2 雨の日
文字数が多いです。
おそらく誤字多いです。
何度も見返してご連絡ください。
「で、雨則。お前、一体どういうことだよ」
「……どういうこととはどういうことだよ」
七月上旬の金曜日のとある授業間の休み時間。机に突っ伏していた僕の隣に座る友人、長峰雄吾は突然話しかけてきた。
話しかけるのは十分構わないが、主語と述語に沿って言葉を言って欲しいものだ。もっと母国語に敬愛を持つべきだよ君は。
「いやあ、だからさー、お前と有田さんってどういう関係なんだよ!」
「……またその話か」
「またとはなんだ!またとは」
「いや、だってもう何十回訊かれたか分からないぞ。それ」
その何十回を全て同じ答えで返しているわけだからもう分かっているだろうに。
「……もう一回訊くぞ。本当に何もないんだな?有田さんとはほんっとうに何もないんだな」
「ねえよ。いい加減その話題も飽きたぞ」
「お前は飽きても俺は、いや俺達は興味しかないんだよ」
俺達……、とは。
瞬間、ぞわりという感覚を覚えた。これは、視線だ。僕にだけに向けられた主に男からの私怨と憎悪。
ここ数日、毎日毎時間毎分毎秒のように向けられるそれらは慣れようとしても慣れるほどのものではない。いつ刃物を突き立ててくるかも分からないほどのプレッシャーが僕に向けられる。
なんて居心地の悪い教室なのだろう。この部屋だけまるで別世界ではないのかと錯角してしまうほどだ。
「興味もなにも本当だよ。嘘偽りのない真実だよ」
「いや、だって、さ。急にあんな、さ。絡むようになっちゃって。誰がどうみても何かがあるってわかるだろ?気づくだろ?」
「……っ。何もないって……ってか、何かあるとしたらそれこそあり得ないだろ。あの有田だぞ」
そう、僕はその有田と付き合っている。付き合っているのに、なんでこうして嘘をつかなくちゃいけないんだ。
でもそういうことなんだ。学校のアイドルである夏樹と付き合うということはそういうことなのだ。何をするにしても人の目というものには気をつけなくてはならないのだ。
「はぁ、優等生の雨則がそこまでいうんだ。一年からおまえのこと知ってるから、まあ知人のよしみってやつで信じてやるよ」
友人ではないんだね、と言いたい欲を必死に抑える。
「そうしてくれると嬉しいよ」
僕はほっと胸を撫で下ろす。が、そう安堵してもいられない。
隣の席が知人であったがために信頼を得ることができた。だが、こいつだけだ。他のクラスメイトであったり、他のクラスの生徒であったりと数百人単位の生徒を相手にしなくてはならない。そんな膨大な数の信頼を得なくてはならないのだ。
そんなの全校集会で演説をするくらいしなくては叶う筈のない目標だ。
だから、付き合い始めてからいつも思ってしまうようになった。自分という人間の小ささが。
自分が有田夏樹とどれほどまでに釣り合っていないのかが。
なんで、僕なんだ。
その疑問すらも彼女に言えない僕が情けなかった。
「あ、なあ雨則」
と、自身を心の中で卑下している最中、長峰雄吾から声がかかった。
「ん?どした?雄吾」
「お前、今日傘二本持ってきてたりする?」
「いや、二本どころか一本も持ってきてないけど。それがどうかしたか?」
僕は雄吾の意図が読み取れないと首を傾げる。すると、雄吾は、一瞬落胆の表情を浮かべ、続いて諦めたかのような笑み、そして、何故か僕の肩に手を置くというどう反応すればいいのか分からない一連の動作を行った。
「何が言いたいんだよ雄吾、口で言ってくれなきゃわからねえぞ」
「口で説明するよりお前がもっと視野を広げれば答えはおのずとというか一目でわかると思うんだが」
「……はぁ?視野を広げる?広げるもなにも今僕はお前と話してる、ん、だ……まじかよ」
「まじだよ」
「なあ雄吾。お前、傘、二本持ってきてたりするか?」
「ついさっき自分の言った言葉をよーく思い返してみろよ。なあ優等生君。珍しく愚問だな」
「現実が受け止められないだけだ。忘れてくれ」
「はぁ、分かったよ。……それにしてもお前、ここ数日何だか調子悪いな。何かしらミスしてるように見えるけど」
「……」
その通りだ。
「あぁ、そうだな。なんでだろうな」
また嘘をついた。本当は分かっている。自分の異変の正体に。核心に。
その全ての根源は遡ること一週間前。
人間って何か一つ変化があるだけでこんなにも変わるものなのか。
「……ぁ」
「ん?どうした?雨則」
また、嘘を吐いた。
「いや、なんでもないよ」
「そうか?」
「あぁ。……次、美術だろ。早く移動しようぜ」
「お、もうこんな時間なのか」
「だから、さ。早く、行こう」
雄吾を置いて先に教室を後にする。僕からすれば友人であり、雄吾からすれば知人であるというこの関係。
ツッコミどころは幾つかあるけど、僕にとって丁度良くて、心地が良かった。
「―――でねー、優香がー。そこは違うでしょうがぁ!ってあの子、そんなタイプじゃないのにねー」
「あはは!ですね」
今回ばかりは自分のうっかりを称えてやりたい。あと降りしきる雨も今日ばかりはありがとうと言いたい。
「そしたら――――――って。あはは、笑っちゃうよね」
「あはは、わかります!」
夏樹の綺麗で可憐で鈴のような声音がこんな大雨にも関わらず鮮明に聴こえてくる。夏樹の笑い声も友人を真似た声も。
僕の脳に入ってくる。
けど、会話は成立してはいない。というか、実際夏樹が何を言っているのか理解できない。
いや夏樹の日本語が間違っているというわけではない。ただ僕にとって夏樹と会話をすることのできるような状況ではないというだけだ。
つまり、どういうことかというと。
「―――だからー……って、聴いてる?私の話」
「あはは、そうですねー」
「……もう、聴いてないし」
むっと少し頬をむくらせて、僕の耳を抓ってきた。
「いっ……つ」
「こっち向いてよ。雨則君」
ここでようやく僕に意味のある言葉として頭に響いた。
「あ、ごめん。夏樹」
「どうしたの?なんだか君学校を出てからずっと上の空だったけど」
まあ、それもこれもこの状況の所為なんですが。
「体調悪いの?」
「それ言われるの夏樹が二人目なんだけど。そんなに悪そうに見える?」
「説明してほしい箇所もあるけど。別にあからさまにってほどでもないのだけど。何か気になることでも?」
気になって仕方がないんですが。
「ううん。何もないよ」
「そうなの?……なら」
「だから心配いらない―――」
「こうやって一本の傘に二人で入っているから、かしら」
「……」
ニヤリと口元が歪んだのが見えた。すぐに手で隠してしまったけど。
「最初からわかってた?」
睥睨しながら、夏樹の返答を待った。
聞くまでもないだろうけど。
「無言ってことは、イエスってことだよね」
傘を持つ手だけは動かさず、自分はともかく夏樹に雨粒の一つもかからないようにしていたから僕の一方の肩はびちょびちょになっている。そもそも大の高校生男子と女子の二人が一つの小さな屋根に入りきろうと考えるのがバカだ。まあ二人共々濡れないということもやろうと思えば可能なのだが、その際の密着度は想像するだけで恋人のそれだった。
いや、実際恋人なんだけど。それでも、これ以上近づくというのは今の僕にはできるはずもない。
片方の肩が濡れる程度。それが今の僕と夏樹の距離だ。
「はぁ、もう付き合い始めて一週間になるけど。夏樹の印象って意地悪美少女で定着してるけど、大丈夫?」
僕の一言に夏樹は目を見開いて、ついでに口から手を放して。
「えっ!?私そんな意地悪かなぁ?」
「それはもう」
「おふざけのつもりでやってたけど、雨則君は迷惑かな」
「自覚があるのなら、まあいいよ」
別にそこまで嫌ってわけでもないし。むしろ、夏樹らしいというか。それに、男子から聞いた夏樹とは全く違っていて。
つまり、意地悪な夏樹というのは僕にしか見せない夏樹なんだ。
それが、何というか堪らなく嬉しくて。僕ならばたぶんどんな夏樹でも許容してしまうような気がする。
頭上には未だ激しく槍が降り落ちている。
日傘のような真っ黒のポリエチレンに覆われた小さな傘は外から中を伺い知ることはほぼ不可能だ。前からは見えるかもしれないが、後ろや横からの目は受け付けない。
持ち主である夏樹曰く「どんな時も一緒にいられるように」と告白する数日前に買っていたらしい。
準備がいいというか、自信があるというか。けれどこのお陰であらぬ誤解をされる可能性を低減できたのだ。変なところでは抜けているのに、こういう時にはとっても気が利く。
と。
「あ、そろそろ私の家だ」
学校から十五分ちょっと。すぐそこに夏樹の家が見えてきた。
楽しい時間はすぐに過ぎるものだ。
夏樹の横顔は名残惜しそうに視線を落としていた。
「私と雨則君は離れてしまう運命なのね」
「……来週また会えるだろ?」
「……休みなんてなければいいのに」
「お前さらっととんでもないこと言うな」
いやそれだけはやめてくれ。休日がなくなったら僕は何を頼りに日々を積み重ねていけばいいんだ。
「雨則君は私と会いたくないの?」
「……いや、そりゃ会いたいけど」
「けど?」
「同じくらい休日も大事なんだよ」
次の瞬間、夏樹の頭上に見えない電撃が走った。
「私と同じくらい、ですって」
衝撃を受けているようだ。夏樹は口を手で抑えて信じられないという表情をしていた。
あ、これ墓穴掘ったわ。
「い、いや待て。待ってくれ夏樹」
「何を待てばいいのよ!休日が終わるのを我慢しろと?」
普通休日って来て嬉しいものじゃないんですか?
「休日に、君のいない休日に何の意味を見出せと?」
「いやほら、買い物だとか、女友達とパフェに行ったりだとか」
「女友達は皆部活よ。私と雨則君みたく帰宅部ではないのよ」
「じゃ、じゃあ今までは?僕と付き合う前の夏樹は何していたのさ」
僕という彼氏ができたことは夏樹にとっても大きな変化の一つだろう。先週は土日ともに学校であった為、休日と呼べる休日はなかった。
その頃はまだ付き合い始めという余韻が残っていたから離れていても寂しいという感情は湧いてこなかったが、もう共に慣れてくる時期だ。
ピークを越え、落ち着いてくる時期だ。
だからこそ離れたくない、一緒にいたい、という感情が心の奥底から湧いてきて。
「……じゃあ、明日二人でどこか行くか?」
どうやら寂しいと思う気持ちは夏樹だけには限らないらしい。
「え!本当?」
「あぁ、僕と夏樹二人の初デート、になるのかな」
もっと一緒にいたい。触れ合っていたい。感じ合っていたい。
このくらいの距離間だけど。それが今の僕にとってこれ以上にないくらい幸せだ。
「行く、行きたい!」
夏樹の表情がぱっと輝きだした。まるで光を纏った天使のような。きっとこれからも包まれるであろう光。何よりも愛おしい光。
「あとからメールするよ」
「うん、待ってるね」
二人は玄関を開ける直前までずっと傘の中にいた。夏樹はこれくらい大丈夫と走って玄関に向かおうとしたが、僕の最後の最後まで近くにいたいという願いによってこうして敷地内にまで侵入して別れを告げていた。
こんなの傍から見れば熱々のカップルと思われるだろうか。
少なくとも僕はそう思っている。一週間という短い期間だけど、その期間は、僕が夏樹に夢中になるのには十分すぎた。
一年という想いの差。そのうちのたった一週間だけど、少しは埋められただろうか。
僕としてはきっと夏樹が思う以上に埋まっているのではないかと思う。
根拠はないけど、今の僕と夏樹は同じ方向に進んでいる。それが正しい方向であるかは分からないけど。でも、できるならば、間違った方向ではあってほしくない。これ以上、罪と罰を増やすことだけはしたくないから。
明日返しに行くということで今日のところは傘を借りて家路についた。
僕の住むマンションは夏樹の家の方向とは全くの反対。
その為、今現在来た道を戻っている。
止まぬ雨を受け、ほんの肩一つ分先にあった温もりを思い出しながら歩く。
「……」
一人、話す人もいなければ、独り、呟くこともない。
愚直に歩くだけ。それ以上でもそれ以下でもなく、ただ家に帰るために歩く。
自分の通う学校に戻ってきた。しかし、一瞥することもなく通り過ぎる。ここから先は歩き慣れた下校道。
幾つも陳列した高層ビルを抜け、無駄に並ぶコンビニの間を横切り、とある住宅団地へと入っていく。アパート群の間を歩き、そして。そんなアパート群の一つの何の変哲もないアパートへ入る。
「……エレベーター、点検中なのか」
エレベーターに乗ろうとインジケーターを見て、動いてないこと確認したところで貼り紙の存在に気が付いた。ちなみにインジケーターっていうのは、エレベーターが現在何階を移動しているのか、又は停止しているのかを表示する装置のことだ。エレベーターを待つときは必ず一度は確認するんじゃないだろうか。
貼り紙はそんなインジケーターから視線を下へずらしたドアの中央よりやや上にあった。
どうして最初に気づかなかったのかと言うと、普段エレベーターを使用する時は、インジケーターかホールボタンくらいだからだ。ドアは勝手に開いてくれるから別にいちいち確認する必要などないし。
まあ、ともあれ貼り紙にインパクトたっぷりに記載された『点検中』の三文字が目に入った途端、僕は項垂れてしまった。ガーンという効果音が聴こえてきそうな、それくらいの衝撃だった。
となれば、僕が自室へ辿り着く方法として残された手段は一つ。それ以外はなし。
僕はだらりとなった身体を戻して残されたたった一つの手段であり、できれば絶対に使いたくないそれを見やった。
「ここを、行くのかぁ」
エレベーターで移動することが天国とするならば。
今から歩くこととなる階段は何とするべきか。いやこの場合異義語を使うのが適しているだろう。
ってことは、つまり。
「地獄だな」
濡れた肩とは反対の方にかけた鞄をかけなおし、六十段にも及ぶ階段を昇る決心をした。
そういや、昇るのは天国か。地獄は下るんだったな。
入って来た時とは別の出口から外に出る。屋根によって雨に打たれる心配はない。
僕は眼前にはある階段へ足を掛けた。
自室があるのは四階。たぶん、二,三分もあればドアを開けることができるだろう。
「…………ふぅ」
一段一段、踏みしめて踏みしめて、少しずつ空に近づいて来る。屋根に遮られ見えずらいけど、今日の雲はそこまで厚くはないようだ。
重苦しくなくて、なんというか平べったい雲だ。もしかすると雨ももうちょっとで止むのかもしれない。
「…………」
不意に夏樹との相合傘を思い出した。失念していた。あんなにドキドキしていたのに、あんなに楽しかったのに、幸せだったのに。
あの傘、明日までに乾いてるかな。玄関の笠立に置いてきた彼女との記憶は綺麗に乾くだろうか。借りた物なのだからしっかり処置しておいた方がいいか。
でも。
ちょっと失礼だけど。乾いて欲しくないな。できれば、ずっと。そんなの現実的に無理なのだけど。でも、あの傘が濡れていればただの傘じゃなくなるんだ。明日、明後日、そして梅雨が明けて、夏が来ても、今日という日の記憶を忘れずにいられるから。雨に打たれる音を聴きながら歩いたたったの十数分の記憶を。忘れずにいられるだろうから。
ガチャリ、とドアが開かれる。『405』と表記されたドアが静かに開かれる。
出迎えたのは先っぽをこちらに向けた二足の靴だった。一方はスニーカー、もう一方はスリッパ。
ローファーを脱ぐ。まだ相当な余裕のある靴箱に踵を揃えて並べる。隅に設置されたシューズボックスは今日も変わらず空だ。おばさんが独り暮らしを始めるお祝いにと買ってくれた一品なのだが、現在までその用途を全うすることはなくただ飾りのように鎮座しているだけだ。
たぶんこれからも使うことはないだろう。
「ただいま、っと」
リビングに入って、誰もいない空間に声をかける。
返事はない。誰もいないのだから当然だ。
何の面白みもないくらいに質素なリビング。そこに置かれた数少ない家具のうち、ソファーに鞄を放り投げた。ボフッと柔らかく弾け、そのままバウンドすることなく弾力は吸収され、床に落ちるか落ちないかというところで止まった。
そんなちょっとヒヤっとして、ちょっとホッとする光景には目もくれず僕はYシャツを脱ぎながら浴槽へ向かった。アパートの一室らしく洋式トイレと洗面台とセットになっている部屋の隅に静寂に佇むドラム式の洗濯機へ手に持つシャツを投げ込み、どうやら雨は下着にまで浸食していることに気づくなりそれも脱ぎ、投げ入れる。半裸の状態になった僕は浴槽を出てリビングに戻った。リビングであり寝室の役割を兼ね備え持つハイブリットな7畳間の一角にあるクローゼットに手を掛ける。折り畳み式ドアは僕を迎え入れるようにその内部を開かせていき。
開けるなり早々ハンガーに吊るされた冬着が目の前に現れた。そこまで多くは収納していないクローゼットもこうして行く手を遮られると、それなりに邪魔に思えてくる。
「もう半年は着ないだろうし後で奥に押し込んでおくか」
なんて煩わしいんだ。ぶつぶつ愚痴を垂れ流しながら服をどかし、目当てのタンスから下着、Tシャツ、半ズボンを抜き取った。
そこから身を戻す時に肩甲骨辺りに今しがたどけた服が触れ、ぞわりという感覚に襲われた。
「うわっ」
思わず飛び上がってしまった僕。別に敏感ってわけじゃないけど。あ、そいえば、昔おばさんの家にいた頃、同じような場所に蜘蛛が落ちてきたことがあったな。よく見かけるアシダカグモで、それはもう大きくて気持ち悪くて……。家のゴキブリなんかを食べてくれる益虫なんだけど。でも、なかなか好きになれない。
たぶん今だって、そいつを見れば怯えてしまうだろうし、もしかすると、殺したり、外に逃がしたりすることだって怖くてできないかもしれない。あの一件以来、完全に蜘蛛恐怖症に罹ってしまっている。
まあ犯人が服であるすぐ分かったから、それ以上気に留めることもなく、はぁと溜息を零した時には既にクローゼットは閉められていた。
下着に腕を通しながら、部屋の中央のテーブルに置かれたテレビのリモコンのスイッチを押した。正面のテレビが反応する。二,三秒ほど自分の身体を映す黒画面の状態が続いた後、眩い光を持って画面に映像が映し出された。次いで瞬きの後に音が加わる。
スラックスを脱ぐ。白色であるYシャツに対してズボンは黒色。おそらく最も一般的であるこのコントラストはその服装でいるだけで人間として正しく見えてくる。それは、固定観念というか目と脳に縛り付けられた当然であるというか。どうやら僕には、この白のYシャツに黒のスラックスというセットが人として正しい姿に見えてしまっているようで。
そんな偏見とか固定観念とかに埋め尽くされた僕の正しさは正解なのだろうか、間違いなのだろうか。僕にはその答えが分からない。いつか分かる日が訪れるのだろうか。もしかすると一生分からないままかもしれない。この世界はそんな分からないことで埋め尽くされている。なんたってこの世界は広すぎるんだ。そして、僕のいる世界は狭すぎるんだ。僕の世界などせいぜいテレビに映された世界の一部だけだ。編集によって切り取られた世界の一端だけが今の僕が知っている世界だ。それに実際に目にしている世界など家か学校か周辺一帯程度。そこから分からないことを分かるようにすることなんてできっこない。
そんな僕にいつか答えの出る日が来るのだろうか。僕の狭い世界じゃ分からないのなら世界一周すればわかるようになるのだろうか。それすらも分からない。答えの出し方すらも分からないんだ。
テレビの中ではニュースキャスターがニュースに合わせてその表情をころころと変えている。
なあ、あんたは知ってるのか。ほんとどうでもいいことなんだけどさ。白のYシャツと黒のボトムズを着ていれば良かったのかな。、そのセットを着てれば僕は、あの時の僕は、正解していたのかな。
なぁ、教えてくれよ。
脱いだスラックスをソファーにかけて代わりに半ズボンを履く。そんでもってその上にTシャツを着る。
これで着替えはオッケーだ。
チャンネルを変える。昔観てた子供向けの番組が放送されている。大人の人のリズムに合わせて子供たちが手を叩く。パンパンパパパン。
「なついなぁ」
僕もちっちゃい頃はこんな番組を観て一緒に手を叩いてたっけ。
あの時母さんも一緒に観てたっけ。いや、おばさんだっけ。おじさんだったっけ。
もうずっと昔のことだ。十七のガキが何言ってんだって言われるかもしれないけど。
大人になれば一年なんてあっという間に過ぎるって聞く。なら僕はまだ子供ってことだ。
長い、長すぎるよ。一日一日が嘘みたいに長い。一秒一秒が嘘みたいに長く感じる。
つい最近になって少し短く感じることが多くなったけど。
まだまだ子供だ。まだまだ高校生だ。どこにも行けないし、何も見れない。
早く答えを探しに行きたいよ。これまでの長くて短い人生で行った決断と選択は何が正しかったんだ。何が間違ってたんだ。誰がいけなかったんだ。
そうやって僕は自分に答えのでない問いを繰り返している。
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