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僕と、三人と、夏と、  作者: 齋藤夢斗
「中篇」高校二年 冬 
21/39

4 温度差と夏の音

急展開ですが物語がまた動き始めます。

雨則君がまた堕ちていきます。

 雄吾が先陣を切り最初に始めたゲームはプッシャーだ。プッシャーゲームと呼ばれ、コイン落としとも呼ばれる、コインゲーム全般として見れば王道に属されるものだ。



 その由縁は、遊びやすさと親しみやすさにあると思う。

 遊びやすさというのはゲームを簡単にプレイできるという意味だ。内部にあらかじめ入れられている大量のコインを往復運動する板によって落とすというものだ。



 ただ見ていればいいというわけではなく自身の手持ちのコインを中に入れることで押されるコインの数も多くなり、いつしか耐え切れなくなったコインが落ちていき、その落ちたメダルが自身の持ち分になるという至極簡単なゲーム性だ。


 

 ただそれだけでは面白味に欠けるもので、他にも簡単な運要素の高いミニゲームも組み込まれており、ジャックポットなどの所謂大当たりによるコインを大量に獲得できるギミックなどもある。そのどれもがコイン1枚から挑戦、賭けることができる。

 


 これが遊びやすさに付随されると言われる理由の一つである。

 次に親しみやすさ、なのだが、これは遊びやすさと絡めて考えればすぐに合点がいくのではないだろうか。

 


 簡単なゲーム性、掛け金の親切さなど、そこから考えられるのはプレイヤーの年齢層だ。大の大人が真剣になることもできれば、小さい子供が楽しさだけを追求した遊びような感覚でコインを投資することができる。ゲームセンターに行けばよくみられる光景ではないだろうか。

 


 これが、親しみやすさ、ではないだろうか。ライトからヘビーユーザーまで幅広くプレイできるからこそ、王道と評されているのだ。

 


 で、僕達はというと。

 


 「おい、雨則、三樹弥分かっているな、今回の目標は三人分のコインを用い、最終的には十人分にまで増やすことだ」

 

 「まじかよ……」

 

 「そんなのできるのー?」

 

 「できるできないじゃない、やるんだ。………死力を尽くして、な」 

 


 雄吾の久しぶりに見る本気の顔だ。口から次々と零れる自身への叱咤の言葉の棘があり、僕と三樹弥を刺してしまいそうなほどの鋭さを持っていた。眼球は充血しているし、歯をガチガチと鳴らして、それはもう猛獣みたいな恐ろしい形相で言ってくる。



 何にでも本気になれる奴って本当に凄いと思う。

 


 「仕方ねえなぁ、久々にやるか!」

 


 そんな雄吾を見て僕はわざとニヤリとしてみせる。何か悪いことでも考えているかのようなのを思い浮かべながら。

 


 「おっ、雨則、いい顔だぞ!」

 


 嬉しくもないことを言われた。雄吾に。これが三樹弥だったら涙を流して感謝を告げるだろうに。

 こうなると残った者の意見など聞き入れられるわけもない。

 


 「僕もやるよ」

 


 三樹弥も渋々ではあるが賛同した。その渋さの中にほのかな笑顔と嬉しさがあったことを僕は気づいていた。雄吾もたぶん、だからかは知らないが、雄吾のテンションは更にヒートアップする兆しを見せ始めた。

 


 これ以上熱くなられたら全員季節外れの熱中症で倒れそうだ。

 そんな不安を抱えながらも、この楽しさの理由を熱さに負けたことにして三人で叫びまくった。

 結局、全員負けて、籠の中がすっからかんになったのだが。

 


 三人の笑顔は合計3000円の消費で成されたのだった。

 でも、その直後、雄吾と三樹弥から笑みは消えた。たぶん、見間違いなのかも知れないけど。

 二人の顔に陰りのような、本当に小さな。

 僕には、これが何かの予感を思わせた。

 

 


 



 ゲームセンターを出たのは昼を過ぎた辺りだった。まだ全身を占めている熱量のお陰で外に出ても体温は一向に落ちるところを見せない。

 僕の場合、いつの間にか平温に戻っているから二人が寒く感じた頃が正常になっているというサインだ。

 


 「で、雄吾、今日はもう解散か?」

 


 少し悔しがっている雄吾に身体を向ける。楽しさと嬉しさが混同しているようで、喜べばいいのか悲しそうに振舞えばいいのか逡巡しているといった面持ちだ。

 


 「……あぁ、いや、もう一つ、行くべき場所があるんだ」

 


 まるで、この時をずっと待っていたかのようなセリフだった。

 でも、雄吾から発されるのは沈み込んだ声音。これは悔しさというよりどこか不安に近いものだった。

 不安、何か不安になるようなことがあるのだろうか。

 


 「三樹弥、お前これからのこと何か知ってるか?」

 


 気づいたようにスマホを触り出した雄吾から視線を逸らして横にいる三樹弥に問いかける。

 


 「……雄吾、とりあえず行こうよ」

 


 しかし、僕の問いかけを無視するような形で三樹弥の視線は雄吾の方にあった。言葉も視線も。どこか置いてけぼりにされているかのような感覚に陥った。僕を放って知らない遊びを始めようとするみたいに、そんな風に僕の目には二人が映った。

 


 この感覚が杞憂に終わればいいと、そう思う。

 


 「あぁ、そうだな。………雨則、実は今から行くところが今回3人が集まったことの本命なんだ」

 

 「はぁ、本命ね。じゃあ、さっさと行こうぜ。連れて行ってくれ」

 


 たぶん、雄吾と三樹弥の心配の本質とはズレた考えをしている。今、二人が包有している温度と僕の感じている熱量とでは灼熱と極寒くらいの差があるのだろう。誤差とか差異とかそんなドングリの背比べといったごく少数の差程度では推し量れないくらいの。

 


 まるで、先ほどまでの楽しさも僕一人だけのものであるかのように感じてしまう。

 あまりに急降下だった。平常で、急上昇で、急降下で……。ジェットコースターにでも乗っている気分だ。心とか感情の浮き沈みの緩急が激しすぎて心臓の高鳴りが抑えきれていない。

 


 「分かった、行こうか」

 


 一瞬、覚悟を決めたような神妙な表情でこちらを見て、次の瞬間には少し伏見がちになって、コロコロと二十面相している。

 本当にさっきまでのはおまけだったんだな、とそう確信してしまった。

 


 ……ということは、つまり。

 これから僕が行く先は、二人がそれだけ不安になるくらいのコトが待ち受けている、というわけだ。彼らの不安以上か以下かは不明だが、僕自身もある程度、覚悟しておかなければならない。

 


 気付けば、僕の体温は平常に戻ってしまっていた。杞憂であってくれ、と心の底から願う。

 

 

 歩き出した雄吾。それに対して何故か歩き出せない僕。そして、そんな僕に目で訴えかけてくる三樹弥。その瞳は真剣味を帯びていて、「お願い」と懇願しているような、逃げてはならないと、そう訴えてくる。

 


 僕は三樹弥に引率されるように付いて行った。足取りはとことん重く。

 どのくらい歩いたのだろうか。

 


 スマホで確認してみる。あれから経過したのはたったの15分だった。スマホをポケットに仕舞った。

 どのくらい進んだのだろうか。周りの景色を見やる。

 


 ―――――――そこで。

 


 「――――――――――ぁ」

 


 察してしまった。たぶん、正解であろう、それを。

 二人が何を思い、何を考えていたのかを。

 


 雄吾の背中を見る。三樹弥の横顔を見る。

 あぁ、そういうことか。

 


 そこは見慣れた景色だった。

 何度も歩いた道だった。

 歩いた道だった、二人で。

 あの時間、あの日々。

 


 僕と………夏樹。

 雄吾はポケットからまたスマホを取り出した。おそらくリネで連携を取っているのだろう。

 


 誰と。そう、夏樹。ずっと、先日、遊びに行こうとリネを送ってきたあの日から。いや、もしかするとそれ以前からか。

 全て、最初から仕掛けられていた。僕と夏樹を再び繋げるべく。

 


 誰かが言った。過去に犯した罪からは逃げられない、と。運命とは起こるから運命なのだ。

 僕は、無性に、海里に会いたくなった。

 


 けど、もう遅かった。

 ――――ピンポン。

 


 雄吾がどこかの家のチャイムを鳴らした。

 


 「――――――っ」

 


 顔を上げたくなかった。聴きたくなかった。

 そして。

 


 「ありがとう、雄吾君」

 


 開けられた玄関の扉。そこから聴こえてきたのは友人への感謝の言葉。

 それは良かった。

 


 でも、その声は、その声色は。

 


 「久しぶりだね、………雨則、君」

 


 夏の音が、した。

 

 

 

 


ありがとうございました。

誤字脱字、ブクマ、評価よろしくお願いします。

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