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僕と、三人と、夏と、  作者: 齋藤夢斗
「中篇」高校二年 冬 
26/39

9 知音さんと知音

知音さんの回です。

ちょっとだけゲームします。一応、ゲーム好きなので。

 あの日から僕の日常に白雨知音が加わった。最後に見た中学の卒業式から約1年と9カ月。たったそれだけなのに彼女は当時よりももっとずっと綺麗になっていた。



 転入してきて、教卓で皆に向かって挨拶する姿、僕の斜め前で授業を受ける姿、早速クラスに溶け込んだ彼女が女子たちと愉快に会話している姿、昼食を取っている姿、うたた寝している姿。

 


 そのどれもがあの時から変わっていた。時間の流れを感じるとはまさにこのことだと言わんばかりに僕の知る知音はどの姿にもなかった。

 


 知音と邂逅してからというもの僕はよく昔の事を思い出すようになった。

 小学校の頃、中学校の頃。幼稚園の頃なんかの記憶はもう古ぼけてしまってデータとしても朧げにしか残っていない。



 抜け落ちたピースを掛け合わせるように記憶と記憶の断片を繋ぎ合わせれば少しは思い出すこともあるかもしれないけど、僕の想い出す記憶というものはそんな思い出すことのできないような遥か昔のことではない。


 

 明瞭とまではいかないけど、確かに当時の光景を色を以て思い出すことのできる――たった2年ほど前の記憶。

 


 夏樹と出会っていない、海里との出会いなんて忘却の彼方にあったころの、そんな甘く苦い記憶。罪と罰の源流。

 そんな記憶をふと思い返すことが多くなっていた。

 


 「……雨則、どうしたの?ボーとして」

 

 「……あぁ、ごめん、ちょっと考え事してた」

 


 海里の声で現実に戻ってきた僕はぼやけた頭のまま彼女の顔を見た。

 現在は学校の帰り。下校道を二人並んで歩いている。陽の沈みの早さを顕著に感じられる昨今。日付は12月8日。丁度、知音が転入してきて1週間が経過していた。

 


 底の知れないほどの寒さを観測しているという国内ではあるが、残念なのか幸運なのかは知らないが、未だその寒さのほどを体感できないままでいる。

 


 「また、知音ちゃんって子のこと?」

 


 しかし、僕を慮るように海里は正解をいい当てた。慮るという言葉通り僕の考えとか傾向を基に思案した結果なのだろう。

 


 「うん、彼女とは訳ありでね」

 


 訳あり、と曖昧に濁したのは、海里にも僕と知音との関係を告白してはいないからだ。同じ中学の同級生であったという事実は伝えているが。

 


 「でも、なんでそんな子がこんな所に、この時期になって。雨則がいるにしてもあまりに行動力があるというか普通同級生に会う為だけに転入なんてしてこないよ」

 

 「……だな」

 


 ごもっともだ。元々付き合っていた関係にあったとしても、たかが「元」だ。自然消滅したカップルに固執する理由がどこにあろうか。自分で逃げてしまっておきながら酷いことを考えるようだが、それでも僕と知音の間には元恋人で元同級生しかない。

 


 そこに、どうしてこの学校に、元の学校から転入してまで来るような行動をしたのか。

 

 

 「………」

 

 

 実は一つだけある。それは言ってしまえば人の感情に寄るものだ。決してプラスに傾倒するものではない。どちらかというと全力でマイナスに振り切っている。

 


 “恨み”、ではないだろうか。僕に対して、知音によって向けられる。

 あの時、逃げた僕に対しての。裏切った僕に対しての。

 


 「………っ」

 


 ぞわり、と身の毛がよだつ。ようやく振り切そうになっていた過去からの使者。過去はどこまでも追いかけてくる。逃がしてなんかくれない。

 


 過去は運命、未来は可能性だ。その運命が今を作っている。過去のツケが回ってきたということか。運命とは必然だ。

 


 「雨則、ここまででいいよ。今日はうちこないでしょ?」

 

 「あぁ、ちょっと家でゆっくりしたい」

 

 「……わかった、何かあったらいつでも言ってね」

 

 「……ありがとう」

 

 「またね」

 


 別れを告げる海里。その瞳は僕を見据えて、少し、揺らいでいた。

 


 「ああ」、と聞こえるか聞こえないかと言うくらいの声量で返した。僕には海里の瞳が何を伝えていたのかがわかってしまった。

 海里は僕と別れてから少しの間、何度か踵を返そうとしては踏みとどまっていた。



 そして、僕も同じように離れた位置から見つめていた。コミュニケーションの極致であるような、情意投合を思わせるような、それほどに何度も何度も振り返っては見つめ合って、目を反らしてはまた見つめ合うように振り返る。

 


 このまま走って海里の下へと赴きたかったけど、動くのは首と顔だけで、身体は棒のように動かなかった。

 

 

 「……ただいま」

 


 玄関を開けた僕は癖を呟く。ローファーを脱ぎ捨てながら自然に出た溜息に鬱々としたものを吐き出す。幸せも逃げてしまいそうだけど、今は僕の中に満帆に溜まったものを外に出してやらないと爆発してしまいそうになる。ストレスも積み重ねれば身体に深刻な異常を引き起こしてしまう。

 


 自室へ帰ってきた僕は気分転換にでもとゲームをすることにした。GSBことGUN SHOOTER BREAKは逆効果であると分かっているため、あれからは触ってもいない。気分を紛らわすという理由でプレイするのなら、と僕は過去にプレイしていた王道RPGを起動させた。



 当時は本体を持っているなら誰もが遊んでいる、という風潮があったくらいに人気であったが、今となっては話題すらも聴かなくなり、まさに風前の灯といった現代によくある時の流れによる廃れの被害を被っている作品だ。

 


 が、実際にはまだプレイしている人はいるだろうし、動画サイトではやり込み動画をアップロードしている人だっている。世間の評判は往々にして宛てにならないことがあることの例ではなかろうか。ただ何かを決めようとした時に人の声というものは大きく影響することも確かである。

 


 「レベルカンストしたデータで無双するの楽しすぎるだろ」

 


 この世界に自分より強い敵はいない、と確信を持って言える。数値化されたステータスは限界値に達している。子供が好きな「999ダメージ」とか「HP9999」がまさにその通りの数字で目の前に映されている。

 


 チートもいいところ、なんて思うかもしれないけど、これも製作者側が意図して設定したものだ。誰よりも強いという証明にはやはり出鱈目な数字を出すという手法が理解しやすく、納得しやすいのだろう。

 


 僕のキャラクターの振う最強の剣がばっさばっさと敵を斬り倒していく。敵の突進をいなし、そのままあらぬ方向へと突っ込んでいく敵に向けて魔法を飛ばす。直撃。次の瞬間、敵を中心に爆弾でも起爆したのという程の爆発に遭い、原型を留ていない形で死滅した。



 周りの生物たちもあまりの轟音に逃げ惑っている。

 


 「この破壊魔法相変わらず半端ない威力だな。消費マジックポイントも賢人のアミュレット装備してるお陰で半分だし」

 


 先ほどの敵を倒したことでもう上がりようのないレベルに経験値が付与される。この経験値がキャラクターにどのような恩恵を与えるのかは不明だが……これ以上強くなったらどうなるんだろう。

 


 「千里眼のアビリティランクSSやば。索敵余裕だし、攻撃の命中率とかもう必中並みじゃん」

 


 久しぶりに操作する自分のキャラクターの強さに驚嘆しながらもコントローラーを握る手は緩めない。キャラクターと一心同体になっている。キャラクターの空の心の中に僕という存在が宿っている。

 


 この時の僕は、もう現実の悩みであったり苦悩であったりなどから解放されていた。この時だけ、一人のゲーム好きの少年として眠るその時までゲームに没頭することができた。




 



 翌朝、教室に入るともう雄吾と三樹弥と丈瑠がいた。こいつらはいつもの面子として数えているから何も考えないし、感じない……が。

 


 「おはよう、雨則」

 

 「………」

 


 知音から挨拶された。ここ数日毎日されているからもう雄吾達3人と同様に数えても何らおかしくないように思えてくる。すっかりこのクラスの一生徒ととしても違和感がないし。

 


 「おはよう、知音、さん」 

 

 「さんはいらないよ。雨則。私たちの仲じゃん」

 


 この仲が何を指しているのかは考えないでおくことにする。しかし、知音を、彼女と話せば話すほど、見れば見るほどわからなくなってくる。

 誰に対しても愛想よく接してくる。僕も例外なく。誰に対しても笑顔を絶やさない。僕も例外なく。

 


 「んぅ………」

 


 わからない。彼女の意図が。僕に対して恨みや憎しみを抱いているのではないのか。僕に罰を与えるためにこの学校に編入したのではないのか。理念が理屈が、理由が、わからない。

 昨日のゲームで気分も紛れたかと思ったらすぐこれだ。

 


 「なに難しそうな顔してるの?雨則」

 


 僕を呼び捨てにする人なんて数えるほどしかいない。おじいちゃんと先生と中学の知り合いと海里と雄吾と三樹弥と丈瑠とこの学校の友達数人と、そして。

 


 「あぁ、いや、何でもないよ、知音さん」

 

 「だから“さん”はいらないってば!」

 


 知音はむっと眉を顰めた。中学の頃のように呼び捨てでないと気に入らないらしい。けどそれだけができるほど僕の知音に対する罪悪感は小さくない。本来なら再会してはならない間柄なのだ。

 


 「………ねえ、雨則」

 


 僕の席で向かい合うようにして立っていた知音は前の席の椅子に腰をかけた。そして真剣な面持ちをもって僕の名は呼んできた。

 


 「……なに?」

 


 僕は固唾を呑む。

 


 「昼休みさ、二人でご飯食べない?」

 


 そんなちょっとした口約束程度の願い。しかし、その願い事をする知音の表情はおふざけもからかいもなかった。

 


 「………どうして?」

 


 僕はそう返した。

 


 「雨則と話したいから。あれからのこととか、これからのこととか」

 


 過去と未来。一本道の人生の中でこれまで通った道とこれから通る道について、知音にとっても、雨則にとっても、指針を着けて置かなければならないことだ。僕のこれまでと知音のこれまでとを整理しておくことはよいことだ、と確かに思う。でも。

 


 「………僕は逃げ出した身だよ。そんな僕に、何かを語る資格なんて」

 


 僕が悪いというのは明白だ。それに関してはあらゆる叱責も呵責も受けよう。

 しかし、彼女の目的がそこにないのだしたら。彼女がもし僕を赦してしまうような、罪をなかったことにするような、そんなあってはならないことをもし僕に告げるのなら。

 


 彼女が僕を赦しても、僕が僕自身を赦せなくなってしまう。僕は弱い人間だから、きっと彼女の言葉に甘えて見た目だけの罪から解放されて、それから自分一人で行き場のない罪に囚われ続けるのだろう。

 


 そうなってしまったら、幾ら贖罪を求める立場としても、生き地獄のような辛さに耐えることだけはご免だ。

 


 「それも含めて、昼に、ね」

 

 「…………」

 


 僕の頭は下に落ちて、また知音の顔を見た。

 


 「じゃあ、よろしくね」

 

 「………あぁ」

 


 僕の状態など知らぬといった軽快なステップで知音は僕から離れていった。

 教室は僕を置き去りにして喧騒に包まれていく。全ての音がやけに大きく聴こえる。しかし、それが言葉であるのは理解しているのだが、意味として理解できない。まるで映像を早送りしているかのように。

 


 「………はぁ」

 


 溜め込み過ぎないように息を吐く。幸せが四散していく代わりに。

 窓の雪だけは何も言わず優しく降っている。


 


 授業中はずっと窓の外を見ていた。まるで夏の頃を追体験しているかのような感覚だった。ただ窓の外の風景が変わっただけ。寒さを感じないから。 

 


 目を瞑る。一面白一色だったから、黒も見たいな、と不意にそう思った。視界を遮断した先に広がるのは一面の黒だ。真っ黒ではなかった。外が発している色が微々たる量であるが遮断されている筈の瞳に入り込んできているからだ。

 


 赤と青とか。黒が大半なのだけど。

 幸いなことに緊張も動悸もそこまでなかった。安心しきっているということもなく不安定な中で安定していた。彼岸と此岸の境界が曖昧で時に明快であるように、今の僕自身というのもまた曖昧だった。

 


 長い午前中の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。同時に授業終了の号令がかけられる。先生が教室を出ていくと途端に大半が脱力した。目に見えて、そして、耳に聞こえて肩の荷を下ろしたような、そんな音がした。 

 


 「雨則、行こう」

 


 生徒が人それぞれに昼食を取り始めたり、別の教室へ向かったりして騒々しくなってきたころ、なるべく注目を浴びないようにと知音は耳打ちしてきた。手段的には見られたらアウトな気もするが。

 


 「……分かったよ」

 


 弁当を持ち、先に教室から出て行った知音を追う。誰からも注目を浴びることも不審に思われることもなかった。

 廊下に出た僕が辺りをキョロキョロとしていると。

 


 「雨則、こっちこっち」

 

 「お、おう」

 


 忍者を彷彿とさせなくもない知音は手でこっちへ来いと指示を出してくる。ちなみに知音の声は口パクであったから、おそらくそんなことを言ってるんじゃないか程度の予想を立てた結果がこれだ。

 


 「おい、どこで食べるつもりなんだ?」

 

 「それは大丈夫、私に任せて」

 

 「お、おう」

 


 不安ではあるが、知音が見立てているスポットへただ彼女の背中だけを追いかける。転入して日も浅い彼女が人の目の付かない場所を知っているとも思えない。僕でさえ屋上しか知らないというのに。

 


 「こっち、こっち」

 


 背中は確かな自信に満ちているようで、その足取りは確かに迷いのないものだった。

 


 「おい、校舎の外だぞ、どこ行ってるんだ」

 


 足元に目をやれば履いているのはスリッパではなくローファー。屋上ではない、もっと高さの低い場所で空を仰ぐことができる。

 


 「ほら、もうちょっとだから」

 

 「……ったく」

 


 昔からそうだった。マイペースで人の静止なんて無視して突き進む。その所為で何度酷い目に遭ったことか。……でも、それでも、その度にあの時の苦しさを忘れることができた。もう顔も忘れたあの人とあの人のことを忘れることができた。

 


 「………」

 

 「見えてきた!」

 


 ふと顔を上げれば、そこは―――――体育館があった。

 


 「ここって……知音…さん、ここじゃ食べることはできるけど、昼連の生徒が来ると思うけど」

 


 早ければもう10分も経たずにボールの音で満ちるだろう。それじゃあゆっくり食べることも叶わない。

 しかし。

 


 「ちっちっちっ」

 


 と、指を振る知音。何故か無性にイラっとする。この学校に身を置く期間の長さは僕の方が圧倒的に上なのに。

 


 「私が行きたいのは、ここの―……裏」

 

 「あーね」

 


 体育館裏だった。

 夏樹に告白される際、向かった時に通った道とは別。つまりもう一方の開けた、整道の方を通る。 

 


 「……ぁ」

 


 角が近づいてくる。そこを曲がると夏樹がいて……。僕を捉えた目で、僕を見てきた目がそこにあって。

 ――――誰もいなかった。当然だった。あの梅雨前の時期はもう過ぎ去っている。

 


 「ここなら誰もいない、でしょ?」

 

 「……うん、そうだね」

 


 誰もいない。僕と知音以外、誰もいなかった。

 

 

 「寒いし、当然だよね。……っていうか、雨則は大丈夫?寒くないのその格好で」

 

 「……っ、ああ、うん。大丈夫、このぐらいなら慣れてるから」

 

 「へー、やっぱりこっちにいる期間が長いのは強いわー」

 


 何が強いのか分からない。そんなことを思っていると、知音はコンクリ―トで固められた3段の階段、その2段目に弁当と自身の腰を下ろしているのが見えた。

 


 僕も倣うように少し離れた位置を取った。距離にして数メートル。会話をするのには苦労しないが、どうにも微妙な間が空いている。

 


 「何でそんな遠いの?」

 

 「……何となく」

 

 「はぁ」

 


 無遠慮な溜息。そして、僕の方へ詰めてくる知音。

 


 「食べよ」

 

 「………おう」

 


 観念して、僕は弁当の包みを解いた。同様に知音も弁当を……。

 


 「って、コンビニ弁当かよ」

 


 ツッコんでしまった。

 


 「時間、なくて」

 


 恥ずかしい、と照れ笑いを浮かべる知音。

 


 「別にいいでしょ……食べよ」

 

 「お、おう」

 


 彼女の方からパキッと割り箸を割る音を聞いて、そこから先、お腹の膨れるころまでは終始沈黙が続いた。

 長い長い、気まずさを最高に覚えた、そんな沈黙が。


ありがとうございました。

誤字脱字、ブクマ、評価をよろしくお願いします。

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