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僕と、三人と、夏と、  作者: 齋藤夢斗
「前篇」高校二年 夏
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プロローグ 告白

新作です。

恋愛ものです。半分本当で半分嘘です。

よろしくお願いします。

 綺麗な青空と太陽を半分隠した入道雲。

 空にあるのは青と白。ただそれだけで、それだけなのに不意に立ち止まって見上げてしまうほどに鮮やかだった。

 


 青だけどただの青じゃない。白だけどただの白じゃない。

 見る位置、場所、考え、心情によって幾らにでも表現できてしまう。


 

 ふと傍を歩いていていた少女が立ち止まって、同じように空を見上げた。

 この子には、どんな色に映っているのだろう。どんな空を見ているのだろう。


 

 青い空と白い雲。太陽は見えなくなってしまっているけど、それでも何もしないだけで滔々と吹き出てくる汗。着ている服はべっとり肌に引っ付いている。ズボンの中はそれはもう酷いあり様だ。


 

 今だって吹き出てくる汗が肌を伝うのをやめることはなく。

 でも、それでも動くことなく空を見上げ続けるのは―――。



 「……夏樹」



 汗とは違うなにかが熱に灼けたアスファルトに零れるのを見たくはなかったからだ。

 地面にできたシミを見たくはなかったからだ。


 

 もし誰かがこうして空を見上げる僕を見たのなら。

 教えて欲しい。今の僕が見ている空は何色なのかを。


 

 両の目が濡れて視界が霞んでいる僕に代わって。

 そして、言って欲しい。


 

 嗚咽を漏らしてろくに言葉を発せない僕に代わって。


 

 「ごめん」


 

 と。



 

 ありえないことが起きている。

 僕は放課後の教室で一人、胸の高鳴りを抑えようともせずそれを凝視していた。


 

 ハートのシールによって封がとじられた白い用封筒に入っていた一枚の手紙。

 つい一時間前の休み時間にはなかった。


 

 いつ?いつだ……。いつなんだ。

 そんなこと、今はどうだっていい。


 

 今気にするべきことは……。

 “誰か”だ。 

 こんなあからさまなものを僕の鞄の中に入れるなんて。


 

 つまり、これは、そういうことなんだろう。

 自身に起きている出来事、その現状の核心が見えてきたことで一層心拍数が跳ね上がった。静かすぎる教室。こんな場所に他に人がいたら聴こえてしまうかもしれないくらいに。


 

 速まる鼓動に比例するように震える身体。主に手。

 なんだか現実味がないような、熱でもあるんじゃないかという感覚。



 「は、はは。まじか」



 本当にまじか。

 これってあれだろ。情報技術が進歩した現代では最早希少価値である―――



 「ラブレター、ってやつか」



 ―――恋文、だ。



 『北上雨則君。

 あなたの事がずっと前から好きでした。付き合ってください。


 

 ……というわけなんですが、こうして手紙で伝えるだけじゃ誠意が足りないと思います。

 ですから、今日の放課後、体育館の裏に来てください。

 この気持ちが本気であるという証明します。             


                           有田夏樹』



 以上が内容の全てだ。なんて誠意の篭った恋文なのだろうか。少しの恥ずかしさといっぱいの勇気が詰まっている。


 

 こういった経験の少ない僕だからだろうか。彼女の気持ちが胸の奥にまで染み入ってくる。

 と、同時に僕の心から脳を経由してたくさんの気持ちが溢れてきた。嬉しさとか辛さとか、苦しさとか。


 

 そんな気持ちも含めて大人っていう人達はこれを青春と呼ぶのだろうか。なんて便利で身勝手な言葉なんだろう。いいことも悪いことも全部この言葉が肩代わりしてくれて、この言葉が消し去ってくれる。


 

 だから、子供のうちはたくさん失敗しておけと言われる。それも全て青春の一ページになるのだから、と。

 ああ、そうだな。確かに子供のうちにしか失敗できないな。だって、大人には青春はないもんな。



 高校という子供と大人の中間点に立って二年目、梅雨の真っただ中。久しぶりに晴れ渡ったある日、僕は人生の中でこれまで類もみない程に緊張していた。告白される側だというのになんだってこんなに。する側なんてこの数百倍増しだろう。


 

 妙に校内が広く感じる。異空間にでも迷いこんだのかというくらいに長い廊下。終わらない階段。代わり映えのない教室のドアと少しずつ傾いて沈んでいく陽。


 

 途中数人の生徒とすれ違ったような気がするも、視界に映る人など黒いシルエットと化しているため、それらが生徒であるかも教師であるかも定かではない。


 

 耳に入ってくる情報など自分の足音と胸辺りからくる鼓動のみ。それ以外はまったくの無であった。


 

 数分後。感覚的には数十分くらい経過したころ、ようやく昇降口に辿り着いた。窓からは少し夕日が入ってきている。


 

 雨則の名前が書きこまれた靴箱から自身のローファーを取り出す。

 すっかり癖がついてしまった踵に足を通す。違和感なくフィットし、スリッパから履き替えた僕を迎え入れる。


 

 スリッパを靴箱へ放り投げ、鞄をからい直す。

 おそらく保険にと笠立には十数本の傘が掛けられている。


 

 天気予報には目を通すが、基本行き当たりばったりな僕の傘は当然そこにはなく、読みを外した生徒とその傘へ嘲笑の意味を込めて一瞥した。


 

 玄関を出る。瞬間、生暖かい空気が肌に触れる。

 この時期はこれだから好きにはなれない。



 じめじめして、暑くて。あと、ここだけの話だが、僕に授けられた名前、雨則もそんなに好んではいない。小学生の時、よく名前に雨がついているから雨男だーなんて馬鹿にされたものだ。高校生である今でもこの季節になれば友人にいじられたりする。


 

 特に屋外で活動する運動部なんて憎んでいるかのような目をされることだってある。


 

 ひどいものだ。

 だからさっきの笠立の一瞥は僕のガキらしい反抗なのだ。



 「……」



 と、一度はずれていた思考もここまで来れば戻ってくる。同時に緊張も震えも再始動する。つい数秒前の緩んだ気持ちが嘘のようにピリピリ張り付いているのがわかる。


 

 まるでテストの結果が返ってくる瞬間のような感覚。一学期の期末テストはつい先日返ってきたばかりだ。まさか夏休み前にしてまたこの嫌な感覚を味わうことになるとは。

 でも。



 「向こうだって同じなんだ。だったら……」



 このくらいの気持ちで挑まないと相手に失礼だ。どんな人であろうと、どんな性格であろうと、どんなルックスであろうと。


 

 体育館の正面入り口前まで来た。当然ではあるが部活動生の姿が多く見受けられた。頭でしていた想像ではもっと静まりかえっていたが。想像は想像だ。他人の声がある方が幾分か楽だ。それは相手も同じである……あればいいけど。



 草の生い茂った小道を歩く。体育館裏へ行く方法は2通りある。四角形の建物であるから当たり前ではあるのだけど。

 一方は人が歩くことを考慮されたそれなりに舗装された道だ。大半の生徒はこちらを歩いて体育館裏へ回る。


 

 そして、もう一方は、現在僕が歩いているこの草道。いずれ手は加わるだろうが、ここ数年草刈りすらしていないかのように思えるほど草や植物共々伸び切っていた。


 

 ここで大多数の人が疑問に思うのではないだろうか。何故、人が通る為に舗装された道を通らなかったのか、と。



 何故、わざわざデメリットしかない方を選ぶのか、と。

 言いたいことは分かる。というか、どちらも問われるのは至極当然な疑問で、必然的に思い着く問いだ。


 

 でも、僕はそういった疑問や問いに対する答えを持ち合わせていない。今、僕は、言ってしまえば賭けをしている。


 

 僕が行っている賭けは“告白相手の身体がこちらを向いているか”、だ。

 何を言っているのか、と甚だ疑問に思うだろう。でも待って欲しい、考えて欲しい。


 

 もし、体育館裏に出る角を曲がった先にこちらに背を向けた彼女がいたら。

 僕の気配に気づくかもしれないし、僕が「ねえ」と声をかけるまで気づかないかもしれない。まあ、この場合どちらでもいい。


 

 その後、こちらを振り向く。人と話す時は顔を向けるのは人としての常識だろう。 

 それから目が合って、数瞬時が止まって。そして、おどおどとした声音と身を震わせながら言ってくるんだ。


 

 けど、僕が見てみたいのはそこではない。見てみたい、変態的思考かもしれない。でも、見てみたい。彼女と身体を向き合った形で、彼女の思いもよらぬ方向から現れた僕の姿を見て慌てふためくのを。



 決心するための一息の機会を奪って、顔を真っ赤にして俯く彼女を。

 見てみたいのだ。

 その為だ。その為だけだ。


 

 だから、なるだけ音を立てぬよう慎重に進む。草をかき分けることも慎重に、丁寧に。

 角はすぐそこにある。

 あと、数メートル行けば。

 あと、数歩行けば。


 

 心臓が鳴る。心が鳴る。身体が、全身が脈打つ。

 一歩一歩地面を踏みしめる度にこれから起こるであろう出来事が脳裏に過る。すぐそこの未来が。そして、その後の遠くない未来が。


 

 最後の一歩は、過去の情景が。あの日、初めて彼女会った日。僕が初めて名前を呼んだあの日のことを。



 「――――――」



 でも、そんな過去も未来も一瞬でどこかに消え去った。

 まず結果を言おう。

 


 賭けは僕の半分勝ちだった。

 予想通り彼女と向かい合う形で、彼女の顔をその目で確認できる形で立っていた。

 


 そして、もう半分は。



 「君はそういう人だって知ってるよ。雨則君」



 あたかも僕がこちらから来ることを知っていたかのような笑顔で彼女は夏樹は立っていた。



 「――――な」



 夏樹の笑顔と僕の驚愕の表情は数秒間交差し、僕の絞りだした一言でようやくその沈黙は解けた。



 「なんでわかったのか、って顔してるね」



 夏樹はくつくつとおかしそうに笑った。

 一体何がおかしいというのか。



 「……どういうことだよ。そういう人って。僕の何を知っているんだよ」



 「んー、ある程度は、かな」



 夏樹は笑顔から微笑に表情を変えた。 

 とても綺麗だった。演技のような笑みだった。



 だからあまり現実感はなかった。目の前にいるこんなに綺麗な少女が僕にラブレターを送り、僕に告白する相手であるということを素直に飲み込むことができなかった。

 


 これが本気で夏樹が一世一代の勇気を振り絞り僕に愛を告げる場面であったとしても、この美しさの前では、今しがたまで、つい角を曲がる寸前までの緊張とか気持ちとか震えとかその他諸々をそのまま持ち続けることは無理であったのだ。

 


 だから、僕の言動は僕の思考に反していく。



 「お前、目的は?」



 「あれ、ラブレター読んでないの?せっかく勇気振り絞って書いたのに。あれ、でも、読んでなかったのなら、なんで君がここにいるのかな……まさか、運命!?フェイト!?」



 「運命でもフェイトでもないよ。……これ、本当にお前が?」



 鞄から白の封筒を取り出し、夏樹に突き出した。



 「うん、そだよ。持ってるじゃん。だったらここに君を呼び出した理由も明白でしょ?」



 わかってはいる、けど……。本当にこの子が、こんな子が僕に。



 「信じられないって顔してるね。なら、信じさせてあげるよ」



 「……え?」



 あっけらかんとした僕を小さく可愛らしく笑って。

 両手を後ろで組んで。

 たぶん、努めて女の子らしく。

 頬を染めて。 



 「好きです。ずっと……ずっと前からあなたのことが好きでした。どうか私と付き合ってください」



 一切の躊躇いも迷いもなく。

 今にも夜に消えそうな都会のどこかで。いつの間にか静まり返った体育館裏で。

 


 僕はあまりにも綺麗な少女に告白された。

 だからその時は、僕の中に蠢くいろいろなモノも夏樹に対する疑問とか疑念とかそんな全てをひっくるめて。



 「こちらこそ、よろしくおねがいします」



 そう呟いて、一礼していた。


 

誤字脱字よろしくです。

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[良い点] 男子なら浮かれてしまう美少女からの告白。しかし読み手としては何か裏があるのではと疑う所ですが、恋の行方は如何に。 [気になる点] ちょっとお目当ての子に会いに行くまで引っ張ってるので、そこ…
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