1 夏樹
書き溜めの分です。
まだまだ書き溜めてます。
書き溜めすぎているので排出します。
どうやら夏樹は結構異性にモテるようだ。
もし片思い中ならば嫉妬の一つや二つや三つはいずれ彼女を物にするであろうイケメンに対してするのだろうけど、こうなってしまった以上そんな気持ちなんて湧いてこない。
こうなってしまった、というのはちなみにこうだ。
「雨則君、早くお弁当食べようよ」
四時限目の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた瞬間も瞬間、僕の教室である二年C組に、そこに置かれた僕の席の前に飛んできた。
そのあまりに衝撃的な出来事に僕の反応からコンマ数秒後には教室中が驚愕に染まった。転校生が自己紹介の際に自分は主人公の許嫁です、と告白してクラス中が大騒ぎに!とよくあるシーンを想像してもらえばそれが正解だ。
もっと上手い喩えがあるだろうが、今この状況でこれ以上の状況説明を行うのは無理がある。
あまりにも予想外だった。昨日の今日でこんなにも大々的に彼女面して僕の下に来るなんて。まあ、実際彼女なのだが。そんなことよりも、何より、教室の衝撃があまりにも大きいことが。あとで訊いた事なのだが夏樹は特に同学年の男子からの人気が非常に高いのだそうだ。他学年からも彼女にしたい女子堂々の一位の座を確立しているらしく。
いや、あのルックスだし気持ちはわかるぞ。男子共。
何で僕なのかは何が何だか全然まるっきり分からん。だから、せめて夜道で刺し殺すのだけはやめてくれ。
視線、特に男子からは本当に殺しに来そうなくらいに殺気立っている。
そんなこんなで僕達はどうしたのかというと。
「ん~、今日も晴れててよかったぁ」
夏樹は開かれた扉を潜り抜け、その先で大きく伸びをした。
四方を金網で仕切られた箱庭。僕達の在籍する高校の有する敷地で最も空に近い場所、屋上に来ていた。
普段は三年生の私有地と化しているが、珍しく生徒の姿はなかった。
だから、今この場を独占しているのは僕と夏樹の二人ということになる。
「夜から降り出すらしいぞ」
眩しい日差しを手で遮り、夏樹の元へ寄る。
僕の一言に夏樹はふーんと軽く反応し、
「帰るまでは降らないといいね」
微笑みを向けてきた。
「……」
ちくしょう、可愛い。太陽の所為で見えなかったらよかったのに。
そうしたら、見惚れてしまっていることの言い訳もついたのに。
「は、早く座れる場所探そう」
どうにか視線を背けることのできた僕は適当な方を指差して夏樹を促した。
隠しきれただろうか。僕の熱くなった頬に気づいてはいないだろうか。
「……ふふっ、うん、そうだね」
「……」
なんだよ、ふふっ、て。
どういう意味だよ。何がおかしいんだよ。
夏樹が何に対して笑ったのか、ある程度の予想はできたが。
僕は逃げるように指を指した方へと歩き出した。
それから丁度良い日遮場を見つけ、その場に腰を落ち着かせたのは数分後のことだった。
ベンチにテーブルなんて気前のいい設備なんてない屋上の地面に座るのは夏樹に少々悪いことをしたと思うがどうか我慢してもらいたい。
一応毎日掃除されているみたいではあるが、あちらこちらに付着したシミや苔からして立ち食い推奨であることがわかった。
しかし、「立って食べる?」と尋ねようとしたすんでのところで、夏樹が重たそうなふろしきに包まれた弁当箱を取り出すのが見えた。どう見ても教室で机を合わせて食べようと考えていたことが丸わかりなほどに大きかった。
弁当以前に僕と二人で食べることが大騒ぎになることは考えていなかったのか。
「じゃ、一緒に食べようか」
「お、おう」
解かれたふろしきの中から出てきたのは三段にも積み上げられた弁当箱だった。
「……な、なあ」
「ん?どったの?」
「お前、その弁当」
「あ、うん。一緒に食べようかと思って」
「自分の分、持ってきてるんだけど」
「それだけじゃ足りないでしょ?」
「足りないことは足りないけど……」
相手からすれば煮え切らない情けないように見えているのかもしれないが。
「食べきれるの?」
夏樹の顔と身体を流し見して疑問をぶつけた。
女子だし体型の維持だったり、そんなに食べられるものじゃないだろう。
「君も男の子なんだから、これくらいいけるでしょ?」
と、さも当然だというような面持ちで返してきた。
そして訪れる一息分の沈黙。
「‥‥‥いや、夏樹。僕、そんなに大食漢ではないんだけど」
僕が先にその沈黙を打ち破ったのは、午後の授業に腹が膨れ、痛みに悶える自分の姿が脳に映ったがためで。出てきた言葉は言い訳というか、脳に映った未来を現実のものにしないための理由作りと言うか。
だが、対する夏樹はというと。
「まあ、何とかなるでしょ。私も一緒に食べるんだから」
「まじで言ってる?」
「うん、まじだけど」
僕の不安を杞憂であるというかのように涼しく微笑んでいた。
そんな焦りとか心配の欠片もない表情で言うもんだから、僕も少しずつその気になっていく。もしかしたらいけるんじゃね、なんて考えてしまうもので。
「そこまで言うなら、いただこうかなと思ったり思わなかったり」
「うんうん、一緒に頑張ろう」
鷹揚に頷いた夏樹。僕はそれに応えるように自分の手に持つ弁当箱から箸を抜き出した。
と、そこで。
「ん?」
僕の動きがピタッと停止した。
まるで電池の切れたロボットのように。紐の切れた人形のように。
「どったの?」
夏樹は積み重なった弁当箱を一段ずつ分けて地面に並べている最中だったが、僕の急な静止に気づいたのか顔だけこちらを覗いてきた。
「何とかなる?……一緒に頑張ろう?」
両方とも夏樹の放った言葉だ。透き通るような心地の良い音で紡がれた言葉だ。
まるで音楽を聴いているかのような、そんな声音だっ……って違う。
「どうかした?雨則君」
「……なあ、夏樹」
「なにかな?雨則君」
「お前、さっきの“何とかなる”と“一緒に頑張ろう”ってそれって……?」
僕は夏樹の弁当箱と夏樹の顔を交互に見比べて訊いた。
弁当箱は蓋が開かれている。中身はハンバーグにスパゲティーにグラタンに……。一つ一つの箱は結構なボリュームだ。それが三つ分。
自分の手にある質量感も含めると、食べる前から吐きそうになるんだけど。
で、対する夏樹、だが。
「おい、夏樹。どうして目を合わせてくれないんだい?人と話す時は人の顔を、できれば目を見ようね」
「……」
「あの……夏樹、さん?」
「ほら、人間って時には自分の限界を超えてでもやり通さなくてはならないことがあると思うんだ。で、それが今日、この弁当だったってことだよ」
「いやなんで弁当食うために限界超えなくちゃならないんだよ」
あぁ、つまりそういうことなのか。
夏樹との弁当トークを振り返る。そこから導き出されるのは。
「僕の考えた未来、現実になるじゃねえか!」
夏樹のことなど気にも留めず叫び散らしていた。
結局、午後からの授業は腹の痛みに耐えに耐える地獄の時間を過ごした。
僕の考えた未来の結果は変わらなかった。けれど、その過程は少し違った。
僕だけ、じゃなかった。
もう一人、いた。
「あいつ、大丈夫かな。女の子の癖にあんな無理して」
まさか完食するとは思わなかった。“何とかなる”は現実になったのだ。
僕は一人で苦笑して、あの子の笑顔を思い浮かべる。
有田夏樹。昨日告白されたばかりの僕の彼女。
とんでもなく美少女な僕の彼女。
まだ、これだけしか知らない。外面的特徴も含めればもうちょっと知っているけど。
けど、僕は彼女のことを知らない。どうしてか、向こうは僕のことをある程度は知っているのだという。
なんとなく、ちょっと申し訳なくなる。
夏樹と僕の気持ちには差がある。そんじゃそこらの差じゃない。長い長い時間により積み上げられてきた差が、溝が。
ならば埋めていこうではないか。その差を、溝を。時間によって開いた差ならば時間によって埋められるに決まってる。時間を掛けて少しずつ知っていこう。それが、昨日、夏樹の僕に対して使ってくれた勇気のお返しになってくれればそれ以上に嬉しいことはない。
気が付けばお腹の痛みはどこかへと消えてしまっていた。
「次の時間、なんだっけ?」
「音楽」
「おーけー、じゃ、早く移動しようぜ」
クラスの端で男子二人の会話が耳に入って来た。
どうやら次の授業は音楽らしい。やっと授業に集中できる。
僕は音楽の教科書を鞄から取り出し机に置いた。
「……」
教室はしんと静まり返っている。さっきまで話していたやつらもいつの間にか消えてしまっている。
どこに行ったか、なんて考えるまでもないだろう。
時計を見る。次の授業の開始まであと一分という証明を長針がしていた。
「……ってやばっ!もう予鈴なるじゃん!!」
教科書と筆記用具を持ち、急ぎ教室を出て廊下を駆ける。
そういえば走りながら気づいたけど。
夏樹の特徴、もう一つあった。
超のつくほどの美少女で、そんでもって、結構抜けている。
弁当を食べ終えて、地面にみっともなく転がり、腹を擦る夏樹が僕の頭に映し出されていた。
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