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僕と、三人と、夏と、  作者: 齋藤夢斗
「中篇」高校二年 冬 
18/39

1 忘れられない夏

今回は短めです。

一応ここまでがプロローグとして扱います。


 今日も空は灰色だった。

 雪はしんしんと降っている。昨夜から降り続けているようで辺り一面は白世界だ。気温も昨日の朝よりもぐっと低く感じる。

 

 「おはよう、雨則」

 

 背中の方から聞き慣れた声音が飛んできた。それ故に僕は振り返りもせず、「おはよう」と、丁度小走りで隣にやってきた海里に返した。


 このような作法は友人ならまだしも、他人に向けて行っては決してならないものだが、彼女の場合、他人とか友人とかそのようなそれなりの行儀や礼節を重んじなければならない間柄ではない。それに、海里自身、気にしている様子も素振りも見せないため、いつの間にか息の合ったパートナーのような接し方をしている。

 

 「今日も寒いね」

 

 雪と同色のマフラーと相対する黒の手袋を身に着けている。手袋越しに手をグーパーしているのが見て取れた。暖かいのだろうが、僕からすれば暑そうに思えてならない。

 

 「………」

 

 「……って、雨則、防寒具何も着けてないじゃん。……本当に大丈夫?」

 

 言葉通り本当に心配そうに僕の顔を覗き込んできた。特に唇を。……と、言うとまるでこのままキスしてしまうような流れなのだが、これは違った。

 

 「………変色してないだろ?」

 

 「ほんとだ」

 

 海里は僕の微笑をなおも心配そうな面持ちで見つめてきた。夏より少しばかり伸びた髪、そこから漂うほのかに甘い香り。シャンプーなのか、元から彼女が持ちうる芳香か、どちらにせよ朝道に開かれた屋台から漂う食品の香りのような、そんな鼻腔を擽るほどにいい匂いだった。

 

 そんなことを考えていると。

 

 「何か病気なんじゃない?それか変温動物だったりして」

 

 「……確かに」

 

 ぶっ飛んだ話だが、なるほど確かにそう考えれば納得もいく―――って。

 

 「誰が変温動物じゃ。こちとら真っ当な人間だぞ?」

 

 あはははっ、と海里が弾けるように笑った。破顔しているから本気で可笑しかったようだ。

 

 「まあ、でも、取りあえず………これとこれ、寒くなくても着けといた方がいいよ」

 

 海里はそう言いながら僕の学生鞄からマフラーと手袋を取り出した。血のような真っ赤なマフラーと海里と同じ、というかよくある黒の手袋だ。寒くもなければ暑くもないという中途半端な僕は、特に拒否する理由もなく彼女にされるがまま装備した。


 マフラーを巻いているときの海里は、その、とても可愛らしかった。白息を僕の胸元に吐き出しながら一生懸命に親身になってくれる様は至高という言葉以外出てこなかった。別に変な意味じゃないぞ。

 

 「いこっ」

 

 不意に僕の手を取った海里。

 

 「おわっ」

 

 急に働いた慣性に思わず声が出る。地団駄を踏むような一歩。少しを離れた海里にぐっと近づく。

 

 「転ぶところだった……」

 

 「ほら早く行こ」

 

 「………わかったよ」

 

 雪の降る朝、いつも通りの通学路を二人、手を繋いで歩んでいく。白の世界に僕と海里の手袋と、僕の真っ赤なマフラーがひどく浮いているような、そんな感じがした。


 教室に着いた僕。横開きのドアを開ける。ガララとまだ人の少ない校内に音が響き渡る。

 教室の中、机の上に荷物の置かれている数は10に満たないくらい。確認するように柱に掛かった時計を見やると、時刻は午前8時前。朝のホームルーム開始まで残り30分とそれなりにいい時間だ。


 実際、普段ならもう数人多くて、会話とか物音で喧騒が生まれてもおかしくはないのだが、今日、というかここ最近になってまだ登校していないほとんどの生徒がホームルーム前10分を目安に教室の戸を開けるようになっている現状だ。

 

 「おはよう、雨則」

 

 横からの声。うん、とそちらを向けば、そこには雄吾がいた。自称僕の知人だ。僕は彼を友人と思っている。身なりを横目で確認すれば、かなり寒がりなのか教室の中でもネックウォーマー、手袋は当たり前、学ランの下には2枚ほどの生地が見え隠れしていた。

 

 僕の視線に気づいた雄吾は逆に僕のおそらく身なりを凝視してきた。海里もそうだったから、たぶん雄吾も同じ反応をするのだろうとそれなりの期待を胸に彼の口が開くのを待つ。

 

 「お前、寒くねえの?」

 

 ほどなくして紡がれた言葉は……。

 

 「なにその、ふっつーの反応」

 

 普通だった。なんの変哲もない、先ほど海里に言われた通りの一言だった。センスねえな。

 

 「普通ってなんだよ!普通って……ってか、冗談抜きで明らかに異常だろお前」

 

 「まるで僕が正常な人間じゃないって取れる一言だな、お前」

 

 たぶん、雄吾の言う通り僕は異常なのだろう。多数決で10人中9人が賛成、残りの一人が反対になれば、絶対的に反対が普通とは違うと思われてしまうように、雄吾も海里も、すれ違った人も、この教室にいる人も、僕のこの格好を普通とは違う、と思っただろう。

 

 だって。

 

 「防寒具なしはまだしも、Yシャツ一枚で、それも第二関節まで捲ってるとかお前もう人間じゃねえだろ」

 

 流石に人間じゃないは刺さる。でも、それだけ変ってことだよな。

 

 「…………」

 

 通学中は海里の目があるためマフラーも手袋も着けている。無論、寒さも暑さも感じない、春とか秋のような気温が僕の感じている今の冬だ。

 

 けど。厄介なことに寒さを感じないもののその逆、暑さは感じるようになっている。まるで僕だけが夏の中にいるかのような、だから、マフラーも手袋もずっと着けているとどんどん暑くなってくる。夏に防寒をしているかのように。

 

 雄吾との会話はそれから少しばかり続き、解放された僕はようやっと席に着いた。

 

 暑い、という感覚もいつの間にか冷やされていた。代わりに朝家の外に出た時のようなゾクッとする悪寒じみたものが全身を震わせる。たぶん、これが「寒い」という感覚だろう。去年までの自分と周りの人たちの寒さと違う。それが人と違う気がして、少しの異質な優越感と大きな不快感だけが残った。

 

 では、いつからこのような体質というかなんというか、そんな普通ではない状態になったのか。心当たりがあった。正直、これが正解であると確信している。

 

 ―――――有田夏樹。

 燻り続ける名前だ。

 

 ―――――瀬口海里。

 愛する人の名前だ。

  

 きっと、この二つの名前が、二人が、今も僕を縛り続けているのだろう。

 罪と罰。

 

 切り離しても、離れない。

 引き寄せても、離れない。

 

 とすれば、この、今を変える方法は、きっと。

 最も、犯してはいけない、唯一の方法が頭を過った。

 

 それが僕にできるのか。この幸せであり、苦痛でもある時間を変えることができるのか。変えるべきなのか。

 

 かつて選択をした。選択で得た愛と、切り捨てた者への贖罪。

 窓越しに見える白の世界。降り続ける雪。

 

 未だあの夏の中にいる僕。

 ホームルームが始まるまでの間、ただただ、外だけを眺め続けていた。



ありがとうございました。

誤字脱字、ブクマ、評価をよろしくお願いします。

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