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僕と、三人と、夏と、  作者: 齋藤夢斗
「前篇」高校二年 夏
15/39

14 人生の変わる瞬間

今回は、ちょっといろいろやばめかもです。

 「………あ!」

 


 思い出した。忘れていた、すっかり忘れてしまっていた。

 海里の話を遮るくらいに声を上げてしまった。けれど、そんな海里は嫌な顔一つせずに「やっと思い出したんだね」と嬉しそうに、悲しそうにしている。

 


 「君だったのか、海里」

 


 僕はあまりのことに目をあらん限り見開いた。開いた口が塞がらない。

 


 「うん、そうだよ、雨則」

 

 「…………」

 


 できればもう一度会いたいと思っていた。まさか数年越しに、それもこんな場所で叶うとは思いもしなかった。

 


 「……どんどん、思い出してきた」

 

 「そう」

 

 「あの後、お前、見覚えがあるっていって、ここまででいいなんて言ったよな」

 

 「うん、そうだね」

 

 「僕が滅茶苦茶反対してさ」

 

 「うん」

 

 「でも、頑として言ったから、流石にもういいだろうってなって」

 

 「うん」

 

 「そんで、また今度、会おうって……」

 

 「…………」

 

 「それっきり、だったよな」

 

 「……うん」

 


 僕はどんどん溢れてくる記憶の流れをとめられなかった。海里は、ただただ僕の記憶に対して、頷いている。

 


 「なあ」

 


 だから、また踏み込んでしまう。あの日のあの後を。

 海里はあからさまに顔を伏せた。

 やっぱり。何かあるのだ。じゃないと、ここまで僕のことを覚えていたりしない。

 


 「僕と別れたその後は何があったんだ?」

 

 「……………」

 


 なあ海里。お前はそれを聞いて欲しくて話し始めたんだろ。僕は海里を睥睨する。

 逃げるな、と。また自分のことを棚に上げて、他人を逃がさないようにして。

 


 「…‥‥…うん、わかったよ」

 


 俯いたまま、海里はあの日について、再び語り出す。

 




 

 私は少年―――雨則と別れてからちょうど十分後、店の前に帰ってきた。

 日は暮れ、真っ暗闇の中を雨が降り続けている。店はもう閉店して、父か母さんが片付けをしているのだろうか。奥の方で光源乏しい明かりが散っている。

 


 私は、物音を立てぬよう忍び足で裏玄関へ向かう。

 ―――なんて言って謝ろう。

 少しずつ近づいてくる玄関を視界に収めて、私は胸に手を当てる。吐きだされる呼吸が荒くなる。

 


 そして。私はついに玄関前まで来てしまった。何度か呼吸する。最後に決心の意味を込めて胸を叩いた。

 ドアノブを回してみる。

 


 ………開いてる。

 普段は営業時間を過ぎると、まだ作業をしていようと裏口の鍵を閉める。日中は人の目やお手伝いさんが必ず付近にいるからそこまで厳重にする必要はないけど、それも午後七時以降は別の話だ。

 


 じゃあなんで開いてるんだろ。私の帰りを待っているのか、それとも。

 おそるおそるドアを開ける。木擦れをさせないように最大限配慮しながら。たぶん、大丈夫だ。

 


 ゆっくりと足を床に着ける。開くときと同じように注意して閉める。大丈夫。

 ここから作業所までの廊下は普通に歩いても音が立たない構造になっている。だからそこまで息を潜めて歩く必要もない。

 


 「…………」

 


 けど、慎重に。なんでか分からないけど、人に気づかれないように歩く。二人を驚かせたかったからか、それとも別の理由があってか。

 それは数秒後にすべてわかる。光の漏れている作業所に入れば――――――。

 


 「…………っ」

 


 作業所に人はいた。父もいた。母さんもいた。そして、黒いマスクで口元を隠した男たち数人が二人を囲むようにして立っていた。

 


 父は殴られ、蹴られ、顔中腫れて意識を失っている。床や台には血が飛び散っている。これは父のものなのか。あの、父のものなのか。

 


 「………っ、ぁ、は」

 


 なんだこれ。なんだこれは。あまりに非現実的だった。目の前の光景は、あまりにも現実から離れていた。まるで、ドラマの撮影会を見ているかのようだった。

 けど。そうじゃない。



 父は本当に気を失っていた。演技をするような人じゃないのはわかっている。もし、仮に演技だったとしても、あまりにも出来過ぎていた。実力派の俳優にでもこんなリアルにはできないだろう。なんというか雰囲気がそうだった。あまりにも緊迫しすぎていた。

 


 次に母さんを見やった。母さんも寝転がっていた。何故か丸裸だった。何をしていたのか。何をされていたのか。けど、酷いことであることは間違いないだろう。母さんはどこを見ているか分からなかった。私の方に顔を向けているけど、どこか違うところを見ているかのようだ。

 


 「ぁ……は、ぁ、っ、あ」

 


 抑えようとも声が漏れる。息が漏れる。手で口を塞ごうにも手が動かない。

 寝ている二人を見下ろすように男たちは立っていた。

 


 「先輩、よかったんですか?男の方、これ死んでしますよ。息止まってますよ」

 

 「別に構わねえよ。依頼主の金使えば幾らでも逃げられる。今日中にでもここを発つぞ」「女はどうします?まだ遊び足りねえんですが?」

 

 「はっ!ばばあにゃあ興味ねえよ。すぐくたばりやがって。こいつじゃあすぐ壊れてしまう」

 「結構上玉だったんですがねえ。まあ、向こうに行って頂いた金使えば女なんてすぐに手に入りますか」

 

 「そういうこったぁ」

 


 ははははは、と下卑た笑いが響いた。残響する。こっぴりと頭にこびり付く。きっとこれから夢に出てくるんだろうな。

 


 こわい。こわくてこわくてたまらなかった。

 逃げなきゃ。人を呼ばなきゃ。警察を呼んでもらわきゃ。

 


 私は後ずさるようにして一歩下がる。もう一歩下がる。あと、一歩下が――――るのがいけなかった。

 トン、私の背中が何かに触れる音がした。それは本当に小さな音だったけど。

 


 「誰だ!?」

 


 男たちに気づかれるのにはあまりにも大きすぎた。感情は昂っていたようだけど、気配には敏感だった。冷静だった。

 


 動くこともできなかった私は抵抗の一つもせず、男たちに捕まった。

 父と母の間に連れてこられた私は、それからは男たちにされるがままだった。

 服を破られ、生まれたままの格好にされ、そして。

 


 私は知らない男たちの手によってすべてを奪われた。ずぶ濡れの身体を。

 私は必死に抵抗した。けど、男たちの屈強すぎる体格に逆らえるはずもなく。ただ泣き叫ぶことしかできなかった。家の構造上、音は外には漏れないから、きっと誰の耳にも聞こえていないのだろう。

 


 痛かった。苦しかった。辛かった。悲しかった。

 母さん同じ格好で同じ体勢で、たぶん同じことをされた。

 


 「…………」

 


 男たちは回しまわしに私を使い息を荒げていた。私も息を荒げていた。

 そして、二時間くらいして。

 


 男たちは逃げるように出て行った。

 ただ一人を残して。

 


 「すまん、すぐ行く!」と大声を上げ、私と母さんと父の下に留まった。

 まだ、あれをするのか。

 逃げなくちゃならないけど、もう私の身体は思うようには動かなかった。

 


 「……やっぱり、君だったのか、お嬢ちゃん」

 


 マスク越しに発せられる声はくぐもっていて聞き取りにくかったけど、最後の「お嬢ちゃん」という言葉にはっとした。

 


 「………あなた、は」

 


 精一杯の声で男を見上げた。

 男は「そう」とだけ言って、マスクをとった。

 そこには今日、公園前で出会った優しい大人の男の顔があった。

 


 「……なん、で」

 

 「なんで、って言われてもなぁ。これが俺たちの商売としか言いようがない」

 

 「……しょう、ばい?」 

 

 「そう。商売や。人に頼まれて、仕事をして、貰ったお金で生活をする。生きるためにやってるんや」

 


 家族をこうまでしておいて生きるためか。

 


 「……まあ、俺たちがやっていることは決して正しいとは言えない。けどな、それは俺たちの考えであって、依頼主の思っていることとは違うんだよ」

 

 「………」

 

 「この店はな、とあるお方の依頼で潰せって言われたんよ」

 

 「……え」

 

 「つまり、君のお父さんのことが大きっらいな人ってことやんな」

 

 「………」

 

 「お父さんは必ず殺せって言われててな」

 


 男はそんな物騒なことを言っても顔色一つ変えずに続ける。

 


 「お母さんは男ウケがよかったからかな。何もしなくていいと言われてるけどつい楽しんじまったよ」

 

 「…………」

 

 「まあ、死んでねえから、安心しろ。まあ心は、どうか知らないけどな」

 

 「……これから、どうなるんですか?」

 

 「ん?ああ、まあそこはお嬢ちゃん次第じゃないかな。お父さんは殺したけど、この店の財産はあるし。全然やっていけると思うよ」

 


 無責任だ、と思った。自分勝手だ、と思った。

 自分のやりたいことだけはやって、あとはすべてほったらかし。被害を受けた人の将来なんてどうでもいいって言ったんだ。

 


 「…………」

 

 「まあ、悪いとは思ってるよ。君には、ね。……冒険は楽しかったかい?わかるよ。君はつまらなかったんだろう?いつもの日常ってやつが」

 

 「………」

 


 そうだ。つまらなかったんだ。そして。

 


 「そんで、知りたかったんだろう?自分の知らない世界を。僕もそうだった。いや、大人ってやつになった今でもそうかな。つまらないんだよ。たった一回の人生の癖に、何もないし、何も起きない。ただただ怠惰な日々を送って、そして死ぬ。つまんねえよなぁ、下らねえよなぁ。なあお嬢ちゃん。この歳でこの気持ちがわかるってのは、辛いよなぁ」

 


 私は私の人生を振り返る。走馬燈とは違う気がするけど。でも、そうだった。私が今日冒険に出かけたのは日々の生活がつまらなかったからじゃないのか。クラスの子たちの生活を聞いて羨ましいと思ったり、今の生活に変化を求めたりしたのは、人生がつまらなかったからじゃないのか。そうだ、きっとそうだ。和菓子屋の子としての生活は私にはつまらなかったんだ。

 


 「けど、今日、これを期に君の生活は変化する。そうならざる負えなくなる。……よかったじゃないか、君の願いは叶ったんだよ」

 

 「……でも、こんな、こと」

 

 「感謝してほしいくらいだよ。俺たちのお陰で君の人生は劇的に変わるんだよ」

 

 「…………」

 

 「……そろそろ時間だな。……それじゃあ、俺は行くよ」

 

 「………」

 


 そういって男は三人を置いて去っていった。

 それから気を失ってしまった私は朝になってお手伝いさんに発見され、そのまま病院に運ばれた。

 


 目が覚めたのはその二日後だった。その隣では母さんがいた。まだ目を覚ましてはいなかった。その後。医師に父のことを知らされた。死んだ。意識がなかったわけではなく、死んでいた。

 


 いろいろなことが変わった。まず、父が死んだことにより、和菓子屋は店を閉めることになった。つまり、何代にも渡って受け継がれた全てが潰えたのだ。そのことよって、支店であったり、様々な和菓子の世界の目は私と母さんに向けられ、それは半ば迫害のように厳しい非難の目であった。

 


 私たちは故郷を離れることにした。もう、そこには私のいられる場所がなかったからだ。

 姓は母のものに変えた。行くあてもなかった私と母さんは都会に住むことになった。幸い、家の財産は自分たちの自由にできたからそこまで生活に苦しくなかった。

 


 けど、家の大きさも住み心地も実家に比べれば天と地の差だった。

 あの男の言う通り、私の生活は変わった。すべてが変わった。

 変化してわかった。確かに見える世界は変わった。前よりも広くなった。

 


 でも、その分だけ、醜いものも見えるようになった。感じるようになった。

 一生消えることのない記憶、変わってしまった生活。そして、その中で燻る雨の日の少年との記憶。

 


 きっと高校の入学式で雨則の名前を耳にしなければ、雨則の顔を見なければ、私は、また、この生活でさえも変化を求めてしまってまったかもしれない。

 


 私が変化を求めたから神様が父を殺し、母さんを困らせ、生活を変えたのだ。

 そう思わないと、私は、また誰かを不幸にするかもしれない。

 


 だから、私は雨則と夏樹さんが付き合い始めたことを知って、あの日の夜、写真を

撮ったのだ。

 雨則のために、何より、私のために。

 


 この事実は雨則には言わない。言えない。

 そして、私が雨則との破局を願って写真を撮ったことを夏樹さんには言わない。言えない。

 これは、これ以上私のせいで誰かを不幸にさせないという善意なのだから。

 


 少しの私欲と恋心を孕ませた、そんな。

 時折思う。あの男の人は今どこでなにをしているんだろう。どれだけ願おうがもうこれから先、一生会うことはない。

 


 今でもあの人のことは憎いし恨みだってある。けど、心のどこかでは感謝している。私を変えてくれたことに。そして、雨則と再会できたことに。 

 


 あ、そういえば一つ訂正がある。

 私の行動原理は善意であるといったがそれは嘘だ。得意な嘘だ。

 


 私は今好きな人がいる。その人が私のものになるようにすることが、今の私の全てだ。

 有田夏樹なんかに私の雨則を取らせやしない。

 私は雨則に対する恋心と私欲と少しの善意によって成り立っている。


誤字脱字、ブクマ、評価よろしくお願いします。

*誤字の修正依頼ありがとうございました。助かりました。

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