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僕と、三人と、夏と、  作者: 齋藤夢斗
「中篇」高校二年 冬 
17/39

プロローグ 冬の色

中篇開幕です。

よろしくお願いします。

書き溜めの分はもうありません。

 「――――――――――ぁ」

 


 ふと肩を見ると小さな雪の粒が乗っていた。

 黒一色のコートだからなおのことその存在感が大きかった。

 


 ――――雪。

 そう、雪。真白でどこまでも冷ややかな雪。

 夏を越え、秋を越え、そして冬の訪れ。

 


 「―――――そっか」と小さく零す。

 


 空を見上げる。雲で覆われていた。果てしなく、限りなく、どこまでも続いていそうな、そんな雲だ。あの厚く重い雲よりも高いところはどんな空があるのだろうか。

 


 そう疑問を唱えつつも、すぐに自身の考えが愚考であることに気づいた。

 きっと青いだけだろう。それだけしかないだろう。

 


 この白い雲もあの青空も白と、そして青だけなんだ。なんの面白味もない、何の変化もない。ただ青は青、白は白としてきっぱりと分け隔てられている。

 


 そう思うと―――――。

 


 「あのころが懐かしいなぁ」

 


 と。

 


 志学をとうに越え、弱冠も近くなってきた程度の人間が過去を振り返るような、そんな遠い記憶を懐かしむ声が出た。

 


 たった五ヶ月前のことなのに。でもこのくらいの歳は五ヶ月も一月も一週間でさえも遥か未来のことであるように思えてくるものだ。 

 まあその年代に生きる自分が言ってもなんの説得力もないか。

 


 「―――――――」

 


 ふわり、と雪が今度は鼻先に触れた。顔は空に向いているからあり得ることだろう。

 肌寒くなった最近の気温の所為で特に冷たさも何も感じなかった。

 


 けど。

 体はなんともないのに、どこか……。

 「心」が……。

 


 凍り付くように、冷たくなっていた。

 寒くなった。 

 その理由も意味も分かる。分かってしまう。

 


 「あの暑さは、もう、ないんだな……」

 


 あの燃えるような夏は、もう、なくなっていた。

 そう。

 季節は冬になった。

 


 こんなにも厚手のコートを着ていて、真っ赤なマフラーで首を守っていて、両手には手袋をしていて、こうして雪を直に見て、それだけ冬の要素を身に着け、体で感じ取っているのに、こうして全てを開示して、全てが終わった時に初めて、今が冬であると認識した。

 


 はぁ、と白息が宙に漂う。まるで小さな狼煙のような、自分の存在を他者へと認識してもらう信号のような。 

 


 だが、狼煙に反応してくれる人の姿はなかった。耳を澄ましても人の往来や喧騒も一切ない。静かで静寂で閑静で無音で。

 


 僕が一歩踏み出さない限りこの世界に音は生まれない、そんな気さえする。

 


 「―――――――――――」

 


 顔を戻して、帰路へと顔を向ける。

 あの約束の場所。全ての始まりであり、全てが終わった、あの、場所はもう影も形もない。

 夜になれば、この季節でもあそこの星と月は綺麗に見えるだろうか。それだけが分からなかった。

 


 僕は、一歩踏み出した。

 ふさ、と音がした。


               






 月の初めの全校朝礼が終わり僕は海里と共に集会が行われた体育館を出た。僕は学ランを海里はセーターを身に着け、周りから口々に寒さを漏らしているのを他人事のように聴く。



 季節は冬。時たま雪なんかも降るようになったのだが、僕はどうにも実感が湧いていなかった。いや、確かに雪が降るという時点で冬であることに間違いない。だが、身に纏う学ランがただ校則に準ずるがためであるのと同じように、雪が降るのもただの自然現象としてしか感じられないのだ。



 「雨則、今日終礼後どうする?」



 と、少し後ろから付いてくる海里が訊いてきた。



 「んー、さっさと帰ってだらだらする」



 適当に返す。



 「ふーん。……じゃあ、行っていい?」


 「どこに?」


 「雨則んち」


 「わかった、いいぞー」


 「いいの?」


 「いいの、っていつものことだろ?ほぼ毎日来てる癖に今更なに許可取ってんだよ」


 「それもそうだね。じゃあ、今日行くね」


 「うい」



 歩幅小さめに僕はいまや無自覚に海里のペースに合わせて歩く。



 「ふふっ」



 海里が細く笑った。



 「ん?なんだよ」


 「ううん、なんでもないよ、雨則」


 「海里ってたまに変なとこで笑ったりするよな」



 情緒不安定なのか。感情豊かなのか。



 「全部雨則の所為だからね、こうなったの」


 「……え、僕なにかしたっけ?」


 「ここでまできたら鈍感を通り越して人形ね」


 「………人形って……」



 そこまで言うか。そう返そうとして喉から「そ」の言葉が出てこようとしたところで。



 「雨則はもう少し、人の考えていることを考えるようにしましょう」



 と、海里。

 なんて深いようなそうでもないような、それでも考えさせられる自分がいる。



 「考えていることを考える、か。海里、もしかして僕に心理学を学ばせようとしている?」



 取り敢えず白けてみせる。



 「―――――」



 海里は僕の言葉を聴いた瞬間、溜息を吐いて呆れるようにして首を振った。その仕草があまりにも露骨過ぎたため。



 「冗談だよ、冗談。……まあ、なんだ、つまり僕が海里の思う最高の男になればいいってことだろ」


 「……間違ってはいないわね」


 「遠からず近からずって感じだな」


 「そうね。ある意味正解だし」


 「なら、いいな」


 「でも真に理解できてるってわけでもないようね」



 まあ、僕にも海里の言いたいことは理解できている。その理解が彼女の言いたいことの全てに当てはまっているかと訊かれればまた別になるのだが。



 それでも、たぶん寒いであろう季節の中で僅かに赤くなっている頬を見れば僕の疑念が杞憂であることは分かる。寒さの所為ではない、きっと。

 それから教室に着いて別れるの言葉を交わすまで二人の間には沈黙だけがあった。







 今日も恙なく一日が終了した。午前の授業を受けて、昼食は海里と屋上でとって、午後の授業を受けて、終礼が終わるまで、普段となんら変化はない。夏から今日まで変化はない。変わったこととすれば教室の窓から見る外の景色だろうか。

 


 灰色の世界。それと点々と顔をのぞかせている真っ青な空。それは見方によっては夏と変わっていないのかもしれないけど。



 でも。この空には色がない。別にそのままの意味ではないのだけど、たぶんこの空は、皆同じ色に見えているのだろう。どこまで行っても同じ色なのだろう。

 


 窓は寒そうに霜を張っている。時折、風が窓を叩く。そして、どこからか入り込んできた風が僕の肌に触れてくる。

 


 「――――――」

 


 特に何も感じない。寒いのかそうでもないのか。

 


 「どうでも、いいか」

 


 もう授業の終わったこの教室にいる必要はない。

 鞄を手に持ち、教室を出る。

 


 ―――――出たところで。

 


 「―――――――――――ぁ」

 


 目が合ってしまった。それは偶然かもしれないけど、教室間の距離と、生徒数、そして、終礼が終わった時間という事柄を合わせれば、これはもう必然なのかもしれない、

 


 けど、こればかりは必然も偶然も呪いたいものだ。

 


 「――――――――――あ、は」

 


 「夏樹」の声だ。小さく笑っている。

少なくない生徒が辺り数メートルに存在しているのだからそんな小声は掻き消されてもおかしくなかった。でも、なんでなんだ。なんで、こう鮮明に正確に耳に入ってくるのだろうか。

 


 なあ、なんでだろうな―――――、

 


 「なつ、き」

 


 僕の呟きは勿論普通は誰の耳にも届いているはずがないのだが、どうにも僕と夏樹には不思議な繋がりのようなものがあるみたいで。

 


 「あまのり」

 


 こうして聴こえてしまうんだ。まるでテレパシーのように、以心伝心しているんだ。

 目と目で繋がっていて、耳と耳で通じ合って、口と口で交し合って。

 その事実が僕を今でもあの犯してしまった罪を忘れさせない要因だった。

 


 「ねえ、あまのり」

 


 聴きたくない。

 


 「ねえ、聴いてる?」

 


 見たくない。

 


 「ねえ、こっち見てよ」

 


 考えたくない。

 


 「ねえ、本当は分かってるんでしょ?」

 


 気づいていることに気づきたくない。

 


 「まだ君は私を忘れていない」

 

 「……ちがう」

 


 ぼそりと呟く。

 でも、夏樹は僕の呟きすらも聴こえていて。

 


 「違くなんかないよ。だって君の瞳には迷いが残ってるんだよ」

 

 「迷いなんかないよ。もう、迷ってなんか、ない」

 


 迷いなんかない、はずなんだ。

 


 「ううん、君は迷ってる。君の瞳はまだあの夏を見ているんだよ」

 


 あの夏。今年の夏。数カ月前の夏。僕と海里が結ばれた夏。

 ―――――忘れられない、夏。

 あの暑さも、あの眩しさも、海里も。そして、夏樹も。

 あまりにも強烈に焼き付いた記憶の結晶。忘れられるはずがない。

 


 「……でも、僕は、海里を選んだ」

 


 海里。夏の果てに辿り着いた結末の名。

 


 「僕は海里を選んだんだ。君は選んでいない」

 

 「それはそうね。……だけど、君、選んだのならどうして私を避けるの?選択して、選び取ったんでしょ。それじゃあ、もう、それでいいじゃない」

 


 夏樹の中ではあの夏の出来事はもう終わった話なのか。そんなはずはない。というか、そんなこと、あってはならない。 

 


 ………いや。違うか。 

 


 「ごめんな、夏樹」

 

 「………」

 


 夏樹は口を噤んだ。

 


 「それじゃあ、またな」

 

 「え、ちょ」

 


 けど僕の次の言葉は想定外だったのか思わず声が出たみたいだ。

 夏樹の待ったを無視し僕は背を向けた。そして、逃げるように少し早足で校舎を出た。

 


 いつの間にか火照った身体と汗は家に帰り着くころには綺麗さっぱりなくなっていた。

 


 「ただいま……」

 


 誰もいない部屋に挨拶する。返事はなし。物音の一つだって返っては来ない。

 そういえば海里が家に来るとか言っていたけど、まだなのか。別段気にすることでもないが、なんとなく今、海里の声が聴きたかった。普段ならそんなことはないけど、定期的にこういった人肌が恋しくなるという感情が芽生えてくる。

 


 理由は自分でもわかっている。が、これはどうすることもできない。最低でも卒業するまでは。

 


 「―――――――夏樹」

 


 悪病の名を口にする。僕のみが発症する病気の名を。

 そんなどうすることもできない感情を抱きながら、鞄をソファーに投げ、学ランを脱いでハンガーにかける。洗面所で手を洗って、うがいをして、顔を洗って、顔を拭く。

 


 部屋は僕の帰宅を察知して自動的にエアコンが起動していた。暖かい微風が部屋に降り注がれる。暖かい空気は上へ、冷たい空気は下へ、そんな自然の摂理を無視して暖風は上も下も支配していく。

 


 随分と暖かくなってきたころ、部屋のドアが開かれる音がした。誰だ、とは思わない。現代のセキュリティーの発達具合とこの部屋を僕以外が出入りできる存在を考えればすぐに思い当たるから。

 


 「海里、今日は遅かったな」

 


 こちらに向かってくる足音へ発した。

 


 「あー、うん、今日、日直でね」

 

 「それはお疲れ」

 


 ソファーに学校指定の鞄が置かれた。それだけで見らずとも海里が学校から直行して部屋に来たことがわかる。合わせて、海里の服装がセーラー服ということも。 

 


 「暖房入れててくれたんだ。ありがとう、外、結構冷えてたからね」

 

 「………そうだな」

 


 全然寒いとは感じられなかった自分に驚く。今日って寒かったのか。

 


 「ほら、手、すっごい冷えてるでしょ?」

 


 海里は僕の頬に自分の手を添えた。ひんやりとしてはいたけどそこまで冷えているわけではなかった。ちなみに何故、僕の手ではなく、頬なのかについては訊かないことにした。

 


 「冷たいな」

 

 「……全然、冷たそうにしてないわね」

 

 すると今度は僕の唇に自身の唇を重ねてきた。こっちもひんやりしていた。かかる息は少し湿っていて暖かかった。

 


 「ねえ、こっちは」

 

 「冷たいな」

 

 「私は……暖かかったよ」

 

 「………っ」

 


 全身が少し熱くなった。それは暖房によるものか、自身の体温によるものか、ただどちらであれ、この瞬間だけは、僕は、夏樹のことを忘れることができた。

 


 「ねえ、海里」

 

 「ん?」

 

 「……その……」

 

 「なに?」

 

 「……やっぱ、暖かった」

 

 「………そ」

 


 たった一音。それでも、その一音の中にどこか幸せそうな感情が垣間見えていた。

 僕は微笑んでいるだろうか。夏の終わり、海里と恋人になったあの日。あの日は絶対に素直な笑顔ができていた。

 


 けど、今はどうだろうか。正直、僕にはわからなかった。海里の幸せそうな時の声や表情は好きだ。その事実に間違いは絶対にない。

 


 でも。

 


 『ううん、君は迷ってる。君の瞳はまだあの夏を見ているんだよ』

 


 夏樹のあの言葉だけは僕の心の中で燻ぶっているんだ。

 


 僕は、まだあの夏の中にいる。

 あの燃えるような夏の中に。


ありがとうございました。

誤字脱字、ブクマ、評価よろしくお願いします。

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