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僕と、三人と、夏と、  作者: 齋藤夢斗
「中篇」高校二年 冬 
28/39

11 彼の日常の同一時間軸

今回は登場人物それぞれの視点から物語を見ていきます。

 僕が何故、知音の下で昼食を取る様になったのか。あの体育館裏に行くようになったのか。

 そして、何故、僕が知音を知音と呼ぶようになったのか。それは知音にとっての願いであり、過去という忌々しい過ぎ去った過去の延長線だからだ。



 反して、僕にとってすれば、最も恐れていた「償いのない赦し」が成されてしまったことの現れである。

 


 だから僕にとっての日常というのは、誰かと笑い合っている姿の裏側というのは、過去とか罪とか罰とかそんな負と負の混合物を更に負と負の混合物で配合させてできた結果みたいなものになっている。ぐちゃぐちゃでどろどろで自分でもどうして笑えているのかが分からないという状態にある。

 


 あの日、知音に呼び出せれて初めて昼食を取った時に交わした会話は途中までしか覚えていない。きっと僕の内にいる僕が覚えていたくないと駄々をこねたことで弱い部分の僕がじゃあ忘れてしまおうと取り計らった結末なんだろう。

 


 残ったものは赦されたことによる勝手な罪悪感と自分自身の為に知音に行う奉仕の心だけだ。

 こうして今、知音の作ったサンドウィッチ紛いの食べ物を片手に悶々とした感情を押し殺して、微笑を知音へ向けていた。

 


 そんな見せかけの笑顔を貼り付けた僕を見て知音は――――あの、懐かしいあの頃のような笑顔を返してくる。大人っぽくなった知音は何もかも変わったと認識していたが、どうやら笑顔だけはあの頃の面影を色濃く残している。それが虚栄でないことはもう分かっている。

 


 知音は裾の中に入れていたとはいえ、冷えてしまったであろう手で口元へとサンドウィッチを持っていく。たまに下りてきた髪を手櫛で上げる仕草をする。それが大人っぽくなったと思わざる負えない理由の一つであり、色っぽく感じてしまう時もあったりと、どう彼女を見ればいいのかわからない。

 


 ただ確信をもって言えるのは、まだ知音は僕とあの頃から続き付き合っている、と思っているということだった。

 


 「はい、雨則、これ、もう一個いいよ」

 

 「……あ、ありがとう。知音」

 


 手渡しで受け取る。僕の指先だけが触れた知音の指は冷たくなっていた。

 


 「………っ」

 


 何とも言えない感情が沸き起こった。胸が引き裂かれそうになるほどの強い痛み。

 


 「雨則、その顔」

 

 「――――ぇ」

 

 「私と輝ちゃんの時も同じような顔してたよね。ううん、それだけじゃない。私が雨則と二人でいるといつも……」

 


 気づかわし気に僕を見てくる。



 「………ごめん」

 


 そんな知音を安心させようにも口から零れるのは謝罪の言葉。彼女が欲している言葉はもっと、全然違うのだというのに。

 


 「……雨則が私に対して申し訳ないって想いを抱えているのは理解できたわ。納得はしてないけど。でも何回も言うようだけど、私は雨則を赦しているし、そもそも雨則に恨みなんて持っていないんだよ。輝ちゃんはどうかは、また別だけど」

 


 輝。これから先、僕は一生涯、彼女に許しを請うことはできないのだろうか。もうどこか知らない遠くへ行ってしまった輝。彼女の想いはまだ心の中で燻ぶり続けているのだろうか。心中を察することは不可能だが、どうか笑って暮らしていることを願っている。

 


 「こっちも何回も言うけど、これは君と僕の問題じゃなくて、僕の、僕自身の問題なんだ」

 

 「何で自分を赦せてあげられないの?」

 


 知音の食べかけのサンドウィッチが僕に突き出される。

 何で……か。何で、何故。それは。

 


 「僕が僕を赦せないからだよ」

 

 「………はぁ。全く、これじゃあどこまで行っても平行線じゃない」

 


 呆れたように知音は息を吐きだした。切羽詰まった状況が少しだけ弛緩する。空気が、突き刺さるような空気に僅かだが穏やかさが出てきた。

 


 「……それに、これも何回目は忘れたけど、僕と君はもう付き合っていないだよ」

 


 何度も何度も同じことを繰り返し、繰り返し告げる。そして、結果は当然――――。

 


 「………それだけは、違うかな」

 


 ――――平行線である。過去から繋がった2本の糸はこうして再び寄り合うも、しかし、交わることなく直進していく。

 


 何も変わらないし、変わることができない。際限なく降る雪と僕には感じない寒さが知音を蝕み、2人のみの体育館裏には当然、2つの白息しか空へと昇ることはない。

 誰にも直接的に干渉されない時間。しかし、間接的には確かに、ことは進んでいた。

 


 ただ僕が気づかないというだけで。

 

 



 「……海里さんの所か?」

 

 「……いや……うん、そうだよ」

 


 そう言って教室を逃げるように出ていく雨則。その背中には目を向けず、ただ、先ほどまで彼の座っていた椅子と眠っていた机に視線を注ぐ。たぶん、座れば雨則の温度を感じられるだろう。

 


 「三樹弥」

 

 「……うん」

 


 俺と三樹弥の間にだけ交わされる単略化された言葉。横にいる丈瑠は何が何だかわからないといった表情をしている。無理もないことだ。

 


 「悪い、丈瑠。俺と三樹弥もちょいと出てくるな」

 

 「え、あ、ああ。わかった」

 

 

 「先に食べといてくれ」、と教室を歩く俺。後ろから「またね」と手を振りながら付いてくる三樹弥。

 


 教室を出て、向かう先は2年G級の教室。夏樹さんのいる隣の教室とはわけが違う。物置部屋なども含めて幾らかの部屋を跨いだ先にある。ただ、昼休みの開始直後であれば購買へ昼飯の足しになるであろうおかずを買いに行く生徒で賑わうであろうが、雨則が開始10分くらい眠っていたお陰でタイミングをずらすことができた。

 


 とは言っても、やはり学校という小さな世界にいる故か、「お、雄吾おっす!」であったり、「三樹弥ちゃーん!」であったりと突っかかってきたり、もう1人は男子でありながら三樹弥に寄って行ったりと静かには通してくれることはなかった。

 


 そんなこんなでG級に着いた。他クラスであるから入るのには少し躊躇いもある、が。

 


 「今日もありがとうね、2人とも」

 


 俺の姿を目視した彼女はすぐに廊下に出てきてくれた。 

 


 「それで、彼は、今日も?」 

 

 「ああ、知音さんの所へ行ったよ」

 

 「……そう」

 


 彼女は少し残念そうに、悔しそうに俯いた。そんな彼女をどうにかしてやりたい気持ちが芽生えるが俺にはどうすることもできない。なんで彼女にとって俺と、そして、三樹弥は単なる情報提供者でしかない。そういう立場である俺たちには、肩に手を置くことも慰めこともできない。

 


 雨則。お前、何がしたいんだ。夏樹さんと、今、目の前で俯いている――――海里さんを。どうしたいんだ。確かにアイツを追い込むような言動を取ったのは俺だ。そこに弁解する余地もない、が。

 拳に力が入る。

 


 どうして夏樹さんだけでなく、彼女である海里さんまでこうなっているんだよ。

 


 「………雨則」

 


 堪えられなくなって思わず名前を零す。海里さんは相変わらず髪を向けている。しかし、三樹弥は。

 


 「雄吾」

 

 「……悪い」

 


 力を緩める。自然と身体が脱力する。

 


 「……夏樹ちゃんにはこのことは?」

 


 不意に海里から問われる。まだ視線は床にある。

 


 「まだ何も」

 


 正直にそう答える。夏樹さんには何も話していないし、それ以前に、雨則が夏樹さんの家に来てからは連絡さえ来ていない。 

 


 「僕も、なにも」

 


 後ろから三樹弥。一応、夏樹さんとは連絡先を交換しているため証言したようだ。

 


 「そう……もういいわ。ありがとう2人とも。引き続きよろしく頼んでも、いい?」

 


 やっと顔を上げた海里さん。表情は微笑だったが、瞳には強い戸惑いがあった。

 


 「……俺と三樹弥は中立の立ち位置にいる。海里さんに肩入れするつもりもないし、夏樹さんも、同じだ。それでも構わないのなら」

 

 「ええ、分かっているわ。よろしくね」

 


 海里さんは分かっていると頷いた。

 


 「僕もできる限り協力するから」

 


 三樹弥もたまらずといった様子でそう言った。

 


 「うん、ありがとう。じゃあ、またね」

 


 海里さんは自身の机へと戻っていった。もう話すことはないらしい。

 


 「戻るか、三樹弥」

 


 海里さんが席に着くのを見ながら背中にいる親友へそう放った。

 


 「うん」

 


 同意する。俺は来た道へと足を向ける。横に並び立つ三樹弥。

 白雨知音、雨則。2人の接点は、同じ中学出身ということだけしか知らされていない。

 ――――それだけじゃねえだろ。

 


 俺は流し目で窓の外を見る。白い雪が降っている。寒いだろう。

 けれど、俺は気持ちが悪くなるほどに暑くなっていた。


 



 

 今日もあの子と外に出てる。

 私は今まさに昇降口でローファーへと履き替えた雨則が校舎の外へと出ていくのをこの目で確認した。


 

 向かう先は、先週と変わらず、おそらく最近転入してきたと噂になっていた女学生――――確か、白雨とか言う女子の下だろう。ここのところ毎日2人で弁当を持って何処かへ行っているのを目撃している。

 


 「どういう関係なの?2人は」

 


 雨則の後ろ姿を目だけで追いかけていた私は一瞬憤りを覚えるが、溜息を持って晴らした。

 


 「海里ちゃんといい、白雨といい、雨則は本当にモテるのね」

 


 敵の多さにまた嘆息してしまう。雨則はモテる、その事実は女として嬉しくもあるし、めんどくさくもある。複雑なところだ。

 


 「私が一番目だったのに……」



 あの時、行動を急ぎ過ぎたことへの後悔がやってくる。ずっと拭うことのできない過去の自分自身への悔いが。

 でも、当時の私と雨則が本当に意味で付き合う為には仕方のないことだった。

 


 もう影も形もない彼の背中を追っていた目を離し、何気なしに自分の靴箱へ行く。隣のクラスということもあり、それなりに雨則の靴箱と近い場所に私の場所もある。

 


 中を覗く。私のローファー以外には何もなかった。これが普通なのだけど、夏前の私の場合は、その普通が通用しなかった。

 


 「あの写真のお陰よね、ある意味」

 


 敵の1人である海里ちゃんが撮影し、私がばら撒いた既成事実に成り得る1枚。それが学校中に流布され、私と雨則の関係を伝えることができた。そこで当然どうすればいいのか迷う雨則をわざと突き放した。



 そこまでは良かった。最後には私を選ぶか、もし選ばず逃げてしまってもこうして大衆に知れ渡れば、否が応にも私との関係は進歩する。

 認められなくても関係ない。恋とは自由なのだから。誰からも指図されない。

 


 ……そうなるはずだったのだが。

 


 「まさか、海里ちゃんが雨則を狙っていたとは」

 


 まさにトロイの木馬だ。彼女の身辺調査を抜かったのは私のミスだ。痛恨のミスだった。

 


 「………まあ、もう終わったことだし、ね」

 


 全ては過去だ。戻ってやり直すことなどできない。

 


 「それよりも、今は」

 


 そう、今は。

 


 「白雨知音」

 


 もう1人の敵。急に出張ってきたかと思えば、雨則を独り占めしているあの子。あの こ何者なのか、何の目的で雨則に近づいているのか。

 いや、前者は不明であるが、後者は明白。雨則を狙っている。海里ちゃんから、雨則を寝取ろうとしているのだ。



 「…………っっっ!」



 いつの間にか2階に上がってきていた私はこの鬱憤を解消するべくトイレに駆け込み。

 


 「――――――――っ、っ、っ!」

 


 声にならない声、おそらく音にすれば奇声になるであろう、そんな鬱積に満ちたものを張り上げる。

 


 先日、雨則が家に来た日。私と話す時の雨則の顔。雄吾君と三樹弥君に救いを求めるような顔。逃げる時の顔。ドアを閉める直前の顔。

 


 その全てが私にとって不愉快なものだった。あんな雨則の顔見たくない。

 


 「でも、あれは雨則が悪いんじゃない」

 


 悪いのは。

 


 「雨則をあんな顔にさせたのは……」

 


 海里ちゃんだ。海里ちゃん………もういい、外行の取り繕いはやめよう。

 


 瀬口海里。

 あいつが雨則に何か吹き込んだのだ。じゃなければ、私の雨則があんな顔を私に向けるわけがない。 

 あいつだけじゃない。

 


 「白雨」

 


 あいつもだ。勝手に人の男を連れまわしやがって。きっと雨則も迷惑しているに違いない。そう、違いないのだ。

 


 「――――――――」

 


 人の男を取ったこと、後悔させてやる。

 その時、トイレに誰かが入ってきた。会話をしているようだから、たぶん2人か。

 私はトイレから出る。

 


 「あれ、夏樹ちゃんじゃん」

 


 見ればクラスメイトの子だった。となれば。

 


 「あ、奇遇だねぇ。じゃ、またね」

 


 貼り付けた微笑を振りまく。いつもコピーし、ペーストしているあの。

 


 「夏樹ちゃん、お昼一緒に食べよう」

 


 もう1人の子が口を開いた。

 


 「うん、いいよ。先に教室で待ってるね」

 

 「ありがとう。待ってて」

 


 その子は個室の中へと入っていく。

 取り残された私は。

 


 「―――――うん、待ってる」

 


 誰にも知られていない無の顔で、そう答えた。


ありがとうございました。

誤字脱字、ブクマ、評価をよろしくお願いします。

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