


 それは分かる。だって雨則はずっと私に対して罪の意識を感じていたし、その罪滅ぼしを、自ら報いを受けようとしていた。

 きっと、当事者の人とやらが全員集まっても彼は真摯に私と輝との過去を告げるのだろう。

 


 「……でも、それで……それで、私の数年が変わるわけじゃないんだ……」

 


 私の恋は。

 まるで、千の悲しみをひとまとめにして取り込まれたような。これほどの辛さはそうない。

 別に彼は裏切ったわけじゃない。私を騙したわけじゃない。

 


 だからこそ、私はやり場のない感情を発散できずにいる。

 


 「………雨則」

 


 私にはただ、恨めばいいのか、恋焦がれればいいのか、どうすればよいのか、わからない、彼の名前を呼ぶことしかできない。


ありがとうございました。

誤字脱字、ブクマ、評価よろしくお願いします。

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