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僕と、三人と、夏と、  作者: 齋藤夢斗
「前篇」高校二年 夏
14/39

13 少年の名は

サブタイトル。君〇名は的な。

 私の美容の話なんて誰に需要があるのかわからないが、私の夜といえばご飯を食べて、お風呂に入って、保湿をして、ちょっと勉強したらそれで終わりだ。



 だから、女友達に私の夜について訊かれたら、話すことなんて美容しかない。だって他のご飯食べてるところとか勉強しているところを話したって何の面白みもないじゃないか。

 


 あと、たまに家のことを訊かれることもあるのだが、そこは私お得意の嘘と誇張で押し通している。

 学校の私は目立しすぎず、引っ込み過ぎずで通している。こうすることによって比較的平和な学校生活を送ることができている。

 その分、青春と呼べる経験などできないが。

 


 まとめると、私の一日は、朝起きて、何も起こらない学校生活を送って、店の接客をして、父に暴力を振るわれ、家に帰って、ご飯を食べて、お風呂に入って、美容して、勉強して、寝る。そのループだった。

 


 何も変わらず、何も変えようとせず、ただただ一日一日を淡々と過ごす。それが私の生活であり、人生であった。

 


 馴れると思っていた。ずっと同じ生活を続けていれば。どれだけ厳しい環境の中に放り込まれても人間は適応する生き物だ。だったら、この生活も慣れると思っていた。

 


 でも。

 やっぱり無理だった。もし、私が、他の家庭の暮らしを知らなければ、きっとこの生活が普通であると思い込んでいただろう。けど、そう言った個人の世界観を広げてくれるのが学校という場所だ。小さな世界だ。

 


 学校にいると否応なしに情報というものは耳に入ってくるものだ。ボーとしていれば隣の席の子がそのまた隣の子と話している内容が聴こえてくる。

 


 「今日ねードラマでねー」 

 


 とか。 

 


 「終わったらゲーセンでも行かない?」

 


 とか。

 


 「ウチで宿題しようよ」

 


 とか。

 私の生活ではあり得ない生活を送っているのだ。

 ニュース以外のテレビを観たことがなかった。

 買い物など母さん以外と行ったことがなかった。

 友人を家に上げることなど一度もなかった。

 


 そして、思い知ってしまった。

 私は平均ではなかったことに。和菓子屋の娘である私は平均ではなかった。普通ではなかった。 

 気づいて、怖くなった。そして、同時に、知りたくなった。

 


 今私が見ている狭い世界じゃなくて、もっと広い世界を。 

 そこからの行動は私が思っていた以上に速かった。

 


 とある土曜日、朝、店を開ける二時間くらい前。母さんは一日買い物に出るという。父は菓子を作って、接客するのだろう。

 私は………。

 


 一人、広い世界に解き放たれていた。

 歩いているのはいつも母さんと買い物に来る商店街。見慣れた風景がたった一人で来たというだけで全く別の場所のようだった。

 


 私はまるで知らない土地を探検しているかのような感覚に襲われた。なけなしのお金とほうじ茶の入った水筒と、残り物の和菓子と、そして地図を小さな鞄の中に詰めて。

 


 休日だからか、一通りが激しかった。小さい子供から老人まで、いろんな人が歩いていて、その中の一人に私がいると考えるととても自由になったかのようだった。

 


 数十分歩いて実感した。自分がどれほどに無知だったのか、と。何もわからなくて、何もできなくて。父の言っていたことは正解だった。私は無知で無能だった。

 少し疲れてきたから路地裏に入った。人や物の喧騒から少し解放された。

 


 「どこに、行こう」

 


 行く当てもなしにここまで来た。とすれば、こんな状況になるのも当然だった。

 鞄から地図を出して広げた。先日、地図の見方と記号が示すものを学んだ。今になって考えれば生きていく上で重要な授業だったのだ。地図が見れるかそうでないかで全然違った。

 


 じっくりと地図を見て、私は近くの公園に行こうと決心した。

 地図を片手に持って、もう片方に鞄から取り出した水筒を持った。喉が渇いた時にいつでも飲めるようにするためだ。

 


 ちょびちょびと一回ごとに飲む量は少ないけど確かに減っていってるのが持った質感で分かった。

 歩くこと十分。目的地である公園に到着した。そこは地図で見た敷地よりかずっと大きかった。地図上では小さな正方形が一つあって、そこにこの公園のことが書かれていた。

 


 地図で見る世界より本当の世界はもっとずっと大きかった。 

 園内のベンチに腰を下ろした。鞄の中から和菓子を取り出して半分食べた。もう半分は何かあった時にお腹が空くといけないからだ。

 


 少し休憩して、また歩き出した。

 次はもっと遠くへ行ってみよう。

 


 「……お嬢ちゃん」

 


 と、そう思った矢先、自転車に乗った大人の人が私の前まで来て、お嬢ちゃん、と呼んできた。

 


 「………え、なん、ですか?」

 

 「小さい子が一人でいるから心配に思ってね」

 


 私、そんな小さいかな。クラスの女子で前習えしたら真ん中よりちょっと後ろくらいだけど。

 


 「道にでも迷った?」

 


 私はかぶりを振った。

 


 「えっとー、探検してみようかなぁって」

 

 「ははは、そうかそうか、お嬢ちゃん、冒険しとるんかぁ」

 


 大人の男の人は優しく笑った。その優しさが何となく嬉しかった。

 


 「お嬢ちゃん、名前は何ていうの?」

 


 でも、私もそこまでバカじゃなかった。知らない人に声を掛けられたらどうするのかも分かっていた。

 


 「ごめんなさい、答えられないです。先生に言われてて」

 

 「……あー、そっかそっか!それはごめんなぁ」

 

 「いえ、こちらこそ」

 

 「まあ、お家の人の心配をかけないようにな。あまり遠くまで行っちゃったら危ないからね」

 

 「はい、ありがとうございます」

 


 男の人は最後にニッコリ笑って去っていった。悪い人ではなかったのかな。分からないけれど、優しい人だった。

 


 お家の人に心配をかけないように、か。きっと帰ったら二人とも怒っているだろうな。父にはたぶんまた暴行されるだろうな。母さんは優しく叱ってくれるかな。

 二人のことを想像しながら、私は冒険を続けた。

 


 不運にも雨が降り出した。そして、重なるが、不運にも、ここがどこなのか分からなくなっていた。

 これ以上にないくらいに焦っていた。泣きたくて仕方がなかった。泣けば誰かが助けてくれると思ったからだ。

 


 けど、私の涙も鳴き声も雨によって消されてしまうだろう。

 冒険とは危険と困難がつきものだ。たぶん今、この現状がそれなのだろ。

 


 鞄の中には空になった水筒とコンビニで買ったパンの袋が入っている。財布の中身はもう何も入っていなかった。

 


 帰り道が分からなくて、お金がなくて、喉が渇いて、お腹をすき始めて、そして雨で。

 少しずつ落ちていく日。雲によって周りは暗くなっていく。さっき午後五時のサイレンを聴いたから、もうすぐ十八時か十九時だろうか。

 


 「…………」

 


 寒い。雨が体温を奪っていく。こういう状況に陥って急に家に帰りたくなった。

 あぁ、でも帰ったら、ずぶ濡れの私を見て、二人はどう思うのかな。

 


 そう考えると帰りたくないな。帰ったらまたいつもの日々が戻ってくる。

 結局、私は何処にも行けなかった。行く当てもなく始めた旅にゴールなんてなくて、ただ何処とも知れない道で終わりを迎えるなんて。

 


 私はまだ小さすぎたのだ。何処に行くにしても、何をするにしても、何も持っていなかった。

 知識もお金も人脈も経験も。

 何もかもが足りなかった。たかが小学六年生の私に何か変化を掴み取ることなんて無理だったんだ。

 


 道を歩く。ここは何処なのか。地図でもあればいいけど、生憎、どこかで落としてしまった。

 車道は車が走っている。似たような車種であったりナンバーを見ると何故か安心してしまう。そして次の瞬間にはまた不安に苛まれるのだ。 

 


 今頃、母さんも父も私をさがしているだろうか。父は和菓子を作っているかも。

 道を歩く。

 知らない道を歩く。

 未知を歩く。

 その先で。

 


 「…‥‥……」

 


 私と同じようにずぶ濡れになりながら、空を見上げている少年がいた。

 車が走っている横で、何も持たずに空を見ている少年がいた。

 


 「…………ねえ、そこの君」

 

 「………え?」

 


 少年は私の声に反応してこちらを見てきた。

 私と同じくらいだろうか、小学生には思えないけど、そんなに大人って感じでもない。

 


 結構整った顔立ちをしていた。クラスの男子よりは格好いい。

 綺麗な瞳をしていた。けど、その目に宿しているものは光とは呼べなくて、無理やりに光を作っているかのようだった。

 


 「そんなところで何してるの?」

 


 そんな少年に訊ねた。

 


 「……空を見てたんだ」

 

 「こんな雨の中で?」

 

 「こんな、雨だからこそだよ」

 

 「へー」

 


 くしゅん、と私はくしゃみしてしまった。明日は風邪かな。

 


 「君こそ、なにしてるんだ?」

 


 少年が訊いてきた。

 


 「……冒険、していたの」

 

 「……そうなんだ、それで、ここまで来たんだ」

 


 そう、ここに辿り着いてしまった。

 


 「帰り道、分からなくなっちゃけど、ね」

 

 「冒険、だもんな」

 


 少年は薄く笑った。吊られて私も苦笑した。

 


 「君の家の住所言ってみて」

 

 「え?」

 


 少し明るくなった少年は私にそんなことを言ってきた。

 


 「君の助けになれるかもしれない」

 

 「…………ぁ、うん」

 


 後先のことなんて考えもせず、私は少年に住まいの住所を伝えた。接客している時に何度も言ってるからすぐに口から出てきた。

 


 「……あぁ、あの辺りか」

 


 少年は少し考える仕草をした後、思い出したように手を叩いた。

 


 「分かったの?」

 

 「うん、大方の位置は」

 

 「へぇ!凄いね、君」

 

 「………ほら、行くぞ」

 

 「え?」

 

 「何つったんてんだ。僕もついていくから」

 


 少年は先に歩き出した。

 


 「君、家、こっちなの?」

 

 「いんや、真反対」

 

 「なら、なんで。場所教えてくれればそれでよかったのに」

 

 「……何でだろうな。でも、うん。きっと、なんとなくだよ」

 

 「何よ、なんとなくって」

 

 「なんとなくは、なんとなくだ。ほら行くぞ、えっとー」

 

 「戸木島海里よ。……君は」

 

 「ん?僕?……僕は」

 


 そして、この出会いを私はずっと忘れることはなかった。

 あの雨の日、少年と出会って、そして、私の全てが変わってしまった日。

 


 「北上雨則」

 


 私を救った少年の名を。


誤字脱字、ブクマ、評価よろしくお願いします。

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