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僕と、三人と、夏と、  作者: 齋藤夢斗
「中篇」高校二年 冬 
32/39

15 僕と三人

タイトル回収しちゃいます。

 私は雨則と並び、校門を出ようとしていた。そこに待ったをかけたのは何故なのか甚だ疑問であるが、有田夏樹であった。学年全員の名前はおろか顔さえも一致しない私でも彼女が学校でどのように扱われ、どのように呼ばれているかぐらいは知っている。



 そう、学園のアイドル、と。今時、そのように慕われている存在が日本に実在していることに驚いたが、何度か擦れ違った際にちらりと容姿を確認してみたが、確かにそう評されても無理はない程度のルックス、スタイルは兼ね備えていた。



 こうして間近に顔を合わせて、改めて他の女子が目劣りしてしまう、男共が囃し立てるのにも納得がいった。



 「雨則君……、と……白雨、さん」

 


 どうやら有田さんは私の名前をご存じのようだ。どうして知っているのか、答えは簡単だ。私が転入生であるから。それ以外にはないし、それ以上やそれ以下の理由は存在しないだろう。

 


 「貴女は、確か、有田夏樹さんだったっけ」

 


 私よりも遥かに魅力的な彼女に身を引いてしまいそうになるが、強引に声を出す。別に私に危害を加えようなどという魂胆ではないだろうが、一応敵愾心を含んだ強気だけは持っておく。

 


 「その有田さんが私と雨則に何のようですか?あ、もしかして、何か伝言でも?だから、雨則、待ってとか言ってたんだ」

 


 有田さんが何故雨則を止めたのか、その理由と意図、現時点では測りかねるが、不意に浮かんだ在り来たりな予測を口に出す。当否がどちらであれ会話の主導権を握るべく言葉を重ねる。

 


 「何のよう……って、白雨さん、自分が何をしているのかわかってるの?」

 


 ……は?何をしている?どういうこと?

 私はなおも背中を見せている雨則を見る。そこで目に着いたのは彼の震える肩だった。有田さんの方を見ないことと言い、どうにも訳アリな気がしてならない。

 


 でも、私には分からない。私の知らない雨則との関係性がそこにはあった。おそらく、まだ私が地元から雨則を想い描いていた頃の、綺麗に輝く星が美しいほどに見えていた場所にいた頃の。

 


 「何って、一緒に帰ろうとしているだけですけど」

 


 わからない、彼と彼女の間になにがあったのか。……だったら、分からないのなら、逆に私と彼の関係を打ち明ける他ない。自身の判断が正しいのかはわからない。けれど、これだけは自信を持って、事実を、真実を主張しよう。

 


 「私と彼、付き合ってますから」

 


 言葉は吹く微風に乗って有田さんの耳に届く。風が花の鱗粉を運ぶように。私と彼の唯一の繋がりを……。

 冷ややかな風がマフラーの隙間に入り込む。身震いしてしまいそうな肌寒さを感じながら学園のアイドルに歯向かうように睥睨する。

 


 今の私には何だってやれそうな、どんな敵であっても勝つことが出来そうな、そんな自分に陶酔するような気持ちがあった。相手は自分よりずっと高いカーストにいる女だ。それでも、全身に駆け巡るほどの優越感。動脈、静脈その他諸々、あらゆる血の流れよりも速く、優越感と呼ばれる自己陶酔が奔流となって暴れまわる。 

 


 見れば有田夏樹は呆けたような顔をしている。あまりに衝撃的だったのだろうか。……もしかして……いや、もしかしなくても、あの子、雨則のこと好きだったりして。流石にそんなことはないか。

 


 さぁ、何か言ってみろ、有田夏樹。

 待ってて、雨則。話すぐ終わらせるから……。

 そうやって、静かに彼の方を見て――――――。

 


 「夏樹!僕はっ……!」

 

 「………っ!!」

 


 唐突過ぎてのけ反ってしまう。軽く1歩後ろに下がってしまった。

 声の主、声高々に有田夏樹の名を呼んだ。それは紛れもなく北上雨則、彼本人のものだった。

 彼の大声はまた唐突に途切れ、なかなか続かない。

 


 「……雨則?」

 


 ひどく動揺していた。私も、雨則も。親に隠し事を知られ弁解している時のように。あるいは犯してはならない罪を犯してしまったかのように。 

 


 私は蚊帳の外だった。有田夏樹が私と雨則の関係を前に呆けていたように、私もまた、雨則と有田夏樹の関係を計り知れない関係を目にして唖然としていた。

 


 「ねえ、白雨知音さん?」

 


 ようやく雨則の大声に続く音が聞こえた。しかし、声を発したのは有田夏樹だった。小鳥の潺のような、軽やかな小川の流れのような、そんなこの状況と比較するには場違いこの上ない、つまるところ究極的に漂う空気とは別ベクトルから発せられたものだった。

 


 「そんな嘘八百、恥ずかしくならないの?」

 

 「…………っ!?」

 


 発狂しそうだった。ギリギリのところで理性が働いてくれたことによって踏みとどまることができた。しかし、しかしだ。

 


 この鬱憤を。この混沌たる心情を。どう発散したものか。

 


 「嘘、とはどういうことかな?」  

 


 ドス黒さを纏っているであろう笑みが零れる。それは、二人三脚の最中であろうとも問答無用でパートナーである有田夏樹を突き飛ばし、一緒に倒れ伏してもいいくらいに、それだけの苛立ちを伴っている。

 


 「いや、ね。白雨さん、何か思い込みしているんじゃないかって」

 

 「……思い込み?」

 

 「自分を雨則君の恋人だと信じ切っているっていう」

 

 「あ?」

 


 そういう有田夏樹は嘲笑を浮かべている。私を嘲っている。これが学園のアイドルなのかっていうくらいに醜い嘲謔をこちらに向けてきている。

 


 「な…な、つき?」

 


 と、ここでようやっと雨則が口を開いた。だが、その声は掠れ、男のものではないかと思うくらいに弱弱しい。そして、呼ぶ名前は私ではなく有田夏樹。

 


 「雨則君ごめんね、びっくりさせちゃって。大丈夫、君は何も悪くないから、ね。そこで読書でもしていて」

 

 「………え、あ、……え?」

 


 有田夏樹の言葉が良く理解できていないようだ。

 


 「ねえ、白雨さん。雨則君とどういう過去があったのかは知らないけどさ。……彼の今の彼女、絶対、絶対、絶対に、貴女ではないよ」

 

 「―――――――――」

 

 「聞いてみたら?……雨則君、君の今の彼女だぁれ?」

 


 有田夏樹は雨則に目をやる。彼を見る顔と私とでは善悪の差が顕著に出ていた。コロコロと自分の心情に任せた、彼女の心と結びついた最も最適な顔を彼女はしている。

 


 「…………」

 


 雨則は黙ったままだった。情けないくらいに視線をあちこちにやっている。これじゃあ、黙っている意味もなかった。

 


 「大丈夫だよ、雨則君。ほら、自分に素直になって」

 


 あの優しい口調に戻っている。

 


 「…………っ、ぅ」

 


 そこまで言いずらいことなのか。……私の前では。 

 


 「北上、雨則君」

 

 「…………っ」

 


 学校鞄を手に持って、制服を着て、ローファーで一歩、二歩、三歩と歩み寄ってくる。モデルのように優雅に歩む姿は、私を釘付けにするのには十分だった。 

 


 歩み寄って、近づいて、私を追い越して。

 


 「雨則君」

 


 彼の目の前に立ち、彼の肩に優しく触れ。

 


 「貴方の恋人は?」

 



 「―――――――……海里」

 



 長い沈黙の末に、雨則が出した回答は、私の知らない名前だった。小さく呟くような音量だったけど、耳元で囁かれるようにはっきりと鮮明に、聞き取れた。

 


 「……よく出来ました」

 


 有田夏樹は少しだけ悲しむような表情をした。たぶん、彼女の持つ顔のレパートリーには存在しない顔だ。

 


 ………え、それで。

 雨則の彼女はその海里とかいう人であって、私ではないと。

 ……え、どういうこと。

 雨則の彼女は私ではなくて、海里とかいう人だと。 

 ……え、なにそれ。

 私の数年の恋慕は、どうなるの。

 ……え、どうなるの。

 雨則への愛は、愛情はどうなるの。

 ……え、それって。

 つまり、雨則は私と付き合っていないの?全部、私の思い違いってことなの?

 ……え、じゃあ。

 私は何のために雨則を好きでい続けていたの?

 ………あぁ、そういうことか。

 そっか、そっか、そういうことか。

 


 とどのつまり、私は、彼に。

 


 「裏切られた」

 


 ってことね。

 


 「………とも、ね?」

 

 「雨則。ずっと、私のこと、騙してたの?」

 

 「………え、……あ、いや」

 


 違う。彼はずっとそれらしいことを言っていたではないか。言葉の端々にあったではないか、彼と海里の関係を臭わせるようなことを言っていたではないか。

 


 私が否定していただけで。考えなかっただけで。……考えないようにしていただけで。

 


 「私ね、ずっとね、貴方に会うことばかり考えていたんだよ。中学を卒業してから、高校に入学して、一年経っても、ずっと。……だって私達、付き合ってたじゃん」

 


 「……雨則君、そうなの?」

 


 確認を取るように有田夏樹は雨則へ問う。彼には嘘はつけない。この状況では決して。

 


 「………あぁ、中学の頃、知音とは付き合っていた。……でも」

 

 「それだけじゃないよね、雨則」

 

 「………」 

 


 まだ、あるよね。雨則。私と雨則と、輝について。

 


 「…………」

 

 「雨則君」

 

 「雨則」

 

 「………」

 


 俯く彼は儚くて、辛そうで……。

 それでも、私のこの燃え滾るような悲しみの気持ちを発散するには、こうするしかなかった。こうでもしなければ私の激情は抑えられそうになかった。


 





 知音に海里の名を打ち明け、夏樹に知音との関係を打ち明けた時、あぁついにこの時が来たな、とそう感じた。一度動き出したものを止めることは難しい。真実だった。この上ない真理だった。

 そして。

 


 「それだけじゃないよね、雨則」

 


 知音は無慈悲にも追い打ちをかけてくる。無理もない、ずっと黙って来たのだから。真実を伝える勇気がなかったのだから。後回しにし続けてきた結果が巡り巡って今を作り出している。

 


 俯いている自分。顔の見えない夏樹と知音。数週間と数年、僕は騙し、黙り、逃げ続けてきた。その報いを受けるのだ。今、この場から、終わりがあるのかもわからない報いを。

 


 「…………」

 


 白状するしかないのか。いや、白状しよう。楽になろう、今以上に絶望を感じることなどないはずだ。

 言おう、言おう、言え、僕。

 


 それがこの場を切り抜ける唯一の手段だ。この場を終わらせることのできる、唯一の…………。

 ―――――――ぁ。

 


 「……海里、は」

 

 「………え?なんて言った?」

 


 知音は耳をこちらに向けて訊き返してくる。夏樹はあっとしたような表情をしていた。

 


 「海里、僕の彼女」

 

 「……が、どうしたのよ?」

 

 「話すのなら彼女も同席してほしい」

 

 「………確かに」

 


 この場にはもう一人、関わるべき人物がいる。

 だってこれは。

 


 「僕と、三人の問題だから」

 


 まだ堂々とはできないけど、確かに二人の顔を見て、告げた。

 いや、違うな。

 


 これは。

 


 “僕と、三人と、夏と、過去”の問題だ。

 


 「………はぁ、わかった。海里さんがいないと、確かにまとまらないわね」

 


 知音が悔しそうに言った。 

 

 

 「そうね、彼女とはもう一度話しておきたかったし」

 


 夏樹は僕の知らないところでの記憶を思い返して、頷いた。

 


 「それで?海里さんはどこにいるの?」

 

 「会ってないから分からないけど……教室か、既に家に帰ったか」

 

 「……ちょっと電話してみるよ」

 


 僕はスマホを取り出す。数日振りの海里の番号に手を触れようとする。

 


 「……ねえ、それ、別の日にしない?」

 


 口を挟んできたのは夏樹だった。僕はタップしそうになっていたところを慌てて留めた。

 


 「なんで?」

 


 知音は彼女を睨みつけた。純粋に怖かった。

 


 「別に逃げようとかそういう意味じゃなくて、まず、場所。ここは流石に迷惑極まりないわ。どうせ口論になるだろうから、もっと人様の迷惑にならないところでするのがいいよ」

 

 「それなら誰かの家とか」

 

 「ううん、もっといい場所がある。白雨さんには関係のないことだけど、ある意味、私と雨則君と海里さんの因縁の場所にあたるとこよ。寒いのが難点だけど」

 


 僕と夏樹と海里の因縁の場所だって?屋上か?……それ以外には……。

 


 「――――――あ」

 

 「うん、そこ」

 


 確かに因縁の場所だった。そして、僕と彼女ら二人が初めて全員が会した場所。

 


 「白雨さんには後ほど教えるわ」

 

 「………わかった」

 


 大きく溜息を吐いた知音。どうにか収まりがついたようだ。

 


 「なら、今日のところは解散ってことで。約束守りなよ。……特に、雨則」

 


 名指しされた僕は「……分かってる」と返す。

 


 「詳しいことは追って伝えるね」 

 


 夏樹はいつもの微笑で言った。同時にその一言がこの場を締めるに至った。

 数秒間の沈黙。最初に破ったのは知音、次に夏樹、そして、最後に一人残った僕はその場に佇んでいた。

 

 





 はっと気が付けば僕はマンションのエレベーターに乗っていた。校門からここまでの記憶がない。欠落していた。部分健忘のような症状があった。

 


 「……あれ、いつの間に」

 


 こんなところに。

 エレベーターは重力に抗ってグングンと上階へと僕を押し上げていく。

 チーン、と指定したであろう階に止まり、ドアが開く。

 


 後は自分の番号が書かれた部屋のドアを開ければ終わりだ。

 ただ目的地へと歩く。それ以外、なにも考えないようにして。

 とある部屋の前を通る。

 


 その時。

 


 「……あら? 雨則君?」

 


 名前を呼ばれた気がして、その方を見れば。

 


 「……茜、さん」

 


 紅の唇の茜さんがいた。

 


 「お帰りなさい……って、何よその格好は!」

 

 「……え?」

 


 己の身なりを確認する。

 制服、着ている。鞄、持っている。ローファー、履いている。ばっちりだ。何も問題はない。

 


 「寒くないの?」

 

 「寒いって……」

 

 「手袋は?マフラーは?……もう」

 


 僕に近づいてきて、空気に晒されている手に茜さんの手が触れる。

 


 「……冷たい。……早く部屋に行って温めなさい」

 

 「……あ、はい」

 


 僕は茜さんの如何にも心配そうに顔を顰めた。

 


 「……ねぇ、うち温まっているから、来る?」

 


 彼女なりの善意をもって僕に問いかけてきた。

 その誘いに、僕は―――――。

 


 「……いえ、結構です」

 


 と。

 


 「失礼します」

 


 ぽつりと呟いて、一人、茜さんの視線を感じながら、部屋に入った。

 茜さんに僕はどう映っていたのだろうか。



ちなみになんですけど、最後の茜との会話がIFストーリーへの分岐点になります。

ということで時間あったらIFの方も書いていきますね。

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