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僕と、三人と、夏と、  作者: 齋藤夢斗
「前篇」高校二年 夏
12/39

11 彼女について

そろそろ書き溜めの分がなくなってきました。


 今日は夏樹と会わなかった。昨日と同じように玄関の柱にでもいるのかと思ったが。

 少しだけ待ってみようかと思ったけど生徒たちの気配が近づいてくるのを感じて、僕は家路に着いた。

 


 歩くだけでもあり得ないほど流れる汗。運動部のやつらはこの夏を乗り切れるのだろうか。熱中症とか脱水症とか気を付けてほしい。

 


 「………それで」

 


 歩きながら僕は独り言のように言った。暑さに負けたのだろうか。

 


 「なんで、付いてきてるのかな?………海里?」

 


 別に独り言などではない。ちゃんと人と会話している。背中の、十メートルくらい後ろを付いてくる、海里と。

 


 「んー?私もこっち、だからー」

 


 家は知らないから断言はできないけど。

 


 「そんなわけねえだろ」

 

 「まあ、まあ」

 


 既にアパート地帯に差し掛かっている。もう数分もしないうちにわが住まいのあるアパートに着く。着いてしまったら……。住まいの在り処を知られてしまったら海里のことだ。近くない未来僕の部屋がどうなるのか考えるまでもない。

 


 「いや、あの、僕、寄り道しなきゃいけないからさ。まだ帰らないよ」

 

 「うん、別に、いいよ」

 

 「日焼けするよ。日焼けは女の敵だって……」

 

 「ちゃんと、塗ってるよ。昼休みの時も、ね」

 


 やっぱり海里も女の子なんだな。そこらへんはちゃんとしてる。 

 


 「ほら、どんどん暑いしさ、熱中症になるよ?」

 

 「大丈夫、鞄の中、飲み物、あるから」

 

 「そうなんだ」

 


 やけに用意周到ですね海里さん。まるで事前に準備していたかのようじゃないですか。いや、まるでもなにも事実だろう。

 はぁ、と息が漏れる。これはもう逃げられないな。

 


 「海里」

 

 「何かな?」

 

 「部屋、荒らさないでね」

 

 「努力、する、よ」

 


 そう言って俯いた海里の口元が三日月に歪んだのが見えた。隠しているつもりだけど、見えてるからな。 

 


 僕は海里を部屋に上げた。女子を部屋に上げるなんて人生初めてだ。

 けど、そんなことよりも、また夏樹と経験したことのないことをしようとしていることが怖かった。同時にどこか期待をしている僕もまた、いた。

 


 部屋に上がらせ次第、僕はキスされた。突然のことに思考がストップしかけたが、二度目ということもあって、すぐに現状を理解することができた。

 


 あぁ、キスされたなって。

 そして、今回もやっぱり僕は抗えなかった。拒絶できなかった。

 舌は入れてこなかった。数秒間、唇同士を当てて、そして向こうから離した。

 


 「…………っ」

 


 海里は蕩けたような瞳をしていた。たぶん僕も似たような顔を海里に見せているのだろう。

 


 「ねえ、この部屋、暑い、からさ」

 


 感傷に浸っている僕に海里は何か言おうとした。

 


 「……あ……あぁ、冷房、入れるな」

 


 どうにか意味を理解した。

 


 「ありがと」

 

 「いいよ、帰ったらすぐ付けてるし」

 


 そう言いながら、テーブルに置いてあるエアコンのリモコンを操作する。「冷房」と表記されたボタンを押し、内臓された画面に描かれた設定気温の温度を二度下げた。毎回エアコンを切ると、設定されていた内容が全て消去され初期設定に戻ってしまう。不便、なんて思ってしまうかもしれないけど、基本、電源を入れて、二度分下げるだけでいいから一秒もかからない。

 


 エアコンが起動するや否や僕は海里をソファーに座るよう促した。 

 海里は静かに座った。

 


 「麦茶とほうじ茶あるけど、どっちがいい?」

 


 冷蔵庫の中身を一通り見てから海里に訊いた。女子だから炭酸は飲まないかなと考えて、つい先日お隣さんにもらった麦茶と何故かコンビニで買った二リットル入りのほうじ茶が目に入り、無難だろうと両方を取り出して答えを待つ。

 


 「うーん」

 


 たかがお茶を選ぶだけなのに海里は相当悩んでいるような声を出した。ご飯とパンどっちがいいって言うのと同じ感じか。ちなみに僕は断然麦茶派だ。

 


 「じゃあ、ほうじ茶で」

 


 自分の好みについて考えていると海里の声が飛んできた。どうやらお茶の好みは合わないらしい。

 食器棚からコップを二つ取り出す。両方にほうじ茶を注ぐ。何となく僕も飲んでみたくなった。

 


 「お待ちどーさま」

 


 コースターに乗せて海里の前に置く。少し寂しい気もするが、生憎冷蔵庫には食せるものはなかった。準備なんてしてなかったのだから当然か。

 


 海里は何も言わずお茶を飲んだ。僕はテレビの電源を入れた。今、この部屋の中は機械の音が一番大きかった。そんな音も微かに聴こえてくるくらいのものでほぼ無音に近かった。居心地が悪いことはない。



 というかここは僕の部屋だからどちらかというと海里の方が感じているだろう。僕が考えていたのは話題だった。招待もなにもなしに押しかけてきたとはいえ、こんな質素なもてなししかできないのは部屋の主として思うところがある。



 だから、せめて、会話で海里を楽しませることができたらと、まずはテレビを付けたのだ。

 映し出された映像は丁度可愛い猫の特集をしていた。お、これは女子ウケ良さそう。

 


 「海里は犬猫どっち派なの?」 

 


 海里は手に持ったコップをテーブルに置いた。

 


 「んー、どっちかっていうと、犬、かな」

 

 「どっかっていうとってことは猫もまあ好きってことか

 

 「好き嫌い、以前に、動物、あまり、興味ないのよ」

 

 「……あー、そうなんだ。……そうなのか」

 


 となればこの番組を垂れ流しにしても会話は生まれないな。僕は適当に他のチャンネルボタンを押す。

 子供向けな番組だった。体操のお兄さんが保育児くらいの子どもとダンスを踊っている。

 


 正直、ここから話題見つけるのは大変だ。海里の顔を伺うと興味なさそうにどこかに視線を飛ばしている。その壁に何か見えるのか。

 


 チャンネルを変える。バラエティー系のニュース番組だ。どこかの企業が民事裁判しようとしている、という内容を芸能人が真面目そうに意見を出していた。

 ……これも、ないな。

 


 またチャンネルを変える。

 次のチャンネルもニュース番組であった。しかし、今放送されている内容は、ニュースではなくただの和菓子の作り方だった。

 


 海里の事だからまた興味なさそうにしてるんだろうな。

 僕は海里の方をちらりと見やった。

 


 「………え」

 


 しかし、僕の予想と反して海里はテレビに釘付けになっていた。作り手のおばあさんが巧みな腕で餡子をなにかの生地に乗せ、生地を丸めて包んでいく。

 そんな映像を前にして、海里の食いつき様は常軌を逸していた。

 


 「海里?」

 

 「…………」

 


 よほど集中していているのか、僕の呼びかけに気づく様子もない。

 こういう趣味、なのかは分からないけど、こういうのが好きなのかな。

 僕には微塵も興味が湧かないけど。

 


 とりあえず、番組が終わるまでは邪魔しないようにしておくことにする。

 コップに並々に注がれているほうじ茶を飲む。やっぱりお茶だ。

 


 ―――それでは、また来週!さようならー!

 飲み終えたのと時を同じくしてテレビではエンディングが流れていた。

 


 「……海里」

 

 「………っあ、あぁ、ごめんね。魅入っちゃってたよ」

 


 我に帰ったように海里は僕を見てきた。その顔を見て僕は。

 


 「…………なんで、泣いてるの?」 

 

 「……え?……あれ、なんで」

 


 本人すらも気づいていない涙に僕は何とも言えない気持ちになった。

 涙は頬を伝う。そして顎から床に落ちていく。泣いている顔、と見るにはおかしく感じるくらいに呆けていた。意味が分かっていないみたいだった。けど、「もっと、強くならなきゃ」と自分自身に言い聞かせるようになって、ああ、心当たりはあるんだろうな、って勘付いてしまった。

 僕はクローゼットからハンカチを取り出して海里に渡した。これくらいはしてあげなくては。

 


 「ありがとう、雨則」

 

 「感謝されるほどのことをした覚えはないぞ」

 

 「それでも、ありがとう」

 

 「……おう」

 


 本当にそこまでのことをしたつもりはない。けど、感謝されるのは嬉しいな。

 一分も経たないうちに海里の目から雫は流れなくなった。目下はちょっと赤くなってしまってるけど。けど、何か言えば笑ってくれる海里を見て安心した。

 


 そして、ひとしきり落ち着いたの見て僕はどうしても気になって訊いてしまう。好奇心は時に人を傷つけることもある。たぶん、僕は好奇心で海里の触れられたくない場所に触れようとしているのだ。

 


 「なんで、泣いてたの?」

 

 「…………」

 


 すると海里はすっと表情を消した。その中身が抜け落ちたような様子に僕は怖気を感じた。

 


 「いや、言いたくないなら、いいから」

 


 そう、世の中、知らない方がいいことだってある。確証はないけど、これを聞いてしまえば僕と海里の関係は変化してしまう。夏樹に提示された選択のように、聞くか聞かないかの選択だ。

 


 「雨則には……聞いて欲しい。聞かせなくちゃいけない」

 

 「……僕に、いや僕も関係があったりするの?」

 


 夏樹は頷いた。そして、どこか遠くを見るように海里は話を始めた。


誤字脱字、ブクマ、評価をよろしくお願いします。

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