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僕と、三人と、夏と、  作者: 齋藤夢斗
「中篇」高校二年 冬 
27/39

10 日常の因果律

今回は日常回です。


 時間の流れ、時という決して流転することのない不変にして無限の刻み手。全ての始まりも、全ての終焉もただただ干渉せず、見下ろすように指針を刻み続ける。止まることもなければ、速まることもない。常に一定を保ち、常に等倍を保つ。

 


 であればそれは何を目指しているのか。時の刻みを終えるその時か。それとも悠久に、そして、永久にその針を進めることこそが、終わりなき時の行末を見守る傍観者の望みであるのか。そんなこと、決してヒトには理解できないだろう。



 そもそも意思なんてものがあるのだろうか。「時」が意味を持って一瞬を、1マイクロ秒を、1コンマ秒を、1秒を刻んでいるのだとしたら、それが目指すべき先には何があるのだろう。

 


 ヒトは絶滅し、文明は滅び、幾たびの破壊と再生の果てに、それこそ幾星霜の先に。今、僕が生きている、そして、死ぬその時まで時が持っているのかもしれない意思に辿り着けるのだろうか。アンサーが出される時は来るのだろうか。

 


 相対性理論とか光速度不変の原理だとか科学者の考えた真実への仮説や理論なんかは科学者の数ほどある。その一つ一つが頷けるだけの根拠はある。批判されている理論があるという事実も然りだ。

 


 そもそも人の身であれば因果律の枠内で全てが収まる。全ての事象には原因があって、結果があるという考えだ。例えば、僕が朝、遅刻しそうになって朝ごはんを抜いたことで、昼前であるのにお腹が空いてしまった。



 これは、朝ごはんを抜いたことが原因で結果として腹を空かせてしまったという結果に至っている。しかし、それに対する反論というのが出てくる場合もあるだろう。しかし、それでさえも因果関係が成立してしまう。

 


 そういった神が調律している因果の枠内に人は生きている。しかし、時には明確な因果関係がない。時を刻んでいるという結果のみが浮き彫りになって、その原因がないのだ。

 


 つまりは因果律としての意味を法則性を為していない。

 であるから時は―――――――。

 「ふわぁ」と欠伸が漏れる。一番後ろの席に座っている僕は教室全体を90度内で見回すことができる。



 今、僕と同じタイミングで欠伸したやつが4人、机に突っ伏して寝てるやつが8人。読書しているやつが2人、その他諸々合わせて40名を内包している教室はそれだけの人数が存在しているのにも関わらず静寂で満ちていた。

 


 「――――時を観測している我々と………」

 


 そんな空間の中にたった1つだけ、いや1人だけ場違いなほどの声を張り上げ、耳に入ってもそのままもう片方の耳から抜け出していきそうな内容を息もつかぬほどのペースで捲し上げているのは科学の先生だった。

 


 静かな教室であることと、やけに透き通る声質をしている彼は自身が人生の中で培ってきた知識を惜しみもなく僕達に教示してくる。 

 


 「では少し戻って、先ほど述べた光即不変の原理について、何故、批判されているのかを―――」

 


 この教師の授業はいつもこうだ。開始時はまだ鳴りを潜めている、という状態なのだが、あの人は熱が入ってしまうとひどく饒舌になってしまう。その割りには滑舌もいいものだから、まるでニュースキャスターの話を聞いているかのように思える。

 


 「続いて因果律から考えられる必然的結合についてを解説していこうと思う」

 


 もう何度目か。時計に目をやる。今月のカレンダーとか、名簿が壁に掛けられているのが見える。

 「はぁ」と時計から目を離す。溜息はなるだけ吐かないように心がけているが、こういう時にこそ吐くべきだと思う。授業が始まってから29分。授業時間は1コマ50分。



 ようやくついさっきこの授業の半分を過ぎたというわけだ。もう半分と考えるべきか、まだ半分と考えるべきか。

 


 「ふわぁ」

 


 12月も中旬に差し掛かる今日。お昼休憩前最後の授業時間。これでは別に睡魔を覚えるほどの理由はない。しかし、では何故。

 


 「ふわぁ」

 


 ついに僕の顔は机に突っ伏してしまう。同時に意識が遠のく。微睡の中に溶けていく。

 もうどうでもいいや。因果関係のない、この睡眠欲はどう理論付ければいいのだろうか。

 そんな考えを頭に残したまま僕は眠りについた。

 

 


 


 「………お…ろ」

 


 誰かが呼んでいる、気がする。声の主は誰だかわからない。湯煙によってぼやかされているみたいにあやふやな言葉とは言えない何かが意識の外で声を上げている。

 


 「……おき、ろ」

 


 少しずつ明瞭化してくる。目覚めを催促してくる。僕としてはもう少し幸福な眠りの世界に引き籠っていたいのだけど、僕の意に反して覚醒へと導く引力は強く激しかった。抵抗し難い力。

その力に僕はというと。

 


 「起きろ!」

 

 「ふぁい!」

 


 最後の一押しと言わんばかりの喝の篭った声に僕はついに覚醒し、寝起き際の挨拶も付け加えた。

 


 「………え」

 


 見れば僕の目の前には雄吾、右手には三樹弥、背中には丈瑠。そして、三樹弥の後ろに秋葉さんがいた。授業中……かと思いきや教室内は騒音に塗れており、最終的には時計を確認することで今現在、お昼休み時間であることが分かった。



 あの科学の先生も教卓にはおらず、ただ確かに存在することの証として黒板にはびっしりと幾何学的な文字が書き殴られていた。

 


 「にしても珍しいな、雨則が授業中に寝るなんて」

 

 「たまにはあるぞ」

 


 雄吾は「狡いよな後ろの列は」とあからさまな顔をして睨んできた。それに同調するように周りのやつらもうんうんと頷いた。

 


 「そんなことないぞ。ある意味、一番後ろの列こそが一番危険なんてこともある」

 

 「はぁ?どうしてだよ」

 

 「先生の視線って黒板か僕達くらいにしか向かないじゃん。で、黒板からこっちに振り返る時、視線をいちいち下げるようなことをしないだろ。今まで自分の見ていた位置、視点を見るんだ」

 

 「あー確かにな。板書する時はなるべく高い場所に文字を書くようにしてるみたいなこと言ってたっけ」

 

 「それは生徒への見やすさのためだぞ。……まぁ、そんなことせずとも椅子に座ってるんだから簡単に全員を見ることはできる」

 

 「なるほどな、そういう意味での一番危険、なんだな」

 


 雄吾は「へえ」と感嘆した。と、何かを思い出したのかすぐに表情を正した。

 


 「そういえばあの先生最後に今日の内容を絡めた問題を次の小テストで出題するって言ってたな」

 

 「………まじ?」

 

 「マジ、マジ」

 


 同じく2度頷いた。横にいる三樹弥に顔を向けると雄吾と同様首肯するように首を縦に振った。

 


 「あの授業、真面目に聞いてたやついたの……って、あぁ、一人いるな」 

 


 僕は三樹弥の更に後ろ、秋葉さんを見た。ちなみに丈瑠は真面目そうな顔をしているし、そもそも学力はあるのだが、授業を受ける姿勢という点に置いて言えば最低である。彼曰く、勉強とは人に教えられるものではなく紙に教えられるものだ、なんて名言というか迷言を吐いているくらいだ

 


 「秋葉さん、さっきの授業聞いてた?」

 

 「……ええ、聞いてたわよ。あれ興味深い内容だったし」

 

 「あれが興味深いのか……」

 


 思わず戦慄してしまう。流石は学年主席の秀才だ。丈瑠が才媛なんて称したのも納得できる。

 

 

 「それがどうしたの?」

 

 「あぁ、できれば次回の小テストまでに概要だけでも教えて欲しいんだ。僕は、見ての通り睡眠学習だったからね」

 


 もう過ぎてしまったことに今になって情けないと思うが、秋葉さんはそんな僕に微笑みを浮かべながら、「うん、いいよ。時間があったら、ね」と快諾してくれた。

 


 この優しさ、この頼りがいのある真面目さ、何よりも入学してから今まで彼女が少しずつ生徒教師その他諸々に対して色目を使わず獲得してきた信頼が僕に安心感を齎してくれる。

 


 「ありがとう秋葉さん。よろしくね」

 

 「うん、よろしくお願いしますね」

 


 離れた位置ながら互いの顔を見て笑い合う僕と秋葉さん。その様子を2人の位置よりも近いであろう3人が見て。

 


 「俺もお願いします秋葉さん!」「僕も僕もー!」「すまん、波庭、よろしく頼む」

 


 丈瑠だけが苗字で呼んだが、三人とも一斉に頭を下げた。傍から見れば秋葉さんが男3人からカツアゲしているかのような意味の分からない構図が出来上がっているが、それほどにこの光景には凄みがあった。

 


 そんな3人の頭に秋葉さんはというと、「はい、いいですよ」とこちらも躊躇いなく承諾した。

 


 「まじで秋葉さん神!才媛、才媛神!」

 


 雄吾は嬉しくて弾けた。才媛神なんてこれまた意味を解するのに苦労しそうな言葉が飛ぶが秋葉さんは笑みを崩さない。

 


 「日時については候補を出して指定するから、秋葉さんの都合の合う日にお願いね」

 


 最後に僕がこの場を締めるような立ち回りをする。

 


 「えぇ、了解よ」

 


 秋葉さんは頷いた。

 


 「ありがとう……っと、じゃあちょっと出てくるね」

 


 秋葉さんにお礼をした僕は、続けて雄吾達3人に向けて告げる。弁当箱を手に持って席を立つ。

 


 「……海里さんの所か?」

 

 「……いや……うん、そうだよ」

 


 僕は教室を出る。ちらりと振り返ると2人の目は僕の机に注がれていた。丈瑠だけは全く違う方向を見つめていた。

 


 「……海里、ごめん」

 


 本当に謝るべき人の名を口に出し、僕は一人昇降口へと向かう。空が遠い。地面が近い。

 僕が向かう先は――――知音の下だ。


 


 


 「やっと来た、遅いよ。雨則」

 


 ここ1週間の通り道。屋上、ではなく体育館の裏に訪れた僕を開口一番、知音の声音が聞こえた。おそらくそれなりに寒いであろうこの時期、しかも日の当たらないこの場所で防寒具の一つも着けずに座っていた。

 


 流石に申し訳ないなと「悪い、寝てた」と言い訳にもならない理由を口走った。

 


 「寝てたんだ、まあ、いいけど。来てくれたから」

 


 明らかに寒そうに身を丸めていたであろう彼女は袖から手を出して隣へ座れと手招きしてきた。知音の隣、僕が座ろうとしていた場所には彼女の弁当箱が包みに包されたままの状態で置かれていた。既に昼休憩も始まって十数分が経過している、はず。それまでの間を待っていたというのか。

 


 「……食べるか、……知音」

 

 「うん!」

 


 曇りのない笑み。あの厚い雲すらも吹っ飛ばしてしまいそうなほどの。

 


 「……いただきます」

 


 ぼそっと呟く。ちなみに言うのを忘れていたが最近の朝は自分で弁当を作る様にしている。こうしてお弁当包みが施されているのは自分で作ったことの証になる。何故作り出したかと訊かれたら、僕は即答することができる。一片の迷いなく。事実を、虚実なぞ混ぜることなく。

 


 「金がない」……と。実家からの仕送りは毎月15日に行われる。つまり前回振り込まれたのが11月の15日。今日は12月の12日。もうあと3日前に迫ってきた振込日であるが、これまで碌な貯金も節約もしてこなかったが故に遂に底が尽きた、という状況に陥った。その時の衝撃は忘れられない。



 人生に軽く絶望したまである。コンビニ弁当で昼食又は夕食又は両方の腹を満たしていた僕からすれば、コンビニ弁当を食べられないというだけで死活問題に発展するのだ。金欠を実感したその日の内になけなしの残金で食材を買いに行った。

 


 「そういえばそのお弁当自分で作っているんだよね?」

 


 すると僕の頭の中を理解しているかのような、まるで僕の考えを見透かしているような、そんな質問を投げてきた。

 


 「……ああ、そうだよ」

 


 金がなくてな。

 


 「美味しそうだね。料理得意だったっけ?」

 

 「まあな」

 


 金がないからな。

 


 「もしかして……お金ないの?」

 

 「………お前と僕……以心伝心」

 

 「え、正解?」

 

 「……あ、うん」

 

 「うわぁ、…物価高いもんね」

 

 「まあそうだな」

 


 心中お察ししますと言った感じ。で、知音はというと。 

 


 「お前も包まれてんじゃん。手作り?」

 

 「あー、これサンドウィッチ」

 


 待ってましたと言わんばかりに包みをバッと解く。そこから現れたのはプラスチックの容器に入れられた、サンドウィッチ………?

 


 「これ、何?」

 


 言葉が出てこない。だから、知音を見る。自分の語彙力とか知識の足りなさを嘆くことは後からするとして、この未確認物体の正体について問う。

 


 「え?……サンドウィッチだけど」

 

 「………は?」

 


 サンドウィッチ、って……なんだっけ。サンドウィッチってあれだよな。サンドウィッチ。

 


 「あ、ああ、サンドウィッチなサンドウィッチ。美味しいよな、サンドウィッチ」

 

 「………雨則、わかってる?」

 

 「取り敢えず、いただこう」

 


 僕はサンドウィッチとは何かを思考しながら自身の弁当に箸を伸ばした。


 

ありがとうございました。

誤字脱字、ブクマ、評価よろしくお願いします。

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