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僕と、三人と、夏と、  作者: 齋藤夢斗
「中篇」高校二年 冬 
20/39

3 ダンジョン

 翌日。昨晩の雪の名残を踏みしめながら朝道を歩き、学校へ登校する僕。

 と、少し後ろから早歩きで付いてくる海里。

 

 

 いつもの光景、重苦しい雲に覆われた空の下、寒そうに息を吐きながら、幾度とマフラーを整える海里と最早ファッションであるかの如く冷気の格好の抜け道となっている程に緩めて着けたマフラーと手袋をせずにポケットに手を突っ込んでいる僕。



 口から出される二酸化炭素はただの生理現象と化している。 

 夏に比べると格段に増えた口数だが、まだ、一般の恋人に比べると数段少ない。でも、互いの想いというのは何も言わずともひしひしと感じられるほどに大きい。



 人の在り方が十人十色であるように、カップルの在り方も同義である。それが、例え傍から見て恋人として認識されなくても二人は全く気にも留めないのだろう。

 


 学校近く、後ろから駆けてくる足音。吐息が交差し、数瞬の後、鼻腔を擽る海里の香り。

 柔らかな微笑を携え僕の目先へ踊り出る。

 


 「またお昼ね」

 

 「おう、屋上で」

 


 僕も微笑を返して、海里を見送る。行く先も同じだというのにこうして僕が先行く海里の背中を観ているだけなのは、彼女が今日のクラスの日直当番だからだ。

 僕とは違うクラスに在籍しているし、さっさと仕事をしておきたいと言う彼女の申し出でこうなっている。

 


 海里の姿が見えなくなったところで、マフラーを剥ぎ取る。空気が心地よく肌を撫でてくる。

 鞄に真っ赤な熱を持った生地を入れ込み、再び歩き出す。

 

 教室に着くなり、三樹弥と楽しそうに会話している雄吾の間に割り込む。

 突然、間に入った僕に、二人は身を翻した。壁を作る様に三樹弥を雄吾の視線から隠し、雄吾の方に身体を向ける。

 


 「よお、三樹弥。……と、雄吾」

 

 

 三樹弥の名前を呼ぶときにちらりと後ろを見る。ほんの一瞬だけが視線が交錯した。

 


 「おはよう、雨則」

 


 背中から挨拶が聴こえてきた。透き通るような爽やかな高音。ファルセットを奏でながら脳髄に染み入る言葉は眠気とか日々の面倒を吹き飛ばしてくれる。

 その所為か。

 


 「お前、ニヤケてんぞ」

 


 はっ、と雄吾の声を聴いて表情を引き締めた。昨夜は電話越しだったため少しばかり時間がかかったが、こうしてすぐそこに顔があって、すぐ後ろから声が聞こえてきて、昨晩よりも早く我を失いかけた。

 


 「……あ、そう言えば雄吾、遊びに行く話―――――」

 


 三樹弥繋がりで思い出した。土曜日に雄吾と三樹弥との三人でどこかへ遊びに出かけるという約束。

 その話を持ち出した僕に雄吾は。

 


 「あ、ああ、……まあ、それはまた今度にでも」

 


 妙に歯切れが悪い気がした。普段の雄吾を知っているからこそこの露骨さは流石に気になる部分があった。というか正直なところ、友人ではなくてもクラスメイトや普段から彼と近い空間にいるのなら気づくい事は容易にできるだろう。

 


 その雄吾の反応をカバーするように、次は三樹弥が声を上げる。

 


 「まあまあ雨則、ここは雄吾に任せなよ」

 

 「…………」

 


 如何にもワケありな雰囲気。怪しさしかない。

 突っ込みたくはあるがここは堪えることにした。

 


 「分かったよ、取り敢えず、よろしく頼んだぞ、雄吾」

 


 溜息混じりに放った一言で雄吾は安堵の表情を見せ、大きく頷いた。

 


 「任せろ」

 


 と。

 見えはしないが雄吾の動揺の理由を知っているであろう三樹弥も安心したようにほぉと息を吐いたのが聴こえてきた。

 


 何かを隠すのなら一挙一動細心の注意を払うべきなのだが二人はあまりにそれが下手だった。

 だから、あまりの不器用さに僕は苦笑する他なかった。

 そこから先は昨日の課題の話とか、今日一日の授業内容にいちゃもん付けたりしながらホームルームが始まる時を待った。


 

 時が進みにつれて教室に活気が溢れてくる。同時に湧き上がる熱量。

 僕も雄吾の席から、いつもの最後列の窓際の席に移動して再び二人と話す。

 時が過ぎていけば、過ぎ去った時は過去になる。



 これから歩んでいく時は未来となる。一秒先が未来でも、一秒経てばそれは過去になる。

 今という時間は一瞬でほんの刹那で、でもコンマ一秒ごとに今があるのなら、その今が僕は好きだ。海里といる今が、雄吾と三樹弥と、そして今しがた加わった丈瑠と話す今が。

 


 僕は僕以外の三人がとある話題に熱が上がっているのを横目にしながら窓の向こうを見た。まだ暗かった。

 だから、窓に映る自分の口元を緩めた顔を見ることができた。


 

 そして時は流れ、例の土曜日がやってきた。予定より30分は早く家を出たため、当然、集合場所に到着したのも時間より30分程早かった。

 そこは去年、つまり僕が高校一年の頃、知り合ったばかりの雄吾と三樹弥と丈瑠と遊びに行く際によく待ち合わせ場所とした公園だった。

 


 雪が積もっているため詳細な全容は伺い知れないが、まだどこになにがあるのかなど覚えている。

 雲梯、滑り台、ブランコ、トイレ……の横に自動販売機。

 


 一年前の情景が少しだけ脳裏を過った。まだ一人引っ越してきて間もない時期だった僕にやっとできた知り合い。たった一年なのにひどく懐かしい感覚を覚える。郷愁ならばわかるが、年より臭い感覚だ。

 


 休日の午前中、車の往来だけが耳に届く。公園には僕以外の誰もいない。ここに突っ立っていても暇だからと雪の地面を踏む。靴が湿るような感じがした。次にベンチへ向かう。丁寧に鑢掛けされ安全な設計で造られたそれは雪が積もっている。



 座ってしまってはズボンの尻元が濡れてしまうだろう。尻の部分だけシミを付けながら歩くのは憚られる。

 ………暇だ。

 


 何をするにしても雪の所為で不利益を被ってしまう。だからと言ってそこで棒のように立っているのもまたつまらない。

 頭を掻く。さらさらと頭に乗っていた雪が落ちてくる。

 


 大半はそのまま地面に積もり落ちたが、残りは僕の服に付いた。幾ら寒さを感じないからと言って半袖を着て大衆の面前にその顔を曝け出すようなことはしない。そこを考慮した上で選び抜いた今日の服装は。

 


 ジャージだった。背中にはブランド名が刺繍されていて詳しくは知らないが結構な有名処らしい。生地に使われている繊維が良いのか着心地が良いし、動きやすいし、外出する時には持ってこいの代物だ。

 


 雪粒を払う。滑り心地が良い。それにしつこい雪もするりと落ちていく。

 点ほどに小さな粒は堆積する地面の一部へとなる。長い冬の間だけ。

 自然的な現象は始まるのも終わるのも自然的である。



 全てのものは有限だ。無限というものは存在しない。雪も季節が変われば溶けてなくなるし、季節も過ぎていけばその在り方を変えるし、時間すらも無限じゃない。幾らでもあるけど、無限じゃない。

 


 そんな限りある有限は、僕の頭に雪を無限に落としてくる。そして、僕が雪を払いのけるのもこれでもう何回目だろうか。

 園中に足跡を付けながら雪を払う。そんな作業をもう何分、いや何十分繰り返したのか。

 


 スマホを確認すればいいのだろうけど、そんな気にもなれない。だが、ようやく現れた無限から救い出してくれる人物を見て、僕は「やっと30分か」ち小さく呟いた。

 


 「おーい、雨則!」

 


 雄吾だ。いつものネックウォーマーと厚手の手袋とこげ茶色の革のコートを身に纏った姿を僕の視力が及ぶ範囲に曝け出してくる。

 


 「やっと来たよ、雄吾。遅いぞ」

 

 「いや、逆だぞ、逆。お前がはええんだよ、雨則。こちとら時間通りだよ」

 

 「……それもそうか」

 


 その通りだ。元はと言えば僕が早く来すぎたのが悪かったのだ。あまりにも楽しみ過ぎたという小学生の遠足前日のような理由は雄吾には隠しながら。

 


 「三樹弥は?」

 


 話を変える為にわざと雄吾の付近を見回して問うた。

 


 「ああ、そろそろ来ると思う」

 

 「そうか」

 

 「あと5分も経たないって」

 


 雄吾はリネで三樹弥とのチャットを参考にしながらそう言った。

 三樹弥が導き出した予想だ。

 


 「わかった、なら待ってよう」

 

 

 僕の言葉に雄吾は深く頷いた。

 数分後。

 程なくして入口からこちらに向かってくる少年が目に入った。

 


 見間違えようがない、三樹弥だ。

 三樹弥は雄吾の隣で立ち止まって荒い息を整えながら、「ごめん、待った?」と訊いてきた。

 素直に「待った」とは言えない。だから。

 


 「いや、僕達も今来たところ、だよな雄吾」

 


 僕は雄吾に振る。勿論、嘘であるから一瞬雄吾はえっと声に出しそうな顔をしていたが、すぐに僕の言わんとしていることの意図を察したのか同調してくれた。

 


 「ああ、そうだよ。俺と雨則もさっき着いたばっかりだ」

 


 三樹弥よりもずっと身長の高い雄吾は優しい目で三樹弥を見下ろした。中学からの付き合いであるという二人には僕なんかよりも深い絆があるように見えた。それはとても尊くて、決して生半可に首を突っ込んではいけないような。そんな、僕以外の雄吾と三樹弥の関係性を羨ましがるような僕がいた。

 


 「じゃあ、行こうか」

 


 少しして雄吾が切り出した。

 特に意見することもなかったから、僕と三樹弥は黙って頷く。

 ここから先は主催者である雄吾とたぶん三樹弥の出番だ。僕は何も言わず先頭に立ち歩く雄吾の後を追う。

 


 「そういえば三樹弥は最近何かハマってることがあるんだろ?」

 

 「え?誰から聴いたの?」

 


 僕が雄吾と言うのと同時に雄吾も「俺だ」と口を挟んだ。

 

 

 「雄吾が言ったんだ……うん、そうだね」

 

 「で、それなんなの?」

 


 僕は食い入る様に三樹弥に訊いた。

 その途端、三樹弥の顔は恥じらうように赤くなった。可愛い。

 でも、この三樹弥の反応は予想外だった。

 


 「………ゲーム」

 

 「……え、ゲーム?」

 


 ゲームであることは分かった。聞き取れた。でもその前に何か言っていたような。

 あまりに小さくて聞き取れなかった。

 


 「ごめん、ゲーム、の前の部分もう一回言ってもらっていい?」

 


 まるで告白する女の子のような真っ赤に染まった顔をする三樹弥に一層疑念が積もる僕。

 道端を歩きながら雄吾は何やら携帯を相当な速度で操作し、三樹弥は顔を赤く染めてもじもじし、僕はただただ三樹弥の言動の意味がわからず。

 


 結局、何もわからず目的地である、という場所に到着した。

 


 「ここは?」

 

 「ゲーセン」

 

 「久しぶりだな、ここ」

 


 僕の問いに雄吾が答える。

 

 

 「だね」

 

 

 そして僕の呟きに三樹弥が返事した。

 何も変わっていなかった。一年前から何も。入口に張り付けられている広告とか備え付けられている看板とかそんな細々としたものの変化は見られるが、そもそも記憶に残っていないから誤差だ。前にここに来たのはいつだろうか。


 

 ここに来て、この入口を見てすぐ様懐かしいと思えたのだからそんなに最近でもないし、そこまで昔でもない。以前に僕が引っ越ししてきてから2年も経っていないのだ。たぶん、去年の秋くらいだろうか。



 そんなに暑かった記憶もないし、寒かった覚えもない。曖昧な気候だったというところから秋ということにした。春ではないのは当時にその頃の僕にはまだ友人と呼べる人がいなかったからだ。

 


 「さっさと中入ろうぜ。寒くて仕方がないから」

 

 

 幾重にも空気の侵入する経路を防ぐ格好をしている雄吾はそんなことを言ってさっさとゲームセンターへ入っていった。

 僕と三樹弥もそれに追従するように急ぎ中へ入る。

 


 果たして店内は異常なまでの暑さに塗れていた。おそらく幾つも仕掛けられている暖房をフル稼働させて店内を温めているのだろう。僕にはあまり気温の差の違いは判らなかったけど隣の三樹弥は即座に首のマフラーを取った。



 外の世界との差は断絶的なまでのものだった。

 そんなこんなしていると雄吾の声が奥の方からした。おそらくカウンターへと向かっているのだろう。僕と三樹弥は休日の人でごった返ししている狭い通路を縫って進む。

 


 「このダンジョン感、どうにかならないのか」

 


 地下シェルターに住民全員が押し込められたみたいに窮屈なそこは、だからこそ人気であるという秘訣であり、対して、それが合わないというような人はどこまでも忌避してしまうような構造になっている。

 


 ちなみに僕は後者だ。ゲーム自体は好きだけど、人の多い場所は苦手である。

 

 

 「三樹弥、迷うなよ」

 


 ただでさえ入り組んでいるのにこんなに人がいたらただの魔窟だ。僕は三樹弥の存在も確かめる意味も込めた。

 


 「わかった、でも、まだ大丈夫だよ」

 


 返ってきた返答。ずんずんと慣れた動きで突き進んでいく雄吾。こいつ普段から通っているんじゃないか。問えばおそらく肯定されるだろう。あいつゲーム、特にコインゲームが大好きだからな。玄人専用みたいな、あまり詳しくは知らないけど、そんな感じのシビアなゲームやってたし。

 


 どうにか雄吾の大きな背中を見失わないように努めて追うものの結局僕と三樹弥がカウンターに顔を出した時には雄吾の両手には三人分のコインが縁ぎりぎりまで詰まった籠を持っていた。表情は笑顔。目から口までとびきりの笑顔だった。なんなら僕と三樹弥にそれぞれ籠を手渡す時の残念そうな表情は苦笑せざる負えなかった。

 


 雄吾の分が減ってきたらこっそり分けてあげようかと三樹弥と取り決めた。その時の三樹弥の嬉しそうな笑顔に僕まで嬉しくなった。


ありがとうございました。

誤字脱字、ブクマ、評価をよろしくお願いします。

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